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第一話「私、人間になりたいんです!」

第一話「私、人間になりたいんです!」

本日は七月十三日、例年よりも格段に早く梅雨も明け、本格的な夏が既に始まっていた。外に出ればここぞとばかりのセミの合唱が鼓膜を叩き、夏の雰囲気をより確かなものにしている。

時刻は午後3時半。特に部活をしていない生徒はボチボチと下校を始めている。

二人の少年もそんな生徒たちの一部だった。

「キャッ!」

フワリと舞った夏風が、思わぬハプニングを運んできた。それ即ちチラリズム。

「うぬぅぅぅぅぅ……、うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

「……何唸ってんだよ。お前、気持ち悪いぞ……」

この物語の主人公、白風透器(ゆきかた)、通称トーキは横を歩く幼馴染のあまりに変態的な息の荒さについつい口を出してしまった。

(こいつと出会ってしまってから早十七年。思い返せばガキの頃からこいつは女性に興味深々だった)

そして今やその有り余るリビドーは止め処なく、彼、遠山金時郎を突き動かし、この少年のエロスに掛ける情熱は、クラス、いや同学年、最悪全校生徒の周知となっている。

その為、この少年が純粋な欲望に支配された(まなこ)でパンチラを拝めば、そのあまりの興奮状態でこうなる事は透器も重々承知であり、それでもつい突っ込みをいれてしまうのは最早条件反射といってもいいだろう。

「何を言ってるんだよ、トーキ大先生ッ! 生パンチラですぜい! しかも結構レベル高めの! これに興奮せずに何が男かぁぁぁぁぁぁ!」

クワッと見開いた目を充血させて力説する金時(きんじ)(ろう)を透器は軽く鼻で笑った。

「ふッ、程度が知れてるな、キン。三次元程度に何を興奮するんだ。リアルなんて所詮劣

化なんだよッ! 二次元こそがジャスィィィィィィィッス!」

 同じ穴のムジナ、いやある意味違う穴のムジナと言えるかも知れないが、変態があらば

その隣もまた変態。透器はまるで愛しい人を迎えるように腕を大きく広げ、力の限り自分

の嗜好を叫けんだ。周囲の生徒たちは、この二人の奇人変人をチラリチラリと見てクスク

スと笑っている。その目は間違いなくキチを見るそれであった。

「ふっ、周りの視線も気にせず語るとは流石だね、トーキ」

「へッ、お前こそ、相変わらずの変態っぷりだ」

二人は腕を掲げるとそれをぶつけ合い、一つ大きなヤマを片付けたぜ、みたいな清々しい表情で笑い合った。まったくもって阿呆である。

「それにしてもトーキは相変わらず残念な奴だね~」

「何が残念なんだ?」

 まるで何も無かったように再び歩き出した二人は雑談に興じ始めた。

「いやね、オマエって顔だけ見れば結構イケてるじゃん。もしオマエが真っ当な男子だったら、きっと女をとっかえひっかえして、俺もそのお零れに有り付ける! みたいな」

 そう見てくれだけは悪くないのだ。狼のような精悍な顔つき、背も180cmと割と高め、切れ長の目はクールそうに見える。事実、まだ高校に入りたての頃は桃色手紙を結構受け取っていたりする。しかし、あくまで、だけ。内面はド・オタクの二次元愛好家、しかもリアル女子を卑下しているきらいがある為に女生徒の評判はいまや頗る悪いのである。しかも、いつも不機嫌そうな顔をしているせいか、彼の人柄を知らない人間は、大体がアブナイ人と認識している。

「何それ、こわい。お前の中のリア充な俺は、女を弄ぶ鬼畜野郎かよ……。むしろお前だって、見てくれは智的眼鏡なんだから、グッと欲望を抑えれば彼女ぐらいできるだろうよ」

