1.
未来のお話です。
ジェンダーフリーの世の中になり、学校の形態も変わった世界の話です。
この頃、通学校でアツミさんのことを見かけると、よく思い出すことがある。
それはたぶん、あたしが五歳くらいの時のことだ。
あたしはママが運転するオレンジ色のかわいいミニ電気自動車の助手席に座っている。そしてぼんやり外をながめている。
どこかの町の交差点で車が赤信号に引っかかる。
ちょうどあたしの目の高さにケーキ屋さんの小さいスクリーンがあって、そのお店で売っているケーキが一つずつ映像で紹介されている。イチゴのショートケーキ、モンブラン…といったおなじみのケーキや、名前はわからないけれどそのお店で作っている、かわいい、おいしそうなケーキがつぎつぎに現れては変わっていく。
あたしはわくわくしてきて、その映像にくぎ付けになる。
そうしたら見たこともないケーキが出てきて、あたしはびっくりして、自動車のウィンドウに顔をくっつける。
そのケーキの形は三角形で、それは丸い大きなケーキを切り分けたよく見かける形。でも、クリームの色が水色なのだ。いったいどんな味なのだろう。あたしは不思議に思って、もっとよく見ようとする。
と、ちょうど信号が青になって、車が走り出す。スクリーンの映像はもう次のケーキを映している。もう一度繰り返し見て、さっきの水色のケーキを確かめたいけど、車はあっという間にお店から離れて行く。あたしはお店のほうに首を回して、いつまでも後ろを向いて、そのお店がある場所を覚えようとする。
「どうしたのヒトミ、何かおもしろいものが見つかったのかな?」
ママがくすくす笑いながら聞く。
あたしはその、ママの笑顔を見ながら、言葉を飲み込む。そして「ううん、なんでもないの」と言った。
ほんとうは「今のお店の所にもどって!」と言いたいところだったけれど、そんなことは言えなかった。ママはいつも忙しいのだ。
で、そのケーキのことだけど、今、大きくなった自分の頭で想像するに、あれはソーダ味だったんじゃないかと思う。ソーダの色を薄くのばしたみたいな色だったのだもの…。
たったこれだけのぼんやりとした記憶なんだけど、学校でアツミさんのことを見るたびに水色のケーキが思い浮かんで、ママとどこかに行ったあの車の中のことを思い出すのだ。そして、あたしは小さかったんだなと思うだけで、胸がキュンとなる。
で、なんでアツミさんとケーキが結びつくかというと、アツミさんがいつも水色のステキなお洋服を着ているからなのだ。色からの連想で頭にぐるぐるといろいろな思いが渦巻いてしまうのだ。
アツミさんはワンピースを着ていることもあるし、ブラウスだったりスカートだったり、パンツだったり、生地は無地のこともあるし、花柄だったり、チェック、シマシマ、水玉のこともある。でもかならず水色が多い柄を着ているのだ。持ち物やなんかも水色のことが多い。色の濃さはまちまちで、薄い水色のTシャツに色の少し濃いめのジーンズだったり、いろいろな組み合わせで水色をステキに着ている。なんだかいいなと思って、いつも見とれてしまうのだ。
アツミさんの誕生日が近くなってからは、ますますあのケーキのことが気になっていた。あんなケーキを買ってプレゼントできたらおもしろいだろうなと思うからなのだ。
これだけ毎日水色のお洋服を着ているのだから、きっとアツミさんは水色が大好きなのだろうと思うのだ。
ちょっと待てよ。
あたしはあたしの考えを一応疑ってみる。好きでもないのに、水色を着ているということがあるだろうか?
たまたまアツミさんが行くショップでは水色のものしか売っていないとか? それとも、お母さんが水色のお洋服しか着てはいけません!って言うとか?
