第11話 「相談天国」
夜。波乗家。今日も僕達は集まり、ラジオを聞きながらネタを書いていた。
皆一様に真剣な表情でハガキに集中する。
室内で聞こえるのはラジオから流れる波乗丈の声だけ。
「……」
「……」
「……」
「……あーーーーっ!!! もう駄目だ、我慢できねぇ!! お前らなんか喋れよ!!
いきなり川上がわめき出した。
「なんだよ川上、集中力ねえな」
「はぁ、多記、お前はバカか? こんな雰囲気でネタが書けるかっ!!」
川上は立ち上がると僕を部屋の隅に引っ張った。
「多記、よく考ろ! オレは女の部屋で下ネタ書いている。それに加え手の届く所に女の子が居るんだぞ!! そういう状況で下ネタを書かなくてはいけない。こういうのへビの生殺しって言うんじゃないのか!! こんなに静かだと余計に意識するだろうが!! 騒いでないとやってられん!!」
「まぁ、気持ちは判らんでもないが……」
目を血走らせて訴えかける川上に少し同情した。
そんな僕達の背後にはいつの間にか工藤が立っていた。
「川上、アンタが書いてるの……下ネタやんか。そんなデリケートなもんでもないやん」「おい、佳代。何で下ネタの前に『……』が付くんだ。バカにしてんのか!!」
「ちょっと、気安く名前で呼ばんといて!! たかが下ネタ書く位でガタガタ言うなや!!」
「何だと!! 下ネタは奥が深いんだ!! 良く聞け!! 下ネタを知らん奴はただエッチな言葉を直接使えば受けると思っている節がある。しかし、真の下ネタはそれにあらず!! あくまでも直接的な方法は使わない、例えばバイブ!!」
川上の言葉を聴いて工藤は赤面した。
「アホッ!! 直接的過ぎるわっ!!」
「だから素人は困るんだ!! 携帯のバイブかもしれんだろうが」
「はっ!!」
驚いた工藤の表情を見て川上は満足そうに腰に手を当て胸を張って話始める。
「わかったろ? 下ネタで重要なのはダブルミーニングだ! 一つの言葉で二つの意味を持たせる。十代青少年の妄想を直撃だっ!!」
「悔しーーーーーーいっ!!」
「だから、オレは考えなければいけない!! 単純に芸人のネタをパクってハガキ書いてるお前とは訳が違うのだ!!」
「何やて!! お前に何が分かるんや!! 昭和の下ネタづくりのくせにっ!!」
「あぁ!? やるのかっ!!」
僕はケンカ腰の二人に慌てて割って入る。
「落ち着け二人とも!!」
「うるさーーーーーーーーーーーーーーーい!!」
「え?」
「なんや?」
一気に室内が静かになる。
僕等は「うるさい」と叫んだ本人……波乗を見た。
「うーっ。ハガキに集中できないでしょっ!!」
「す、すまん、波乗」
「ごめんな……コイツがうるさいから……」
川上はダッシュで波乗の横へつけると、土下座して謝った。
「ゴメン、澄音ちゃん!! いや〜、そうだよねハガキに集中できないもんね♪ 今すぐうるさい多記と佳代を排除するから!!」
「アホ!! お前が一番うるさいんやろっ!!」
「何だと!! オレはなぁ――」
「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ…………」
波乗はこれでもかというほど頬を膨らませ僕らを睨む。
「……さっ、ハガキ書こうか」
「うん……」
「そうだな……」
各人所定の位置についてハガキをかき始める。
こうして室内はまた静かになった。
実は少し前までこんな状態ではなかった。
もっと和気藹々していたと記憶している。
今の原因を作ったのは他でもない波乗なのだ。
波乗は他のネタもちょくちょく書いているが、主に普おた(普通のお便り)を書いている。
他のネタがなかなか読まれないのは分かっていた。(最初に読まれたのはまぐれだとして)実は肝心な普おたの採用率がかなり悪いのだ。
普おたの性質上、読まれにくいのは分かっている。
だが、波乗は一人で自分の責任だと気負っているのだ。
自然に口数も少なくなってくる。
それを見て周りの人間が気を使ってあまり話さなくなる。
という悪循環にはまっていた。
次の日、学校で僕等は波乗に内緒で集まって相談することにした。
「どうする? 澄音ちゃんはもう限界だぜ……」
「クラスでも表情暗いしなぁ」
「うーん……」
皆一様に歯切れが悪い。
自分達はかなり順調に読まれているから、余計気になるのだろう。
このままでは他の二人の士気にも影響しかねない。
三人揃えばなんとやらという諺も空しく良いアイデアが浮かばない。
「オレが普おた書こうか?」
「駄目だ」
「なんだよ、多記。お前、オレが澄音ちゃんと仲良くするのが嫌なんだろう」
「ちょっ……バカ言うな!」
「澄音の事なんとも思ってないんやろ? それやったら、言葉詰まらさんでもええやん」
「うっ……」
なんだかこの二人の風当たりが強いと思うのは僕だけだろうか?
「違う。あれでもアイツはプライドが高い。せめて自分が受け持ったコーナーは自分でやり遂げたいと思ってるはずだ。中途半端な同情はいらない」
「確かに言えてるなぁ……」
「じゃあ、どうするんだよ」
「……とにかくオレ達がハガキ書くのを手伝うのは無理だ。ネタ自体はアイツが自力で書くことができて、さらに波乗をサポートできる方法はないものだろうか?」
「そんな方法あるやったら、とっくにやっとるわ」
僕も自分で無理な事を言ったのは分かっている。
だから、工藤の反応ももっともだ。川上だって腕を組んで考え込んだままだ。
「ネタ以外でのサポートか……オレ達が文字を書かずにできること……」
簡単に結論は出ない。今でも十分ハガキは読まれているんだから何とかなるはずだ。
波乗には悪いが……と僕は諦めの結論を出そうとした。
「そうかっ!!」
「何だ!?」
「どうしたん?」
突然、川上が大声を上げた。
「オレに考えがある……多記、ちょっとこっちへ来い」
「え? 何だよ」
「なんや、私は?」
「これはプライベートな話だ」
「は? それと澄音とどう関係があるんや」
僕は川上と工藤から少し離れた所へ連れて行かれた。
そこで、川上から耳打ちされる。
「澄音ちゃんを救うにはこれしかない…………を……と思うんだ」
「はあっ!?」
「佳代や澄音ちゃんは同じ……だし、問題ねえはずだ。あとはお前だけ」
「なんでまたよりによって……」
それは僕にとって青天の霹靂といっていいような事であった。
「澄音ちゃんを救いたいだろ?」
「あぁ……」
「じゃあ問題ねぇよな」
「……わ、分かった」
「んじゃあ決まり。早速、今夜から来てもらうからな」
僕は……どうしたらいいのだろう……少し憂鬱になった。