「俺の溢れんばかりのパッションは抑えることなど不可能なのだよ、トーキ君」

 透器は、などと答えた金時郎を呆れ顔で苦笑した。

「にしても、いつか突っ込んでよろうと思ってたんだけどさ、その髪型、なんなんだよ? 前髪、特にもみ上げとか結構伸びてる。ヴィジュアル系バンドでも目指してんの?」

「これか……。アニメを見てて思ったんだ、アレッ? この主人公、俺が髪伸ばせばクリソツじゃね? ってな、それで伸ばしてんだよ」

「聞きたくはないけど、それに一体どんな意味があるんだよ?」

「わからねぇかなぁ。俺と主人公が似ることによって、ヒロインと俺の距離感が近付いた気がするだろッ! つまり、彼女は俺の事が好き!」

「アイタタ。ホント、オマエって残念な奴だよね……。そんなだから女子が冷たいんだよ」

「何度も言うが、薄汚れたこの世界に俺のロリ女神はいない」

「……ホント残念な奴だね。それよりもさ、オマエがオタクになったのってスズネの所為だろ? やっぱりまだ引きずってるのかよ?」

――ドクンッ! その名を耳にした時、彼女との思い出が走馬灯の様に頭を巡り、胸の鼓動を早めた。未だ忘れられない少女の名前、もう忘れたい少女の姿。彼女という存在は彼の中で見事なトラウマと化していた。それ故に透器はそのままムッツリと黙ってしまった。

金時郎はそんな彼の姿に溜息を吐くと彼の肩に腕を回した。

「キメェ! 何引っ付いてんだよ。きょうびそんな事をしたらコッチ系だとネットでネタにされんだぞ! それに汗クサッ!」

「照れるなよ~。俺たちの仲だろ~」

「ヤメロ、離れろ、それ以上喋るな、クズ、カス、人間粗大ゴミ、直ぐ死ねッ」

 透器は暑苦しい上に気持ち悪く絡んでくる親友(とも)の腹に拳打を叩き込んで無力化すると、空かさず距離をとった。一方、本気パンチを頂戴した金時郎は熱せられたアスファルトをゴロゴロとのた打ち回っていた。

「ひでぇよトーキ! 本気で心配してる友人に、本気(ガチ)でパンチをお見舞いするかよ?」

「喧しい! 心配にも節度があるだろ!」

 漸くダメージから立ち直った金時郎は立ち上がると、まるでエリート警視みたいにメガネをクイッと上げた。

「前から言おうと思ってたんだけどさ。トーキも新しい出会いを探しなよ。いつまでもスズネに縛られてもショーがないよ。どんなにアイツを想っても絶対帰ってこないさ」

「……うっせぇな、分かってんだよ……。そういうじゃなくて、今、俺が愛するのは打算にまみれた3次元じゃなくて、キュートで高潔な2次元なんだよ」

「この前、エロゲーでも寝取られたくせに」

「それを言うんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 ゼエゼエと肩で息をする透器。顔からは血の気が失せ、手がアル中患者のように細かく震えている。別次元に旅立ってもトラウマが生まれるとはこれいかに。

 透器は金時朗の肩に手を掛けると、ガラスに入ったヒビのように血走った眼でただじっと見詰めた。その無表情振りが実に恐ろしい。まるでホラー映画に出てくる怪物のようだ。

「こぇぇぇぇぇよ、トーキさん」

「いいか、その事は思い出させるな、今後一切、来世で出会っても、絶対だ。いいな?」

「……もし破ったら?」

ゴクリと喉を鳴らす金時朗。あらゆる可能性が頭をよぎり汗が止め処なく流れる。

「てめぇが女を抱けない体にしてやるよ……」

「oh,Jesus!!」

金時朗は男の急所を両手で隠し内股になって透器から離れ、コクコクと首を縦に振った。

「よし忘れるなよ!」そう念を押すと雲ひとつ無い夏空を透器は見上げた。

「おい、キン。たしかお前、今日バイトだったろ?」

「ああ、そうだけど? どうかした?」

「もうちょいしたら一雨来るぜ。気をつけな」

「了解したよ、雨男」

 そう、この少年。不思議と雨を言い当てる雨男なのである。


(俺だってそんな事は分かってんだよ)

