表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/46

第22話 「遠い浜辺」

 オレはタイミングを計っていた。

それは波乗澄音をいつ押し倒すか。

「佳代ちゃんと多記君遅いね」

「そうだね……」

 彼女は足を横にして座っている。前から押せば軽く倒れそうだ。

 いつもならもうとっくに押し倒しているところだけど……彼女は調子が狂う。

 何故か慎重になってるオレがいた。

 そんな気持ちを払拭すべく本題を切り出した。

「実はさ……今、多記は佳代の部屋へ言ってる」

「え? どうしてですか?」

「分かるだろ?」

「え……」

 それからしばらく無言の状態が続いた。

 明らかに彼女は落ち着きがなくなっている。

 もう待っている時間もない。

 多記がこっちへ来る可能性もある。


 オレは少々強引と思えるぐらい、一気に彼女へ近づいた。

 すぐに彼女は怯えるように後へ下がる。

「どうしたの川上君!? こんなこと止めようよ」

「止めない。だったらなんで多記がいないと分かったのにすぐに帰らなかったの?」

「――えっ!?」

「部屋に帰るのが怖かったんだろ?」

「!? ちが――」

「違わない」

 澄音は怖がっているのか瞳は潤んでいた。

 これ以上言うことは彼女にとって酷な事に違いない。

 でも、そこを突いてこそオレにもチャンスが巡って来る。

「今頃、多記は工藤とやることやってるさ」

「!!」

 一瞬の隙を突いてオレは彼女を押し倒した。

 両手を押さえる。彼女は目を瞑り、横を向いて必死に抵抗した。

 オレは唇を重ねようと顔を近づける。

「嫌っ――止め――」

「止めない」

「嫌っ! ……嫌っ!! ……くん……」

「っ!?」

 その時、オレは見てしまった。

 彼女の口がかすかに動き、その動きは確かに『多記君』と言っていた。

「――なんでだ?」

 なんで多記なんだよ。

 アイツとオレはどう違うっていうんだ?

 そこでようやく理解した。

 調子が狂ってるのも慎重になったのもすべて多記のせいだった。

 アイツが絡むとオレはいつも必要以上に意識する。



 数年前――

『なぁ、頼むよ。紹介してくれるだけでいいからさ』

 多記からこう言われた時、オレは動揺した。

『だって、川上と彼女は友達なんだろ?』

 「友達なんだろ?」って念を押してくる。

 オレは頷くしかなかった。

 今思えば何であの時言わなかったんだろう。

 『オレは彼女のことを好きだ』って……

 今は彼女のことはもうなんとも思ってない。

 ただ……心に残っているのは……言わなかったことに対する後悔だけ。

 多記を見るごとに臆病になってた自分を思い出す。

 今ならこうして押し倒してどうにかできるって言うのに……



 一瞬の気の緩みが、澄音の反撃を生んでしまった。

 彼女の両手がオレの体を一気に押しのける。

「!!」

 オレは大げさに横に倒れこんだ。

 彼女はそのまま部屋を逃げるように出て行った。

「くっ……」

 また多記に邪魔をされた。

 オレは倒れたまま動けない。


*********************************************************************


 突然の告白に驚いた僕は工藤の体を支えきれずに倒れてしまった。

 彼女が上になる格好で間近に向かい合う。

 彼女の息づかいを感じる。

 それだけじゃない、工藤から良い匂いがして僕の判断力を鈍らせた。

「ぼ、僕は……」

「今夜だけでええから……私と一緒に居てくれへん?」

「……」

 今、心の中で『うん』と言ってしまった。

 心のたがが緩む。自制出来ない。

 おかしい。絶対におかしい。

 こんなの僕じゃない。呼吸がだんだん荒くなっていく。

 僕は……興奮してるのか?

「なぁ、多記ぃ……」

 なんだか頭の中で靄がかかったように思考が不鮮明になってくる。

 ――まぁ、良いか。

 すると自然に僕から変な言葉が口をついた。

「僕も男だからこんな状況になった以上、後には引かない」

「えっ!? ……う……うん」

 工藤を寝かせて今度は僕が上になる。

 上から見る彼女の表情はほんのり上気していて艶っぽい。

 不覚にも工藤を初めて女性と認識した瞬間だった。

 彼女は目を瞑り、事の始まりを期待して待っているようだ。

 かすかに工藤は震えている。

 僕は彼女に顔を近づけた。


 プルルルルッ

「!?」

 突然、部屋に備え付けてあった電話が鳴った。

 我に帰り、電話のほうを見ると工藤は目を開けて僕に言った。

「……放っておいたらええ」

「そういうわけにもいかないだろ?」

 上にいる分、僕のほうがすぐに電話に出ることが出来た。

 受話器をとると男性の声が聞こえた。

「フロントですが、多記透様でごさいますか?」

「えっ!? はい、僕ですが……」

 どうしてこの部屋へ僕宛の電話がかかってくるんだ?

