第26話 「It's a heavry spear」
井端環と名乗った女の子は再びノートパソコンに向かいだしました。
「おかしいなぁ。発信機が途絶えたのはここだから何か分かると思ったのだが……」
「あっ、あの……」
「う〜ん……」
ノートパソコン夢中で私の言葉が聞こえないみたいです。
「あの〜、すいません」
「……」
無視ですか? 無視なんですか?
……でも、今はこの人にすがるしかありません。
「私の話を聞いてくださいっ!!」
「……ん?」
ようやく私の声が聞こえたみたいです。
井端さんはこっちを向いて私を見つめて一言言いました。
「そういえば、お前はここで何をしているのだ?」
「あの、それ私が聞きたいんですけど……多記君は家にいるんじゃないんですか?」
私の言葉を聞くと井端さんは眉間にしわを寄せました。
「ここ一週間ばかり連絡もよこさず無断外泊だ。そこで、直子さんに頼まれてそれを調査しているのだが」
「そうなんですか……」
「……というかもともとあの男に興味があってな」
といった後、井端さんの目が異様なほど光りました。少し怖いです。
「えっ!?」
「なに驚いている。ネタとして面白い男だからだ。くだらん邪推をするな」
「はい……」
「そういうお前は多記透の何なんだ? 友達か? 女か? それとも奴隷か?」
「奴隷?」
「そうか……奴隷なのだな……」
「ち、違います」
「まぁ、恥ずかしがるな。どんな人間関係でもSとMの関係は付きまとうものだ」
「だから違いますっ!!」
「そもそもSというのはサド伯爵がだなぁ……(以下削除)」
どんどん話を進めていく井端さんの変な誤解を解くのに少し時間を費やしてしまいました。
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「えっ!? ……今なんて言った?」
「そやから……再婚……」
「なんで?」
「なんでって言われても……好きな人ができたんや」
照れくさそうに腕組みをして父は答えました。
少し嬉しそうな表情に私は腹が立ってしまいました。
「……裏切りや」
「は?」
「そんなの私に対する裏切りやっ!!」
すると父はさっきとは違い、すごく悲しそうな顔をした。
「……すまん、としか言えへん……」
「許さへん、絶対に許さへんからなっ!!」
「佳代……」
ちょうど私の怒りが頂点に達した時、玄関のチャイムがなった。
父は玄関を気にしてるが、私は玄関を無視して父を睨んでる。
しばらくこう着状態が続いた後、勝手に玄関のドアは開かれた。
「おーっす!! オッサンに言われた通りの時間に来てやったぞ……ってあれ?」
突然、中学生ぐらいの男の子が家に上がりこんできた。
何のことか分からず呆然としていると父が説明した。
「この子は再婚相手の息子さんで……」
「……」
「新田輝って言います!! よろしく。確か……オッサンの娘さんやんな」
ニコニコ笑いながら手を差し出してきた。
どうやら握手を求めているみたいだ……冗談じゃない。
やたら明るい雰囲気に私は再び怒りがこみ上げてきて、私は彼を無視した。
「あのな、ちょうどええ機会やから……佳代と顔見知りになってもらって、再婚した後も気軽に家に来れるようにって思ってな……」
「ふざけんなや!!」
父のフォローも余計に苛立たせるだけで……いたたまれなくなった私はこの部屋を飛び出した。
どうして、好きな人は私の周りからいなくなるんだろう……欠けたパーツは一生埋まらない。
すると突然、走る私の腕を誰かが掴む。
振り向くとそこにはさっきの男の子がいた。
私の腕を掴みながら肩で息をしている。私も肩で息をしていた。
しばらく、お互いの乱れた呼吸しか聞こえない。
やがて時間が経つとお互いの息も整って来て、今度は気まずい沈黙が二人を取り巻く。
この状況を破ったのは新田輝とかいう男の子だった。
「あーあ、オッサンかわいそうや」
「!!」
「アンタがおるせいで一生、好きな人と結婚も出来へんのやなぁ」
あからさまな非難の言葉に私はむかついた。
「どういう意味や? あの人は私の父親やろ!! 娘の幸せ考えるのが当然ちゃうの!?」
