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3.

 休み時間に、ホールに行くと、あたしと一番仲良しのナカムラ トモミが、あたしを目指して追いかけて来た。

「ねえねえ」

 といつもトモミはおもしろがるように言う。

「なんかさ、アツミさんって気高いって感じだよね。なんで家にいないんだろう? 普通、ああいう感じの人ってサテライト校にすることが多いのにね。通学校に来ても楽しそうな感じがしないよね。わざわざ通学校に来ることないのにね」

「そうね…」

 と、言いながら、あたしはなぜかムッとした。

「でも、アツミさんが通学校を選んだのだから、家よりは良い、ってことなのよ。だって、実際に学校に来てるんだから。それに学年を遅らせたことも、それがいいってことでしょ? あたしにはどうしてかはわかんないけど、それの方が悪いってことだったら来てないものね」

「まったく! ヒトミの言うことはいつも、ややこしいね!」

 トモミが笑った。

「だって、通学校に来ても一人でいるのが好きな子はいっぱいいるじゃない! そういう子でも、家よりもゲームセンターや図書館よりも学校がいいから来ているんだよ」

「まあ、そうだけどね。でも、なんか気になる。普通、一人でいたい人のことって、気にならないのに」

 それはあたしも同じだった。アツミさんのことがなにか気なった。

 アツミさんは、学校を休むわけでもなく、授業があるときはちゃんと聞いている。通学校でも授業はけっきょくサテライト校とあまり変わりがないことが多い。スクリーンが大きいだけで、通信で受ける授業と同じようなものだ。でもときどきは先生の生授業もあるし、体育、理科の実験や家庭科の実習もある。アツミさんはすべての授業を休まずに受けていた。

 でも、休み時間は一人で本ばかり読んでいる。それも、教室の自分の席で。アツミさんの席は一番奥の一番後ろで、学校に来てからは自分の席に座ったきり、あまり動かない。

みんなが気にしてチラチラ見ていても、関係ない。そばに寄って行って、話しかけてみたいけれど、人を寄せ付けない雰囲気を発していて、そばに近寄れない。

 あたしだったら、一人で本を読む時は、ホールのベンチに行ったり、図書室に行ったりして、人がいない方が集中できるのだけどな。


 と…、ものすごく前置きが長くなってしまったけれど、そんなわけで、あたしはアツミさんの誕生日をはっきりと覚えていたのだ。そしてそのアツミさんの誕生日の数日前から、ずっと「どうしよう」と考えていた。水色のクリームのケーキを見つけることができれば、それをきっかけに、アツミさんとお話しすることができるのじゃあないかと思ったのだ。けれど、そんなケーキは見つけられないまま、けっきょくアツミさんの誕生日はやって来てしまった。

 なんにせよ、お誕生日ということで話すきっかけになるかもしれないから、あたしはカードでも贈ろうかと迷ったりもしたけれど、それもできなかった。急にそんなことしても、わざとらしいような気がした。アツミさんの誕生日はちゃんと覚えているんだよ、ってことは伝えたかったのに、それもどうでも良くなってしまった。

 あーあ、どうでもいいや。あたしはそういうどうでもいい考えに捕まってしまう。そしてそのどうでもいい考えはぐるぐると頭の中を何重にも取り巻き、抜けられなくなってしまうのだ。 

 あたしはいつでも明るくて、楽しいことを考えるのも得意なのに、そういうつまらないことに捕まって何時間も過ごしてしまうこともある。そうすると、なかなか切れ目を見つけられなくなってしまう。

 そういう、ぐるぐる巻きの考えに捕らわれているときは、ちょっと重たい気分になっている。だからとっても疲れてしまうのだ。


 十一月になった。少し風の冷たい日もあるけれど、まだセーターなしで過ごせる。

 アツミさんのお誕生日が過ぎてしまったからか、通学校でアツミさんを見かけても、なんだかシラけてしまう。アツミさんは相変わらず、周りの空気を寄せ付けないで読書に没頭していた。

