表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

結び

  結び

 透器はそれからどうやって家に着いたか覚えていなかった。ララが陽芽は任せろと言っていた事だけは記憶に残っているが、それ以外は何も無かった。

 彼が帰路で考えていたのは、水花の事だった。出会いは無茶苦茶だった。日常でも驚きの連続だった。非日常では良き相棒だった。二人なら何でも出来ると感じていた。

 しかし、結果はどうだ? 結局、今こうやって居間で座り込んでいるのは一人だった。

 透器は答えの出ない悔恨の迷宮に堕ちていた。

「俺はあいつをどうする事も出来なかった……」

 何が出来たかと問われても、優れた返しは思いつかない。それでも何か出来たのではないかという激しい苛立ちだけが冬の嵐のように押し寄せる。虚脱の極みにあった透器は何もする気が起きず、ただジッと水花の形見である龍珠を見詰めていた。

(貴様、あの異神を助けたいか?)

 突如、脳内に声が響き、透器は周囲を見回した。聞き覚えの有る声だった。しかし、それは同時に、もういないはずの存在でもあった。

 後悔が生み出した甘い幻聴かと思い、透器は情けない自分に憤慨し、テーブルに頭を打ちつけた。鈍い音が室内に響き渡り、額が鈍痛を訴える。おそらくは軽く裂けただろう。しかし、治療をする気も起きず、透器は深く息を吐くと顔を上げた。

「貴様、自傷癖でもあるのか?」

 先程よりも明瞭な音が鼓膜を叩いた。透器は驚き顔を上げると、そこにはまさしく死神がいた。漆黒のローブ。骸骨の頭部。大鎌。誰がどう見ても死神だった。

「ハハ。ついに幻覚まで見えたか?」

「幻覚ではない」

「ハァァァァァァァッ?」

 透器は驚嘆すると、脇に投げ捨てた黄泉切(よみぎり)を掴み、立ち上がると構えた。

「てめぇ、消えたはずじゃ」

「そうだな。私もそうなる運命と思っていたよ。だが、その太刀は斬った相手を封じ込め、時間を懸けて分解するようだ。つまり、私という巨大な存在は消化に悪かったようだな」

 気の抜けた仕草で肩を竦める首狩り。彼が存在している理由は分かったが、姿を現した訳はまだ述べられていない。透器は警戒を解く事はなかった。

「案ずるな。私の初めの言葉を思い返してみろ」

 そして、透器はそれに辿りついた。首狩りは、現在、透器が望んで止まない願いを成就させる方法を知っているというのだ。

「そんな方法があるのか?」

「当然だ。方法は先程あの異神がしたのと同様だ。そこに魂があるというのなら、存在を再構築させればいい。消滅したのは器たる肉体と心たる精神。そして、その龍珠にあるのは衝動たる魂。ならば前者の二つを取り戻せばいい」

「魂と精神は違うのか?」

「人間の死の感覚で言えば同じだ。死ねば魂と精神が身体から離れる。だが、奴は異神で龍だからな。龍珠として魂が残った」

「それで、どうすればいいんだ?」

 そこが話の核心だ。水花は陽芽の蘇生の為に命を落とした。ならば、コレも同程度のリスクがあるはずだ。透器はそれを理解していた。

「何、貴様がすべき事は簡単だ。陽芽の場合、ネックとなっていたのは私の呪いだからな。それを引き受けた結果、異神は死んだのだ。まだそれ程時間が経ってはいない。そして、魂が残っているのであれば、あとは肉体を構築し、精神を貴様の縁を辿って捜すだけだ。必要な霊力は私が蓄えている」

「おい待て、じゃあ、水花を蘇らせても呪いが残るんじゃないか?」

 陽芽は一度死んだ。それでも水花は彼女を蘇らせるだけでは不十分として呪いを受けた

のだ。ならば、水花が蘇ったとしても、その呪いが近いうちにまた水花を殺すのではない

かと考えたのだ。

「それは大丈夫だ。あの呪いは魂ではなく、肉体に付加するものだ。故に、一度肉体が消滅したのであれば、問題ではない。それに、私は陽芽の死を運ぶ命を受けたが故に解呪できなかったのであり、それが命令の外ならばどうにかできる」

 透器は、この首狩りが陽芽を助けたいという意志を持ちながらも呪いを解呪しなかった理由が漸く理解できた。彼には逆らえない命令があったのだ。それを下したモノこそが世界なのだろうか? しかし、今の透器にはどうでもいい事だった。