 あの後、暫くして家に着いた透器は金時郎と別れた。金時朗は無駄に頻繁にこの家でくつろいでから帰るが、今日は彼を黙殺して帰らせたのである。一重に古傷を思い出したことによるモヤモヤからである。透器があの日に負った傷は深く、未だに癒えずにいた。

(まっ、男の方が女々しいとは世間で聞くところだけどな)

 透器は気晴らしにテレビを点けてみた。

しかし、そこに流れていた番組もまたロクでもない内容だった。

『本日、また首を切り落とされて殺害されるといった残虐な事件が起こりました。およそ三週間前から発生している同様の手口の事件は今回で三件目、死傷者は合計で十人となりました。警察は手口が同じ事から同一犯の犯行と見て調べています』

『しかし、怖いねー。これ、綺麗に首が斬り落とされてるんでしょ? 犯人は居合いの達人かなのかねぇー。一刻も早い解決を願ってます。警察の皆さん頑張ってよー。じゃあ、次の特集いこうか』

「また首狩りかよ……」

それは、今、この天関(あまのせき)市を震撼させている連続殺人事件である。

その内容は先ほどの情報番組が報じていた通り、人間の首が鋭利な刃物で綺麗に切り落とされているといったもの。

それをやってのける得物といえば刀しか連想できず、そんな大胆な手口で、しかも家族に騒がれることなく一家を皆殺しに、かつ犯人の目撃情報も一つもないといった怪事件である。先ほどの報道では死傷者と表現されていたが、生存者が誰一人としていないのは近辺住民の誰もが知るところである。

(不気味な点はあと一つ、首を一刀のもとに切断したというのに、刀傷が家の何処にもついてないことだったか)

 透器は耳に入れた情報から犯人像を想像してみたが、その行為に意味が無いことに気付き頭をガリガリと掻くとテレビを切った。

(俺には関係ない話だ)

 透器は気を取り直すと、パソコンの電源を点けた。実の所、今日、金次郎を帰らせたのにはもう一つ理由があった。それは――

「うぅむ悩む……。引くべきか、引かざるべきか」

 パソコンのディスプレイに映し出されたのはインターネット通販最王手、アマ○ンのページ。そしてそこに映し出されていた商品とは……。

「悩む……、『光撃魔法少女プリズミ☆マギ』のブルーレイBOX、お値段はなんと9万円」

 である。光撃魔法少女プリズミ☆マギとは、な○はの流れを汲んだ魔法少女ものであり、洗礼されたプリティーキャラが、放送コードギリギリの変身シーンを行い、あらゆるエンターテイメント要素をハイレベルに融合させ、極めつけは各話にかならず死人が出てたんじゃないかと噂されるほどに濃密なガチバトルシーンを取り入れた、その年の覇者に輝いたアニメである。 

トドメに使われる大魔法は各話で違い、そのオーバキル気味な過剰エフェクトは作画監督の名前をとって黒崎エフェクトと呼ばれ、親しまれる程である。

そのあまりの出来前にサザエ○ん、○ラえもん、プリズミ☆マギとネット民に賞賛され、ブルーレイ、DVD合わせて各巻十万を越えを果たし、アニメ史に燦然と名を刻んだ傑作なのである。そしてこの度、目出度くコレクターズアイテムとしメモリアルBOXが出るのである。

全話収録なのはもちろん、設定資料集、オーディオコメンタリー、サントラ、書き下ろしアニメ、そして三体のフィギュア、複製原画ランダム一枚までついたまさにマニア垂涎の一品になっており、このボリュームのBOXはもう出ないだろうとファンの間で囁かれている一品なのである。受注生産のため、この機会を逃せば手に入れることは非常に困難になるだろう。

