#21 心痛:悲哀邂逅
法子は本を開き、内容を確認する。
(陽ちゃんたちは一緒に…久美たんは、タロットで…。
うん。いくつか、キーワードがわかったわ。)
光樹は、法子が思索を巡らせているのを見届ける。
「教授。スケッチブックを借りていいですか?」
「ああ…使ってくれ。」
(イリス、キーワードを関連付けして、図式化できる?)
『できますよ。ちょっと待って下さいね…。イメージ送ります。』
(えっと…右手を貸すから、書いてくれないかな…?ちょっと試したいこともあるし…。)
『いいですが…。無理しないでくださいね。』
(ええ、大丈夫よ。ありがとう。)
『では、いきますよ。』
法子は、右腕が外に引き込まれてなくなる感覚を受けながら、イリスを信じて身を委ねる。
『では、使わせていただきます。』
イリスは法子の右手を使い、キーワードの図式をスケッチブックに書き込んでいく。
(さて、わたしのほうは…。)
法子は左手を使い、隣の手帳を開いて書き込んでいく。
光輝はその様子を見て、驚嘆と不安を入り混ぜたように尋ねる。
「両手を同時に使っているようだが…。それもイリスの力なのか…?」
法子は視線を手帳から逸らさず、手を休めずに答える。
「先ほどの応用で…イリスに右手を貸して書いてもらっているんです。」
「そんなこともできるのか…?」
「今初めてですが、何か応用できるのではと…慣れておきたくて。」
「そうか…。」
光輝はそれだけ言うと、口を閉ざす。
しばらくすると、イリスが法子に伝える。
『終わりました。右腕、お返ししますね。』
(ええ。ありがとう…。)
法子は、右腕が身体に引き込まれ戻る感覚を覚え、落ち着くのを待ちながら、左手を使い作業を続ける。
『法子、もう右腕使えますよ。』
イリスがそう伝える。
(わかったわ。)
法子は、左手は作業を続けながら、右手を握ったり開いたりして、感覚を確認する。
(ふと思ったけど…。イリスだけじゃなくて、他のみんなもできるのかな…?)
『ちゃんと心が通じ合っていて、信頼合っていれば、可能だと思いますよ。』
(そうなんだ…。みんなと合流したら、話してみるわ…。)
『そうですね。』
作業が終わり、スケッチブックと手帳を確認し、光輝に説明を始める。
「教授、この図式を見てください。」
スケッチブックにかかれているのは、あかりはもちろんのこと、光輝や法子、陽たちの名前と…下には分かっているカード、そしてヴァルティアリスの名前が書かれ、線や矢印や書き加えられている。
「これは、わたしたちとカードのつながりの相関図です。マジシャン…“始まり”のカードはあかりちゃんが所有しています。」
「そうなのか…。陽ちゃんたちや君だけでなく、わたしもカードを所有しているんだな?」光輝は説明を聞いて尋ねる。
「はい。タロットに詳しい久美ならもっとちゃんとした説明が出来ると思いますが…教授のカードは、エンペラー…“支配”のカードです。」
「“支配”…。」
「どんな能力を秘めているかはわかりませんが…。“支配”がキーワードになっているはずです。」
「そうか…。ところで、この世界から抜け出すのとどういう関係があるんだ…?」
「この世界は、教授とあかりちゃんの…ひかりさんを失った悲しみが起因していますが、あかりちゃんや私たちがカードを持っていることも要因の一つではないかと…。」
「それで…?」
「特にあかりちゃんのカードは“始まり”を意味するマジシャン…。引き金-トリガー-になっている可能性が高いです。」
「なるほど…。」
カチャ…パタン。
突然、玄関から音がした。
(帰ってきたようね。あかりちゃんたち…。)
「パパ、帰ってたんだね。」
「うん。あかりがそろそろ帰ってくると思ったから、助手の志田君と一緒に待っていたんだ。」
「こんにちは。あかりちゃん。」
そして、ひかりの方を向き
「お邪魔しています。ひかりさん。」
ひかりは
「いつも夫がお世話になっています。」
(やっぱり、私に関しての知識はないわね…。さあ、これからね。)
心の中で一呼吸して、あかりに尋ねる。
「あかりちゃん。タロットカードって知ってる?」
「見たことある気がするけど…。」
「えっと…。マジシャンとか、太陽、星、月とかがあるカードなの…。」
「えっと…。どっかで見たことあるはずなんだけど…。」
(もう少し…。ヴァルティアリスはまだ気づいていないみたいね…。)
『法子、手帳で能力を使えるようにしました。タロットカードを思い浮かべて、見せられるわ。』
(ありがとう、イリス。助かるわ。)
法子はバッグから手帳を出し、探すふりをしながらあかりが見たタロットカードを想像する。
「あった!あかりちゃん、見てみて。これがマジシャン。」
あかりが手帳を覗くと、驚きながら、
「あっ!思い出した。病院のベッドで夢の中で見たの。」
「そうなの?そのあと見たのはこれじゃなかった?」
法子は次のページを開き、太陽のカードの絵をあかりに見せる。
「うん!太陽だった。なんで知ってるの?」
不思議そうに法子を見るあかり。
「陽ちゃんたちに聞いたのよ。タロットは久美から教わったもの。」
「…陽ちゃん…。久美さん…。」
陽たちの名前が出たことで、違和感を感じるあかり。
(出すなら、今だわ。)
「覚えてないの?えっと…。」
法子はそう言って、手帳に挟んでいた三人が写っている写真を取り出しあかりに見せる。
