彼女が去ったその後
※注意※ 別視点です
※沙原視点
「はあ、何気にちゃんと先生っぽい事しちゃったわね~」
ぐいーっと伸びをする。
「現に俺達は教師だが」
「いやでも結構今まで適当にしてきたし」
「おい、それ誰にも聞かれるなよ」
ジトリ、とこちらを睨めつける優作を無視して私は彼女が帰って行った方向を見つめた。
誰かと仲良くなるために奮闘する学生か、なんとも青春臭い。だがそれが良い。と私もこいつも同じことを思っているはずだ。
「私達にはもう眩しすぎるわね」
ぼそりと口にした言葉に共感したのか優作もそうだな、と応える。
数十年前は私達も学生だったのにいつの間にか歳をとり、大人になると他人と関わる事なんてただの義務のように感じていた。社会に出れば嫌でも誰かと関わらなければいけなくなるのだ、選り好みなんて出来る立場でもない一介の大人である私達に彼女は眩しく見えていた。彼女も、そして彼女の友達も。
私は廊下の窓の近くの壁に寄りかかり聞いた。
「上手くいくかしらね」
「自分でアドバイスしときながらなんだよ」
「ええ?でも仲良く出来るか出来ないかは彼女次第でしょ」
「多少なり責任は俺達にもあるだろ。相談に乗ったんだし」
「うわ、大人の常套句きましたよ。責任。あんたそんなに背負い込んで人生辛くない?胃潰瘍とか見つかってない?ハゲてない?」
うげえ、と嫌な顔をした後、心配症な友人の後頭部が気になったので見ようとすると手で隠された。
「剥げてない!」
そんな力いっぱい否定しなくても…。逆に怪しいっての。
これで円形脱毛症の1つでもあれば大笑いしてネタに出来たのに、残念だわ。
だってねえ、このイケメンと生徒たちに人気の高い先生にハゲって笑うしかないし。いや、絶対笑うわ。2人で授業とかしてたら我慢できないかも。ぷふっ
想像してにやにやしていたのがバレたのか笑うな、と怒られる。
「ていうかね、このくらいの事で責任とか何とか言ってたら今後何かあった時に行動に移せなくなるわよ、今回みたいに」
からかって遊んだ後に痛いところをついてやるとうっと相手は言葉を詰まらせた。決して怒られた仕返しとかではないのよ。
「それは、素直に感謝してる…」
「なにそれキモイ」
「お前な…」
私は両腕をかき抱きながら寒い寒いと手を上下に動かし、鳥肌をおさめる。
急に素直になられてもそれはそれで気持ち悪いのだけれど、まあそれだけ今回の事に悩んでいたのは傍から見て分っていたからそれ以上は何も言わなかった。
なんせこいつには初、生徒からの相談だったのだ。(いつもは私の勉強を見て欲しいっていう女の子の誘いばっかりだったし)この真面目くさった男が何もしないはずがなく、何とかしようとちらちらと秋野さんを気にしていたのは知っていた。
ついにそっちの方向に目覚めっちゃったかと思ったりもしたが仕事終わりに”丁寧”に聞き出した言葉は全然甘ったるいものなどではなく悩める生徒の相談話だった。確かに最近仲良かったものね貴方達。
特定の女子生徒と仲良くないこいつが熱心に面倒を見ていたから何かあったのかと思ったのにつまらないなあと思いながらも私も気になっていた生徒の名前が出たので協力する事にしたのだ。こいつ1人じゃいつまで経っても相手に話を聞いたりするような段階にならないと思ったから。
それにこのヘタレは一応学校では有名だし男って事もあり、女子生徒に話しかけるにしては色々問題があるような気がする。タイミングが掴めなかったのもあるんだろうけど、それにしても相談を受けてから一週間もぐずぐずしている姿は見ていて腹が立ったので彼女が休んだ次の日、即呼ばせる事にした。ちょうど渡すものもあったし都合が良くて助かった。
秋野さんは案外警戒心が強いみたいだし何も用事なく呼び出していたらすぐに帰ってしまったかもしれない。
いやーでもさすがに押し倒されている所を見られた時は内心焦ったわー
私以上にテンパってる優作がいたから平静を保っていたけど変な誤解されずに済んだし、素の私を見られた事はこの際良かったって事にしよう、なんだかんだ話しやすくなったし。怪我の功名ってやつね。
「でも、責任はついて回るものだ…それを子ども達に全部押し付けるには大人として自分勝手というか」
「あ―…もううるっさい。そうじゃなくて私が言いたいのは心の余裕を持ちなさいって事よ。責任責任ってそんな風に考えるからいけないの、そもそも今回の事、春日さんも何とかしてくれなんて言ってないんでしょ?だったらそんなに背負い込むことないのよ」
「でも秋野が仲良くなれなかったらどうするんだ」
「それこそ2人の問題じゃない、私達じゃどうすることもできないわ。それに言ってたでしょ彼女、嫌われてるって」
「ああ、まあ……」
