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桜東通学校は七階に一年生から六年生までの六教室と図書館、談話室、保健室があり、八階には七年生から十二年生までの六教室と職員室とホールがある。
あたしは今、八年生だから八階の八番教室だけど、二十人しかいない。ほかの学年もそんなものだ。でも通学校を選んだ子だけが来ているのだから、だいたいは通学校が気に入っている子ばかりなのだ。中には家にいたくないから来るという子もいるけれど、それだって家よりは学校にいる方がいいから来ているのだから、好きってほどではないにしても、いやいや通っているわけじゃない。
あたしはおじいちゃんと二人暮らしみたいなものだったから(ママは忙しくてほとんど家にはいなかったのだ)、それに、近所には同じ年くらいの子どもがぜんぜんいなかったから、ずっと通学校に入るのを楽しみにしていた。そして、入学した時からずっと、とってもこの桜東通学校が気に入っている。
あたしの家はどの通学校からも遠かった。だからどこを選んでも通うのは同じだったと思う。でも、一年生のあたしにはどこがいいかなんかわからなかったから、ママが選ぶ所に通うしかなかった。今ならわかるけど、たぶん家は今よりもお金がなかったから、ここにしか入れなかったのだと思う。サテライトの端末は今も家には引いてないけれど、それを引くお金もなかったんじゃないかな、と思う。でも、一番シンプルな学校だったから良かったと思っている。
最近の通学校はいろいろな特色を売り物にしていることが多く、豪華ですごくお金がかかる所も多いのだ。革張りのソファとか、フェイクファーのソファがふかふかの絨毯の部屋に用意されている学校とか、飛行機の機内や、電車の社内風にできている学校もあって、そういう学校では先生もフライトアテンダントとか、車掌さんみたいな制服を着ているらしいし、いろいろな時代の教室を用意している通学校もあって、戦国時代のお城みたいになっていたり、中世のお城みたいな内装になっている学校も雑誌で見たことがある。ドレスとか着て授業を受けているのだ。その学校は、給食なんて、バカみたいに長い机で、給仕の人がいて、晩さん会みたいなのだ。まあ、毎日ではないようなことが書いてあったけれど、いろいろな趣味の人がいるものだなあ、とあたしはあきれてその記事を読んだ。
うちの学校は弁当制で、勝手に自分で食べたい物を持って来るのだけれど(もちろん買って来てもいい)、晩さん会というほどではないにしても、給食がすごく豪華で、ホテルのシェフのお料理を選べたり、各国の珍しい料理を選べたりする通学校もあると聞いている。勉強以外でいろいろ特色を出さないと生徒が集まらないと大人は考えているらしい。
桜東通学校の「売り」は…、一応演劇に力を入れているということ。年に一回通学校祭があって、その時には各学年一つの演劇を発表する。だから毎年、一つの演劇に関わって、十一の演劇を見ることになる。でもこの学校ではそれも強制はしない。関わりたくない人は出なくてもいい。
ちなみに、去年の十二年生の出し物は一人芝居だった。ほかの生徒はシラケてしまって、ミナカミさんという男子生徒が一人でがんばって作って、演じたという話だ。いろいろな人が「なぞの女性、ジョセフィーヌ」について語るというお話で、ミナカミさんは十二人もの人を演じ分けた。けっこうガッチリした体型の人なのに、なよなよとした女性も難なくこなして、まったく違和感を起こさせなかった。ジョセフィーヌの飼い猫も演じた。猫の着ぐるみを着ていたので、最初なみんなクスクスと笑ったけれど、そのうちしんとなって、猫だったら本当にそう言うだろうとみんな納得したと思う。すごいなと思ってどんどんお芝居に引き込まれた。昔の小説を下敷きにしてミナカミさんが脚色したということだったけれど、本当にお芝居が好きな人なんだなと思った。ミナカミさんは俳優のプロダクションにスカウトされたらしい。もう俳優の道を歩み始めているといううわさだ。楽しみだな。
今のところ、毎年どんな形であれ、各学年全部が参加しているけれど、きっとそのうちに誰も参加しない学年というのも出てくるのかもしれない。
あたしは特に演劇が好きというわけではなかったので、どうでも良かったのだけれど、これがけっこう楽しい。今年もあたしは通学校祭を楽しみに待っている。だから本当に桜東通学校に通っていて正解だったと思っている。
一年生から六年生まで、あたしは家に一番近い大きな駅までおじいちゃんと三十分くらい歩いて行って、スクールバスで通った。七年生からはスクーターの免許が取れるので、さっそく取って、今は大好きなスクーターで通っている。雨の日だってスクーターで通う。ヘルメットをして、完全防備で出かければ、雨の中を走るのも楽しい。もちろん晴れている日も楽しい。スクーターで風を切ると、心がすっきりしたような感じになる。ちょっとくらいいやなことがあっても、スクーターで走れば吹っ切ることができる。ああ、本当にこの通学校にして良かった、とつくづく思っている。そしてこのまま十二年生まで、あたしはこの桜通学校に通うつもりだった。
アツミさんが転校生としてやって来た日のことは鮮明に覚えている。ポカポカ暖かい、春の始まりという感じの日だった。空が珍しくきれいに澄み渡った日だった。