「つまり、私が陽芽を生き永らえさせる為に蓄えた霊力と、私自身の能力を使い異神を蘇らせる。何、案ずるな。命の扱いにかけては、あの異神より私の方が各段に上だ。ただ、問題がある」

 透器はその言葉を耳にし、来たかと身構えた。水花は言った。奇跡には代償が要ると。霊術には霊力。水花を生き永らえさせるには寿命。戦いでは強靭な意志と死の可能性。陽芽の時は水花。ならば次は何だ。何が求められようと、透器はそれを行う覚悟があった。

 もしも、首狩りがそうしたように、見知らぬ誰かの命であったとしても、今の透器なら行うかもしれない。それ程までに透器は望み焦がれていた。

「私は、一度完全に離れた肉体、魂、精神を繋ぎ合わせることは出来ない。そこでお前の出番だ。お前という存在を間借りして、異神をこの世界に留める」

「つまりどういう事だ?」

「お前という縁の糸で別れた三つを繋ぎ合わせるという事だ。そしてここが重要な点だが、世界は法則の外にある存在を許しはしない。分かれた存在というモノはそれの外だ。故に、お前という存在が無くなれば、縁が消え去り、結果、異神は再び死ぬという事だ」

それは、この先の人生、透器は水花という存在を背負い、そして、彼女の為にどんな状況でも生き残らなければならないという事だ。それは、まだ十代の後半という少年にとって見れば人生における重たい選択であり、確固たる覚悟と強靭な意志が必要なのである。

「ああ、十分だ。頼む。やってくれ」

 それを理解して、猶、透器は彼女との再会を願った。それは彼の人生で一番、強い祈りであっただろう。

「願い聞き届けたり」

 首狩りが透器の額に触れた瞬間に、怖気が走った。それは幾度か感じた、死の感触。今回はそれだけではなかった。魂が身体から離れ、一秒も経たずして世界のあらゆる場所を駆け巡った。それは龍気に乗った世界の旅路。水花の精神を探し出すための命の旅路。

 首狩りは自然精霊としての能力を全て出し切り、透器の縁を辿って、水花の精神を探しているのだ。無数の景色が巡った。そして、旅は終わり、魂は透器の元へと戻った。

「完璧な成功だ。どうやら貴様と異神は親和性が高いらしいな」

 何度か聞いたその科白に、透器は静かに頷いた。

「ああ、何せ俺が生まれる前から、我が一族の守り神だったからな」

「ふっ、そうか。やるべきことは終えた。私は刀の中で眠らせてもらう。どうやら、私もこの刀と親和性が高いようだからな」

 そう言い残して首狩りの姿は消え失せた。透器は、彼が何故、命令とやらに逆らってまで陽芽を助けようとしたのか聞きそびれたことに思い到った。

 しかし、今ならば何となく感じる事はできた。彼とて、心を持っていたのだろう。

 時に狂おしくなるその揺らぎを。

「なあ、水花。俺はおそらく人に非難される行いをしたんだろうな。首狩りの力を借り、犠牲者の霊力を使い……。それでもただ嬉しいんだ」

 透器はその存在を取り戻した水花の頭をそっと撫でた。それに反応してか、水花は眉を潜めるとゆっくりと目を開いた。

「……私は死んだはずでは。それに何か違和感を覚えます。んッ? あれ、トーキ、どうしたんですかそんな嬉しそうな顔して」

「お帰り」

「ん? ただいまです」

 水花は起き上がると、その違和感の正体に気がついた。彼女の現在の姿は全裸。生まれたままの姿であり、透器にそれをガン見され、挙句、何とも悟ったような表情で頭を撫でられているのだ。水花は無表情で指鉄砲を作ると、透器の額に押し当てた。そして絶叫。

「何見てやがりますか、この、変態がァァァァァァァァァッ!」

「ちょ、誤解――」

 彼女の指先から水弾が放たれ、透器は勢い良く吹っ飛び、壁に激突すると、ズルズルと畳まで落ちた。その姿は燃え尽きて灰になったあの人に少し似ていた。

 

「なるほど。その様な事が……。トーキ。私の為に尽力してくれてありがとうございました」

 水花は畳みの上で深々と頭を下げた。

「いいから頭をあげろよ。俺はただ、自分のしたい様にやったんだよ」

透器はそれでも頭を下げ続ける水花を無理矢理起こした。彼にしてみれば、そんなに拱手されてもバツが悪いのだ。漸く顔を上げた水花。彼女は一生懸命笑いを堪えていた。

「大体検討は付くが、何で笑ってんだ?」

「いえ、トーキの頭の絆創膏が余りにも可愛くて」

「この傷、元はといえばお前の所為だからなッ!」

 水花に水鉄砲を撃たれた際、元々出血していた部分に命中して更に流血。それを止める為に絆創膏を探したが、結局残っていたのは、陽芽が置いていったキャラ物の絆創膏だったのだ。 

