第6章・争奪
若原 雪乃 (わかはら ゆきの)
13歳・中学1年
可愛らしい外見とは裏腹に低音も出せる。次郎とはイトコ関係。
放課後の視聴覚室。現在集まっているのは「メンバー+1、−1」……と、この言い方はややこしいのでやめよう。
今来ているのは正法、雪乃、円、そして智華の四人だ。怜子は今日は来ないらしい。
「まぁた、コジローは遅刻かよ」
「普通、遅刻してくるのはムサシの方なのにね」
智華が笑いながら言うと、正法が聞き返す。
「ムサシ? 誰だっけ」
「宮本武蔵と佐々木小次郎。巌流島の」
「ああ、そっちか」
それを聞いていた円が口を挿む。
「待ちかねたぞ、武蔵! ってヤツだろ。じゃあ、アイツが来たら待ちかねたぞ、コジロー! って言ってやるか」
「いいね、それ!」
「アイツがドア開けたらみんなで一斉に……」
などと言っていると、早速廊下の奥からこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
「お、来るぞ。スタンバイ!」
全員がドアを見つめて到着を待つ。
「来るぞ来るぞ来るぞ……」
しかし、足音は視聴覚室のすぐ隣の資料室に入って行った。
「フ〜ッなんだ、違う奴か」
室内に小さな笑い声が響く。……なんでこんな遊びに真剣なんだか。まぁ、何事も真剣にやらないと面白くないからな。ちなみに、この足音の人物を私は知っている。当然、みなさんもだ。正解はこの後すぐ。
続いて、別の足音がやって来た。バタバタと、急いで走ってくる音だ。
「今度こそ、アイツかな……?」
「そうだろう。遅刻したから走ってきてるんだ」
再び息を潜め、足音がやってくるのを待つ。徐々に足音が大きくなり、曇りガラスに人の影が映る。そして、そのまま影は視聴覚室の前を通り過ぎて行った。
「なぁ〜んだ、今のもハズレかぁ……」
正法がやれやれ、と手を振る。
「なにが?」
「なにって、コジローじゃなかっただろ、今の」
「確かに今走っていったのはオレじゃない」
「そう、お前じゃ……ってコジロー!?」
いつの間にか、次郎が視聴覚室に入ってきていた。
「お前、どこから……」
「あそこから」
指さした方向をみると、隣の資料室に続くドアが開いていた。
「さっき隣の部屋に入ったのお前だったのかよ」
「ああ。……ほら、遅刻した時に教室の中がシーンとしてると入りづらいだろ? それで、ちょっと様子をうかがってたんだ」
照れくさそうに笑う次郎の手に、二枚の紙片があった。円がそれに気付いて声をかける。
「おいコジロー。それ、なんだ?」
この声で、他のメンバーもそれの存在に気付く。
次郎は手に持ったものを見せびらかすようにして言った。
「いいか? これはなぁ……よく聞けよ」
「聞いてるよ」
円が茶々を入れる。次郎は無視して話を続ける。
「これは……なんと!あの超人気バンド・【クライム】の一等席ライブチケットだ!」
「マ、マジ!?」
「うっそ、スゲェ!」
正法と円が同時に叫ぶ。
【クライム】とは、学生バンドグループに所属するものなら誰もが憧れる実力派のバンドグループの名前だ。近々、魅月町でライブが行われることになっているのだが、チケットはとっくに完売されていた。
「コジロー、お前どうやって手に入れたんだ!?」
「知り合いの人が、当日行けなくなったって言っててよ。もらって来たんだ」
「さすがコジロー!」
興奮しているのは、男三人だけではなかった。智華と雪乃も、顔が上気している。
「けど……ちょっと問題があってさ」
「なんだ?」
円が聞き返す。正法、智華、雪乃も押し黙った。
……フフフ。私にはもうわかったぞ。簡単だ。次郎の手にあるチケットは二枚しかないということだ。
「これ、一枚につき一人だから……その、二人しか行けないんだよね……」
一転して、シーンとした空気が広がった。
「えっと、だから……」
「コジロー」
正法が言葉を被せる。
「このチケットは自分が持って来たんだから、自分は絶対とか言うなよ」
円もそれに続く。
「この前と今日の遅刻のことは忘れんなよ?」
その意図を理解した次郎は、素直に首を縦に振る。
「ああ。初めからそんな野暮なことを言うつもりはない」
「わ、私も行きたいですっ!」
「当然、あたしも」
雪乃と智華も声をあげる。
室内を、緊迫した空気が流れる。まるで西部劇のガンマンが一騎打ちをするシーンのようだ。
「それじゃあ……」
正法が声をかける。やるべきことは、全員が本能で理解していた。
「行くぞ!」
この合図で、一斉に全員の右拳が振り上げられ、打ち出される。
「ジャーンケーン、ポン!」
「あ、ああ〜!?」
「やっっったぁぁぁ!」
主に二種類の叫び声が、狭い室内に響き渡った。




