第20話 「深呼吸で行く」
「まず、聞かせてくれないか? 君はどうしてラジオのパーソナリティになりたかったんだい?」
「……まるで犯罪者と接するネゴシエーターみたいですね」
「君は犯罪者だろ? パーソナリティとしてやってはならない罪を犯した」
「そうかもしれません……」
とりあえず番組は音楽を流しているので私が話しても問題無い。
イヤホンからは丈さんの声が聞こえる。
「君には伝えたいことがあるかい?」
「……わかりません」
本当に分からない。
前はあったような気がする。
「私にはある。いつも自分の思いを完全に伝えたいと思っている」
「……」
「それとは反対に本当に伝えたいことは言葉に出したくは無いって気持ちもある」
「……」
「でも、私はパーソナリティだ。それをあえて言葉にする仕事」
「私は――」
「そして、君も……パーソナリティなんだろ?」
「……」
「話さなければ何も始まらない」
『言葉を繋ぐことができないパーソナリティは存在する価値が無い』
そう言われた気がした。
そうだよね……私は席を立った。
しかし、百合音さんが私の腕をつかむ。
「ここを出たら、貴方はここから居なくなるんでしょ?」
「……」
私に向ける表情は笑顔だけど、腕をつかむ手は力強い。
「行かせないし、逃がさない」
「……」
私は動けなくなってしまった。
そんな時、ドアが開く音がして振り向くと丈さんがブースに入ってきた。
とうとう追い出されるのかと覚悟した。
私の前に立った丈さんは一枚の紙を差し出す。
「今日はFAXを募集して無いのだが、何故か送られてきてね……」
私は紙を受取る。
紙には書かれた文字は見覚えがあり、確実に私の隙間に入り込んだ
『僕も独りです。貴方だけじゃない。だから声をください』
「!!」
私の中で何かがはじける。
初めてメインで番組を任されたあの日。
そりゃ、ちっぽけな地方のラジオ局だったけど……毎週が楽しくて仕方なかった。
『私は自分の部屋で独り居る人のために送ります』
見つけた。
私の伝えたいこと……
今にも泣き出しそうな私に丈さんは声をかけた。
「差出人は誰か知らないが……君のことを本当に好きなようだね」
「……はい。こんな事するのは一人しかいませんから……」
私は再び席に戻る。
百合音さんと向き合い、言葉を搾り出す。
「百合音さん。曲終わったら私に喋らせてください」
「わかった、好きなことを話なさい」
曲が終わりに近づく。私は大きく息を吸い込んだ。
自分に欠けていたものは幾つもあった。
それに対して焦りも感じていた。
丈さんから曲が終わる合図があり、私は吸い込んだ空気をゆっくり吐く。
目の前にマイクもあるし、手元には番組進行表やハガキがある。
何をどうしたって今現在、私はラジオパーソナリティなんだ。
焦ってもしょうがない。
――だから私は深呼吸で行く。
『ラジオを聞いている場所はそれぞれ。車で、仕事場で、友達の家で、もしかしたら恋人の家でこの放送を聞いてる人がいるかも知れません……』
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ファクスを送り、コンビニを出るとその場にしゃがみこんだ。
これが華富さんをさらに追い詰めるかもしれない。
でも……考えて、考えて、出た結論が結局これだった。
玲子さんに一番伝えたかったこと……
『私は自分の部屋で独り居る人のために送ります』と言ってくれた、あの時の答え。
自分勝手だよな。わかってるそんな事。
しばらく、興奮と後悔でしゃがんでいた。
不意に僕の視界へ影がかかる。
「やっぱり貴方は危険な存在ですね」
「ん? アンタは……ペンシル祭」
彼女は長い髪をかきあげ僕を見下ろしていた。
その目からは何の感情も読み取れない。
「玲子さんにまで影響を及ぼすなんて」
「それじゃあ、玲子さんは……」
彼女は表情を変えず、僕の質問には答えない。
それが十分な答えなんだろう。玲子さんの声は戻ったのだ。
僕がホッとしたのもつかの間、ペンシ祭は話を続けた。
「私、今まで投稿数をわざと制限してました」
「……でしょうね。ペンシル祭さんのネタを聞けば分かります。あきらかにMVP狙いのネタだってね」
「……さすがと言えばいいのでしょうか? 貴方は考えてた以上の人です。だったら話は早い。これからは読まれることを前提としてハガキを書きます」
「なりふり構わず僕達を倒しに来ると?」
「ええ。もともと私が力を制限してきたのは、前に本気を出したら1コーナーすべてが自分のハガキになった事があったからです」
「!!」
普通の番組ではあり得ない。
ただ、噂では波乗丈はネタを選ぶ時に名前を隠すらしいのであり得ない話ではない。
「そんなことはもうどうでもいい。私は少なくとも……人生において負けたと感じたことは一度もなかった」
「……負け?」
「私は勝ち続けなければいけないんです」
僕を見る眼差しはあくまでも上から見下ろすものだった。
自分の勝利を疑わない余裕を感じる。
こういうのを王者の風格というのだろうか?
「僕だって負けませんよ。勝たせたい人がいるんでね」
「現実は今日みたいに上手くいくとは限りませんよ」
彼女はそれ以上何もいわず、僕の横を通り過ぎる。
口元がうっすら笑っていたように思えた。
一人取り残された僕はなぜか震えていた。これが武者震いってやつか。
今は悩んでる暇は無い。サーファーキングを獲得するという目標に向かっていくしかない。
気合十分で波乗家へ向かった僕だったけど、川上の一言で肩透かしを食らった。
「皆で旅行に行こう!!」
「賛成っ!!」
どうしてお前等、勝手に決めてんだよ。
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「玲子さん、お疲れ様でした」
「アナタは――」
「我々も新番組は認めることにしましたよ」
「……そうですか。ありがとうございます」
「ジョニーが決めたことですから。私達はそれに従うのみです」
「……」
「ですが……幾つかの変化に対しては許容範囲を超えています」
「え?」
「……宝条リンです」
「!!」




