第21話 「心情waver」
<今までのあらすじ>
学校を休んだ波乗澄音の家へ学校のプリントを届けるために行く多記透。
そこで見たものは木造二階建ての家がラジオ局となった波乗家だった。
彼女の兄は家出、他の家族はラジオ放送に夢中で誰も放送施設から出てこない。
澄音自身なんとか頑張るが家族は誰も相手にしてくれない。
ただ一つ家族と会う方法はラジオ番組「ラジオデイズ」で行われるハガキ職人グランプリで優勝してサーファーキングの称号を得た後、副賞であるラジオブースご招待権を獲得する事。
早速、澄音はハガキを書くが、一向にハガキは番組で読まれない。
能天気な澄音もさすがに落ち込んで学校も休みがちになった。
そんな時、多記透が来た。彼が元ハガキ職人と知った澄音は協力してくれと頼む。
が、多記はあまり乗り気ではない。
しかし、波乗家で多記は華富玲子と再会する。その事で澄音に協力することを約束する。
多記の協力で学校へ行く余裕ができた澄音は学校へ行くようになる。
少しずつハガキは読まれだしたが、ネタハガキのレベルの高さに多記は愕然とする。
自分がハガキ職人をしていたときに憧れていた人たちがシノギを削っている世界だった。
このままではサーファーキングになる事は無理と悟り、他の仲間を集めハガキ作成集団「宝条リン」を作る事を提案する。
そこで見つけたのが波乗澄音の友達、工藤佳代だった。
彼女はもともと関西出身でお笑いにも詳しい。
だが、家族というコンプレックスからなかなか協力しようとしてくれない。
そこで多記は家族を意識しすぎる佳代に自分の生い立ちを話す。
多記に比べ自分の悩みは両親が生きてこその悩みだった事に気付く。
多記を信用し「宝条リン」に参加する事にする。
成実を入れたことで順調に採用ハガキを増やす「宝条リン」。
ある程度読まれるようにはなったが、頭打ちになる。その原因は下ネタに弱いことだった。
そんな時、多記は友人の川上直人を思い出す。
直人の下ネタは他の追随を許さない、強力なテコ入れになる。
しかし、直人とは琴和リンとの事でわだかまりがあり、会うこともままならない。
それでも多記は直人に頼んでみた。
すると直人はハガキを書く条件に波乗澄音と自分が付き合えるように協力しろと提示する。
成実は反対するが、多記の判断で条件を了承する。
そして4人揃った「宝条リン」は他のハガキ職人と渡り合えるようになり快進撃を続ける。
しかし、波乗だけはなかなかハガキが読まれない。悩む波乗。心配するほかのメンバー。
そこへ直人の提案から波乗のサポート役としてイラストの上手な琴和リンを呼ぶことにする。
波乗も最初は意固地になって拒否するが、多記の説得で琴和リンとコンビを組むことに納得する。
徐々にではあるが五人にもチームワークが生まれ、一体感が出てきた。
ハガキ職人グランプリ、中間発表。見事、一位を獲得する。喜ぶ五人。
気の緩んだ五人は一位を取った記念に海へ遊びに行く。
心地よい揺れでウトウトしていた僕は誰かの声で目が覚めた。
「多記君、食べる?」
目を開け正面を見ると、波乗がお菓子を差し出している。
僕がぼんやりしながら受け取ろうとすると横から手が伸びた。
「あっ、川上」
「澄音ちゃん、ありがと〜」
「それは僕がもらったお菓……」
「そんなに澄音のお菓子が欲しいんか?」
僕の抗議に横に座っている工藤からツッコミが入る。
「え? いや、そういうわけじゃあ……」
僕は誤魔化すように窓を見る。
景色がどんどん流れていく。
「外はいい眺めだなぁ〜」
「何誤魔化してるん? ……まぁ、ええわ。これでも食べて」
工藤の差し出したサンドイッチを口にする。
僕達は今電車に乗っていた。
川上の提案で中間発表1位記念、一泊二日の旅行へ行くことになったのだ。
「残念だね、琴和さん来れなくて……」
「しょうがないさ、直子さんの手伝いなんだから」
リンはこの旅行には参加していない。
