エピローグ・謳え、高らかに
作中何度目か分らない、朝の光景。正法のアパートの前で、智華は雪乃に会う。
「ユキノちゃん。おはよう」
「おはようございます……先輩」
なぜか雪乃は顔を背ける。
「どうしたの? 元気ない?」
心配そうに智華が尋ねる。
「……あの、こ、この前は本当にゴメンナサイ! 私のせいで正法先輩と会えなくて……」
今にも泣き出しそうな声で謝る。
「い、いいってば。もう、それは。結局、あのバカが忘れるのがいけないんだし」
「でも……」
「いいの。……あの後、ちゃんと仲直りできたから」
雪乃の肩に手をおいて慰める。
「……先輩たちって、本当に仲がいいんですね」
「そ、そう?」
「とても」
「ア、ハハハ……そう」
照れをごまかすように笑うが、顔が赤いためごまかしきれていない。
「だから私。あきらめました」
「え?」
顔をあげて、晴れやかな表情で雪乃は語りだす。
「私は、今も正法先輩のこと好きですけど……それは、やっぱり『憧れ』なんだなぁって気付いたんです。もし私が正法先輩に遅刻されても、あんな風に怒れないって……」
「え、でも、まさのこと叩いたって……」
「それは、智華先輩のことを悲しませたから、です。……本当は、先輩に初めて会った時から予感がしてたんです」
「予感?」
「正法先輩に本当にふさわしいのは、この人なんじゃないかなって。私には出来ないことが出来て、それは正法先輩に必要なことで……。でも、認めたくなかったんです。それを認めたくなくて、何度も智華先輩につっかかるようなことをして……本当に、ゴメンナサイ!」
再び頭を下げる。
――「認めたくなかった」これはまさしく、智華も初対面の雪乃に対して抱いていたものと同じではないか。智華と雪乃。二人は立場こそ違えど、内に秘めた思いは同じだったのだ。
「……いいよ、ユキノちゃん。あたしもそうだったから」
「えっ」
「ユキノちゃんのおかげで、あたしも本当の気持ちに気付けたんだから」
「智華先輩……」
「ありがとう。ユキノちゃん」
智華は笑った。雪乃も、つられて微笑んだ。
「さ、それじゃあネボスケまさを起こしに行こうか!」
「ハイッ! 先輩!」
二人は並んで錆びついた階段を上って行く。そして、これを離れた所から見つめている三人組がいた。
「……っはぁ〜、両手に花じゃねえかよ〜まさの奴」
「マジで付き合うことになったんだ、あいつら」
「……一時はどうなるかと思ったけどねぇ」
円、次郎、怜子だ。
「あいつらが仲悪くなりかけた原因は私たちにもあるからね」
「知らなかったとはいえ、シャレになんねえからな。俺たちのせいでこじれたら」
次郎が申し訳なさそうにつぶやく。
「後で怜子から話聞いて、なんとか誤解を解こうと思って来てみれば……」
「ちゃんと解決出来てたみたいね。……よかったよ。コレで」
怜子の口元にも笑顔が浮かぶ。
ただ一人、浮かない顔をしているのは円だ。
「それにしても羨ましいなぁ〜まさ。我らがアイドル・ユキノちゃんにまで……」
「エンタ、お前本気で雪乃に惚れてたのかよ」
「けど、今の話からだとユキノはまさのこと諦めたみたいよ」
「ってことは!」
円の目が輝く。
「チャンスなんじゃねーの?」
何気なく次郎が言うと、円は思わず大声を出した。
「よっしゃあ! 頑張るぞ!」
「ちょっうるさい、エンタ!」
慌てて次郎が円の口を手でふさぐ。幸い、智華たちには聞こえなかったようだ。
「まあ、チャンスとは言っても……」
「ん? なんだ、レイ」
「いや、別に」
チャンスだとは言っても、雪乃が円のことを好きになるかと言うと……非常に難しいと思われる。
「んじゃ、俺たちもそろそろ朝練行くか」
次郎が促すが、怜子は動かない。
「もうちょい。……アレが聞こえるまで待って」
「アレ?」
次郎と円が同時に聞き返す。直後に、その答えが聞こえてきた。
「まさーーー!起っきろーーー!」
――カードの表と裏は、いつも同時に存在する。しかし、表と裏はいつも背中合わせで、向き合うことがない。無理に合わせようとすれば、ねじ曲がるばかりだ。
同じ思いを抱きながら、違う方向を向いていた二人の少女によるねじれ。……今、二人が向き合っていられるのは、カードの壁を取っ払った一人の男のおかげなのかもしれない――
さて、これで四つ目の話は終わりだ。いかがだったかな?
今回の話も、この町に住んでいる多くの人々のドラマの一部を切り取ったものだ。この町にはまだまだ、多くの人々とドラマが存在している。……聞きたいかな?聞かせてあげよう、また会えたら。
……私の名前は魅月町。また、会う日まで。ごきげんよう。