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9.

「ママは、いつも言っている。ヒトミが住んでいる地区の人とは付き合ってはいけませんって。桜通学校にはそういう所からも子供が通ってきているから、だから反対したのだって。そういうお友だちには気をつけなさいって。

もちろん、あたしはちゃんと説明して、ママにわかってもらおうとも思った。でもわかるんだよ。ママの心の中にはすごい厚い壁みたいなものがあって、それは今のあたしの力ではどうやっても動かせないものなの。それを動かそうとすると、ママも具合が悪くなるし、あたしもすごく暗い気持ちになる。

 その点、アツミさんだったら、大丈夫。アツミさんの住んでいる所は問題ないし…。それにアツミさんはステキだから、お話ししてみたいと思っていたから、思い切ってあたしが誘ったら、すぐに来てくれたの。

ヒトミのおかげだよ。あの劇の練習が始まってから、あたし、すごくアツミさんと話しやすくなったの。セリフをどういう風に言ったらいいかとかね、お話しするきっかけがたくさんできたの。でね、アツミさんって一度話してみるとね、とっても暖かくて、良くて、楽しい人なんだよ! ヒトミのこともほめていたよ。あのシナリオがあったから、どんどん話が進んで、みんなでまとまって良かったって」

 あたしは何でもないような顔をして、パフェをもう半分食べていた。今までに感じたことのないようなヘンテコな気分だった。

「怒った?」

 あたしがずっと黙っているからか、トモミが気にして、聞いてきた。

「怒ってない」

「じゃあ、何か言って。今までのところまでの話、どう思う?」

「どうって…」

 あたしはパフェをかき回す。

「トモミのママが言っているのはおじいちゃんのことだよね。たぶん、おじいちゃんが『外された』人だからだよね。」

「そこまで…、わからない」

「そうだよ。でも、おじいちゃんは犯罪者じゃないよ。ただ、おじいちゃんが正しいと思ったことを通そうとしただけなんだよ。それがおじいちゃんの勤めていた会社の偉くて裕福で、代々そうやって偉くて裕福に暮らしている人のことを脅かしたの。おじいちゃんは会社を辞めさせられたし、いい仕事にも就けなくなって、お金もなくなった。

でも、おじいちゃんは、今だってその考えを間違えているとは思っていないよ。ただ、今の世の中には通用しない。長いこと押さえつけられて、エネルギーもなくなった。だから、静かに暮らしているんだよ。おじいちゃんがどんなにやさしくて、ステキで、あたしのこと思って、毎日真面目にしっかり働いているのか、あたしは毎日見ているから、よく知っている」

 おじいちゃんのやさしい笑顔が浮かんで、あたしの目から涙がこぼれた。

「ごめん。ヒトミ」

「いいの。これは説明とかしてわかることじゃないから…」

「それで、こう言いたいの。あたしは、ママのお家でママの世話になっているうちはヒトミをお家に誘うことはできない。ママによけいな心配かけたくないし。桜東通学校自体のこと、だめな所だと思って欲しくないし、いろいろ言って欲しくないから」

「そんなこと、どうでもいいよ」

「よくない。まだ続きがあるの」

 トモミって、なんでこんなにまで正直に、あたしが嫌な気になることまで全部あたしに話してしまうんだろう。あたしは、つい溜息ついてしまって、ぼんやりとトモミを見つめた。

「あたしは、ずっとヒトミとお友だちでいたい。こんな風に、ヒトミを邪魔にしたみたいにしてアツミさんを誘ってしまったけど、そのことについては、気を悪くしたとしてもしょうがないと思ってる。あたしはいつか、ママの手を離れて、あたしの考えだけで生活できるようになったら、いつか、ヒトミ、あたしの家に来て!」

「バカみたい!」

 と言って、あたしは笑った。

「いつも、あたしのこと『ぐるぐるの考え』になってるって、トモミはからかうけど、今日はトモミがぐるぐるの考えになっているよ。それに、まだ、そんな先のことまでわからないよ! その時になっていないんだから、今から約束しても意味がないよ」

「でも言って! ずっとお友達でいてくれるって!」

 あたしはすっかりシラケ切ってしまって、今流した涙が嘘のように引っこんだ。あきれた顔を隠すように、グラスの底に残っているアイスを長いスプーンでかきあつめた。

「あたしも、トモミに言わなければならないことがあった!」

 今度はあたしが話す番だった。

 あたしは、ママと東京で暮らす決心をして、もう四月には桜東通学校から転校することをトモミに言った。

「ウソ!」

 トモミは、悲しそうに言った。

「ホントだよ。いつだって」

「あたしが、アツミさんと仲良くなったからって、それだからって、意地になっているんじゃないよね?」

「バカじゃないの? それを知ったのは今日でしょ! 違うに決まっているじゃない」

「じゃあ、遠く離れても、友達でいよう!」

「トモミ。わからないよ。友だちでいようなんて…それは、自然に続いたり、続かなかったりすることで、約束したりすることじゃないと思う」

 きっぱり言うとトモミの顔がなんだかごっつくなったので、すかさず付け加えた。

「でも、あたしは…、トモミと友達でいたいって思っているよ」

「ありがと!」

 ごっつい顔がほころんだ。

「今のところはね!」

 そんな先の約束まで自信が持てないから、ついそう言った。こういう時には、どうでもいいって気持ちになってしまう。

「ヒトミって、なんか冷めてる」

「トモミって、なんか暑苦しい」

 いつもだったら、ここで二人で大笑いしていたのかな? でも今はそういう気にはなれなくて、ちょっとニッコリして、あたしはトモミをトモミのお家の近くまでスクーターで送って行った。

 スクーターから降りたトモミが、急に泣き出した。しゃくり上げるように泣いて、泣いて、止まりそうもなかった。「バイバイ」も言えなくて、ちょっと手を上げると、泣きながら家に向かって行った。

「この、スクーターの名前はラビットだよ!」

 トモミの背中に向かって、あたしが言った。ほかに言う言葉を思いつかなかった。

「うん。わかってる」

 トモミは振り返って涙を拭うと、悲しそうに笑って、お家の方に走って行ってしまった。



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