 月曜日の帰り、あたしがスクーター置き場にいると、いつものようにトモミが走り寄って来た。

「ねえ、ヒトミ! アツミさんのお誕生日、過ぎちゃったね」

 トモミはいきなりそんな風に話しかけてきた。

「え? トモミも気にしてたの? アツミさんのお誕生日のこと」

「そりゃそうだよ。だって、あの人、はっきりと自分のお誕生日を電子板に書いたでしょ。その時衝撃が走ったでしょ。誰でも忘れられないよ。あれは」

「だったら、なんで今頃言うのよ!」

 なぜだか知らないけれど、あたしはものすごく腹が立って、トモミを振り切って行きたい気になった。あたしはトモミに背を向けて、スクーターにまたがった。

「なんなの! ヒトミ! 何を怒ってるの?」

 トモミはわけがわからなかったみたいで、あわてている。

「知らない」

 あたしはプイと横を向いた。トモミの顔を見たくなかった。

「やだ。あたしを置いて、スクーターで帰る気?」

「知らない」

 あたしはスクーターのエンジンをかけた。エンジンはドルドルドルと音を立て始めた。

「ねえねえ。アツミさんのお誕生日のこと言ったのがいけなかったの?」

 エンジンの音に負けないように、トモミが大きな声で言っている。トモミはおもしろがっている。だからよけいに腹が立った。

「待ってよ、待ってよ!」

 トモミがあたしの手をつかんだ。あたしの身体がトモミの方に傾いた。

「バカ! 危ないでしょ!」

 スクーターがもう少しで走り出すところだったのに! 本当に危ない! もっと腹が立ってきたけれど、あたしはしかたなくエンジンを切って、トモミの横に並んだ。

 あたしの顔は、どうしようもなく怒り顔になった。

「途中までスクーター、押して帰って! いつものように、一緒におしゃべりして帰ろう!」

 トモミはあたしがムカムカしているのに、ぜんぜん気にしていないみたいに言った。だからもっともっと腹が立ってきた。でも、トモミは私の腕を放そうとはしない。あたしはムッとしながらも、トモミと並んで、スクーターを引きながら歩き始めた。

「その色、いつも好きだって思ってるよ」

 と、トモミがあたしのスクーターに触った。

 あたしは答えなかった。

 もちろん、あたしのスクーターだもの、あたしだって好きな色だって思っている。それはオレンジ色で、ママが乗っていたミニ電気自動車みたいな色。ママと一緒にスクーターを選びに行った時、一番に目に飛び込んできて、一番に気に入って買ったのだ。

 あの電気自動車がまだ家にあった頃は、ママはまだおじいちゃんとあたしと一緒に暮らしていて、忙しそうだったけれど、ときどきはあたしを車に乗せていろいろなところに連れて行ってくれたのだ。

「ね、何か言って!」

 と、トモミがいたずらっ子みたいな顔で笑いながら、あたしの顔をのぞいてきた。あたしはもうどうしようもなくムカムカして、口をとんがらせた。

「このスクーターの名前、ラビットってことにしない?」

 唐突にトモミが言う。いつだってそうだ。トモミはあたしの機嫌を直そうと思って、全く違う方に話を方向転換させようとしているのだ。あたしは黙ってスクーターを引っ張った。本当はトモミを引き離して、先に歩いて行きたかった。でも、スクーターが重たいからそうもできない。

