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第25話 「それぞれの多記透」

 息を弾ませて階段を駆け上がる。

 今は少しでも一緒にいたい気分なので急いで帰りたい。

 アパートの一室へとたどり着くと急いでドアを開けた。

「お父さん。お昼、買ってきた〜」

「おぉ。佳代、ありがとうな。そこ置いといて」

「うん」

 父を見た。私にプレゼントすると言ってパズルを一生懸命に取り組んでいる。

 8月も中旬。父がお盆休みだと言うので、一緒に過すため私はこっちへ来た。

 ……というのが建前。

 本当は皆との旅行以来、あの街に居るのがいやだったと言うのが本音。

 でも、来て良かったと思う。

 何気なく父の隣に座った。安心感が私を包む。

「変な奴やなぁ、座るところならいっぱいあるやん。そんなにこの部屋狭いか?」

「そんなことあらへんよ。でも、ここに居たいの」

 父はしばらく私の顔を見た後、再びパズルへ集中し始めた。

「お前みたいな年頃の子は皆、オッサンとか嫌いやと思ってたけど……」

「そら、その辺に歩いてるオッサンは私だって嫌やけど、今隣におるのって私のお父さんやん」

「……そやな。でも、同僚の娘さんなんか話もしてくれへんって言ってたで」

「その子はいつも近くにおるから気付かへんだけやと思う」

「……すまんな」

「ええよ、別に。もう慣れたし」


 私が欲しかったのは安らぎ。欠けたモノが埋まる感覚。

 彼がそれを埋めてくれると思ってた。でも……現実は上手くいかない。

「でも、良かった。佳代が元気になって」

「えっ?」

「3日前に玄関で会った時は今にも泣きそうな顔してたで」

「あぁ……」

 あの時が一番落ち込んでたときだ。

 どうしても心に開いた穴を埋める事が出来なくて私はここへ来た。

 そして、父はすっぽりとその穴へ埋まり、少しずつ私はバランスが取れるようになった。

 やっぱり「私の何か」を埋めるのは父以外にいないのだと思う。

 父はパズルをしながら話を続けた。

「あのさ……佳代」

「なに?」

「このパズルできたら……聞いて欲しいことあるんやけど。ええかな?」

「ええけど……とりあえずお昼にしよ」


 昼食をとり、一休みすると再び父はパズルに向かう。

 私はその横顔を見ていると、少しだけ……ハガキを一生懸命書いている彼とタブらせていた。

 西日がアパートの室内を染める頃、父はパズルを完成させた。

「やったやん!! 完成や!!」

「……そうやな」

 折角のパズルが完成したのに父の顔はいまいち冴えない。

「そういえばパズル出来たら聞いて欲しいことがあるって言ってやんなぁ。何のこと?」

「ん? ……あのな」

「?」

「お父さん……再婚しようと思うんやけど……」

「は!?」


*********************************************************************


「え!? 予定が詰まってる?」

『だって、直人、夏休み前にオレの予定は詰まってるって言ってたでしょ? そのつもりで私も予定立てたから』

 受話器の向こうから楽しそうな話声が聞こえる。

「んだよ。予定が急に変更になってさ……聞いてんのか? って、おい!! ……切りやがった」

 ベッドに寝転びながら携帯の電話帳を眺めながら次に誰へ電話しようか思案している。


 しばらく考えて、電話するのが面倒になった。

 とりあえず手当たり次第にメールすることにする。

 いつもなら事前連絡なんてせずに色んな場所へ行くのに……オレらしくもない。

 あの旅行の以来、こんな調子だ。

 他の奴らには予定があってオレには……もうない。

 全部、アイツのせいだ。アイツがハガキを書こうなんていわなかったら、こんなことにならなかった。

 バカみたいな事を何度も考えながら過す夏休みなんて最悪だ。


 考えが巡って元に戻った頃、部屋のドアがノックされた。

「直人、お客さん」

「誰?」

「長谷川さんって女の子だけど知らない?」

「え?」

 誰か分からなかった。

 かといって自分を訪ねてくれた貴重な人間をそのままにして置けるはずも無く、とりあえず部屋を出る。

 玄関へ向かうと一人の女の子が所在無さげに立っていた。

 まっすぐに伸びた長い黒髪。露出の少ない地味な服装。メガネをかけ、俯き加減で女の子は俺を見ていた。

