4.
「ほらこれ」
とトモミが指差した。
ケイエスのレジの所には縦長のケーキのボックスがある。その中に丸いケーキが並んでいて、たしかに水色のクリームがたっぷりのっているのがあった。クリームの上に生のブルーベリーがポコポコと三個のっている。
「なーんだ」
「ねえ、買う?」
「買おうか」
「あたしは、ピンクのラズベリー味がいいな」
それで、トモミはピンク、あたしは水色のを買って、公園に移動した。二人でベンチに座った。座ると風をちょっぴり冷たく感じる。でもカッカしていたからかな、なんだか気持ちいい。
「ねえ、さっきの話の続きだけどさ」
と、あたしは話し始めた。
「アツミさんの誕生日に、あたしはこの色のクリームのケーキを贈ったらどうかな、ってずっと考えていたんだよ」
あたしはケーキを目の高さにかざして見た。なんだかすごくうれしくなってきていた。
「そうなんだ」
「だって、アツミさんていつも水色のもの着ているでしょ。だからね」
あたしは水色のケーキをぐるりと見て、どこからかじりつこうか迷っていた。
「ヒトミって、ほんと、考えがぐるぐるーってなるんだね。だって、あたしには洋服の色と食べ物の色は関係ないって思えるよ。アツミさんの洋服が水色だからって、食べる物も水色が好きなんて変だよ。色と味って関係ないもん。だいいち、水色の食べ物自体、珍しすぎる」
トモミは、唇についたピンクのクリームをなめながら、ふふふと笑った。
トモミに言われると、秘密を打ち明けたみたいな、妙な恥ずかしさがあって、それをごまかすように、あたしはケーキにかぶりついた。そしてあたしはトモミに言い訳した。
「それだったら、贈ったりしなくて正解だったね。それに…、なんだかいつも近寄りがたいから、ケーキを買ったとしてもけっきょく渡せなかったかもしれないよね。そんなケーキを持って行って、どんな風に言ったらいいかわからないもの…」
「ヒトミ、またぐるぐる~ってなってるよ。贈ったり買ったりしなかったのだから、もう考えてもしょうがないよ」
「じゃあ、トモミはどうなの? アツミさんの誕生日に何かしようと思っていたんでしょ?」
「ちがう」
「じゃあ、何で今日になって急に誕生日のこと言い出したの?」
「さっき、教室の出口でアツミさんとバッタリ一緒になって、それで『さよなら』ってあいさつしたの。そうしたら、急に誕生日のことを思い出したの…」
トモミは急に遠くを見つめるような目つきになって、言葉を濁した。そして
「どうする?」
と、あたしの方をまっすぐに見た。
「どうするって?」
「アツミさんに、そのケーキをプレゼントしてみる? ヒトミと一緒にだったら、渡せる気がする」
「やだ、今さら」
あたしは、恥ずかしくなってちょっと赤くなる。話が途切れるともっと恥ずかしさが目立ってくる。だからあたしは食べ続け、話し続ける。
「それにしても、こんなに簡単に見つかるとは思っていなかったよ…。水色のクリームのケーキ…。これ、おいしいね」
そうして、あたしは五歳のあたしとママと、水色のクリームのケーキを売る店と、オレンジ色の電気自動車が止まった交差点の思い出をトモミに話した。
「ヒトミって、なんでそんなに小さい時のことを覚えているの? あたしは何も覚えていないよ。今、気がついたらここにいるって感じ」
「でも、この間ママから電話があった時に聞いてみたらね、ママはちっとも思い出さなかったから、もしかしたら、ただの夢だったのかもしれないね」
「夢だとしたら、それを覚えているなんて、もっと驚異的!」
トモミは何にでもすぐに驚く。あたしの何でもないところにも。そんなところがとってもおもしろい。
「じゃあ、これでアツミさんの誕生日を祝ったことにしよう! アツミさんには言えなかったけれど、今、ここで二人で祝ったんだから、あたしが証人になるよ」
トモミがまたふふふと笑った。
さっきまでトモミのことに腹が立っていたけれど、そんな風に提案してくれるトモミのことが「輝く人」みたいに思えてきた。
「ね、ヒトミ、今度さ…」
トモミがこっちを見て、何か言おうとした。でもそのあとの言葉が出てこなくて、なんだかあいまいに笑って下を向いてしまった。
「ね、なになに?」
あたしが聞いても
「なんでもないんだよ」
とさびしそうに笑うだけ。そんなことがときどきある。いつもトモミはここで話をぷっつりとやめてしまう。
「いいねー」
あたしは指についたクリームをなめたあと、わざとらしく空を見上げてそう言うと、トモミもぐっとアゴを突き出して、空を見上げた。
「いいねー」
