第23話 「逃亡者」
「ふぅ、何とか撒いたみたいだな……それにしてもしつこい奴だ」
僕は波乗家の玄関前で一息つく。
さっきまである人物に追われていたのだが、何度も迂回いして逃げおおせたわけだ。
玄関を開け、ラジオブース前を通る。
相変わらず波乗丈ことジョニーはせわしなく動き、夜の番組に向けて準備をしていた。
それを横目に波乗の部屋へ行く。ドアを開けると室内には波乗とリンがいた。
二人は一瞬、こっちを見たけど入ってきたのが僕だと分かるとため息をつく。
「今日も来てないのか……」
「……うん。多記君も遅かったね」
「あぁ、ちょっとした奴に追われてな……」
「誰? 怪しい人?」
波乗が不安そうな表情を見せる。
基本的に独りでいることが多い彼女にとっては不安に違いない。
だから、少し説明してやることにした。
「いや、親戚だ」
「親戚?」
「正確に言うと『直子さんの親戚』だ」
「もし、この家へノートパソコンを持った変な奴が現れても絶対に中に入れるな」
「うん」
僕らの話に得意げな顔をしてリンが口を挟む。
「直子先生の親戚って……リンちゃん知ってる!! えっとね、うーんと、た――」
「言うなっ!! 名前も聞きたくない」
「お断りリンっ!! って――んぐっ」
リンがあんまりうるさいので口を塞いでやった。
リンが落ち着くと僕達はハガキを書き始める。
二人がいなくなって二週間が経つ。
これだけ時間が経てば、アイツ等が書いたハガキのストックはとっくに無くなっている。
で、宝条リンの状態はといえば……以前の水準をかろうじて保っていた。
それは僕が二人の分のカバーをしているからだ。
この数ヶ月間、ただ過ごしてきたわけじゃない。
自分にないものを二人のネタハガキを読んで探していたのだ。
だから、二人の書くネタの傾向はすでに把握している。
あとはそれを真似て書けばいい。場当たり的な方法だが今は仕方ない。
しかし、長期的に見ればいずれかは破綻するだろう。
それに加えペンシル祭の読まれる量が爆発的に上がってきた。
今や各コーナーで読まれるハガキは宝条リンとペンシル祭の二強に、気まぐれサーファーがかろうじてついてくるといった展開になっている。
「リンちゃん、つまんなーい!!」
「うるさいぞ!! リン」
こうやってリンが言い出すのは毎度のことなので僕はとりあえず突っ込んだ。
だが、今日のリンは一味違い、不満を爆発させた。
「つまんない!! つまんない!! つまんな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いっ!!!」
「なんなんだよ、お前は!!」
さすがに慣れているとはいえ僕は腹を立てた。
すると、リンは急に静かになり俯いた。
「リンちゃん、皆がいないとつまんない……」
「……」
僕と波乗は黙ったまま答えることが出来ない。
「ねー、二人を迎えにいこうよ」
「それはできない……」
「……琴和さん、ごめんなさい」
「何で? リンちゃん、わかんない」
「……」
リンは僕に近づき顔をじっと見る。
僕はまともに目を合わせることが出来ずに顔を逸らした。
するとリンは大げさにため息をつくと腕組みをした。
「あ〜あ。また、恋愛沙汰かぁ……リンちゃん、つまんない」
「!!」
バレてる?!
こいつの直感は馬鹿に出来ない。
明らかに失望した表情を見せてリンは立ち上がった。
「おい、どこへ行くんだよ」
「……リンちゃん、帰る」
「待てよ、話を聞けよ」
僕はリンの腕をつかもうと手を伸ばすが、あっさり彼女にかわされる。
リンの僕を見つめる瞳がもの凄く冷たい。
何も受け付けないような印象を受けた。
「お断リン。 久しぶりにタッくんが面白いことやってるなぁ〜って思ったけど、結局はこんなもんだよね〜♪」
文字にしてみればいつも通りだが、声のトーンが明らかに違う。
こんなリンを見たのは二度目だった。
一度目は……いつだっけ?
「リン……」
「くだらない恋愛したけりゃ勝手にやっててね。それじゃあ」
捨てゼリフを残し、リンはドアを開け出て行く。誰も止められない。
――あっ。あの表情は……思い出した。
初めて見たのは……別れたときだ。
こうしてリンもいなくなった。
静かな部屋で僕と波乗は固まっていた。
しばらくして、波乗が僕に話しかける。
「琴和さん、なんだかいつもと性格が違ってたような……」
「アイツはテンション高いときと低いときの差が激しいだけだ」
「付き合ってたから良く知ってるんだね」
「まぁな」
僕が否定することなくアッサリ言ったのが原因なのか波乗は俯いてしまった。
そのまま何も言えずに時間が過ぎる。
しばらくして波乗はゆっくり僕へ話しかけた。
「多記君、前から聞きたかったんだけど、どうして二人は別れたの?」
「……」
「あっ、ゴメン。聞いていいことと悪いことがあるよね」
「いいさ別に……」
「実は玲子さんがラジオ界からいなくなってからもハガキは書いてた。いつアノ人が帰ってきてもいいように僕が頑張ろうって思ってた」
「……うん」
「でもアイツと……リンと付き合うようになってから全然ハガキを書かなくなったんだ」「……」
「アイツは絵を一生懸命書く。描いている間は何者も寄せ付けない。僕もハガキを書く。それが二人を結びつけるモノだった。オレだけ恋愛に夢中になってアイツはそれを冷めた目で見てた」
波乗は僕の目をじっと見て話を聞いている。
「断っておくけどバカなアイツも冷たいアイツもどっちも本当のアイツだ。あいつの家はしつけが厳しい。それに加え通っている学校も由緒正しい学校だ。あんなバカがやれるのは僕達の前だけなんだよ」
「……」
「きっと……バカやれる場所が大切だったんだ」
今、考えてみれば付き合ってたなんて思っていたのは僕だけだったのかもしれない。
そう思うとあいつのことを何も知らなかったのだと思う。
「それなのに僕はまた恋愛沙汰でアイツを冷めさせてしまった……それだけじゃないあの二人が来ないのも僕のせいだ……変な意地張らないで迎えにいくべきなんだよな……駄目だな……リーダー失格だ」
「それは違うよ! 多記君は頑張ってると思う!」
「……そうかな」
「だって、今もここにいてくれるでしょ?」
「……」
瞳が潤んで見えるのは気のせいだろうか?
波乗は僕に微笑みかける。
ただそれだけのことなのに少し救われた。
「それに琴和さんが言うようなことは無いと思う」
「え?」
「恋愛はくだらなくない」
「波乗?」
「ただ……バランスをとるのが難しいんだよね」
「そうだな……」
「……やっぱり言うね、私」
胸に手を当て顔下へ傾ける。
少しして決心したのか顔を上げた。
「佳代ちゃんと多記君が二人きりなんて……すごく嫌だった」
「!?」
「好き……ってハッキリとは言えないかもしれないけど……」
「言わなくていいよ」
僕は手を伸ばし波乗を引き寄せていた。
波乗は何の抵抗もなく僕の中へ包まれる。
しばらく抱き合ったまま時間が過ぎた。
やがて僕は波乗から少し離れ、向き合った。
波乗は目を瞑り、呟く様に言った。
「多記君は私のこと……」
僕はそれに答えることなく彼女と唇を重ねた。
また一つ、僕は答えから逃げた。