そうこの作品を愛する者ならば絶対に手に入れねばならない至高の一品なのである。

透器は壁に貼ってあるプリズミ☆マギのポスターを眺めて考えた。

「アオカちゃん、俺はどうすればいいんだ……。我が家の財政状況ではヘビーだぜ。

しかし、これを買わないなんていう選択肢はない……。へへっ、買っちまえ」

理性決壊まで早一秒。まさに刹那。そして透器の手がマウスに伸びたその時だった。

ピンポーン

 なんというタイミングだろうか。まるで運命が、もう少し考えたらどうなのかね? と言っているような狙い澄ましたチャイムである。

「ちっ! こんな時になんだってんだよ」

 透器の部屋は二階にある。彼は部屋を飛び出すとドタドタと音を立てて階段を降り、格子戸の玄関の前で立ち止まった。彼がふと疑問に思ったからである。

(何でこっち側に客が来るんだ?)

 この家は変わった構造をしている。元からあった日本家屋をベースに表通りに面していた家の裏側をとある事情で探偵事務所に改築したのである。

それからは来客、荷物、新聞、郵便、その全てが事務所側に来るのである。

こちら側の玄関は入り組んだ密集家屋の隙間に存在しており、最近ではご近所さんですらこちら側の玄関を訪ねることはなく、透器すら永らく使っていない程である。

その為にこちら側を訪ねる来客を訝しんだのである。とはいえ、来訪者には違いない。透器は英断を邪魔された恨みも込めて少しドスを聞かせた声で応えた。

「どちらさまでしょうか?」

 そして、その横開きの戸をあけた時、黒いキャミソールドレスを着た一人の少女が立っていた。少女は透器の顔を見るや否や花が綻んだような明るい満面の笑みを浮かべた。

「宗太さんッ!」

「人違いです。そんな人は家にはいません。他をあたって下さい」

ピシャン

(ったく人違いかよ。まさにルビコンの時だってのによ。誰だよ宗太って。リア充死ねッ!)

タイミングの悪さと、来客の内容があまりにも不愉快だった為に不機嫌になる透器。

部屋に戻ろうとすると戸が開き、先ほどの少女が目を潤ませてこちらを睨みつけていた。

「……宗太さん、酷いじゃないですか……私のこと……忘れちゃったんですか……」

「いやいやいや、宗太って誰よ。そもそも、あんた誰……だ……よ……」

 この時、初めて透器は彼女をマジマジと見た。

(風になびく淡くウェーブのかかった長髪は夜空に流れる流星のような銀色、まるで初雪のように一点のくすみも無い柔らかそうな白肌。そして、その2つの色を引き立てるのがパッチリとした彼女の瞳、燃え立つような明るく輝く紅。まるで雪の妖精。加えて、まるで現代の黄金比のような見事すぎる体形。多少小ぶりながらも完璧な造形美の胸。その華奢なラインも見事。その全てが完璧。

まさに天使。天使が舞い降りたんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)

透器が少女の姿に圧倒されている間に、事態が深刻化している事に気付いていなかった。

「……私の事を忘れちゃったんですね。

それならそうと惚けた振りしなくてもいいじゃないですか……」

 彼女の瞳に溜まった涙が量を増して、流れ落ちる。

(泣き顔も非常にイイッ! じゃなくて、泣かしちまったよ。俺の所為かッ!

 マジどうすんの俺ッ! 宗太って誰だよ。んっ? 宗太?)

 彼が有り得ない可能性に思い至りそれを伝えようと口を開いた、その時だった。

 閃光。轟き。

 外が眩く輝き、白光が世界を染め上げ、まるで空爆でも受けたかの如き破裂音が響いた。

 次いで、滝の様な雨が降り始め、あらゆる喧騒を掻き消した。

 しかし、透器が目を見開き驚いたのはそんな事ではなかった。

 少女の背中からは銀細工で作った金属沢の鷹の翼のような物が生え、彼女の両耳の上部からは細長い角のような物が伸びていた。そして、彼女の周りを宇宙空間のように水が浮遊しているのである。この時、透器は思った、彼女は本当に天使だったのかと。