 っていうか未だに誰か分からない。

 オレは彼女を眺めて何も言わないでいると、彼女は焦りだし、あくせくしながら持ってきたカバンから何かを取り出した。

「あっ、あの……これ……」

 彼女が取り出したのは携帯電話だった。

 液晶の画面からはオレが手当りしだい送ったメールが表示されている。


「あっ、来てくれたんだ!! うれしいなぁ……まぁ、ここじゃなんだから上がって上がって」

 オレは携帯を見ると反射的に受け応えしていた。我ながらわざとらしい。

 しかし、彼女は分かってるのか分かってないのか恥ずかしがりながらも靴を脱いだ。

 とりあえず今は気を紛らわせる相手は誰でもいい。

 部屋まで案内するとオレは小型冷蔵庫から飲み物を取り出し、隣においてあったお菓子を広げる。

 色々な物をとりに部屋を空けると女は室内を物色するので必要なものは大抵ここにおいてあのだ。

「さぁ、遠慮しないで飲んで」

「あ……はい」

 彼女は警戒してるのかまったく出されたものを口にしようとしない。

「大丈夫、変な薬なんて入ってないから」

「は……はい」

「……」

「……」


 気まずい。何だこの沈黙は。

「もしかして、緊張してる?」

 オレの言葉に彼女は反応して、慌てだした。

 意味無く何度もメガネをあげる仕草をしたりする。

「あの……ご、ごめんなさい!! ……その……男の部屋に来るの……初めてだから」

「マジで?」

 何度も首を縦に振る彼女。確かに……男がいそうな感じではない。

 それ以前にメールしてすぐにこの家に来れるところからして友達も少ないのだろう。

 まぁ、いいや。何も知らないほうが下手な駆け引きをしなくても良いからな。自分のペースに巻き込める。

「そんな緊張しなくていいよ……とって食うわけじゃないんだから」

 とか言いながらオレは彼女へ近づき、肩へ手をまわす。

 ちょうど良い時に来てくれたもんだ……


*********************************************************************


 私には心配事があります。それは妹……リンの事。

ドアをノックし、向こう側から返事があると私は室内へ入りました。

 物憂げにお庭の噴水を窓から眺めているリンの可愛さに私は卒倒しそうになりました。

 何とか気を取り直しリンに話しかけます。

「今日は出かけないのですか?」

「お姉様……もういいんです。終わったことですから……」

「心配しなくともお父様とお母様には私が上手く言っておきます」

「……いいえ、もう行きません。いままで疎かにしていたお稽古事に精を出しますから」

 久しく見ていなかった沈痛な面持ちに私の胸は張り裂けそう。

 我が琴和家の跡取りは私達姉妹のみ。

 長女の私はともかく、せめてリンには思う通りに生きて欲しいと願って止まないのです。

 だから、戯画にいそしむのも、ラジヲ番組への投稿もお父様とお母様には内密に進めてまいりました。


 しばらく黙り込んでいたリンは思いつめた顔をして私に話しかけます。

「何故に人は恋愛するのでしょう?」

「どうしたのですか?」

「お姉さまには何度も申し上げた通り、私は漫画家になりたいという夢があるのです」

「幼き頃からの夢でしたね。世界中の子供達に感動を与えるのだと」

「はい。ですが……周りの者は違います。夢や希望を語るのにその一方で恋愛に現を抜かし、夢を平気で忘れるのです」

 少し前も同じことを言ってリンは悩んでおりました。

 原因となった殿方と別れた事で解消されたとばかり思っていましたのに……

「……」

「夢は恋愛に勝てないのでしょうか?」


 瞳を潤ませて、語るリンを私は思わず抱きしめてしまいました。

 するとリンも私へ体をあずけます。

「自分達で勝手にしてくれれば良いのに……私まで巻き込もうとする……」

「もう、悩むことはありません。今は私に思いをぶつけなさい……」

 一体、何がこの子の身に起きたのでしょう。

 今すぐその障害を取り除いてあげたい。

 でも、もう少しこのままリンを抱きしめていたい……

 しかし、リンの一言で状況は一変しました。

「私が多記透という男を買いかぶり過ぎていたようです」

「!! ――今何と言いました?」

「お姉様、ごめんなさい。実は……今まで夜出かけて居たのは……多記透と会っていました」

「なんですって!!」

