#02 競合:二重起動
ポチッ…カタッ…
カタカタカタ…
施設の中、彼は時々手を止めて考えながらも、慣れた手付きで装置を操作していく。
装置自体は全て扱ったことのある機械。
ここの持ち主も、相当使いこなしていたのがわかる。
ここの装置たちはスペックはいいのだが、他との互換性は極端にクセがある。
だから、これだけの装置を接続するには一つ一つの装置を知り尽くしていないと、競合によるエラーで使い物にならない。
(少し落ち着かなくては…)
今まで操作していた装置から離れ、入口付近にあるデスクに腰を下ろす。
(少し、考えよう…)
今までに分かったことは二つ。
今いるこの世界と、今まで生きてきた世界は、間違いなく別のものであり、たぶん近似値も低いということ。
もう一つは、この装置の名前や色々なデータから推測すると、可能性を司る装置のようだ。
この装置の名前は、
『1/0システム』
どこがどうなっているのかはわからないが…一つ一つの可能性を引き出し、判断して…実行するか、消去するかを決めているようだ…。
(可能性は無限に存在する…というところか…)
1/0という式は数学では、まずタブーなのだ。
等式にすると、
1/0=χ
この式に、0をかけると…
1=χ*0
と、どんな数を0でかけても1になる…というとんでもない式になってしまうのだ。
だから、数学では0でわることはタブーとなっている。
そんなとりとめのないことを考えていると…
突然、画面が赤くなり、アラームが響き渡る。
「これは…偶然なのか!?」
画面には、すごく見覚えのある場所が映し出されていた。
それは、あの実験事故のあった実験室。
彼女が装置を起動させて、この世界にも存在する『1/0システム』を観察している。
(エラー…ここと同じ装置…そうか!)
彼は動き出すと、彼女とコンタクトできる方法を探す。
装置には、こちらから操作できるマイクやスピーカーなどの音響装置は見当たらない。
唯一あるのは、『1/0システム』につながるスピーカーのみ。
(どうすれば…志田君に伝えられるのか…)
「と…なに……ない…」
(よく聞き取れないが…間違いない。)
彼は一縷の望みを託すかのように、『1/0システム』に繋がるスピーカーの側に行く。
そして彼はスピーカーに向かい、部屋に響き渡るくらい大きな声で叫ぶ。
「志田君、そちらの装置を緊急停止!聞こえるか?緊急停止だ!」
(聞こえただろうか…。)
しばらくすると、鳴り続いたアラームが止まり、静寂に包まれた。
「どうやら…間違なかったようだな…。」
しかし、しばらくするとあることに気付いた。
「まずい…!このままでは!!」
今まで100.00%だった表示は、95%にまで下がっている。
少しづつ上がっているものの、どこまで戻るかはわからない…。
長い時間のなか、その表示を祈るように見つめる。
(97…98…99…)
しかし、100%には届かずに99.98%を表示して止まる。(あと、0.02%…何が起こるのか…。)
この時はまだ、自分の一番身近なところで、大きな影響がくることを知る由もなかった。
一方、彼女は施設内を探し回った結果、彼があの装置によって、
取り込まれたか、
飛ばされたか
のどちらかで、この世界にいないと推測する。
(こうなると…もう一度、あの装置を起動するしかないわ…。)
何が起こるかわからない不安と…もしかしたら彼を救えるかも知れない期待とで押し潰されそうになりながら、急いで実験室に向かう。
装置に破損がないかを確認すると、メインスイッチを入れる。
ウィ…ウィーン
事故を起こした時と同じように操作していく…。
そう。彼女は同じ手順を踏むことで、同じ事故を起こし、確かめようとしていた。
ただ、あの時は二人だったし、操作は彼がやっていた。
でも…彼女は、この方法にかけるしかなかったのだ。
ポチッ
ガタガタガタガタ…
音もなくブラックホールは吸い込んでくれた。
「第一試験、終了」
間をおいて、スイッチを押す。
ポチッ
ガタガタガタガタ…
(お願い…もう一度…)
彼女が願ったその時、ブラックホールの中心から光の波が押し寄せる。
「き…来た!」
光の波がおさまったときに見えたのは…
あの事故の時と同じ、奇妙な球体。
(成功だわ!でも…彼は喜ばないわね…。)
二度も事故を起こしたということは、装置や実験自体に何らかの欠陥があるとしか考えられないからだ。
近くに行って、確認してみる。
あの事故の時と変わらず脈打ち、光の球を出しては取り込む。
「とくに…何もないわね…。」
しばらく観察していると、聞き慣れた声が球体から聞こえた。
「し…きんきゅ…
きこ…うてい…」
うまく聞き取れなかったが、彼女はすぐに行動に移る。
メインスイッチを切り、他のスイッチを次々と停止させていく。
彼女の頭のなかで、
あの事故の時の、彼の言葉と…
今の聞き取りづらい、言葉が重なったからだ。
「また…振り出しかぁ…。」
聞き取りづらいが、緊迫した彼の言葉に、反射的に装置を停止したが…
同時にまた彼を取り戻す方法を失ってしまった。
そのことが、彼女の気力を落としていた。
一瞬、一つ…光の球が遠くへ通りすぎていったのも気付かないほどに…。