6.
帰り道、スクーターを引っ張って歩いていると、いつものようにトモミが追いついてきた。
「ねえねえ、びっくりだったね」
トモミは何か興奮しているみたいに、ハアハア言っていた。
「なにが?」
「なにがって、アツミさんに決まっているじゃない! アツミさんがあんなにいろいろ発言する人だなんて、思わなかったし、すごくカッコ良かったよね」
「そうかな…」
「ねえねえ、ヒトミがシナリオ書いているって、本当なの?」
「本当だよ」
「本当なんだ」
「そうだよ…」
「へえ」
なんだか、またトモミに対して、ふつふつと怒りの感情が心の下の方から沸き立ってきているのがわかった。
「今度見せてね」
「どうせ、今度の話合いの時には持ってくるもん」
「そうなんだ~! すごいねヒトミって」
「なにが?」
「いろいろ作るの好きだからさ、お話とか」
「そう?」
「そうだよ」
「ウソかと思った」
あたしはカチンときて、歩くのをやめた。
「いつ、あたしがウソを言ったの?」
「ううううん。ウソというのとは違うんだよね。たぶん、ヒトミにとっては空想なんだと思う」
トモミはいたずらっこみたいに、私の顔を下の方からのぞくように見た。
「なにが空想?」
「たとえばさ…、お母さんのこととか」
「え? ママのこと?」
「そう、ニュースキャスターで、世界を飛び回っているって。そんなお母さんだったらステキだよね、わかるよ」
あたしは、トモミにあきれてしまって、言葉が出てこなくなった。
「まあ、いいんだよ。なんでも。いろいろ、想像してふくらませた方が楽しいもん。そういうヒトミの話、あたし、好きだと思っているよ」
どういう顔をしていたらいいのか、あたしはわからなくなってきた。
「ねえねえ、また水色のケーキ、食べに行こうか」
トモミがうれしそうに言うのを見たら、なんだか心が氷みたいに冷たくなってきてしまった。
「今日は、やめておく」
あたしはそっぽを向いて、スクーターにまたがった。
「今日は、もう行くね」
つんとするのもいやだったから、あたしはトモミを振り返って言った。
トモミはちょっとふくれていて「うん、わかった」 と、ちょっとさみしそうに答えた。
「またね」
そのまま、さっと乗って行きたかったけれど、なんだか今度はトモミのことがかわいそうに思えてきて
「今まで言ったこと、ぜんぶウソじゃないよ!」
と言って、あたしはスクーターのモーターをかけた。
トモミがどう思っていようとどうでも良かった。あたしはもうすぐママと暮らすのだ。そうしたらトモミと毎日会うこともできなくなる。そう思うと、しんみりした気分になってきた。いつもつんつん怒っていたらつまらない。お別れするときには仲良しのまま、笑顔でお別れしたい。
ママの所に行くのは、やっぱり学校祭が終わってからにしよう。シナリオのこと発言してしまったから、途中で下りるのはいやだ。それこそ、ウソつきみたいになってしまう。
あたしの頭の中はぐるぐるにならずに、すごくすっきり、はっきりと答えを出すことができた。ママはきっとその答えを喜んでくれるはず。それに、そうやってきっぱりとここを離れるのも気持ちいいかもしれない、と思えてきた。
風はかなり冷たかったけれど、すごく気持ち良かった。今度の学校祭はあたしにとって特別な感じがする。あたしはすごく大げさな気持ちになっていて、目に映るものがすべて、きれいで尊いな、あたしは透明だな、なんて思っていた。
学校祭の劇がどんどん形になっていった。
舞台監督はすんなりとアツミさんに決まった。アツミさんは皆の前に立つと、いつもしゃきっとしていて、話を一つずつまとめていく。人を寄せ付けないような冷たい感じはまったくしなくなって、皆を包み込むような、暖かい広い心を持っている感じが伝わってくるのだ。
「ヒトミさんが考えてくれたシナリオを元にして、みんなで話を考えていきましょう」
なんて言うアツミさんは、まるで学校の先生みたいだった。
さて、あたしの作った話というのは…、まず舞台を暗くする。そして舞台の上は宇宙ってことにする。みんなはその宇宙の一つ一つの星になるのだ。そしてそれぞれの星のことを一人ずつが少しずつ話していく。
あたしのイメージでは一人ずつがペンライトを持っている。最初はそのペンライトを全員がつけて、ぐるぐると舞台を回る。そして、それぞれがそれぞれの場所に立ち、ある人は体育座りをして、ある人は椅子に座って、みんなが舞台にいる。それぞれのペンライトは舞台という宇宙のそれぞれの星になる。
「サリメタル星から来た、タールです」
今、オオワダ アツシが立ち上がって練習していた。
