第8章・計画
翌日。学校内はある話題でもちきりだった。ちょっと生徒の声を拾ってみよう。
「明日だよねー、クライムのライブ」
「なにそれ?」
「あー、オレそのバンド知ってる。ベースやってるヤツがメチャクチャかっこいいんだよな」
「えー!? ちょっと見たい、その人」
「残念だけど、もうチケット出回ってないんだよな……オレも行きたかったんだけど」
……というわけだ。人気バンドのライブなど、田舎町では非常に珍しいイベントなので(自分で”田舎町”などと言いたくないが)普段音楽に興味無い生徒でも強い関心を持っている。運よくチケットを手にした者がいると、みんなが羨ましがる。
本来なら、智華も羨む側の立場である。しかし、智華の心はそれどころではなかった。
その理由は、昨日の怜子との電話の続きにある。
「まさの事……好き」
そう言った後も、智華は顔を赤く染めたままベッドの横に座り込んでいた。
(言っちゃった……とうとう言っちゃったよ〜)
こういうのは言い終わった後で恥ずかしくなってくるものである。
「やっと認めたわね」
「う、うん」
電話の向こうで怜子が笑う。
「それじゃ、勇気を出した智華にお姐さんがプレゼントをやろうか」
「プレゼント……なに?」
「チケット」
「ええっ!?」
思わず智華は大声を出す。
「といっても、クライムのライブチケットじゃなくて美術館のだけどね」
「美術館?」
「明後日から二週間、美術館でコナガワ画伯の個展をやるんだって」
この魅月町には、小さいながらも一応美術館と呼べる建物があった。しかし、この町の出身である風景画家・コナガワの寄付した絵が高い人気を呼び、今では周囲の街並みに不釣り合いなほど規模の大きい建物になっている。
「あたし、絵はあんまり興味ないんだけど……」
「バイト先でもらったのよ。無料鑑賞チケットを二枚」
「あ、それでレイ姐とあたしが行くの?」
なにげなく智華が答えると、電話の奥からため息が聞こえてきた。
「あのねぇ……私たちで行ってどうすんのよ」
「へ? じゃあ誰?」
しばしの間をとり、呆れた声が返ってきた。
「あんたと、正法。二人でデートしなっつってンの」
「へー……ってええー!?」
いちいち妙なところで鈍感な娘だ。
「折角、休みが取れて二人とも予定なしなんでしょ?チャンスじゃない」
「でもぉ……」
正法と二人で遊んだことなら何度もある。しかし、「デート」となると気恥ずかしい。
「あんたから誘いにくいなら、私が上手く誘導するよ。ただし、本番当日は自分でしっかりやりな」
「ちょっ……レイ姐ぇ〜!」
ブツッ。ツー、ツー、ツー……。電話が切れ、智華はしばらく放心状態だった……
「レイ姐! あれ、本気なの?」
朝、今日も正法と雪乃と共に登校し、教室に入ってすぐ怜子に問い詰める。
「本気に決まってるでしょ。はい、コレ。例のチケット」
そう言って怜子が取り出したのは、まぎれもなく美術館の無料鑑賞チケットだった。
「でも、でも〜仮に上手く誘えたとしても、あたしもまさも絵画の知識なんてないよ?」
駄々をこねるように怜子の腕にすがる。玲子はいつものように窓の外を見ながら、静かに言った。
「大丈夫。私も以前、偶然あの人の絵を見たことがあるんだけどね……小難しい理屈や知識なんていらない。スッと心の奥に沁み入るような絵だった。」
「へぇ……」
「だから、デートの雰囲気づくりには最適だと思ってさ」
玲子は、智華の方に振り向いて笑いかける。母親が子どもを諭すような優しい笑みだ。
「うぅ〜……」
智華はまだ迷っている。
「でも、でも〜〜」
「とも。アンタ……」
一転して、いじわるな小悪魔っぽい笑みにかわる。
「雪乃に正法をとられてもいいの?」
「ゆ、ユキノちゃん!? ……って、やっぱりあの子もまさのこと好きなの?」
「そうでなきゃ、いきなり手を握ったり家に押し掛けたりしないでしょ」
当然だ、とばかりに言い切る。
「チャンスは明日のみ。それを逃せば、また練習の日々でなかなかチャンスが来ないよ」
「うぅ……わかりましたぁ……」
そして放課後の練習。今日は全員定刻に集まっている。
「いーなー、エンタ。お前こーゆージャンケンだけ強いんだよな」
正法が口を尖らせる。
「へへ、俺の”強運のパー”が決まったな。……そう言えばコジロー、三等席のチケット買い取り成功したか?」
「おう。大分高くついたけどな。一等席のはただで手に入れられたのに……」
「ハハハッ! 遅刻してくるからこうなったんだ!ユキノちゃん、明日はよろしくな」
「は、はい」
明るく返事をする雪乃だが、その本心はこう思っていることだろう。
(どうせなら、正法先輩と行きたかったな……)と。
その思いは声にこそ出ないが、雪乃の表情を観察していた智華と怜子には簡単に読み取れた。
(あの熱い視線……レイ姐の言うとおり、ユキノちゃんもまさのこと好きみたい。……なんであんなやつのこと好きになるかなぁ?)
自分の事は見えていない性分である。
(まさ……)
改めて明日のデートの相手を見ていると、妙に照れくさくなって思わず目をそらす。練習が終わって帰る途中も、智華は正法を意識してあまりしゃべれなかった。
その日の夜、再び怜子から電話が来る。
「明日、十時に駅前に集合。正法にも言っておいたから、後は自力でがんばりな」
こうして、半ば(ほとんど)強制的に美術館デートが決定された。