直子さんの仕事がお盆休み進行のため、手伝う約束をしていたのだ。
「でも、琴和がこういう計画に参加せえへんなんておかしいなぁ」
「直子さんはリンにとって神様みたいなものだからな。絶対服従」
「やっぱり、漫画家になりたいんかなぁ」
波乗が僕の服の袖を引っ張り、もじもじしながら僕に尋ねる。
「あの……琴和さんはよく多記君の家へ手伝いに来るの?」
「そうだな。前は入り浸りの時期があった」
「そうか、その時二人は色々と……あったんやな」
工藤は何度も頷き、波乗は下を向いた。
「……お前達、リンに何を聞いた」
「さぁ、なんやろな?」
「波乗答えろ」
波乗は顔を真っ赤にしてボソボソと何かいっている。僕は聞き耳を立てた。
「えっ!? 言えないよ……そんなこと。恥ずかしい……」
「なるほど。多記はリンとそんなことをしてたわけか」
「川上、それ以上口を開くな!!」
電車は揺れながら僕達を運んでくれる。
目的地に到着した僕達はさっそく宿泊場所へ向かった。
「この旅館が俺達の宿泊場所で〜す。もちろん男女別々に部屋は予約してあるから」
電車の切符から旅館の手配まで全て川上が用意した。
こういうことに関しては気が利く男である。
「じゃあ、とりあえずここで別れて海岸で会おう」
「うん、それじゃあ」
僕達はそれぞれの部屋に入った。
「川上、ホントにこいうことは手回しがいいな」
「当たり前だ!! これもすべて澄音ちゃんをゲットするため」
「……」
なんで僕はこの言葉に何も返せないのだろうか?
そんな僕の考えをよそに川上は真剣な面持ちで話し続ける。
「多記、澄音ちゃんをお前に渡す気はないからな」
「何言ってるんだ。僕は別に……」
「だったらいいんだ。お前はただ俺と澄音ちゃんとの仲を取り持てばいいんだから」
「……そうだな」
海水浴場で待っていると波乗と工藤が水着姿で現れた。
「多記、変なとこ見るなや!!」
「見てねぇよ!!」
「澄音ちゃんは何着ても似合う!! 最高!!」
波乗は川上に褒められ、恥ずかしいのか少しうつむく。
「……ありがとう、川上さん……あの……多記君は……どう?」
波乗は小花柄のスカート付きワンピースだった。
まぁ、なんとも波乗らしくて無難な感じだ。
「似合ってるぞ」
「……ありがと」
後で誰かが僕の腕を引っ張る。
僕が振り向くと工藤が恥ずかしそうにしていた。
「なんだよ」
「私のはどうや?」
「え?」
「その……み、水着」
工藤を改めてみる。
デニムパンツに青と白のストライプのセパレート水着。
活発そうで悪くない。
「いいんじゃないの?」
「それだけ?」
「は? うん。それだけだが……」
「はぁ……」
なんだか工藤ががっかりしたように思えたけど気のせいか?
「澄音ちゃん、泳ぎに行こ!!」
大きな声に振り向くと、波乗は川上に手を引かれ海へ入っていった。
僕はとりあえずその場に座る。工藤も僕に合わせて隣に座った。
「荷物は僕が見てるから工藤は遊びに行っていいぞ」
「ええわ。多記がおるんやったらここにおる」
「なんだそりゃ?」
「日焼けするぞ」
「ええよ。どこにいても同じやし」
「はぁ……」
しばらく、楽しそうに遊ぶ川上と波乗を見ていると工藤がポツリと言った。
「楽しそうやな」
「そうだな」
「……あの二人は何やかんや言っても両親がすぐそばにおる。頼りになる人がそばにおるんや……だからあんなに楽しそうに出来るのかもしれへんな……私達とあの二人は違う」
「……どうしたんだ急に」
「でも、一番偉いのはアンタやな。両親死んだのにこんなにも元気に生きとる」
「別に僕はもうそんな事気にして無い。家に帰れば直子さんが居るし、学校へ行けば波乗や工藤、川上がいるじゃないか」
僕は工藤を励まそうとしたのだが、彼女は寂しそうな笑顔を僕に向けた。
なんだか気まずい雰囲気だ。
「やっぱり澄音の名前が一番初めに出るんや……」
「順番なんてどうでも言いと思うけど」