一人ずつが話している時には、話している人だけがペンライトを点けていて、ほかの人は消している。大きいライトが二つ、舞台の両端にあって、今はアツシにだけに当たっている。大きいライトの係りは決めていなくて、何人かが入れ替わって務める。
「みなさん、見えますか?」
アツシがライトを振って、話す。
「サリメタル星では、とうとう水が一滴もなくなってしまったのです!」
周りを取り囲んでいるみんながペンライトを点けてザワザワと揺れる。
「わたしたち、水の惑星、アクアシスから、水を運んでさしあげます」
水の惑星役のトモミが立ち上がって言った。
「おいおい」
シナリオにはないところで、ミョウジが立ち上がった。
「やっぱり、この話、無理があると思うな。わけわかんない星の名前がたくさん出てきすぎるよ。もっとわかりやすいほうがいいと思います」
「じゃあ、ミョウジ君、ちゃんと具体的に案を出して!」
とアツミさんがどなった。
「何をやるかとみんなで話し合って、みんなこれでいいということに決まって、それでこの話を進めているんですよ。忘れたんですか?」
アツミさんはいつもの怒り顔になった。
「そう言われても。ボク、具体的な案はないけど、このシナリオじゃない方がいい、ということだけが言いたいんです」
「今、ここで話すことじゃあないわよね。もう決まったことでこの話は進んでいるのよ。皆手を挙げて賛成してくれた。ミョウジ君は手を挙げられなかったのかもしれない。でも時間はあったのだから、個人的に話しに来てくれても良かったわよね。君は何も意見をいわなかったでしょ! そうやって後戻りしていたら、ちっとも先に話は進まないわ」
アツミさんは完全に怒っていた。
あたしが手を挙げて立ち上がった。
「じゃあ、ミョウジ君、どういうセリフが言いたいのか、言ってみて。それに合わせてミョウジ君のセリフだけを書き換えます。一つずつの星だから、そうやって変えることができるんです」
「え…。別に。オレ、音楽係やりたいです。それだったらセリフなくてもいいから」
「わかりました!」
あたしは、そう答えて座った。ミョウジにセリフがなくても、他の星が音楽の星のことを説明するセリフをつければいい。そんなことは簡単なことだった。
なんだか声が大きくなってしまったけれど、ちっとも怒っていなかった。みんながみんな、自分のパートをいやな気持ではなくてやってくれたら一番いい。本当に心の底からそう思っていた。
「どうですか? ミョウジ君、それでいいの?」
アツミさんはまだ少し怒っているような感じでミョウジに聞いた。
「はい。それでいいです」
「はい!」
ムナカミ タタヒロが手を挙げた。
「ぼくもセリフ言いたくないので、音楽係がいいです」
「ぼくも。サリメタルなんて言いたくないから、音楽にしたいです」
オオワダ アツシも手を挙げて答えた。おやおや、音楽係りが三人になってしまった。でもあたしは愉快だった。なんでだろう。たぶん、引っ越しのことがなかったら、猛烈に腹が立っていたと思う。引っ越してしまうのだ、と思うと、今この時間がすごく貴重に思えて、なんでも受け入れられる。不思議だ。すごく心の広い人になってしまったみたいで、気持ちよかった。
「ねえねえ!」
帰り道、またトモミがあたしを追いかけて来た。
「ヒトミ、大丈夫なの?」
「なにが?」
「男子が三人もセリフをいやがって。くやしくないの?」
「それが、ぜんぜんくやしくないんだよ」
「だって、どうするの?」
「そうだね。一人ずつがペンライト持っているでしょ。音楽係りのペンライトはどこかに固定して…。そうだ! 帽子とかに固定して、頭の上で点くようにするの! でね、キラ~って音が出るスズみたいのあるよね。タタヒロにはスズがいいよ。あいつ、ピアノなんか弾けないし。ミョウジはシンセサイザーできるから、それをまかせればいいでしょ。アツシもスズかな…」
いろいろ考えていると楽しくなってきて、あたしは一人でベラベラとしゃべってしまった。
「すごいね。ヒトミ…」
トモミがあたしの横顔を見つめていた。
「そお?」
「そうだよ。あんな勝手なこと言われたら、あたしだったら、待ち伏せして、たくさん文句言いたい」
「それもいいよね」
あたしはなんだかおかしくなって、笑い出してしまった。
「ね。じゃあ、あたしのセリフは増やしてね。あたしはたくさん言いたい!」
「いいよ!」
「楽しみ~」
トモミがそう言ってくれて、あたしはすごくうれしかった。それから、別れ道まで、あれこれ劇について話した。そうしたらどんどん新しいアイデアが生まれてきた。
すごく楽しかった。