 あーあ、トモミのことなんか気にしないで、さっさとスクーターに乗ってしまったらよかったのに。とあたしは思った。

「ヒトミもアツミさんのお誕生日のこと、考えていたんだね」

 トモミはぜんぜん平気で話しかけてくる。

「知らない」

「だったら、なんで怒っているのか教えて!」

 トモミがあたしの手を引っ張る。

「痛いなあ。危ないでしょ。一緒に帰ってあげるから、もっと静かにして!」

 あたしがキーキー声を上げると、トモミはちょっとしゅんとして、少し黙った。

 そして、二人でただ黙って歩いた。

 信号が赤になって、二人そろって止まった。

「ねえ、なんで今頃アツミさんの誕生日のことを言うの? 今頃言ったって、もうお誕生日が過ぎてしまったら、どうしようもできないでしょ!」

 あたしは胸のムカムカを吐き出した。

 そんなつまらないことで、あたしは泣きたくなってきていた。それで、あたしは言葉を切って、またそっぽを向いた。

「ごめんごめん」

 トモミはまだおもしろがっていて、あたしの様子をうかがっている。

「ねえ。ヒトミ、教えて。お誕生日に何かしようって思っていたの?」

「知らない」

 信号が青になった。二人でまたそろって歩き出した。

 あたしはトモミを振り切ってしまいたいのに、トモミはまだしつこく着いてきて、あれこれ聞いてくる。

「ヒトミ、まだ何かしようと思っているのだったら、あたし、一緒にプレゼントとかしてもいいよ。気になっているんだったら、今からでもそうしようよ。お誕生日ってことじゃなくても、なんでもいいじゃない」

「バカみたい」

 あたしは下を向いた。

「ねえねえ言ってみなよ」

 トモミはまったくあたしの気分の悪いのなんて、どうでもいいんだ。あたしの気分をもっとかき回したいんだ。そう思ったら、また腹が立ってきて、あたしはトモミの目をぐっとにらんだ。

「こわーい」

 とトモミが笑った。

「なんでそんなに怒っているのか教えて! アツミさんのことだからなの?」

「べつに…」

 答えたくないのに答えてしまう。だからよけいにムシャクシャする。

「ね。だったら今からプレゼントとかしようよ。ねえ。そうしようよ、そうしようよ」

 トモミが駄々っ子みたいに、言い出した。

「バカみたい…」

「バカでもなんでもいい。ヒトミが怒っている理由が知りたいだけ。ヒトミが怒っていたらずっとつまらないから、普通に戻ってもらいたいだけ」 

 トモミったら、なんでこんなに素直に真っ直ぐに話ができるのだろう。ちょっとくやしいけど、トモミがうらやましくなってきた。

「まあいいや。どうでも」

 自然にそんな風に言えるようになってきた。

 しばらくまた無言で歩いた。

 あたしが力を込めて歩いているからか、トモミより少し先になって、トモミが少し遅れてあたしの視界から外れた。そうすると、またトモミが追いついてくる。スクーターが重たいからそれ以上引き離すことはできない。

 トモミってしつこい。でも、あたしのこと気にしているからしつこいんだよね。どうでもいいと思ったら、もう違う方に行ってしまっているよね。

 くやしいけど、あたしはトモミの方を少し振り向いて見た。

 今度はトモミが少しふくれている。なのに、まだあたしの後ろを必死で歩いている。あたしはなんだかおかしくなってきた。

「ねえトモミ。水色のクリームのケーキがあったら、それ、何の味だと思う?」

 あたしは遠回しに話を始めてみる。

 トモミの顔がパッと輝いた。

「そんなの、ブルーベリーに決まっているよ!」

 トモミは簡単に言った。水色のケーキのこと思い出してからずっと不思議に思っていたことなのに。

「そうなの?」

 今度は急にトモミのことが偉い人のように思えてくる。

「そうだよ。そんなのどこでも売っているよ。見たことないの? オドロキー! ヒトミ、甘いもの好きなのに」

「どこで売っているの?」

「普通のコンビニだよ。その角のケイエスにもあるよ。ね、見てみようか」

 トモミのほっぺたが光っている。そしてうれしそうに笑っている。

 トモミに言われるままに、あたしはケイエスの前の駐輪場にスクーターを置くと、二人で一緒にケイエスに入った。


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