#20 変容:意識置換
「しかし、そうだとすると…私はどうすればいい…?」
光樹は、状況は解ったものの対応を考えかねている。
「そうですね…。まず、あかりちゃんをこちらのほうに引きつけないといけないですね…。」
「…そうだな。もしかしたら、戦うことになるのか…?」
そう尋ねたあと、しばらく沈黙に包まれる。
(私だって、戦いたくないけど…おそらく、間違いないわね…。)
法子は一息つくと、意を決して光樹に告げる。
「ええ…この世界の核-コア-になっているのであれば、おそらく避けられません…。」
そして、沈黙…。
先ほどと同じくらいの時間が経つと、今度は光樹が沈黙を破った。
「そうか…。」
しばらくの沈黙のあと、再び光樹が口を開く。
「私はわかったからいいが…あかりにはどう説明するんだ…?」
「それは、多分大丈夫です。ちゃんと説明し、気づいてくれれば、わかるはずです。ただ、今は学校も休んでいますし、ほとんどの時間を一緒に過ごしているはずなので…何か手を打つ必要がありますね。」
「研究所に連れて行くのはどうだろうか?」
「急に不自然ことをしたら、怪しまれます…。それに、向こう側に作った起因がある世界ですから…。」
「どこにいても感づかれる可能性があるのか…。」
いい考えがまとまらず、話が止まる。
(どこにいても…ということは…。)
法子は考えを導くと、
「このまま、帰って来るのを待たせてもらっていいですか?」
「構わないが…。あかりはどうする?」
光樹は困惑しながら尋ねる。
「考えはあります…。でもここでは言えません…。」
「そうか…。」
光樹は納得はしていないが、法子のほうが現状を把握しているため相手が話せないと言う以上、聞かないことにした。
(6月14日だから…この時は、あかりちゃんに会ったのはだいぶ前になるはずよね…。そうなら、この手でいけるはずだけど…。)
法子は、光樹に
「ちょっと不思議なことがおきますが、あまり驚かないで下さいね。」
と伝えると、イリスに呼びかける。
(本を出すから、サポートお願い!)
『わかったわ。』
とイリスから返事が返ってきたのを確認し、意識を集中する。
しばらくすると、法子の両手に本が浮かび上がってくる。
(ここまでは順調ね。)
光樹は、本と法子を往復するように目を上下させている。
法子は、本を眺めたまま、意識を集中する。
(必要なのは、これと…あれと…)
『私は、このキーワードを関連付けすればいいのね?』
(ええ。これでうまく行けば、導けるはずだから…。)
『わかったわ。』
(これで…終わり!)
意識の中で、イリスに伝えると
『繋げかたはこれでいいかしら?』
と、イメージを渡してくる。
法子は確認すると、
『OK。これで固めるわ。』
と本に綴じるイメージをする。
一通り終わると、イリスに感謝の言葉を送る。
(イリス、ありがとう…。)
『どういたしまして。』
法子は、本から目を外すと、光樹が尋ねる。
「まるで…手品みたいだが…。その本は?」
「本の名前は…。」
『トールの書よ、法子。』
(ありがとう。)
「トールの書と言って、イメージした知識を引き出すことができる本です。」
「…それで、何を調べるんだ?」
「あかりちゃんと私たちは、カード…タロットに似た不思議な札によって繋がっています。」
「私は持っていないが…。」
「教授のカードは、まだ解放されてないんです…。」
「解放…?」
「はい。解放されることによって、それぞれ能力を使うことが出来ます。私のカードは女教皇-ハイプリーステス-、先ほどの本で知識を得るのが能力です。」
「そうか…。半信半疑だが、状況的に信じるしかないようだな…。」
「ちなみに…カードが解放されると、サポートをしてくれる意識みたいなものがあるようです。」
「意識…?」
「ちょっと待ってて下さい。お見せします…。」
(イリス、私の身体は動かせる?)