アツミさんの着ていたワンピースはやっぱり水色で、その水色を見たとたん、あたしは遠い記憶の中の水色のケーキのことを思い出した。そんなことずっと忘れていて、それまでちっとも思い出したことがなかったのに、ふっと頭の中によみがえってきたのだ。そしてその光景がすごくはっきりしていたので、自分でもびっくりしてしまった。
ショウジ先生が、教室にアツミさんを連れて来たのだけれど、ショウジ先生より、アツミさんの方が背が高かった。
ショウジ先生は男性に見えるけど、どちらかといえば中性的で、そんなに背が高い方ではない。でも、あたしのクラスの女子生徒ではショウジ先生より背の高い人はいなかったのだ。
「今日から、このクラスに通うことになる、アツミさんです。アツミさんは北上の方からやってきました。お母さんと暮らしています」
あ、それはあたしと一緒だわ、とあたしは思った。ただうちの場合、今、ママはほとんど都心のマンションで一人で暮らしていて、月に何度かしか帰って来ない。だから学校にはおじいちゃんと二人暮らしだと報告している。でも、あたしが小さい時は一緒に今のおじいちゃんのお家で生活していたし、おじいちゃんはママのパパで、おじいちゃんの家はママが育った家なのだ。
「じゃあ、アツミさん、自分で自分のことを紹介してくれるかな」
ショウジ先生が言うと、アツミさんは「はい」と言って、一歩前へ出た。
そのとき、なんだか教室全体が明るくなったような気がして、ドキドキした。明るい水色のワンピースだったから、そう思ったのかもしれない。首のところにピンクの花柄のスカーフをさりげなく巻いていて、真っ直ぐに伸びた黒い髪が肩でサヤサヤとゆれた。それもステキだなと思った。
「先生? 電子板に書いてもいいですか?」
とアツミさんがショウジ先生に言った。それは怒っているようなきっぱりとした言い方で、あたしは背筋をピンと伸ばしてしまった。
「ああ。好きなようにしてください」
ショウジ先生がふてくされたように言ったからかな、アツミさんはちらりとショウジ先生を見てから、電子板こんなふうに書いた。
『名前 アツミ アツミ
女性
誕生日 ××二五年一〇月三〇日』
クラスの中にどよめきが起こった。
私たちは八年生は、みんな××二八年生まれだった。
つまり、アツミさんは、ほんとうだったら、××二五年生まれの十一年生のクラスになっているはずだ。
「私は、一年から七年までは家でサテライト校を取っていました。それでそのあと…ここに通うまでの三年間は眠っていたのです。だから、三年も学年が遅れたの。おかしいでしょう?」
アツミさんは、おかしいでしょう、と言いながら、ちっともおかしそうな顔はしていなかった。
「なにか、アツミさんに聞いておきたいことがあるかな?」
先生は、ぐるりと教室を見回した。
「はい!」と手を挙げたのは、ショウジ先生の息子で、バラキ ミョウジだった。
ミョウジは言った。
「なんで、上の名前と下の名前が同じなんですか?」
どうして、そんなことを聞くのか、あたしにはわからなかった。だって「アツミ アツミ」って、ステキな名前だし、たまたま名字と名前が同じになる人だっていることはいる。ミョウジのこと、嫌な奴! と思って、頭に来た。
アツミさんは、そんなミョウジの質問にも真面目に答えた。
「さあ? 母と暮らしているのだけど、母の名字はミョウバンっていいます。でも、わたしは、アツミでいいと思っています。だから母と名字が違うことも、あたしの名前と名字が同じということも、ちっとも気にしたことがありません」
「じゃあ、お父さんの上の名前がそうなんですか?」
と、ミョウジが続けて聞いた。
「そうかもしれないですね。でも、あたしは、父のことはよく知らないんです」
それは珍しいことではない。あたしだって、お父さんのことは知らない。
でもあたしの名前はタカオカ ヒトミで、名字はお母さんともおじいちゃんとも同じだった。
「はい!」
ともう一人が手を挙げた。
「はい、モロオカ サユリさん」
とショウジ先生がサユリを指した。
「三年間寝ていたって…、何をしていたのですか? 病気だっのですか? それでもお家で学校は受けられたでしょう?」
アツミさんは、面倒くさそうにふっと息をした。
もう一度手を挙げていたミョウジが、先生に指されてもいないのに立ち上がって続けて言った。
「このクラスに入ることはないんじゃないですか? 十一年クラスに入ればいいのに! だって学年はどうにでもなるものでしょ?」
「そうかもしれません。でも、あたしは、三年間何もやっていなかったので、八年生のクラスから始めるのが正しいと思いました。だから八年生から始めることにしました。遅れたら、遅れた分は家でサテライト校を取って、共通試験を受けて、自分の生まれた年の学年に入る人が多いのかもしれないけれど、私はその分遅れてもいいと思いました」
アツミさんはさっきよりももっと怒った顔をしてきっぱりと言った。そうしたら、クラス内がしんと静まりかえってしまって、誰も質問する人がいなくなった。
そして、みんななんとなく、アツミさんのこと「近寄りがたい人だな」と思ったに違いない。クラスの中の空気を固くするような雰囲気が流れたからだ。




