第2話 「題『私の家族』2年3組 波乗澄音」
私は父とここ10年ほど話した事が無いです。
顔は毎日見てるし、声だって毎日聞いているのですが、言葉は交わした事はありません。
父はガラス一枚隔てた向こう側で仕事をしています。
父、波乗丈の仕事はラジオのパーソナリティー。
父が自分の家をラジオ局にすると言い出したのは十年前です。
私が七歳のときだったからあまり記憶がないのですが……なぜそんな事をしたのかは私には分かりません。
それから父はラジオブースから出なくなりました。
ラジオブースの中には生活に必要な物はすべて揃っていて、ブースの中で生活し、送られてくるハガキに目を通し、番組構成を考え一日4回の番組放送に備えています。
朝はお年より向け番組、お昼は主婦向け番組、夕方は情報番組、夜は若者向け番組、今のところ全て父がやっています。
放送していない時もハガキを読んだり次の番組の用意をしたり、休む暇がありません。
小さい頃から私は番組をしている父を外から眺めるのが大好きだったです。
それが日課になっていました。それだけで父と会話しているような気になっていたのです。
また、この私設ラジオ局には波乗家の人々が働いてるんです。
母、波乗百合音は父と一緒にアシスタントとして仕事をしています。
でも、放送時間以外はブースから出て家事をこなしてます。
祖父、波乗伝之助は昔はDJをしていたのですが、今は主にディレクターをしています。
祖母、波乗琴音はTDとしてミキサーを使って音声や音楽を管理しています。
そして2年前に突然やってきて、居候をしている華富玲子さんはAD。
私の家族はラジオに冒されています。
だから私の兄、波乗真行はその状況が嫌になり、家出をしました。
今でもその時のことは覚えています。
三年前、私が中2の時。朝早く、私はトイレに行きたくなって起きました。
そしたら、玄関で大きな荷物を持ったおにいちゃんを見たんです。
「あれ? お兄ちゃん何処いくの?」
でも、お兄ちゃんは答えませんでした。お兄ちゃんはラジオブースを睨みつけて怖い顔です。 そしたら突然、お兄ちゃんはブースの窓を叩き、叫びだしました。
「こんな事いつまで続けるつもりだ! 俺はこんなの認めない。アンタのつまらん感傷に付き合ってる暇は無いんだ!」
しかし、ブースの中には聞こえるはずも無く、お父さんは放送を続けています。
暫くして、お兄ちゃんは私の方を見ました。
「澄音、お兄ちゃん出掛けるけど、必ず迎えに来るからな。それまで我慢するんだぞ」
「お兄ちゃん待ってよ! お兄ちゃんがいないと……」
お兄ちゃんは私の言う事なんか聞かずに走り去っていきました。
「一人でご飯食べなきゃならないよ……」
その日から私は一人でご飯を食べる日が多くなりました。
お兄ちゃんが家出をしても父はラジオブースを出ませんでした。
そんな父が許せないです。
だから一言言ってやろうと、無理やりラジオブースに入ろうとしました。
でも、カギは内側からしか開けられず、入ることができません。
私は諦めませんでした。
だったら合法的(?)に入ればいいのです。
平日の夜にある若者向け番組「ラジオデイズ」で、半年間に読まれたハガキの数を競うハガキ職人グランプリというコーナーがあるんです。
そこで1位(皆は1位のことを電波の王様って意味でサーファーキングって呼んでます)になればご褒美としてラジオブースご招待!!
