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第4章・薄雲

上床 次郎 (うわとこ じろう)通称コジロー

14歳・中学3年

なにかと色々なコネを持っている。ベース担当で、腕前はそこそこ。

 チチチ……と、鳥の鳴く声がする。よく晴れた、気持ちのいい朝だ。智華はいつも通りの時間に家を出た。


「ユキノちゃんのことは一先ず置いといて、今日もバカまさを遅刻させないようにしなくっちゃ」


 が、置いておくことはできなかった。正法のアパートの前に来た時、ある人物を発見した智華の心に薄雲が広がった。


「ユキ、ノちゃん……?」


「……おはようございます。智華先輩」


 朝日の光を受けて爽やかにキラめく、ウェーブのかかった髪。雪乃だ。


(なんでここにいるの?)


 ――雪乃の目的を知りたい。そう思った智華は探りを入れてみた。


「ここ、まさのアパートだって知ってた?」


 その問いを待ち受けていたかのように、間髪いれず答えが返ってきた。


「ええ。寝坊が多くて遅刻しやすいと聞いたので、迎えに来たんです」


「そ、それは……」


 それは、あたしの役割なんだけど。そう言おうとしたが、思いとどまった。


 雪乃はそのまま何も言わず、アパートの階段を上がって行く。カン、カンという金属を踏む足音が響く。智華は急いで追いかけた。


「203号室、203号室……」


 正法の部屋番号まで知っている。すぐに目的のドアの前に辿り着き、ドアをノックする。


「ノックぐらいじゃダメよ」


 追いついた智華が雪乃を押しのけるようにドアの前に立つ。


「こいつは大声出して呼んでやらないと、いつまでたっても起きないから」


 胸を反らせ、大きく息を吸う。


(さすがに、これは譲れないからね)


 一瞬、息を止め、今度は勢いよく吐き出しながら声を飛ばす。


「起きろ! まさ……」


「おはよう! ユキノちゃん!」


 ドアが急に開き、すっかり支度を終えた正法が飛び出してきた。


「あ、あれ……? 智華?」


「な、なによ、まさ。なんで今日はこんなに早いわけ?」


 互いに驚いていると、横から雪乃が割って入る。


「おはようございます。正法先輩」


「おお! ユキノちゃん、おはよう」


 雪乃を見つけた正法の目が活き活きと輝く。


(なにが、おお! なのよ……態度違いすぎ)


 説明によると、雪乃の登校ルート上にたまたま正法のアパートがあり、そのことを知った正法が自分の部屋番号を教えたらしい。


 実際、智華にとってはおもしろくないことだ。自分が何度言っても朝に弱い正法が、雪乃が来ることになった途端に早起きになるのだから。


「いや〜、今日はいい天気だなぁ」


  十分余裕を持って三人は学校に向かう。その間も、正法は雪乃とばかり話していた。


(こんな時に限ってエンタにもコジローにも会わない……)


 智華の心の雲は次第に厚くなっていった。




「そりゃ、キツイわね」


「レイ姐〜……やっぱりそう思いますぅ……?」


 昼休み。智華は空いている椅子を怜子の席まで運んで座る。


「でもメンバーとコミュニケーションを取ろうとするのは当然じゃない?」


「それはそうですけど……」


 机の上に腕を組んでアゴを乗せる。伏し目がちな視線は、机の模様をじっと見つめている。


「……私が抜けた穴埋めにあの子が入ってきたんだから、元々の原因は私か」


「そ、そんなことはな……」


「あるの。ねぇ、とも。アンタ、結局なにが一番嫌なの?」


「え……?」


 顔をあげると、怜子は右ひじを机に立て、手の甲に顔を乗せて窓の外を見ていた。


「ユキノが気に入らないの? それともまさのこと? なにが、どうだから嫌なの?」


「それは……」


「それは?」


「それ、は……」


 沈黙。長い沈黙が続いた。


(ちょっと、問い詰めすぎたかな……)


 怜子はフーッと長い息をはいて、智華の頬に手を当てる。


「とも。もしよかったら、今日の放課後ウチに来ない?」


「え、でもバンドの練習が……」


「いいの。ストレスがある時はムリしないで。まさ達には私から言っておくからさ」


 少し悩んだ末、智華は結論を出す。


「……うん」


 正直、智華は雪乃に「逃げた」と思われるのではないかと心配だった。しかし、今の状態でバンドに出続けても好転は見込めないと判断し、従うことにした。


「それじゃ、レイ姐のおウチにお邪魔しちゃおうかな」


「そうそう。今夜は二人で飲むとしようか」


「の、飲む? なにを!?」


「上手い焼酎が手に入ったんだけど。ワインやカクテルの方が好きならそれもあるよ」


「お、お酒はちょっと……未成年なんで」


「冗談よ」


 怜子が言うと冗談に聞こえない。


「それと、私も未成年なんだけど」


「っそうでしたぁ!」


 ようやく智華に笑顔が戻った。


(そういえば……)


 思い返してみると、智華が放課後のバンド練習に顔を出さないのは、この日が初めてであった。

ちなみに、智華が正法を起こすための大声は近所の方にも周知なので苦情は出ません(笑)

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