第2章・仲間、+1
志波 正法 (しば まさのり)通称まさ
15歳・中学3年
中学に入ってから仲間を集めてバンドを結成した。ギター担当で、一応チームリーダー。
放課後、バンドの練習場として使っている視聴覚室にメンバーが集まる。
いや、正確に言うと「メンバー −1、+2」が集まっている。
「−1」というのは、メンバーが一人まだ来ていないことを表し、「+2」は正式なメンバーでない智華とすでに引退した怜子のことである。……最初からこういった方が早かったな。
「遅いな、コジロー」
そう言って正法が時計を見る。
「今日は久々にレイが来てるってのによ」
「……別に、その気になればいつでも来れるんだけどね。あんたの歌唱力がどれくらい向上したのか、聴きに来たのさ」
「アハハ。すっこーしは聴けるようになったかな、うん」
円が一発ドラムを叩いて笑う。ちなみに、円はほぼ体型だけでドラムに決定された。
「……うるせぇな。智華がやるよりはマシだろーがよ」
「なによそれ。偉そうな口を利く前に、一人で早起きできるようになりやがれっての」
ムッとして反論する。
「いつまでその話引きずるんだよ……にしても本当におせーな、コジローのやつ」
もう一度、正法は時計を見る。いつもの練習開始時刻を二十分ほど過ぎていた。
「おれ、ちょっと探してくるわ」
「おう、頼むぜエンタ」
「んじゃ、いってき……うわっ! き、来てたのかよコジロー」
円が立ち上がって開けたドアのすぐ外に、最後のメンバーがすでに来ていた。
「わ、悪い。遅くなって」
上床 次郎は、一見して「不良」の印象を受ける。しかし、実際に話してみるとなかなか気さくな男である。
「コジロー、なにやってたの?」
「あ、レイ。来てたのか」
「来たよ。で、なんで遅くなったのかって聞いてンの」
決して声は荒げないが、重い響きがこもっている。
「あ、いや……その、ちょっと、さぁ」
次郎は怜子の空気に圧倒されてしどろもどろになっている。
「とりあえず、中入ってドア閉めたら?」
智華がそう声をかけようとした時――
「うわ〜本当に丸い顔……」
別の声が被さってきた。廊下からだ。
「あ、あのアナタがエン……じゃなくて円さんですか?」
「そ、そうだけど」
智華の位置からは、次郎と円の影になって声の主が見えない。
「誰?」
そう言って場所を移動しようとした時、智華は気付いた。
位置的にその声の主の姿が見えているであろう正法が、ボーッと見惚れるような顔になっていることに。
「……まさ?」
返事がない。そして、次郎が横にどき、声の主が部屋に入ってきた。
「初めまして。若原 雪乃、一年です。このバンドのヴォーカルを希望しています」
くりっとした大きな目、職人の編んだ絹のように滑らかな肌、軽くウェーブのかかった柔らかな髪。総じての印象は「美人」といってもいい。
「雪乃はおれのイトコで、子どもの頃から結構歌が上手いんだ。レイが抜けてヴォーカルがいないから、どうかなって思ったんだけど……」
「おれはいいぜ」
即答したのは円だ。
「少なくとも、今のまさより悪くならなきゃいいからな」
「うるせぇよ。お前も歌うのはダメだろーが、エンタ」
正法が寄ってきて円の頭を軽く小突く。その手を、雪乃が握った。
(な、なにやってんの!? この子!)
雪乃がいきなり正法の手を握ったのを見て、智華は心の中で叫んだ。
「まさ……のり、さんですよね。ギターがとても上手だって聞いてます」
「あ、ああ……そう?」
正法は顔を真っ赤にしている。智華と怜子以外の女子には慣れていないらしい。
(ちょっと、いつまで手ぇ握ってんのよ。まさも、熟したトマトみたいになるな!)
智華の心の声が通じたのか、(そんなことがあるわけないが)ようやく雪乃は正法から離れた。
そして、次は怜子に近づく。
「怜子先輩、お会いできて光栄です」
しかし、さすがに怜子は正法ほど単純ではない。
「ありがと。……ねぇ、コジロー」
いまだにドアの近くに突っ立っている次郎に声をかける。
「なに?」
「あんたの推薦なら信用するけど、一応この子試してみてもいいんじゃない?」
入部試験をしよう、ということだ。
「そうそう、こっちの音楽に合わせられるか試してみないと」
智華も便乗してテストを促す。智華は、雪乃のなにか……漠然として明らかではないが、「なにか」が気に入らなかった。
「まぁ、おれもそれは考えてたんだ。まさ、エンタ、一曲いいか?」
「おれたちも演奏すんのか?」
正気に返った正法が聞き返す。
「演奏した方がいいんじゃない?その方が歌いやすいでしょ。……声は私と智華が聴いておくよ」
「とも、か……さん」
ここでようやく、雪乃が智華の顔を見る。智華のことは次郎から聞いていないらしい。
「あ、あたしは正式なメンバーじゃないから……」
なにか言われる前に、智華は自分から声をかけた。
「……」
雪乃は何も言わない。代わりに、正法が口を挿んだ。
「智華は音楽好きだけど、なにやらせても全然ダメなんだよな。下手の横好き」
「よ、余計なことまで言うな! バカまさ! 明日から起こしてやらないぞ」
「んだと! ……それは、困る」
「アッハハハ!バカまさ、だってよ」
円が豪快に笑う。次郎と怜子も、いつもの二人のやりとりを微笑ましく見ている。
ただ一人、雪乃だけが、おもしろくなさそうな目つきで智華の顔を見ていた。