「それは一種、仲良くなれなくても仕方がないって言っているようなものよ。だって嫌われてるんですもの、しょうがないじゃない。彼女だったら言いそうよ、仕方がないって。全部全部問題を叶えようだなんて思わない方が良いわ、こういうので大事なのは結果でなく過程でしょ?どれだけ頑張ったかなのよ。ダメでも私達が後から頑張ったねって言ってあげれば少なくともまだ“今”は大丈夫な時期でしょ」
大人になったら結果が全てなのかもしれない。でも彼女達はまだ高校生を始めたばかりで交流関係もまだ浅いし何とかなるだろうと考えていると優作は隣で眉を寄せてうんうん唸って考えている。こいつはほんと損な性格してるわ。
「でも、出来れば叶えてやりたいじゃないか…友人をきちんと作れる時間なんてあっという間に無くなるんだしな…」
その言葉にちくりと心が痛んだ。
あっという間か…確かにそうかもしれない。壊れるのもあっという間だけどね。
高校の時の事が蘇る。その中のとある子がさっきまで話していた子と時々被るのだ。
なんというか、雰囲気が似ている。他人に頼らないようにしようとしていたり、たまに夢中になってキラキラしているところとか、あとは私にあんまり信用を置いてない所も最初に会った時と同じだわ
私が黙っているのを不審に思ったのか優作がおいっと声を掛けてくる。
「はあ…あんた、友達あんまりいないものね、寂しい男。ああ、だから友達作りに協力したくなったの?」
「なんだいきなり!というか協力した理由はそんなんじゃない!大体それだったらお前もあんまりいないだろ!」
「便利な男友達は今まで何人もいたわよ」
携帯一つで呼び出せる人達がね。
「それは友達とは言わないからな!?」
「というか友達少ないって所を否定はしないのね」
「俺は狭く深く人間関係は付き合うんだよ」
ああそうですか、意地でも自分のせいだと認めないつもりですか。私からみたら結構とっつきにくい性格しているからなあんたは。最近は笑顔(もちろん営業スマイル)で人と話せるようになったが学生時代はあまり表情が変わらなかったからぶっきらぼうに見えていたはずなのに女子にはクールでかっこいいだなんて言われていたことを思い出す。
それに釣られた私も私だけどね。若かったなあ…
「まあ私も別に今はいらないわ、もう何でも話せる友達はいるし」
「? 今なんて言ったんだ?」
小さくつぶやく様にして言った言葉が聞こえなかったのか聞き返そうとする優作に私は寄りかかって言ったやった。
「なんでもないわよ、そんな事より今度からあんたは私の義弟にもなるんだしよろしくねー?深く狭いお付き合いしましょうね」
「……くそ、忌々しい事を思い出させないでくれ」
「ちょっとなによー、ふふ、これからたくさんおねーさんが可愛がってあげるわ義弟君?」
「やめろっ」
くすくすっと悪戯っぽく笑うと私を跳ね除け、心底不快だという顔をしてこちらを睨む優作。
普段温厚が売りのイケメンがこんなに表情を崩してるのを見てるとなんだか学生時代に戻ったようで楽しくてついはしゃぎすぎてしまった。他の教員が別の階にいるのが目に入ると私の設定を思い出し、いつもの猫を被ろうとしたら
たったったった、と走ってくる足音が聞こえてきた。段々と近づいてくる。
「はあ…はあ…まだいらっしゃって…良かった…」
来たのは息を切らした秋野さんだった。さっき帰ったはずなのにどうしたのだろうか?忘れ物でもしたのかしら?
「す、すみません……あの、大変申し訳ないんですが…昇降口ってどちらでしょうか」
ぎゅっと胸の前で拳を作り、眉を八の字にして困っている顔を見て思わずクスリと笑ってしまう。迷子になっていたのか。確かにこの学校広いものね~。2人きりで話した時も思ったけど困っている姿はやはり可愛い。
だから私は優作の背を思いっきり押して行ってらっしゃいと言ってやった。
「ちゃんと昇降口まで案内するのよ?」
「は?」
「じゃあね!」
ばいばーいっと手を振り、彼らから遠ざかる為早足で職員室へと向かった。優作の引き止める声が聞こえたが無視した。
どうなるにしろ早くあんたも好きな人くらい作れと先程残した2人を思いながら髪を揺らし、高校の頃とは全く違う光景の廊下を進んだ。
今度は応援してやりたいな…
☆★☆
職員室に着くと同じ1年生担当の先生に声を掛けられた。
「あ、沙原先生、真堂先生知りません?」
「真堂先生でしたら教室で生徒さんの相談に乗っていらっしゃいましたよ」
私はいつもそうしているようにふんわりとした空気を纏い、首を絶妙に可愛く見えるよう傾けて偽りの笑顔を向けた。
教師生活もあと少し、楽しませてもらうわよ?優作
ふう、やっと大人たち退場です。さあ次回、最終決戦!というとなんだか違いますが…はたして雪村君とはお友達になれるのか!!
乞うご期待!