勝手に離婚して、勝手に離れて行って、私に寂しい思いをさせてのは父だ。
その責任を負うのは当然じゃないか。
「そんなに自分が可愛い?」
「はぁ?」
「自分が満たされれば他の人はその犠牲になってもええんや」
「そこまで言うてへんけど……」
明らかに年下の男の子に私は押されっぱなしだった。
言うこと一つ一つが私よりも遥かに大人で……言い返せない。
「とかいいながらホントは僕も結婚にはあんまり賛成できへんのやけどな」
「えっ!?」
「でもなぁ……やっぱりオカンには幸せになって欲しいから」
自嘲的に話す彼の横顔を見ていると何だか腹が立ってきた。
「……アンタはそれでええの?」
「?」
「自分の気持ちもぶつけないで、そうやって分かったフリしてるわけ!?」
「……」
「私は嫌。自分の気持ちを伝える」
だから私は多記に告白したし、父にもはっきり言った。
男の子は私にきょとんとした顔を見せる。
少し時間が過ぎて、彼はため息をつき、私に言った。
「アンタ……『好き』ばっかり言うタイプやろ?」
「!!」
「自分の幸せが必ずしも大切な人の幸せとは限らへん……一人で頑張ってるオカン見たら分かる」
「……」
私が返答できないでいると彼は頭を下げた。
「……お父さんを許してやってくれへん?」
「!!」
何故この子が頭を下げるのだろう?
再婚相手の子供だから?
「やっぱり僕が言うのも変やった?」
「……ごめん今はなんとも言えへんわ」
彼から離れ、街中を歩きながら考えた。
『「好き」ばっかり言うタイプやろ?』って言葉が胸に刺さる。
辺りを一回りして、アパートの近くに来た。
階段を上がりドアノブに手をかける。ドアが開くと同時に父が私を見た。
部屋を見渡すとすでに父しかいない。
「おかえり……あのなお父さん考えたんやけど――」
「再婚したらええよ」
「――は?」
「再婚相手の息子、何かええ奴みたいやし……さっきはカッとなったけど冷静に考えてみたら私がお父さんの幸せを妨害する権利はないしな」
「佳代……」
「んじゃあ、もうこの話し終わりな」
「……ありがとう」
私は返答できずに手を振って気にするなと伝えた。
父になら彼のことを話してもいい気がする。
「あのな、ここに来たのは理由があって……実は好きな人がおって……」
「えっ!? 好きな人!!」
父は私の言葉を聞くと一瞬のうちに体の動きがストップした。
「好きな人おったらあかんの?」
「えっ……いや……そうちゃうけど……やっぱり父親やから……どんな奴や?」
「もうええの」
「は?」
「……ふられたから」
父の止まっていた動きが再び動き出した。
何だか脱力したように天井をみあげる。
「え……あ〜……ふられた。はぁ〜そうか〜そら残念やったなぁ〜」
「何か顔がにやついてるで」
「うっ……」
私としては誰かにこのことを話して自分なりの決着を付けたかった。
そして、父は優しい笑みを浮かべながら私に尋ねた。
「で? どうなんや。スッパリ諦めるんか?」
「そうしようかな」
「そうか……でもな、お父さん今度の再婚相手の人にプロポーズ三回断られてん。『もう結婚なんてこりごりや』ってな」
「それであきらめずにまたプロポーズした?」
すると、父はやたら自信ありげな様子で話してくれた。
「違うなぁ。最後に『結婚しよ』って言ったのはあっちやもん」
「え!? どうやってそうなったん?」
「フフフ、そこが駆け引きってやつやなぁ……」
「ふ〜ん、一回離婚してんのやから駆け引き上手いとは思えへんけど」
「うっ……お前、痛いとこ突くなぁ」
話にオチも付いて二人で笑う。
「でも、何となく分かる……ただ『好き』って言うだけの恋愛はもうしやへんから」
「……なんやようわからんけど大人な意見やなぁ」
「へへへ……そしたら、私もう帰るわ」
「早っ!! もうちょっとおってもええんちゃうん?」
「そういうわけにはいかへん。助けやなあかん友達がおるから」
「そうか。じゃあ、これもってけ」
父が私に渡したものはさっきまで作っていたパズル。しっかりノリ付けされて額に入れてある……綺麗な綺麗な色とりどりのチューリップの絵。
何となく思い出した事……
確かチューリップの花言葉は……「思いやり」




