第14話 「はい……リーダーです」
時間は確実に流れている。気が付けばもう六月末。
四月から始まったハガキ職人GP前半戦が終る。
波乗の話によればもうすぐ中間発表があるらしい。
これで宝条リンの実力がはっきりするわけだ。
今日もラジオからジョニーこと波乗丈が勢いのある喋りで放送をしている。
『さぁ!! 今日から中間発表までの一週間は特別企画と題してFAXネタを大募集だ!! ポイントを稼ぐチャンスだぞ!! お題はもちろん一発ネタで行こう!!』
「何っ!! お前ら、チャンスだ!! さっそくネタを――」
僕がラジオから振り向くと机には川上しかいなかった。
室内を見渡すと何故か隅のほうで波乗、工藤、リンが固まってなにやらヒソヒソ話をしている。
「えっ!? ホンマに? ……で? うんうん……」
「……なのぉ〜、それでリンちゃん……」
「……(波乗黙って物凄く頷いています)」
「アイツ等、何やってんだ?」
「知らんほうが良いぞ」
僕の呟きに川上が口を挟む。
川上はあの三人には関わらず、黙々とハガキを書いている。
「何で?」
「ああやって女が集まってる時はろくな話をしていない。変な男の話だとか元彼の悪口だとか……とにかく露骨に言う。男が耐えられる内容ではない。一言で言えば『えげつない』だ!!」
「川上……実感こもってんな」
「あぁ……経験済みだ」
なんだか川上が顔を引きつらせて笑っている……
相当辛い過去があるのだろうか……
「でもさぁ、元彼の悪口なんて付き合ってた自分を貶める行為じゃないのか?」
「そんなのどうでもいいんだよ。アイツ等は話をしたいだけなんだから」
「ふーん……」
「……ん?」
冷静に考えてみる……アイツ等が集まって男の話といえば……
よく見るとリンが主に喋っているみたいだし……
「ちょっと待て。元彼の悪口って……」
「多記、気を落とすなよ」
「わあぁぁぁぁぁっ!!!! お前ら、その辺で話を止めろっ!!」
声を聞いて三人は同時に僕を見た。
リンはいつもどうりだが、工藤はニヤついてて、波乗は顔を真っ赤にしている。
「さぁ〜、ハガキ書こか〜(工藤、メチャメチャニヤついてます)」
「リンちゃん、絵を描く〜!!(いつもと変わりなし)」
「あの、その……(波乗顔を真っ赤にして俯く)」
誰か教えてくれ……何を話していたんだ……いや、やっぱり言わなくていい……
ものすごく話の内容が気になったが今はそんな事を言っていられない。
「今日から一週間、FAXのコーナーが増えた。よって宝条リンもガンガンFAXを送る」
「でもよぉ〜、放送中もハガキのネタとかジョニーの言動をメモしたり、やる事は一杯あるぜ」
「確かに、でもFAXは放送中ずっと送らなくていい。ラジオデイズは三時間番組だから、ぜいぜい一時間チョットが限界だな。それ以降に送っても前半届いた分だけで読まれないだろう。前半勝負という事で」
「なんでFAXだけなんやろ? メールとかの募集ないんかな」
「……ごめんなさい、波乗家は貧乏です……」
「別に澄音のせいと違うやん」
「……違うの……家にFAXが無いの」
「えっ!!」
ラジオブースにはFAXあるのに家には無い……波乗家……大丈夫か?
「だけど、折角のチャンスを無駄には出来ない……近くのコンビニに行こう。僕と川上が紙をコンビ二まで運ぶからネタ作りは頼んだ」
こうして宝条リンFAX大作戦は始まった。
波乗家から近くのコンビニまで300m弱。
しかも波乗の敷地は大きく坂道だ。行きは楽だけど帰りがシンドイ。
僕と川上は放送から1時間チョットの間、走ってコンビニと家を行き来することになった。
こうして四日が過ぎる。
今日も今日とて波乗家でハガキを受け取りコンビニへ走る。
さすがに体がシンドイ。だが何とか気を取り直してコンビニへ到着すると川上が居た。
「なんだよ、まだ送ってなかったのか?」
「先客が居るんだよ……」
「あぁ、なるほど」
四日連続でコンビニへ行くと、その時間帯に居るバイトだとかお客だとかを覚えるもので、FAXコーナーには僕らが行くといつも先客が居た。
黒髪で髪の長い女性。年は僕らより少し上ぐらいだろうか?