「先ほどお連れ様から電話するように言われたものですから」

「お連れ様?」

「はい。女性の方でしたが……お心当たりはありませんか?」

「……」

 頭に浮かんだのは……小柄でツインテール。

 僕に対して妙に丁寧な言葉使ったり、すぐに顔を真っ赤にする女の子……波乗だった。

「……ありがとうございます。そう言えば電話するように頼んであったんですよ。わざわざありがとうございます」

 僕はフロントにというか波乗に礼を言った。


 受話器を置き振り返った僕に工藤が不安そうな視線を向ける。

「誰?」

「フロントからだった」

「そう……」

「僕、もう行くよ」

「ちょっと待って!!」

「待てないよ」

 立ち上がり、帰ろうとした僕に工藤が大声で言う。

「やっぱり、多記は澄音のことが好きなんやろ!!」

 すっかり僕は冷めた気持ちになっていて、工藤の挑発も気にならなかった。

「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ?」

「多記……」

「それじゃあ、おやすみ」

「多記ぃぃ!!」

 僕はドアを開け部屋を出た。

「私は本気やのに……」




 僕は自分の部屋に戻ろうかと思ったけど止めた。

 何となく川上に悪い気がしたのだ。

 で、結局こうやって外に出て海岸をブラブラしている。

 あのまま電話がかかってこなかったらどうなっていたのだろう?

 勢いって怖いなぁ……と思ったりした。

 まぁ、勢いのせいにしてる僕も僕だけど……

 しばらく歩いていると前方に小さな人影が砂浜に座っているのを見つけた。

 期待してたわけじゃないといえば嘘になるが、急いで人影に近づく。

 影形がハッキリすると……やはり波乗だった。

「おい、波乗」

「近づかないで!!」

「ん?」

「……今は男の人には近づいて欲しくないんです」

「どうした? ……まさか、川上に何かされたのか!!」

 波乗は首を横に振る。

「大丈夫、何とか逃げたから」

「そうか。良かった……」

「良くないよ!!」

「え?」


 立ち上がった波乗はこっちを睨む。その瞳は少し赤く腫れていた。

「なんで部屋に戻って来てくれなかったの?」

「それは……」

 説明するには工藤とのことを話さなきゃいけないのだが、余計な誤解を与えるような気がした。

 僕が答えられないでいると波乗は話を続けた。

「多記君の名前……呼んだのに来てくれなかった……」

「そんな無茶言うなよ。僕は正義の味方でもなんでもないんだから」

「わかってる。わかってるけど……怖かった……」

 波乗が近づいてくる。

 その進度にあわせて僕は後退した。

「どうしたの?」

「だってお前『近づくな』って言っただろ?」

「……」

「それに僕も今は近づいて欲しくないんだ」

「佳代ちゃんと何かあった?」

 痛いところを突かれた僕は口ごもる。

「べ……別に……な、何もないけど」


 明らかに何かあったような僕の受け応えに波乗は黙ってしまった。

 僕は何か言葉を探そうと必死になった。

 そして思いついた言葉は――

「電話ありがとな」

 すると波乗は俯いた。言葉の選択を誤ったらしい。

「止めて……今、そのことで自棄になってたんだから……」

「……」

「佳代ちゃんと多記君がどうなっても、関係ないことなのに……邪魔しちゃって……」

「邪魔じゃない!! お陰で助かった」

 僕の言葉を聞いた波乗は俯いていた顔をすごい勢いで上げ、僕を見た。

「やっぱり、佳代ちゃんと何かあったんだ!!」

「何もない! なりそうになっただけだ!」

「それでも駄目です!」

「うっ……でも、あれだぞ、あんな状況になったら大抵の男はだなぁ……」

「言い訳ですっ!!」

「だって、向こうから迫って……」

「責任転嫁だよっ!!」

「……ごめん」

 なぜ僕が波乗に謝らなくちゃいけないんだよ。

 しかし、自然に謝ってしまった。彼女に対して後ろ暗い気持ちがあるからなのか?

 謝った僕を見て波乗は顔をそらし、横を向いた。


「って……なんで私、多記君を責めてるんだろ」

「波乗……」

「皆と仲良くしたいだけなのに……」

「……」

「ハガキ書いて騒いで楽しく過ごしたいのに……どうしてこうなったの?」

 なんとなく波乗の気持ちは分かった。

 でも、なぜかそれを聞き流すことはできなかった。

「波乗、それは違うぞ」

「え?」

 自分でも良く分からないうちに波乗へ反論していた。

 すごく波乗の言葉が奇麗事に思えたからだ。

「いつまでも同じままというわけにはいかない。だから、波乗だって家族を取り戻すべく頑張ってるんだろ?」

「……」

「アイツ等だって抱えてる気持ちをそのままにしておけなかったんだろ? ……人はいつか決断しなくちゃいけない」

 反論した僕の言葉も十分奇麗事だ。自分でも嫌になる。

「だから明日からまたハガキを頑張ろう。最終発表がある日まで」

「……うん」

 僕は何だかんだ言って結論を先送りにしただけなのかもしれない。

 その後、僕達はそれぞれの部屋へと帰った。

 部屋に帰ると川上はすでに寝てた。




 次の日。帰りの電車の中ではもちろん無言だった。

 傍目からは旅行帰りの疲れた4人組にしか見えないけど、実情はそんな理由で話さないわけじゃない。

 気まずさだけが残った旅行だった。


 さらに翌日、川上と工藤は波乗の家に来ることはなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