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第24話 「不協和音」

「ったく……いつまでいるつもりだ? この場所が見付かるのも時間の問題かもな」

 今日も僕は波乗家の玄関へ人目を気にしながら入る。

 別にやましい事してるわけじゃないから気にすることないのだが、直子さんの親戚はこういう波乗家の事情を知ったら面白がって色々やるに違いない。

 それだけは阻止しなければ……


 舗装された坂道を登る。いつも思うのだが、波乗の家は変だ。

 まず、僕の身長より大きな門。次に門から家に着くまで10分かかるし、周りは木に囲まれている。

 これだけ前フリがあるにもかかわらず、波乗の家はこじんまりとした木造二階建て。

 放送電波もそう遠くへ飛んでいない。

 せいぜい半径500メートル。(波乗家近くのコンビニへ行ったときにラジオを聞くことが出来なかった)

 波乗丈が自己満足で放送しているなら問題ないが、リスナーがいる。

 放送中、一切CMは入らないし……どうやって運営してるんだ? 何なんだろう。

 ……って言うか僕は今、現実逃避をしてるのだろうか?

 だって、とっくに波乗家の玄関にたどり着いてるのに入ろうともしないで考え事をしている。


 正直、入りづらい。

 あんなことがあって、どんな顔をして入れば良いのだろうか?

 普通が一番だということは分かっているが、上手くやれるだろうか?

 変に意識したりしないかな?

 ――僕ではなくて波乗が。

「――るの?」

「っ!?」

 何か後ろから声がする。

 とりあえず無視。

「――ってるの?」

「うるさい、今考え事を……」

「多記君、何やってるの?」

「うわあああっ!! ……波乗っ」

 慌てて振り向くとそこには波乗が立っていた。

 笑顔で僕を見てる。

「今日は少し遅いね」

「えっ? あぁ……ちょっと、尾行を撒いてた」

「そうなんだ。じゃあ、中へ入ろ」

「……ああ」

 あれ? 普通だ。

 昨日の事、気にしてない?

 ……なんだ、僕の考え過ぎか。アホらし。


 部屋に入り、いつものようにラジオの放送を聞きながらメモを取ったりネタハガキを書いたりする。

 特に何も変わらない。僕は次第にいつものベースに戻ってきた。

 工藤と川上がいなくなった今、ハガキを稼げるのは僕しかしない。

 ペンの乗りも良くなってハガキ量産体制になった、その時、波乗が僕に話しかけてきた。

「多記君、あのさ……」

「何だよ」

「あの……」

「だから、何だよ。ネタに困ったか?」

「ううん、そうじゃなくて……」

 波乗は何だか僕のほうをチラチラと伺いながらタイミングを計っている。

「じゃあ、何だよ」

「あのさ……多記君のこと……これから名前で読んでいい?」

「えっ!?」

「駄目かな?」

「いや、別に構わんが……」

「多記く……じゃなくて……と……透君、ありがとう!!」

 ――って言うか、そんな事言われて、駄目と言えるはずがない。

 すごく嬉しそうな彼女の顔の前では多少の事は気にしないことにした。

 いいよな、名前ぐらい。まったく知らない他人でもないし。


 しかし、この事がきっかけで波乗は変わっていった。

 次の日波乗家へ行くと波乗が玄関先で僕を待っていた。

 手を振り近寄ってくる彼女に僕は違和感を覚えた。

「透君、待ってたよ」

「……」

「どうしたの?」

「いや、いつもと雰囲気違うなぁって思ったから……」

「分かる? 分かる? 今日は軽くお化粧したの」

「なんで急に? 今まではしてなかっただろ?」

「えっ!? だって、私も女の子だし……」

「……ああ、そうだな。ごめん」


 さらに次の日。

「せっかくの夏休みなんだから明日、どこか行かない?」

「何言ってるんだよ。明日はネタハガキの傾向を考える日だろ?」

「いいじゃない。たまには」

「こういうネタの傾向を修正することを怠っては駄目だ」

「……どうせ私は読まれないし」

「だから努力するんだろ?」

「いい。だって、透君がいてくれるじゃない? それで十分」

「なに言ってるんだよ……」

 こんなことがもう何日も続いている。


 明らかに波乗のモチベーションが下がってる。

 最初のようなハガキ職人への情熱がなくなった気がする。

 放送中、それ以外でもネタ帳に書き込みする回数が減ったし、放送を聞いているときより僕と話をしている時間のほうが多い。

 今や波乗が宝条リンなのか僕がそうなのか分からない。

 読まれるハガキの9割がたは僕のものだ。

 このままではペンシル祭だけじゃなく、気まぐれサーファーにも追いつかれてしまう。

 正直、僕のネタが読まれる採用率は高い。

 しかし、書ける枚数は限られている。

 ペンシル祭は僕より書くスピードが明らかに速い。

 だから、じりじり追い詰められていく。

 波乗は僕が何とかしてくれると思って安心しきっている。


 だから今日も僕がハガキ書く隣で、くっつく様に座り離れない。

 何をやってるんだ波乗は……って何もしてないし、ただくっついてるだけ……

 僕は我慢し切れなくなった。

「おい、ハガキ書けよ」

「でも、ネタ浮かばないし」

 僕の言うことを聞いてくれる雰囲気じゃない。

 それどころか余計にもたれかかってきた。

 彼女の髪からいい感じの香りが……って言ってる場合じゃない。

「お前、家族を取り戻したいんじゃないのか?」

「……うん、そうだけど。今はこうしてるほうが……」

「おい、どうしたんだ? 波乗らしくない」

「変?」

「明らかに変だ」

 すると波乗は僕から離れ一定の距離を置き、こちらを真剣に見つめる。


「好きです」

「なっ……」

 この前とは違いハッキリと言った。

 正直、嫌な展開だ。

「透君は?」

「……ゴメン」

「え!? それってどういう意味?」

 波乗の表情がどんどん曇っていく。

 だが、僕を見つめる目だけが力を失っていない。

「その……なんと言うか……ハッキリ自分の気持ちが分からないというかだな……」

 正直、波乗はカワイイと思うし、向こうが好きだって言うんだから付き合えば良いのだが……

 工藤の事もあるし、リンが言った『くだらない恋愛したけりゃ勝手にやっててね』という言葉も僕の中でストップをかける。

 皆いなくなって、二人だけになった部屋で、二人になったから僕はやってしまったのだろうか?

