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第17話 「ただの1リスナー」

 僕は独りだった。皆にとって忘れられてもいい存在。

 本当に頼れる人は居ないし、世話になってる井端のオバサン(本人にいうと凄く怒られる)にも迷惑を掛けられない。

 でも、華富玲子というパーソナリティーは僕の名前を『忘れない』と言ってくれた。

 その一言が嬉しい。自分を肯定してくれているのだと思った。

 初めてハガキを読まれた次の週、僕はハガキを40通書いてしまう。

 だけど現実は甘くない。先週の放送を聞きつけた他のリスナーもハガキをたくさん書いてきたのだ。

 その週、僕のハガキは読まれずじまい。

 それも当たり前、ハガキを書くテクニックというものを持っていないのだから。

 だから僕は学校の勉強そっちのけでハガキ職人の勉強をした。

 すると半年後、僕は番組の常連になっていた。

 さらに番組自体も軌道に乗り、一気に人気番組の仲間入りをする。

 当時の僕は完全に番組の虜になっていた。


 そんな時、突然、番組の終了が告げられた。

 終わると放送で告げられたときは、現実が受け止められず、ただラジオの前で呆然としてたのを覚えてる。

 心にぽっかり穴が開く感覚。

 僕はそれを埋める手段が見つからず、本人に会って確かめたくなり、生まれて初めて出待ちをする。

 手紙で出待ちをする事を書いて送った。

 季節は冬。待っている間、体は冷えたが心は熱かった。

 会えば何かが解決するはずだと思えた。

 そして番組が終了し、玲子さんがラジオ局から出て来る。僕は玲子さんに近づいた。

「あっ……あの……」

 僕はコレだけ言うのが精一杯だった。

 幸い、玲子さんは僕に気付いて近寄ってきた。

「アナタがマッチョ君? 手紙読んだよ。本当に来てくれたんだ。……へぇ……マッチョって言うわりには華奢だね」

「マッチョは止めてください。僕の本名は多記透って言います」

「そう。じゃあ多記君。今まで私の番組聞いてくれてありがとう。君だけは最後に会っておかなくちゃと思ってたんだ。初めてハガキをくれた人だからね」


 僕はそれだけで胸がいっぱいになった。

「あの……ありがとうございました!! 僕、絶対この番組の事忘れませんから」

 もういい、これだけ伝えればそれでいい。

 始まりがあれば必ず終わりがある、簡単な事だ。

 僕はお辞儀をして帰ろうとした。

「マッ――じゃなくて多記君。君だから言うけど実は私、オールナイトブレイクから新番組の誘いがあるの」

「あの人気番組のオールナイトブレイク!? 凄いじゃないですか!! 大出世です!! おめでとうございます!!」

「ありがとう!! 今から楽しみでしょうかないよ!!」

 満面の笑みってこうゆうことなんだなと納得できるような、幸せに満ちた笑顔。

 不安より期待がはるかに凌駕しているんだろう。

「また、楽しい番組作りましょう! 僕もハガキ書きますから!」

「うん、よろしくね!!」

 この時の玲子さんの生き生きとした笑顔が忘れらない。

 僕は自分の事のように喜んだ。


 あの言葉通り、翌月から玲子さんは「オールナイトブレイク」を担当することになった。

 僕は少しでも力になろうとハガキを出し続ける。

 全国放送なのでさすがにレベルも高く僕は自分の腕を磨いた。

 そして番組も順調に人気が出て華富玲子の名は一気に全国区となった。

 さまざまな雑誌にもたびたび顔を出し、テレビにも少しずつ出演するようになった。

 もう、地方ラジオ局の深夜放送でたどたどしく喋る、華富玲子ではない。

 どこか遠い存在になった。

 今にして思えば華富玲子がもっとも輝いていた時期……だと傍目からは伺えた。

 あの日の放送を迎えるまでは……


 いつものように僕は「オールナイトブレイク」の時間を待っていた。

 深夜一時の時報を合図に番組は始まる。

 『華富玲子のオールナイトブレイク』

 いつもの声にいつもの音楽が流れる。

 後はいつものように音楽が小さくなり彼女のフリートークが始まる。

「……」

 少し待ってみるが、一向に彼女の声は聴こえない。

 最初はマイクのスイッチであるカフをオンにするのを忘れたのかなと思った。

 しかし、何分経ってもオープニングの音楽が鳴り止まない。もう誰かが気付いていいはずだ。

 そして、ようやく音楽が小さくなり声が聞こえる。

 だが、聴こえてきたのは局アナの男性の声だった。

『華富玲子さんが急病のため今回は私がお送りいたします』

 変だ。絶対おかしい。

 最初からいないんだったら、むやみに音楽を流す必要が無い。

 アナウンサーの声も落ち着きが無いし……何かあったのか?