透器はあまりにもあんまりな非日常的な光景に、次に言うべき言葉も忘れて唖然とする事しか出来なかった。無理も無い、超弩級の超常現象が目の前に存在しているのだ。

だが、それが悪かった。

「……宗太さんの……宗太さんの………宗太さんの……」

「――ハッ! おい、待てッ! 俺の話を聞けェ!」

彼女の口から呪詛のように吐いては消える言霊たち。そのあまりの恐ろしさに漸く我に返り、彼の思い至った結論を話そうとするが既に手遅れ。彼女は憤怒の世界へトリップしていた。

「宗太さんの……バカァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」

「それってジジィの――」

 彼が言葉を紡げたのはそこまで。それを言い切るよりも早く、未だかつて味わった事のない激痛を額に感じ、それを最後に彼の意識は暗転した。


 白く煙る河の岸辺、一様に白い装束を着た人々がそこに集っていた。皆表情が暗く、そのくせ頭に填めている白い天冠が彼らの表情に似合っておらず可笑しい。

「ここはどこだ、俺は何してんだ」

 透器は周りを見回した後にある事に気付いた、自分も同じ装束を着ている事に。

「いや……いやいやいや。これってまさか……」

「よう、透器。お前も来おったか。ち~っとばかし早くないか?」

「まっ……まさか、ジジィ?」

 ぼんやりとして顔がはっきり見えないが、その姿と声が去年亡くなった彼の祖父を連想させた。名は白風宗太、先ほど少女が呼んでいた名の持ち主だ。ちなみにご近所の年寄り集から、透器は祖父の若い頃にそっくりだという、有り難くない評価を頂いている。

「おいジジィ、何だよあれッ! 説明しろよッ! っていうか俺は死んだのかッ!」

「よう、透器。お前も来おったか。ち~っとばかし早くないか」

「……おいジジィ、呆けたのか」

「よう、透器。お前も来おったか。ち~っとばかし早くないか」

「……ジジィ、今だから言っちゃうけど。

ジジィの大切にしていたガン○ラ壊したの俺なんだ。ごめん。」

「……何じゃと? この馬鹿モンがァァァァァッ! あれはワシがフルスクラッチで作ったバン○イも目を剥き泡を吹き出して卒倒するような完璧なストライク○フリーダムだったんじゃぞ。この娑婆憎がぁぁ。もう一遍赤子からやりなおせッ!」

 そう怒鳴り散らすと宗太は、享年七十うん歳とは思えない、流れるような身のこなしで透器の懐にはいると、まるで教本のような美しい一本背負いを決め、投げ飛ばす。

その勢いのままに透器は天を泳ぎ、かっ飛んで逝く。

「いい年こいてストライク○リーダムなんて、ミーハーなもん作ってんじゃねぇぇぇぇ」

 そして透器は三途の川で星になった。


「んな訳あるかッ!」

「キャッ!」

 透器があの世の世界から回帰し、ガバリと起き上がった時、例の少女が横にいた。

(ああ、いい匂い……。じゃなくて!)

 透器はからくり人形のように不自然な動きで首を回して少女の顔を見ると、そのままの体勢で壁まで高速で後ずさった。

傍から見たら、それはスパイダーウォークに通じる非常に気持ちの悪い動きだった。

(現状を確認せよ)

 透器は現在自分の置かれている立場を認識するために情報収集を行った。

 場所は白風家一階の居間。中央に布団が敷かれている。透器の格好は意識を失う直前のもの。畳には濡れたタオルが落ちている。つまり。

「……えっと、看病してくれたのか?」

 少女は俯くと、小さく頭を揺らした。

(どうやら話し合いが出来そうな感じではあるな)