切れ長の目に眼鏡をかけていて理知的なタイプに見えた。
彼女も僕たちの顔を覚えたようで、すれ違いざまに会釈をしながらチラチラと見てくる。
もしかして「ラジオデイズ」のリスナーかな? と思いながらも聞けずじまいのままだ。
「やっとオレの番が来た!! よし、送るぞ」
FAXの効果はあったようで宝条リンはかなりポイントを伸ばした。
そして最終日。
さすがにこのぐらいになると体の疲れがピークだ。
ネタを送信するとすぐに波乗家に向かう。
室内に入ると行き違いでネタを運ぶはずの川上が倒れていた。
「何してんだ、川上」
「もう駄目……ギブ……」
「頑張れ、後もう少しだろ」
「後は頼んだ、リーダー……」
「誰がリーダーだ!!」
川上はネタが書かれた紙の束を僕に渡すと、動かなくなった。
紙を渡され茫然としている僕に声が掛かる。
「あっ、ついでにジュース買ってきな。炭酸のやつ。頼んだでリーダー」
「工藤!!」
「リンちゃんね〜、『新・稲●淳二のすご〜く怖い話・初版本』っ!!」
「売ってねーよ!!」
「多記君……じゃなくて、リーダー」
「何だよ波乗、お前まで……」
すると波乗は僕の服の袖をつまんで軽く引っ張ってくる。
「……ついて行って良い?」
「え?」
急な申し出に僕が考えていると工藤の声が聞こえた。
「二人で行ったらアカン!!」
「なんでお前が言うんだよ……でも、確かに僕一人で十分だ」
「でも、男の子だけ外に出てズルイ……」
「あのなぁ……」
波乗は上目遣いで僕を見る。
うぅ……こういうのに僕は弱い。
「……しょうがねぇな」
「じゃあ、私も行くわ」
「リンちゃんも行く!!」
「はぁ!?」
「だって、もうすぐ一時間経つし、ネタは書かんでええやろ?」
「……勝手にしろ」
多分、こうなったらもう止められないだろう。
ということで川上を波乗家に残し、コンビニへ向かう。
コンビニに着き、店内に入ると工藤は本の立ち読みを始め、リンは勝手に店内を物色し始めた。
波乗は何故かオレの隣にいる。
FAXにはいつもの女の人が立っていた。今日も紙を何枚か送信している。
波乗が僕の腕を肘で突付く。
「何だよ」
「あの人もリスナーなのかな?」
「さぁ? ……どうだろ?」
ふと腕の間から紙が見える。
一瞬だけだったが『カップラーメン症候群』と書かれてあった。
意味分からん。シュールネタ好きか?
しかし、ラーメンネタ好きの波乗丈の好みを的確に付いている。
これで少なくとも彼女がリスナーだと判った。
しばらくして送信し終わった彼女が振り返る。
いつもならここで軽く会釈をして帰って行くはずなのだが……
「今日はもう一人の方は居ないのね」
「え?」
突然話しかけてきた。
「……はい。日頃の体力不足がたたっちゃって……」
「貴方はどうなの?」
「えっ、僕は……シンドイですけど責任ありますし」
僕を詰問するかのように質問をしてきた。
切れ長の目で眼鏡装着。余計に責められている気になる。
答えを聞いて満足したのか、腕組みをして横目で僕を見てくる。
「そう、頑張るわね……宝条リンさん」
「!! ――なぜその名前を!?」
「だって、その紙に書いてあるじゃない」
「あっ……」
僕が持っている紙に大きく『宝条リン』と書いてあった。
「確か宝条リンって何人かでネタを書いている人達よね」
「良くご存知で。じゃあ、アナタも『ラジオデイズ』のリスナー?」
「一応ね。まさかこんな所で会うとは思わなかったけど……貴方達、私の周りではかなり話題になってる」
「……そうなんですか」
彼女の口が少し開かれて笑っているように見えるが、目は全然笑ってない。観察されているみたいだ。
「貴方がリーダー?」
「いえ……僕は……」
僕が否定をしようとすると波乗が僕の前に立った。
「この人がリーダーです!!」
「波乗!!」
波乗に乗じて工藤が僕に何か渡してくる。
「そうや、この人がリーダーや。そして、リーダーやからこの本も買ってくれる筈」
「買わねーよ」
さらにリンが買い物籠に大量のお菓子を持って現れる。
「リンちゃんね〜、これ……」
「買わねーっ!!」
「リンちゃん、まだ何にも言ってないのに……」
……と、くだらねぇコントをしてる場合じゃない。
この人は一体誰なのだろう?
「そういう貴方のPNは? ネタを送っているのだからPNあるんでしょ?」
「私はただのリスナー。それじゃあね。また、会えたら会いましょう」
結局、女性は自分の言いたい事を言って帰っていった。
大量の荷物を抱え波乗家に帰った僕達は波乗の部屋で再びラジオを聴いていた。
『じゃあFAXネタを。あ〜、選ぶつもりなかったのについついカップラーメン症候群って言葉が目に入っちゃったよ。PNペンシル祭から――』
「はぁ!?」
「どうしたん?変な声を上げて」
「さっきのFAX……ペンシル祭だったよな……」
「うん。そうやけど」
「じゃあ、多記君……あの人がペンシル祭……」
意外なところで最強の敵……ペンシル祭に会ってしまった。
……という事はペンシル祭はこの辺りに住んでいるのか?
『貴方達、私の周りではかなり話題になってる』
彼女の言葉を真に受ければ、他のリスナーもこの辺にすんでいる事になる。
考えてみれば波乗家からの電波はこの辺にしか届いていないのだから、近くに住んでないと聞けないわけか……
案外、街中なんかですれ違っているのかもしれない。
そう考えたら何だか迂闊に街中歩けねぇなとか思ったりする。(←自意識過剰)
「なぁ、リーダー。そこのお菓子も開けてーな」
「私もさっきから気になってた……リーダー、開けてください」
「リンちゃんはね〜」
「オレはリーダーじゃねぇ!!」
「うぅ……(川上復活せず)」
こんなやり取りをしながら明日、ハガキ職人GPの中間発表を迎える。