私は頑張りました。
今までハガキなんか書いたこと無いけど、上手い人を参考にして色々研究しました。
でも、3年続けているのですが、ベストテンにも入りません。
私は限界を感じていました。なんだか元気が無くなって学校も休みがちです……
そんな時に現れたのが多記透君でした。
彼とはほとんど喋った事が無かったのですが、落ち込んでいた私は多記君に頼ってしまいました。
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「よし、とりあえずお前の書いたハガキを見せてみろ」
なんか多記君は偉っそう。でも、先生なので我慢します。
私は一番自信のあるハガキを見せました。
多記君はしばらくハガキを見つめたと思うと、すぐに目を離しため息。
私は不安になります。
「何かおかしい?」
多記君は私の方をチラッと見るとまた、ため息です。
「お前本気でサーファーキングってのを目指す気あるのか? これで読まれようなんざぁ百年早い」
「えぇーっ!」
私はショックを受けました。
これでも一生懸命に書いたのです。
「まず、ハガキにたくさんの色を使いすぎて見難い。ハガキを選ぶ人が目がチカチカするだろう、ネタで勝負するなら黒にしろ!」
「でもでも、カラフルにして送ると懸賞に当たりやすいってテレビで言ってたし……」
「懸賞なんてあんな主婦の暇つぶしと一緒にすんな! ネタハガキは内容で勝負だ!!」
なんか妙に悔しかったので文句を言ってみました。
「主婦を馬鹿にしないで!」
「アホ! お前は主婦か!!」
「主婦になりたいけど今は違います……ごめんなさい」
さらに多記君は駄目出しをします。
「それにネタハガキにお前の近況なんていらん。そんなのは普通のお便りでしろ」
「でも、お父さんが見てるから……」
「だったらなおさら止めろ。向こうはお前と分かったから故意に避けている可能性がある」
気付かなかったです。ちょっと驚きました。
「しかも何だこのネタは?」
「だって佳代ちゃんが面白いって……」
「佳代って同じクラスの友達かよ。あのなぁ、自分たちの世代で面白いからといってラジオで通用すると思ったら大間違いだ。お前の父さんは何歳?」
「えっ? 四十二歳だけど……」
私の返事を聞くと多記君は少し考えていました。
「微妙だが、一九八〇年前後だな……あのロボットアニメ世代? まさかな……」
多記君の言っていることはよく分かりません。
でも何か一生懸命考えているみたいです。
「まずはネタにさりげなく八十年代のネタを入れろ。お前の父さんに『懐かしい』とか『こんなの聞いてるヤツは分かるのか?』とか言わせれば成功だ」
「先生、よく分かりません」
すると多記君は顔を真っ赤にしました。
「先生はやめろ。……ハガキを選ぶのはお前の父さんなんだろ? だったら、読まれるハガキは選者の面白いと思うものが選ばれるわけだが、公平に選んでいるつもりでも自分たちの世代の話題が出れば、ついつい選んでしまうものなんだ」
「ふぅーん。多記君なんだかすごい……」
今まで多記君とはあまり喋らなかったけど、こんなにすごい人だったとは、またまた驚きです。
「あとペンネームだが……『ジョニー大好きっ子』ってのはヤメロ。っていうかジョニーって誰だ?」
「ジョニーはお父さんの事です。お父さんの名前が丈だから、みんなから丈兄貴って呼ばれてて、それが丈兄になって、最後にはジョニーになりました!」
「説明はありがたいが、このペンネームは却下。もっと頭に残るようなペンネームにしろ。ただし、ペンネームだけでオチが付くものはヤメロ。『ペンネームオチはネタがつまらない』これハガキ職人の格言」
「メモっていい?」
「おお、メモれメモれ」
多記君は胸を張っています。ここで私はある事が気になりました。
「じゃあ、多記君はどんなペンネーム使ってたの?」
「……○×松……」
「え? 良く聞こえないよ」
「……マッチョ石松……」
「聞かなかった事にするね……」
「……おう……」
「……」
しばらくして、多記君がポツリと言いました。
「ネタは駄目だが文体はそのままでいい。なんとなくお前の人のよさが現れている」
「……え? ありがとう!」
私は初めて多記君に褒められました。少し嬉しかったです。
「取りもどせると良いな」
「ん?」
「家族」
「……そうだね」
これで私もハガキ職人になれるでしょうか?
私は掴みたいモノがあります。
それは家庭です。
お父さんがいてお母さんがいてお兄ちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん、そして私。
皆でご飯を食べるんです。
だから、ラジオブースに入ったらお願いしたいです。
『お父さん。私と皆でご飯を食べてください』って。