 透器はガリガリと頭を掻くと、座り直した。彼女と話し合うためである。

「まず、君の名前はなんて言うの?」

 その問いかけに顔を上げた少女。その表情は先ほど見たような悲しいもので、そして再び俯いてしまった。透器の言葉が傷つけたのが一目瞭然であり、彼は現状が自分の責任じゃないことを予想立てていても、それでも、彼女に対して罪悪感で一杯になった。

「私の名前は天之水流神(あまのみながれのかみ)です」

 が、それも一瞬で吹き飛んでしまった。

「えーっと、もう一度言ってもらっていいかな? どうやら俺の耳が悪かったらしい」

天之水流神(あまのみながれのかみ)です」

(何それッ! 神って神様デスカ? いやでも……、やっぱ意味不明ぇぇぇぇぇぇ!)

 先ほど見たものが幻でなければ仮に神様だったとしても不自然ではないだろうが、生まれてこの方、一般人として生きてきた白風透器にはそんな事実は直ぐには受け入れがたいものであった。仮に、そんな事実をはいそうですかと受け入れられる人間がいるとすれば、それはさぞ奇想天外な人生を送ってきた人間か、不感症の人間のどちらかだろう。

「とりあえず、仮に天野さんということで?」

「いいですよ、それで……」

「これは確認したい事なんだけど、宗太って人のフルネームを聞かせてくれる?」

「白風宗太です」

(えぇぇ。やっぱりかよ)

 一瞬、ガン○ラを誇らしげに掲げた祖父の姿が頭をよぎり、透器はイラッとした。

「非常に伝えにくいんだけど……」

「……何ですか?」

「白風宗太は俺の祖父で、去年亡くなったよ」

「…………エッ?」

 少女はその愛らしい目を見開いて硬直した。顔が引き攣っているのがまざまざと分る。

「だから、ジジィは去年亡くなったよ」

「えっ? 祖父? 亡くなった? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 少女は手をバタバタさせて慌てふためくと、透器に走り寄ってきた。

(顔が近いっ!)

「お尋ねします。今は昭和何年ですか?」

「昭和? 今は平成XX年だよ」

「平成って何ですか?」

「つまり昭和が終わってからXX年経ってんだよ。今は二XXX年だ!」

「……そんな。あれから六十年以上も経ってたんですか……」

 少女はその場に崩れ落ちると起き上がる様子も無く、微動だにしなくなった。いや、肩が細かく震えているので泣いているのだろう。少女の話を一から十まで信じた訳ではないが、透器は彼女から本当の悲しみを感じ取り、真実の探求がどうでもよくなってしまった。

 それからどれくらいの時間が流れただろうか……。漸く少女は上半身を起こした。その瞳は充血し、僅かに残った雫が滴り落ちる。透器がティッシュを渡すとそれで涙を拭った。

「ここからは俺の興味本位なんだけどさ、あんた何者なんだ? さっきは神が何とか聞こえたような気がしたけど……」

「そうですよ。私はこちらで言うところの神、日本神で水神です。といっても日本神と西洋龍のハーフなんで、本来の神としての姿はあんなですけど」

 透器はあまりにも予想不能な言葉の羅列に処理が追いつかず、目眩を感じた。

「ちょ……ちょっと待て、突然そんな事を言われても訳が分らんッ!」

「そうですよね」

彼女は徐に手を開いた。するとそこに、何もないはずの空間から水が湧き上がり、それは水球となって空中で停止した。透器は彼女に促されるままにそれを調べた。

透器は彼女の掌と水球の間を手刀で切ったり、いろいろな方向からか視るなどして、本当に浮いていることを確認した。そして、水球自体に触ってみた。

(冷たい)

少女は一通りの確認が済んだと判断したのか、その水球を、布団を引くために端っこに追いやったテーブルの上に置いてあった湯飲みに入れた。

透器はそれを覗き込んだがそれはもう普通の水にしか見えなかった。

「あんたが普通の人間じゃないことは分った。とりあえず説明を頼む」

「単純な話ですよ。この今いる宇宙の他に2つの世界があるんですよ。いわゆる神話にでてくる神様が住んでいる世界が神界、キリ○ト教などに出てくる天使とかが住んでる世界が天界ですね」