「これが陽ちゃん。そして、紗夜ちゃん、愛美ちゃん。」
指差しながらあかりに教えるように、確認する。
「…あっ!」
「思い出した?あかりちゃん。」
「うん。病院に来てくれたお姉ちゃんたちだ!」「久美はあかりちゃんにこのカードを見せたでしょ…?」
法子は手帳をめくり、テンパラスの絵をあかりに見せる。
「うん。このカード…。この後、そういえば…。」
あかりは久美とオルディアスに行ったのを含め、いろいろ思い出したようだ。
(もう良いわね…。次はヴァルティアリスを…。)
法子は、ひかりの方を向くと、
「お久しぶりですね。ひかりさん…。」
ひかりは、動揺を隠すように平然を装い
「本当にお久しぶりですね。法子さんですよね…?」
(やっぱり…本当のひかりじゃないわ…。)
「ええ。久しぶりにあかりちゃんたちの顔を見たくて、教授と待っていたんです。」
「そうなんですか。」
「久美のことは覚えてます?」
「えっと…最近逢っていないから…。」
「そう…?」
(そろそろ…いくわ。何かあったらサポートしてね、イリス。)
『わかりました。』
少しの沈黙を作り、法子が口を開く。
「もう茶番は止めましょう…。ひかりさん、いいえ…ヴァルティアリス!」
ひかり…ヴァルティアリスは驚き、
「法子さん?」
と尋ねる。
(まだ…ごまかすつもりかしら…。わたしは、もう騙されないけど…。)
このことをしらないあかりが、動揺しないわけがない。
法子の言うことを信じてもらえなければ、あかりは間違いなくヴァルティアリスについて行くだろう。
「悪いけど…ひかりさんは、私たちのこと…そう呼ばないから。」
法子はヴァルティアリスに言い放ち、あかりに尋ねる。
「今のあかりちゃんなら知っているわね?私たちがなんて呼び合っているか…。」
あかりは昔を思い浮かべる…。
あかりがまだ、3歳くらいのときだろうか。
母のひかりはもちろん、他に二人の女性。
「ひかりん、あかりちゃん。」
「なぁに…のっこ?」
「ケーキ食べない?作ったんだけど…。」
「のっこのケーキ、久しぶりだね…。何かあったの?」
「ずっと、教授と一緒に研究をつづけてきてるけど…。」
「光輝さんと?」
「うん。それでやっと論文が出来て、一つの区切りがつきそうなの。」
「やったじゃん!のっこ!!」
「ありがとう。久美たん。」
「でも、ひかりんも知ってたんじゃないの?」
「光輝さん、仕事のことは何も話してくれないから…。」
「そうなの?私からも言ってあげようか…?」
「ううん…。いいの。のっこから聞けるし…。」
「ひかりん…。」
「じゃあさ、光輝さんに内緒で、お祝いのサプライズしようか?」
「久美たん、そういうの好きだよね…。」
(そういえば…久美さんも、法子さんも、小さい頃からお母さんと一緒だったんだ…。)
あかりは法子のほうを向き答える。
「法子さんは“のっこ”って、久美さんは“久美たん”ってお母さん呼んでた!」
(さあ、ラスト!)
法子は、ひかりに身体ごと真っ向から立ち向かうように言い放つ。
「どんな深い悲しみだとしても…私たちの絆は断ち切れないわ!」
「…。」
言葉を失うひかり。
憂いを込めた口調でひかりに問う法子。
「もういいでしょ!?ヴァルティアリス…。教授とあかりを返して…。」
『法子さん。指輪をヴァルティアリスに向けて!』
(わかったわ!)
いきなりのイリスの指示にすぐさま反応する法子。
法子がヴァルティアリスに向けた指輪は…ヴァルティアリスを中心軸に放射状に光を放つ。
『さあ、二人を光の中へ!』
(ええ。)
次の指示を法子は二人に告げる。
「教授、あかりちゃん。この光の中へ!」
「ああ。わかった!」
光輝はあかりの手を取り、光に飛び込む。
『法子も向けたまま、ヴァルティアリスへ走って!』
法子は指輪を突き出したまま、ヴァルティアリスへ向けて走る。
(真っ白で…何も見えない…。)
気づくと法子は気を失った。
光輝とあかりは気づくと、真っ白な空間の中にいた。
立っているのか、浮いているのかもわからない。
どこからともなく声が聞こえる。
「あかり、光輝さん…。」
二人には、聞き慣れた優しい声。
「お母さん!」
姿の見えない声に向けて叫ぶあかり。
「ひかり、君なんだな…。」
声の主に、ひかりかどうか尋ねる光輝。
「ええ…。話すのは…これが最後だけど…。」
ひかりがそう言うと、光輝とあかりの頭に過去の記憶がよぎる。
病院のベッドに寝ている女性。
顔は青白く、病気なのがすぐわかる。
ベッドの隣には30代くらいの男性と、小さな女の子。
「あかりちゃん…。光輝さん…。わたし、もうダメだわ…。」
「お母さん…。」
普通なら泣きじゃくり、だだをこねるように叫ぶことだろう…。
もう…それさえも前に何度もあり、お互いにそれが何の為にもならないのを理解している。
長い沈黙…。
その後、口を開いたのはひかりだった。
「光輝さん、あかりをよろしくね…。」光輝はしっかりと分かるように頷いて、
「ああ、わかった。」
と答える。
弱々しく頷き、あかりのほうに声をかけるひかり。
「あかりちゃん、お父さんと仲良くね。」
「うん!約束する。」
懸命に大丈夫という気持ちを込めて答えるあかり。
そんな娘に微笑み、ゆっくりと目を閉じるひかり。
その後、ひかりは眠るように息をひきとる。