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第7章・計略

「そんで、結局チケットはエンタとユキノちゃんに決定しちゃって……」


「あら、それは残念」


 壮絶で厳正なチケット争奪戦のあった日の夜。智華は自宅のベッドの上に座り、今日の出来事を電話で話している。相手は怜子だ。


「クライムの一等席チケットか。ファンなら万単位で取り引きするわね。」


「あ〜あ……行きたかったなぁ……クライム」


 智華は体を倒し、枕にバフッと頭を沈める。


「ライブは明後日の土曜日だって?」


「うん」


「ふ〜ん……」


 電話越しに、怜子がなにかを考えている様子が伝わってくる。


「当然、その日はバンドの練習休みなんでしょ?」


「そりゃもちろん」


 玲子は一つ一つ確認するようにゆっくりと話す。


「エンタとユキノがライブに行って、あんたと正法とコジローは予定なし」


「うん。……あっコジローは他の友達から三等席のチケット買い取るって言ってた」


「そう。で、正法が予定なしなのは確か?」


「そうだと思う。練習休みになったからヒマだ〜って言ってたもん」


 智華がそう答えると、再び怜子は黙り込んでなにかを考え始めた。


 ここで、視点を怜子の方に移動させてみよう。




「……いい加減、ハッキリさせてもらおうかな……」


 智華に聞こえないよう、携帯から口を離してつぶやく。


「……? なに、レイ姐、聞こえないよ〜」


「あの子自身のためにも、その方がいいかもね」


 電話を無視してもう一度つぶやく。


「レイ姐ぇ〜……」


「ハイハイ、わかったわよ。そんな甘えた声ださないの」


 ようやく携帯を顔に寄せる。


「とも。あともう一つだけ、質問に答えてもらっていいかな?」


「いいよ」


 む、ここで「質問に答えてもらっていいかな?」という言葉自体が質問であり、「いいよ」と答えたことですでに「もう一つの質問」は完結してしまった……という余計な揚げ足は取らないように。


「余計なことは言わないで」


 む、むむぅ!? 私の声が聞こえているのか!?


「余計な事は言わず、ハッキリとイエスかノーで答えて」


「ハ〜イ、わかりました。で、質問ってなに?」


 あ……なんだ智華に言ったのか。やれやれ。


「ズバリ、聞くけど……」


「うん、うん」


「あんた、正法のこと好き?」


「は!? なっなななな……あ、あぶっ!」


 ドタッと大きな音が電話の向こうから聞こえてくる。……おもしろそうだ。再び智華の方に視点を戻そう。




「いっつつ……」


 ベッドの横で、智華が顔をしかめながら右の腰をさすっている。


「も、もう! レイ姐がイキナリ変なこと言うからベッドから落ちちゃったじゃない!」


「動揺しすぎ」


 楽しむような、呆れるような声が返ってくる。


「う〜……いてて。レイ姐、こーゆー冗談は」


「冗談じゃないのよ」


 強い口調で言葉を被せてきた。


「さあ、とも。イエスかノーか。ハッキリと口に出して言ってもらおうか」


「……」


「どうなの?」


「……」


 床に座ったまま、智華は黙りこくって考えをまとめようとしていた。


(まさの事……嫌いじゃないけど、だからって好きだとは……別にそんなこと考えたことなかったし……)


「ま、じっくり考えな」


(考えるったって、まさは朝起きるのが遅くてギター馬鹿でカワイイ女の子にすぐデレデレして……で……)


 考えれば考えるほど、智華の頭の中には正法の笑顔が写った。


 幼稚園でこっそり教室を抜け出した時、丈の長い学生服を着て中学に入学した時、初めてギターを購入した時、文化祭でライブをやった時。


 どの瞬間にも、正法は笑っていた。そして、その隣には必ず智華の姿があった。


(あたし、あたしも――笑ってる)


「笑ってる……」


 智華の意思に関係なく、勝手に口が動いた。


「ん? なんだって、とも」


「笑っていられるよ。あたし。まさと一緒だと」


 指先で毛布の先をいじりながら、小さな声で言う。しかし……


「好きなの?」


「う……う、う〜……」


 改めて聞かれると、また口ごもってしまった。


「それはその、えっと」


 本音は、もう決まっていた。だが、いざ声を出そうとすると、言葉がのどの内側にピタリと張り付いてはなれない。息が詰まるような苦しさに、智華はとにかく話を終わらせて電話を切りたい一心に駆られた。


「や、やっぱり……好きとか嫌いとか、そーゆーのじゃないかも……うん、好きじゃない」


 蚊の鳴くような声でそう締めくくろうとした時、怜子が静かに言った。


「ツバ、のんだでしょ」


「え?」


「あんたは、本当のことの逆を言おうとすると、ツバを飲む癖があるのよね」


「ええ!?」


「これまでの経験上、絶対間違いない」


 玲子は断言する。しかし、智華には今さっきツバを飲んだ心当たりはなかった。


「そ、そんなことないよっ! だって……」


「だって?」


「今、ツバのんでなかったもん」


 キッパリと智華は言いきった。その言葉の本当の意味に気付かずに。


「ふーん。それじゃあさ、とも」


 ネタをバラすかのように、怜子はかすかな笑いを込める。


「あんた、さっきの言葉はウソなんだね」


「……?」


 しばしの沈黙。そして十秒後。


「あ、ああ〜!?」


 やっと気が付いたようだ。


「レ、レイ姐! 今のちょっと卑怯!」


 大声で抗議するが、怜子は逆に聞き返してきた。


「好きなのよね? 本当は」


 最後の問い、という口ぶりだ。


「ね?」


「……うん。あたし、まさの事、好き……」


 ようやく、智華ののどに風が通った。

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