「いいねー」
それから、風が吹いたら、それがくすぐったいように感じて、二人でいつまでも笑っていた。寒さはどこかに行ってしまったみたいだった。
家に帰ると、家の中は真っ暗だった。
「ただいまー!」
じっとりと湿って、家の中の空気が重たくなっている。そこを突き破って通るように、あたしは声を張り上げた。
「おじいちゃーん! ただいまー!」
シーンとしている。おじいちゃんは畑かな。
桜東通学校がある桜市は東京からはEXで一時間。桜市の中心地に近くて、人もビルも多くて賑やかだ。おじいちゃんとあたしの家はそこからスクーターで三十分走った、ずっと田舎の方にある。おじいちゃんはずっと畑をやっている。だから真っ黒で細くて、しっかりしている。
「おーじーいーちゃーーん!」
あたしは玄関に靴を脱ぐと、もう一度大きい声で呼んでみた。
「おお。ヒトミか…」
おじいちゃんは十一月なのに、白のランニングにステテコみたいのをはいて、のっそりと奥の部屋から出てきた。
「ああ。ずいぶんと寝てしまった」
そしてにっこりと笑った。
「お帰り。ヒトミ」
「ねえねえ、夕飯は何? 今、何か食べるものある?」
ケーキを食べたけど、あたしのお腹はもうグーと音を立てていた。
「干しイモでも食べたらどうだ?」
そしてまたにっこりと笑った。
「おじいちゃん、今日はどんな一日だった?」
毎日学校から帰ってくるたびに、あたしは一応、おじいちゃんにそう聞いてみる。おじいちゃんは、必ず首を傾げて、考えるふりをする。
けっきょくおじいちゃんはにっこり笑って。「同じだ」と答える。そして「ヒトミは?」と聞いてくれる。ここまでは、おじいちゃんとあたしの帰りのあいさつセットになっている。
それからは、あたしが朝学校に行くときに気がついたことやら、学校での一時間目、二時間目、ランチ、三時間目、四時間目、五時間目のことを詳しく話す。今日は、そのあと、トモミがあたしに追いついてきて、アツミさんとのことを話したことまでを話した。
「そうかー」
おじいちゃんは、ただニコニコしているだけだ。本当にわかっているのか、わかっていないのか、わからない。とにかくあたしは一日のことを話したということで、ホッとする。
「干しイモ、焼いて食べるかい?」
おじいちゃんが言った。
「うん。焼いて食べる」
あたしが繰り返した。
あたしはおじいちゃんの後ろについて歩いて、「ねえねえ、トモミのことどう思う?」と聞いてみる。「スクーターのエンジンかけてるのに引っ張るなんて、危ないよねえ」
おじいちゃんは、ただニコニコ笑って、干しいイモをレンジに入れている。
「ねえ、おじいちゃんは、どう思うの? 危ないと思わないの?」
あまり質問攻めにすると、おじいちゃんは困った顔をする。
「まず、おまえがヒトミだろ。友達がトモミ、今話に出てきた人がアツミ。おじいちゃんには、その違いがわかるまでで精一杯。なんだってみんな同じような名前なんだい?」
おじいちゃんがボソボソと言った。
あたしは、なんだか、おかしくなってきて、大声で笑ってしまった。そして小さいことに変にこだわる自分のことがちょっぴり恥ずかしいような気がした。
だからあたしは照れ隠しにまたいろいろおしゃべりをした。おじいちゃんは暗いキッチンで鍋を火にかけて、夕飯の支度を始めた。
あたしはおじいちゃんのこと手伝いながら、ケーキのことやら、今までにあったことやら、これからやりたいことやら、いろいろ、いろいろおしゃべりする。
おじいちゃんは、ただ聞いている。そして、
「そうだ!」
珍しく、おじいちゃんがあたしの話を止めて、急に言った。
あたしはびっくりして、たぶん、目がまんまるになっている。
「今日は、ママが帰って来るよ。遅くなるけれど、起きていてくれたらうれしいな、と言っていたよ」
「そう…」
ママはジャーナリストで、世界を飛び回っている。いつも時間が足りなくて、あたしと話している時間なんかない。少ない時間の中で、必要なことだけ質問してきて、必要なことだけしか話さない。
なんだか胸がドキドキしてくる。ママと会うのは久しぶりだからうれしい。
あたしはそのドキドキを隠すように、続けてまた学校の話を始める。そして夕飯の時までには、あたしは話し疲れてしまって、だんだんおしゃべりしなくなる。
そうすると、なーんにも音がない。おじいちゃんがテレビを点けた。
お腹もいっぱいになって、たいくつなテレビを見ていると、だんだんまぶたが重たくなってくる。もう眠たくて眠たくて限界に近くなる。もう寝ようかなと思う頃にママが帰ってきた。