しかも、なんたる偶然か、それはヘッポゴンだった。

 透器は、それを剥がすと丸めて放り投げた。そして、一息吐くと真剣な表情をした。

「水花。これからは真面目な話だ。陽芽の時の判断はもういい。だけどな、これからは誰の命が懸かっていても簡単に自分の命を諦めるんじゃねぇ。絶対にだ」

「確約はできません」

「何でだよッ!」

「だって、トーキが死んだら私も死ぬらしいじゃないですか? なら、私はトーキを守ります」

 その答えに透器は頭をガリガリと掻いた。そう返されては最早反論の使用が無い。

だから透器はこう付け加えた。

「なら、俺は絶対に死なないから、お前は絶対に自分を諦めるな。いいな?」

「その科白、俗に言うところの死亡フラグですね」

「だァァァァァァァッ! それを言うんじゃネエェェェェッ!」

 自分の最大に願いを、結局、お茶らけに持っていかれた透器は雄叫びを上げた、そんな彼の姿を見て、水花は大きく口をあけて笑った。

 彼女は確かに陽芽を助けると決めたときに自分の命を諦めた。

その根底にあったのは偏に、自分という存在が透器たちとって異物でしかないと判断したからだ。その感覚は、透器と日常を送れば送るほどに強く実感していた。実際に、透器をララやジャックとの戦いに巻き込んでしまった。故に彼女は、陽芽を助ける為に自分を犠牲にするという選択肢を取ったのだ。彼女が彼らとの日常を慈しんだ結果である。

 しかし、彼女とて、それを失うのが惜しくない訳ではなかったのだ。透器と過ごした日々はまさに生を実感した日々だった。そう、決して失いたくなかったのだ、日常を。

 だが、それ故に決断した。己の願いを涙と捨てて。

 しかし、水花は今を生きている。それは必然を積み重ねた偶然なのかもしれない。だが、水花はその奇跡に感謝した。多くの犠牲を積み上げた結果ではあるが、彼女にとってそれは、紛う事無き、正真正銘の奇跡だった。

 故に、彼女は再び手に入れたこの幸福をそう簡単に手放すつもりは無かった。

(トーキ。私も必ず足掻きます。約束です)

 水花は、未だに頭を抱えて天を仰ぎ見ている透器に小さく親指を立てた。

 その後我に返った透器は、何を思ったか水花をジッと見詰めた。

「お前に言っておかないといけない事がある……」

「な、何ですか?」

 透器の真摯な眼差しに気圧される水花。この状況はと、緊張した面持ちになる。

「俺は……」

「俺は?」

「俺は、ホ○ノ・ルリが大好きだッ! 世代は違うが、劇場版をレンタルしたときからゾッコンで、TV版も見直したぜッ! 電子の妖精サイコーッ! あの銀髪、クールな目、白い肌、毒舌、何をとっても完璧に妖精だぜッ! TV版のデレ経過も萌えるが、一番は劇場版だね。

お風呂上シーンを何回も食い入るように見たね。モチロン、ナデ○コ事態も名作だ。アニメの軽妙なノリから、あの重い劇場版への転身はオドロキだね。何で続きを作らないのかマジ謎だね。佐藤監督是非ともお願いします。俺は水花にコレを伝えたかったんだ」

 その激流のような言葉に、水花は暫く呆然とした後に俯いた。

(水花め、俺が告白すると思ったな? 甘いぜッ! 俺がそう簡単に三次元に靡くと思うなよ)

 しかし、透器はすぐさま後悔することとなる。

 水花が顔を上げたとき、そこには完璧な笑顔があった。それを絵画にすれば、何世紀にも渡って受け継がれるような名画に、それだけでなってしまうような輝く微笑。

 透器は今までの美しきものを忘れてそれに見入った。

 そして、彼女は一言。

「神への許しを請いましたか?」

 どこより現れた水の鞭が透器の顔を一叩きすれば、透器は壁に叩きつけられ、畳に落ちた。ジンジンと痛む頬と顔面。見慣れた天井を見て思った。

「こんな日常も悪くねぇ」とさ


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