 そう思うと居ても立ってもいられなくなった。

 何が出来るわけではないでも……行かなきゃ。

 僕は自分の部屋を出て徹夜で仕事をしているオバサンの部屋へ向かう。

「直美さん(オバサンの名前)、何も言わずに僕に二万円貸してくれ!!」

「はぁ? 何言ってんの? ……ここアミカケして」

 直美さんは僕に構わず、アシスタントの子に指示を出す。

「頼む!! 本気なんだ!! 必ず返すから!!」

「あー、うるさい」

「お願いします!!」

 頭を下げてお願いすると直美さんが僕へ顔を向けた。

「で? ……返す当てはあるのかい?」

「……出世払いで」

「却下」

「そこを何とか!!」

 僕と直美さんはにらみ合う。

 しばらくして直美さんはため息をつき、僕に四万円を渡してくれた。

「倍持って行けば困ることはないさ」

「ありがとうっ!!」

 僕は家を飛び出した。この時間じゃあ電車も無いのでタクシーを捕まえて放送局に向かう。

 一時間ぐらいして放送局に到着。

 やはりというか、すでに異変を感じた多くのリスナーが集まっていた。

 改めて華富玲子の凄さを目の当たりにした。


 リスナー達の話している声が聞こえてくる。

 「病院に運ばれた」だとか「ディレクターと喧嘩した」とか情報が錯綜していた。

 僕は良くないと思いながらも局の裏側へ回り、局内へ侵入を試みる。

 外から入れる隙を探していると局内の声が聞こえてきた。

「おい、外じゃあ華富玲子のリスナーで一杯だぞ。どう説明するんだよ」

「んなこと言っても本人は今何処かへ行っちまったんだからどうしようもないよ」

 これ以上放送局に居ても無駄だと判断した僕は玲子さんが行きそうなところを探した。

 とはいえ彼女が放送で言っていた場所しか当ては無いけど……

 タクシーに乗り込み有り金を全て渡し、あちこち運んでもらう。

 僕は思い出せる限りの彼女のラジオでの言動を思い出した。

 そこで思い出した一つの場所。


「玲子さん!!」

 振り返った玲子さんの目は赤くはれていた。

「マッチョ……じゃなくて多記君!? ……なんでここが分かったの?」

「だって、放送で辛いことがあるとここへ来るって言ってたじゃないですか」

「……よく憶えてたね。放送でも一回しか言ったこと無いのに」

「これでも華富玲子の成長を見てきましたから」

「……そうだね」

「玲子さん?」

 すると玲子さんはこっちへ近づくと僕の肩にしがみついた。

 僕は突然のことに動揺する。

「い、い、いきなりどうしたんですか!?」

 息がかかるぐらいの近くに玲子さんの顔が迫っていた。

 僕はまともに見ることが出来ない。

 玲子さんは僕の首に腕を回して耳元で囁く。

「ねぇ……今から私の部屋に来ない?」


「ええっ!?……な、何言ってるんですか!?」

 僕の理性は吹っ飛びそうだった。

 だが、ラジオの玲子さんとは違う雰囲気にギリギリで気持ちが止まる。

 本心じゃない。いつもの華富玲子ではない。

 ましてや、1リスナーの僕にそんな声をかけるはずがない。

「玲子さん……戻りましょう」

「えっ……」

 なるべく、彼女を傷つけないよう、やさしく言ったつもりだった。

 すると玲子さんは回していた腕を離し、僕から少し離れた。

 僕はホッとした。

 寂しかった夜、今まで彼女に救われたことが何度もあった。

 だからリスナーとして自分が出来ることは何でもしたい。素直にそう思える。

「僕でよかったらなんでも協力しますから」

「ありがとう……」

「それじゃあ――」

「……その気持ちだけで十分だから」

「え?」

 玲子さんは僕に笑いかける。

 その笑顔は最初に会ったあの時のものとはかけ離れた作り物の笑顔だった。

 何が十分なのだろう? その時の僕は意味が分からなかった。

 ただ去っていく玲子さんを見送るだけ。

 結局、いつまで経っても玲子さんのオールナイトブレイクは再び放送されることはなく、僕もラジオから離れていった。




 僕が知っている玲子さんはここまで。

 何がどうなって波乗家にいるのか知らないけどそれが彼女の出した結論なんだろう。

「多記、追いかけなくていいのか?」

 僕は川上の声で我に返った。

「……行かないよ。僕に出来ることなんてもう無いはずだから」

 すかさず工藤が突っ込みを入れる。

「『もう無い』? 前から訊こうと思ってたんやけど、玲子さんとどんな関係があるの?」

「ラジオのパーソナリティーとリスナーの関係。それ以上でもそれ以下でもない」

 きっとこれからも変わらないはずだ……そう思ってた。

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