 そこに波乗がいたから……

 波乗の瞳が――涙が――唇が――言葉が――さらに僕を追い詰める。

「好きじゃないのに……したの?」

「えっと……あの……勢い……」

「そんなのってないよ!!」

 不覚にも僕は波乗の顔を見て失言したことに気が付いた。

 慌ててフォローしようにもすでに遅く、波乗はしゃがみこんで泣いてしまった。


「……っ……うっ…………うっ……」

「……」

 波乗は大声で非難するわけでもなく……声を殺して必死に悲しみに耐えている。

 この前のようにわめき散らかされた方がまだましだ。

 そして僕は彼女に近づくことも出来ずに立ち尽くしている。情けない。

 でも……近づいて……慰めて……どうなるんだよ。

 余計に傷つけるだけじゃないか……

 色々なことが頭を巡り、不意にバランスを崩した僕は足を一歩だけ後ろに下げてしまった。

 それは本当に意識したことじゃない。たまたまだ。

 でも、彼女は敏感に反応した。

 俯いて泣きながら言う。

「――どこいくの?」

「えっ!?」

 波乗は僕が帰ろうとしていると勘違いしている。

「どこへ……いくの?」

「いや……」

 即答できない僕がいる。

「……明日」

「?」

「明日も……来てくれる?」

 その瞬間、僕がホッとしたのは言うまでもなかった。

 『逃げ道が見つかった』と。

「あ、当たり前だろ。明日も来る。じゃ……じゃあ今日はこの辺で帰るから」

 僕は卑怯者だ。勘違いをキッカケにこの場を逃げ出した。

 じゃがんだままの波乗を残して、独りの波乗のを残して……早足に波乗家を後にした。




 玄関を開け庭へ出ると、誰かが僕の行く手を阻んだ。

「多記君、話があるの」

「玲子さん……すいませんが今日は勘弁してもらえませんか?」

 玲子さんは真剣な面持ちで僕の前に立っている。

「重要な話なの」

「いや……」

 そんな気分じゃない。

 一刻も早くこの敷地から逃げ出したいんだ。

「内容は『ラジオデイズ』の事……それでも駄目?」

「今じゃなきゃあ駄目な話なんですか?」

「ええ。お願い」

「……分かりました。手短にお願いします」

「ここだと澄音ちゃんに聞こえるかもしれないからこっちにきて」

 僕は玲子さんの先導で歩き出した。


 歩き始めてすぐ、玲子さんは僕がいつも通って来る山道とは違う道へ入った。

「玲子さん、何処へ行くつもりなんですか?」

「……」

 僕の言葉を無視して歩き続ける彼女に少しイライラしてきた。

 この状態が10分ほど続き、完全に波乗家内にある森の中へ入ってしまう。

 辺りは暗く、月明かりだけが頼りである。

「玲子さん、一体どういう――」

「多記君は何で澄音ちゃんを手伝ってるの?」

 玲子さんは僕の言葉に被せる様に言った。

 しかも、質問内容が僕の心を逆撫でする。

「……僕に何を言わせたいんですか!? わざと人を苛立たせたりして!」

 すると玲子さんは立ち止まり、首を振った。

「違う、そんなつもりない……」

「じゃあ、なんで――」

「苛立っているのは多分、私……」

 僕へと振り返り、じっと伏せ目がちに見つめる玲子さんの視線に耐えられない。

 思いつめた表情が波乗の表情と被る。

 思わず、少し目を逸らしてしまう。


「こんなことしても時間の無駄。単刀直入に言うね。澄音ちゃんから手を引いて」

「はぁ!?」

「このままじゃあ彼女……宝条リンが1位をとってしまう」

「……」

「お願い!! もし彼女が一位をとってラジオブースに入ったら、丈さんはきっと家庭を顧みてしまう!!」

 玲子さんは僕の両腕を掴み訴えかけた。

 僕はただ揺さぶられながら答える。

「それはしょうがないでしょう。だいたい今迄が異常だったんだ」

「私は本気でお願いしてるの!!」

「波乗の気持ちだって本気でしょう!!」

 思わず僕も声を上げる。

 そうだ。僕は波乗の『家族を取り戻す』という夢を叶えるために頑張ってるんだ。

 このことだけはハッキリしてる。

 どんなにギクシャクしても波乗を応援することには変わりない。

「お願い……私達の世界を壊さないで……」

 玲子さんの肩が震えている、瞳からは涙が零れ落ちた。

「玲子さん?」

 僕が玲子さんの異変に気付きを覗きこんだ瞬間だった。

 背後から鈍い音とともに体中に痛みが走る。

「――!!」

 その後立て続けに痛みが走り、僕はひざから崩れ落ちた。

「……悪く思わないでね……私達はもう負けられないの……」

 薄れゆく意識の中、視界に入った人は……

 鉄パイプを持った……

 ――ペンシル祭!?

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