『出来ないことはないですが、法子に負担をかけますよ。』
(どのくらいなら、耐えられそう?)
『1、2分なら…そんなに負担はかからないと思います。』
(なら、お願い。)
『わかりました。少しの間、耐えてくださいね。もしつらくなったら言って下さい。』
(わかったわ。)
『では、始めます。』
(え…す、吸い込まれる!?)
『ちょっとだけ、我慢してください。もうすぐこちらに着きます。』
法子が着いたのは、真っ白な丸い空間。
その中間に、白いローブを着た女性がいる。
(綺麗な人…。イリスさんかな?)
背は165cmくらいだろうか。純白のローブに、肩まである漆黒の髪。肌は白く、黒い瞳は、凛とした意志がうかがえる。
『そうですよ。法子。』
法子は、イリスに近づき
「改めて、初めまして。これからもよろしく。」
と挨拶し、手を伸ばす。
「初めまして。こちらこそ。」
とイリスは法子と握手する。
「では、少しだけ法子の身体、お借りします。」
「ええ。光樹さんを納得させてきてね。」
「わかりました。」
イリスはそういうと、吸い込まれるように上に昇ってゆく。
(ちょっと、痛いかな…。)
法子は、身体が全体的に引っ張られている感覚に襲われる。
法子の身体は、少し背と髪が伸び、イリスの容姿に変わっていく。
光樹はその過程を驚愕しながら見つめている。
法子の変貌が落ち着いた時イリスは、
「法子に許可を頂き、少しだけ身体をお借りしました。」
「あ、ああ…。」
まだ驚きを隠せないようで、光樹はやっとの思いで返事を返す。
イリスは、しばらく光樹が落ち着くのを待って、
「初めまして。イリスと申します。」
と挨拶する。
「初めまして。有坂光樹です。」
光樹も返事を返す。
「法子の言う“意識”…。私のこと、認識していただけましたか?」
「はい。驚きましたが…。」
イリスは頷くと、
「法子の負担になるので、戻ります。」
「はい…。」
光樹は呆気にとられるように返事する。
イリスは目を閉じると、法子の身体は元に戻っていく。
イリスは法子の意識の所に戻ると、
「大丈夫でしたか?」
と心配そうに声をかける。
「正直、身体が引っ張られているように痛かったわ…。」
「視覚に訴えるのが一番だと思ったので、一時的に身体を私の容姿にしましたから…。」
「若干だけど、イリスの方が背が高いから、引っ張られている感覚だったのね…。」
「そろそろ、戻りましょう。」
「そうね…。」
法子は頷くと、次の衝撃を覚悟する。
(あまり、好きになれないわね…。)
今度は、上に吸い込まれる感覚を受け、法子は思う。
目を開けると、光樹が目の前で見つめている。
「教授…。驚きますよね…。」
法子はそう呟くと、光樹も緊張の糸が緩むように
「志田君か…。正直、夢を見ているようだよ。この世界は現実ではない、志田君は別の人に変わる…。」
「私も、イリスに貸したのは始めてだったので…あまり貸す事はないと思いますが…。」「他のカードでも、先ほどの現象は起きるのか…?」
光樹は少し困ったように尋ねる。
(どうなの?イリス。)
『出来ないことはないですが…私と法子は、大きく背格好が違わないから、負担があれで済みますが…。』
(そういう事ね…。)
「イリスが言うには、可能だけど…。容姿が違っているほど、負担がかかるようです。」
「そうか…。志田君は大丈夫だったのか…?」
「はい。イリスの方が少し背が高いので、身体が引っ張られている感覚があったくらいです…。」「そうか…。それで、話がだいぶそれたが、カードのことを調べて何かわかるのか?」
「ええ…。久美さんのカードが解放されたのがわかれば…。」
「そうか…。久美さんも、志田君も、ひかりと親しかったからな…。」
(久美たんのことも思い出しているし、光樹さんはもう大丈夫ね…。)