 その名前を忘れるはずがありません。

 多記透、一時期リンを惑わせた憎き相手。

「多記透……この忌まわしき名を再び聞くことになるとは……」

 私はいても立っても居られなくなりました。

「お姉様、どこへ行かれるのですか?」

「決まってます!! 今度こそ多記透の息の根を止めてみせます!! 坂田、車の準備をしなさいっ!! それと、長刀の準備もです!!」

「おやめください、お姉様!!」


*********************************************************************


 私は今日も玄関に座り、彼の来るのを待っています。

 彼とはもちろん多記君のこと。

 もう、五日になります。やっぱり嫌われたのでしょうか?

 多記君には私が重荷だったのでしょうか?

「澄音ちゃん、どうしたの?」

 話しかけてきたのは玲子さんでした。

「そういえば最近、皆を見かけないわね」

「……はい。皆、色々あって……」

「でも澄音ちゃんは……皆の中でも多記君が気になるわけだ」

「……」

 なにも答えない私に玲子さんは微笑みながら言います。

「彼のことが好き?」

「……はい」

 好きだということを素直に認めることにしました。

 そんな私に玲子さんは腕組みをして横を向き、言いました。

「……多記君も酷い奴ね。澄音ちゃんを見捨てるなんて……」

「見捨てる?」

「だって、今まで毎日のように来てたのに、もう五日も来ないんでしょ?」

「ち、違います!! きっと何か用事があるんです。ご親戚の方にご不幸があったとか」

「だったら連絡の一つもくれてもいいのにね」

「ああ……はい」

 考えないでいようと思っていた『見捨てられた』という、どうしようもない現実を突きつけられた気がしました。

 私が呆然としている間に玲子さんはブースの方へ行ってしまいました。

 その後の私は頭の中はごちゃごちゃで、ラジオの放送も耳に入ってきません。

 何だか色々な事を考えてしまい、ハガキを書けなくなってしまいました。

 多記君が来なくなって五日経ち、六日経ちが経ちました。

 ラジオからはペンシル祭さんや気まぐれサーファーさんのハガキが次々読まれます。

 でも私はそんな事もう、どうでもいいです。

 多記君、多記君、多記君、何で来てくれないの?

 ……淋しい。


 そして、とうとう一週間が過ぎました。

 もう放送を聞くこともないです。

 私は玄関の外で座りながら多記君をここで待っていることにしました。

 多記君の家は知っています。何度も行こうと思いました。

 でも、玲子さんの言葉が耳から離れません。

『澄音ちゃんを見捨てるなんて……』

 私には待つことしかできません。

 玄関に座りながら、今日も多記君のことを考えています。

 存在が大きいです、とても。

 あの日もこうやって、プリントもって来てくれた多記君を待っていました。

 ハガキが全然読まれなくて落ち込んでいる私は、とにかく誰かに頼りたくて多記君に抱きつきました。

 でも、今は違います。多記君だから触れたい。


 そんな思いに駆られていると、前方に人影らしきものが見えました。

 私は思わず立ち上がります。さらに影はだんだん近づき、大きくなります。

 とうとう輪郭が整ってきました。私はいつも間にか走り出していました。

「多記君っ!! ――えっ?」

 しかし、途中で走るのを止めました。

 多記君じゃなかったからです。

 その人は多記君よりももっと小柄でスカートをはいていました。

 見るからに女の子です。

 なぜかノートパソコンを首から提げて、何かを打ち込んでいます。

 私と彼女の距離がかなり近づいたところでようやく目があいました。

「多記透を出したまえ」

「え!?」

「とぼけても無駄だ。調べは付いてる」

 突然の詰問に私は戸惑ってしまいました。

 でも、この人も多記君を探しているのだと思うとはっきり言った方がいい気がします。

「本当です。私だって……多記君に会いたいから……」

 すると彼女は私をじっと見つめてきました。

「どうやら嘘はついてないみたいだな」

「あの……アナタは一体誰なんですか?」

「私の名は井端環いばたたまき。多記透の親戚とでも言っておこう」

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