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第10話 「こころ confusion」

 昼休み。

 始まってすぐオレの元に一人の女の子が来た。

「川上くん……もう一度お願いに来ました」

「今日は一人で来たんだ」

「多記君達には内緒です」

「ふぅん……」

 目の前に立っていたのは昨日、多記と一緒に来た波乗澄音だった。

 一人で来たっていうのに彼女はオレの顔を見たまま何も言わない。

 しかたなくオレが話しかける。

「で? 何の用?」

「ハガキを一緒に書いてください」

「嫌だ」

「あぁ……」

 オレの返事に波乗澄音は黙ってしまう。

 変な間がオレと彼女を包む。

 オレはその場に居るのが嫌になり立ち上がろうとする。


「あっ――」

 波乗澄音は小さく呟いてオレではなく横を向く。

 横を見ると大柄の男が立っている。

 金を借りている佐藤だった。

「昨日の話……なんだけど……バイト代って……いつ……でるの?」

「あぁ!? 来月だよ、来月!! お前はそんな事気にしなくても良いんだよ!! 返すって言ったら返すって言ってるだろうがっ!!」

 佐藤にはいつも図々しく下手に出るやり方で接していたのだが、波乗澄音の事もありオレはついつい口調を強めてしまう。

「ちっ、ちゃんと返すからあっち行けよ」

「……」

 腕力じゃあアイツに敵わないし、これで来月は返すことになるな……


 佐藤が居なくなって、またオレ達に変な間が出来た。

「あの……」

「なんだよっ!! お前のせいだからな!! お前のせいで来月返す事になったじゃねえかっ!!」

 明らかに八つ当たりだが、そんな事はどうでも良い。

「ごめんなさい……」

「……ちっ、なんで謝んだよ……」

「でも、大丈夫なんですか?」

「は?」

「お金」

 波乗澄音の顔を見る……表情からして本気で心配しているようだ。

 オレは呆れた。

「オレの心配してどうするんだよ。アンタとは全然関係ねえし」

「え?」

「それに今の事で分かっただろ? オレは無責任でなんでも先送りにしちまう様な奴なんだよ。だからそんなに期待されても困るし、してほしくない」

 自分で自分の事を無責任だの何だのなんて言うのは恥ずかしい。

 でも、波乗澄音の真剣な顔を見ていたら何だか調子が狂った。

 いつものようなその場しのぎの軽口がなかなか出てこない。


「多記君が言ってました」

「?」

「川上さんは酷い人じゃないって……信じてます。だからもう一度お願いに来ました」

「だからオレは――」

「多記君が川上は必要だって言ってます」

「……多記のことよっぽど信用してるんだな」

 彼女は顔を真っ赤にして俯く。

 しかし、多記の名前が出てきたことがオレを冷静にさせてくれた。

「だがソレとコレとは話は別だ。ハガキを書くのはお断り」

「……わかりました。あんまりしつこくしてもいけないし……でも明日、また来ます」

「勝手にしてくれ」

 波乗澄音は肩を落として帰って行く。

 その数分後、今度は多記達が来たのだった。


*********************************************************************


「この前もう一人居たろ……波乗って言ったけ?あの子とオレの仲を取持て」

 突然、川上の口から波乗の話が出てきたので僕は少し動揺した。

「だってお前、二人付き合ってる子が――」

「関係ねぇよ。昔、オレがお前とアイツとの仲を取り持ってやったじゃねえか。この条件が飲めなきゃあ協力する事は――」

「うーん……」

 迷ってる僕の腕を工藤は掴んで引っ張る。

「多記、こんな奴おらんでも大丈夫やって!! 下ネタ抜きでも枚数は稼げる!!」

「どうするんだ? オレはどっちでも良いぞ」

「……う〜〜〜ん」

「なぁ、帰ろうや」

 相変らず余裕ぶった表情を向ける川上。

 なんだか昨日の玲子さんと被った。

「わかった。条件を飲む。ただし、それはハガキ職人GPが終ってからにしてくれ」

「あぁ、いいさ」

「多記っ!!」

「じゃあ早速、今日から波乗家でネタを書いてもらうから。夜、僕がお前を迎えに行く」「わかった」


 僕は伝えることを伝えるとさっさと廊下へ出た。

 工藤も後から付いてくる。僕は少しの間黙っていた。

 僕が黙っているのは玲子さんのことがあって自分を見失い、波乗の事を彼女不在のまま決めてしまった事からくる後悔からだと思う。

 そんな僕を見て工藤は話しかけてきた。

「なぁ、玲子さんとのことでムキになって自分を見失ってるんちゃう?」

「なっ――」

 工藤の核心を突いた言葉に僕は言葉を詰まらせた。

「……そんなことない」

「それに……ホンマにええの?」

「何が?」

「……澄音の事」

「はぁ? 川上が波乗と付き合う事に関しては波乗とアイツの問題であって僕はきっかけを作るだけだから関係ない」

「ふーん……まぁ、私はその方が都合ええけどな」

「え?」

「ううん、なでにもないわ。こっちの話」

 とにかく、川上が手伝ってくれる事になった。それで良いじゃないか。

 宝条リンは死角がほぼ無くなった。

 後はハガキを書くのみだ。



 夜。僕が迎えに行くと川上は素直に付いて来た。

 もしかしたら、昼の事はその場しのぎのウソかもしれないと心配していた僕は安心した。

 玄関先まで来ると玲子さんが僕達の前を通り過ぎる。

 昨日の事もあり、無視された。

 川上は玲子さんを見て驚く。

「おい、アレって華富玲子だよな」

「あぁ」

「何でココに?」

「そんなの僕が知りたいよ」

「……なるほどな。お前が波乗家にこだわるわけだ。ハマってたもんな、あの人のラジオ」

「ふん……」

 川上は僕が玲子さんの番組へハガキを送っていたのを知っている。

 昔からの付き合いだからしょうがないけど……


 波乗の部屋に入るとすでに工藤は居て、波乗と話をしていた。

 川上の姿を見た工藤は横を向き、波乗は微笑んだ。

「来てくれたんですね。ありがとうございます」

 波乗は深々とお辞儀をした。

 川上は途端に表情を崩し波乗の隣に座る。

「いやー、多記にどうしてもって頼まれたから来たわけ。澄音ちゃんヨロシクね♪」

「調子のええ奴やなぁ」

「はい!! おねがいしますっ!!」

 次の週から宝条リンの下ネタのハガキが次々と読まれ始める。

 これで全てが上手く行く……そう思った。

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