そんなことはない! ぜったいに、ない! アツミさんは水色が好き! だって、アツミさんはお母さんの言いなりに洋服を着るような人っていう感じがしない。
あのケーキを見つけることができれば、アツミさんとすんなりと話すきっかけがつかめるような気がしてくる。
アツミさんはこの春から、あたしの通う桜東通学校に転校して来た。
ずっとお家でサテライト校の授業を取っていて、初めて通学校に通うことにしたらしい。今はそういう人のことも転校生と言っている。昔は通学校しかなかったから、引っ越しなどで学校自体を移ってきた生徒のことを転校生と呼んでいたようだけれど。
ここ数年の間に学校は通っても通わなくてもいい場所になった。年々子どもの数は減ってきているし、外に子どもを出すことが危険だと考えている親が増えた。環境のこと、子どもに関心を持つ変な人のこと。いじめに遭うという心配。良い先生も減ってきているそうで、それだったら良い先生の良い授業だけを選んで受けた方がいいと思う人が増えた。団体の生活を望む間だけ通学校に通えばいいし、団体生活は水泳教室や、そのほかのスポーツサークルなどでもできるというわけだ。
今、子どもは家でもどこでも通信の授業を受けることができる。地域にある図書館や自治会館、ゲームセンターでも受けることができる。そんなサテライト校でも共通試験を受けて、単位さえ取っていれば卒業できる。そういう所には先生はいないけれど、担当の大人が見回わっている。場所によってかかる料金は違うけれど、行っている時間分の費用を納めればいい。好きなものから単位を取っていけばいいし、同じ科目の同じ内容でも、気に入った先生の授業を受けることができる。
義務教育の期間は十二年間になったけれど、十二年間分の共通試験をパスすればだれでも卒業できる。共通試験は、途中であきらめなければ、受かるまでテストを受けられる。十二年以下で早くパスすることもできるし、何年かかってもかまわない。十八歳になっていて、だいだい九年くらいまでの試験をパスしていれば就職はできる。卒業とは関係ない。
あたしは一年生の時からずっと通学校に通っている。通学校というのは、昔の学校みたいに毎日決まった時間に通う学校のこと。授業はサテライト校と同じようにスクリーンを通して受けることもあるけれど、先生の生の授業を受けることもあるし、朝と帰りに、ホームルームがあって、「起立!」とみんなで立ち上がって「おはようございます」と言ったり、「さようなら」と言ったりする。ちゃんとクラスがあって、自分の席がある。
あたしはそういう昔風の通学校に行ってみたいとずっと思っていたのだ。
桜東通学校は一五階建てのビルの七階と八階にあって、そのビルの一階にはコンビニとハンバーガーショップが入っている。他のフロアには会社とかクリニックとか、雑貨のショップなんかも入っている雑居ビルだ。近くにいくつかの通学校があるけれど、みんなそんな感じだ。
昔のような学校としての建物はどんどん減ってきている。昔の写真で見るような、大きい「学校」もあるにはあるけれど、だいたいは建物の一部が通学校として使われていて、ほかの部分は地域の施設になっていたり、住宅になっていたり、他の物として活用されていることが多い。
通学校自体を変わるのも自由だし、通学校に合わなくなったら、サテライト校を選ぶこともできるし、しばらくサテライト校を選んでいて、後から通学校に通い始める人もいる(アツミさんみたいな感じ。こういう人も転校生と呼ぶ)。同じ通学校に出たり入ったりしてもいいし、とにかくすごくいろいろな選択ができる。
桜東通学校のように十二年通して通える通学校は少ないらしいけれど、そこに十二年通して通う生徒も少ないみたいだ。
義務教育を終えてからは大学校に行く。これは昔からそうだったようだ。でも何々大学っていう大学の外枠はなくなった。義務教育を受けたという証明が必要なだけで、入学試験というものがなくなった。授業はほとんどサテライトで受けることができ、自分の必要や興味に応じて、好きな授業を選んで、自分でカスタマイズできる。実験や実習などがある場合は通学もする。
好きなように授業を選べるけれど、それぞれの講座に合格点を取るのは難しい。いくつかの試験と実習をパスしなければならない。卒業ってものがなくなったので、何の講座に何点取ってパスしているか、というのが就職の時の基準になる。
ただ漠然と講座を取ってもしょうがないから、カリキュラムっていうか…、何をどう極めたいかという自分の目的にしたがって学習計画とコースを設定するのが普通だ。
自分でコースを設定するのが面倒くさかったり苦手だったりする人のためには、いくつかのお勧めや、基本のコースも用意されている。雑誌や指南書もあるし、コース設定コンサルタントを商売にしている会社もある。市役所の専門コーナーに行けば相談に乗ってもくれる。
ネットを調べれば専門家が設定するコースがあったり、普通の人が自分の体験を通してコースの例を紹介していたり、簡単なイエス・ノー形式の質問をクリアしていけば、コースが選べるってのもある。
専門的な仕事に就くという目的があればコース設定はある程度決まってしまう。取らなければいけない講座がはっきり決まっているし、決められた講座に全部合格しなければ、国家試験を受けることができない。就職が決まってからも、何かしらの講座を受講している人がたくさんいる。