「女の子は……ううん、違うな。私はすごく気になる。その順番……」
「えっ……」
「さぁ、私達も泳ごか」
「あ、ああ……」
「あっ、そや、そや。夜さぁ、女の子の部屋で遊ばへん? 川上も連れて来てな」
「うん、そうしよう」
僕はその時この気まずい雰囲気が少しでも良くなればと思い気安く返事をした。
そして夜。
僕たちは昼間の約束どおり、女の子たちの部屋へ向かうことにした。
「おい、川上行くぞ」
「おお。先に行ってくれないか? 色々と準備があるし」
川上はカバンの中身をあさって何かを探してる。
準備のいい川上のことだから遊び道具でも探しているんだろう。
「じゃあ先に行ってるから」
「そうそう、多記。一階の売店へ行ってジュースを買っていってくれ頼む」
「わかった」
僕は部屋を出て一階へ降りた。(僕達が泊まっているのは三階)
特に急ぐ必要もないとのんびり売店でジュースを買うと波乗たちの部屋へ向かった。
部屋の前に到着しノックする。
するとドア越しに返事がしたのでドアを開けて部屋へ入ることにした。
「あっ、いらっしゃい」
すると室内には工藤の姿しか見えない。
「あれ、波乗は?」
「家の人へ電話かけに行ってる」
「ったくしょうがないなぁ。たった一泊二日だろ」
僕はとりあえず座ることにした。
「ふぅ……」
「……」
しかし、何時までたっても波乗は帰ってこない。
昼間のこともあって工藤と二人きりの部屋はどうも落ち着かない。
僕がそわそわしていると工藤が話しかけてきた。
「どうしたん? 何か落ち着き無いけど」
「えっ!? いや、二人とも遅いなぁ〜とか思っちゃって……」
「……そう」
「うん……」
会話が続かない。こんなこと学校でも波乗の家でもなかった。
珍しく僕は緊張している。
すると沈黙を破るように工藤が呟くように話し出した。
「あのな。本当はな……澄音……今、あんた達の部屋に行っとる」
「はぁ!?」
「多分、川上と二人きりやと思う」
「えええっ!?」
波乗が危ない! 直感的にそう思う。
僕は立ち上がった。合わせて工藤も立ち上がる。
「なぁ、そんなに澄音が気になる?」
「気になるだろ、相手はあの川上だぞ!!」
僕の返答に工藤は進路をふさぐように手を広げた。
表情は真剣で僕をにらみつけていた。
「工藤、なんの真似だ」
「多記は川上に澄音の事、とられたくないんや? いつから澄音はアンタのモノになったん?」
「……波乗は波乗だ。僕のものじゃない」
「それやったらええやん。澄音だって子供やないんやから嫌やったら戻ってくるやろ」
「だ、だけど……」
いつもにない工藤の冷たい態度に僕は面食らっていた。
確かに工藤の言うとおり波乗の自由だ。
だけど……でも……
さらに僕を悩ませるような工藤の発言は続く。
「それとも……私とここにおるの嫌?」
「!?」
「もし、川上のところへ行ったのが澄音やなくて私でも同じこと言ってくれた?」
「く、工藤。お前何言って――」
「何言ってるかわからへんの? それやったら分かるように言おか?」
「っ……」
工藤はゆっくりと僕に近づいてきた。
なんだか妙な迫力に、よく分からず僕は後ずさりする。
「なんで逃げるの?」
「いや、なんとなく……」
この雰囲気に耐え切れなくなった僕は視線をそらした。
と同時に工藤が僕の視線の向いた方向へ移動する。
すると一瞬目が合ってしまう。
彼女の瞳からは今にも溢れそうになるぐらい潤んでいた。
――工藤が泣いている?
「なぁ、逃げやんといて。悲しくなるやん……」
「……」
僕はいつの間にか壁際に追い詰められていた。
そっと工藤の手が僕の肩に触れる。
さらに自然な流れのように彼女は僕に身を寄せた。
胸全体に工藤のわずかな重みが感じられ、香水のほのかな甘い匂いが僕を包んだ。
「く、工藤!?」
僕はすっかり混乱してしまい、動きが止まってしまった。
そして工藤は少しだけ顔を上げ、ささやくように僕に言った。
「私……多記のこと好きや」