「てーと、神様や天使は実在して、俺たちの周りにいるのか?」

「かつてはそうでした。神は信仰心に応じて恵みを返していたんです。けれど、この世界は現在結界に覆われ、自由な行き来どころか神力を届かせる事すら難しいんですよ」

 透器はクールダウンに成功した頭で、今の話を処理することが出来た。要は宇宙の他に神様と天使さまの住む世界があるという訳である。

「神様って本当に居たんだな……。それであんたはまだ行き来が簡単だった頃にこっちに来てジジィと出会ったんだな?」

「いいえ。私が一回目にここに来たときには既に結界が張ってありましたので、結構苦労してこちらに来たんですよ」

「そんな苦労してまでこっちに来たいものなのか?」

「そうですね考え方はそれぞれですけど、あちらの世界では死がないんですよ。……いえ、滅びというべきでしょうか。死にはしますけどしかるべき後に復活するんですよ。終わりがないという事は、全ての価値観が無くなるという事です。モノは失うが故に大切なので」

 ならば、彼女は死ぬためにこの世界に来たのだろうか? 透器はその不思議な動機に首を捻った。彼は自分の身にかつて起こった不幸を思い出し、一層それが飲み込めなかった。

「んん? そんなもんかね? 俺は周りの人には死んで欲しくないし、俺も死にたくないけどな。死なないってよくね?」

「その失いたくない、死にたくないという想いの源流こそが喪失に基づいたものですよ」

そういって彼女は儚く笑った。透器は自分の考えは間違っていないと思いつつも、彼女の表情を見て、少なからず思うところはあった。

「ならずっとこっちの世界に居りゃよかったんじゃねぇのか?」

「無理矢理連れ戻されたんですよ。こちら側に来ることは今や大罪なので。それで私は長い事閉じ込められていたんです。大して経ったような気はしなかったんですけどね……」

「……あんた、いったい何歳なんだ?」

「女性に年を聞くのは良くないですね。それ神様に年を聞いても意味無いですよ。

そうですねぇ、仮に人間の年齢に換算すると十七歳ぐらいですかね?」

「ですかね? と言われても。本当かよ?」

「疑うんですかぁ?」

 上目遣いで口を尖らせるその仕草、透器は胸に込み上げるものがあったので、別に、とそのままその話は流すことにした。

「ところで、あなたの名前は何と言うんですか?」

「へっ?」

 透器は自分の失態に気がついた。イッパイイッパイで自己紹介を忘れていたのだ。

自己紹介とは、何の情報も持ち合わせていない初対面同士が最低限の信頼を結ぶために明かす情報である。それが偽名であれ何であれ、情報の交換とはその記号の交換から始めるものだ。彼の職業柄(・・・)、そこは重視しなければならないので軽く落ち込んだのであった。

「悪い。俺の名前は白風透器(ゆきかた)。知人は大体トーキって呼ぶからそれでいいぜ。」

「それではトーキさん。あの、すみません!」

「はっ?」

 彼が咄嗟の出来事に反応できずにいた。彼女が急に突っ込んで来たのである。そして少年と少女の額がぶつかりあった時、彼に異変が起きた。

(ここはどこだ?)

 透器と少女の額が触れ合ったその刹那、彼の視覚、いや感覚の全てが肉体を離れ、気付いたらその場にいた。

一遍の光もない闇の中。床と触れ合っている肌が冷たさを感じているので、座っているのだろう。しかし、ここはどこで、何をしているのかすら分らない。

ただ得られる情報は、感覚にズレのある今の自分は、暗黒の世界の中、衣服を何も着けずに冷たい岩の上でただ座っているという事。

(しかし、ここに居るはずなのに何か感覚が違うな。それに体が動かない)

 その感覚はまるで人形に乗り移ったみたいだった。薄ぼんやりとした実感はあるが、それが自分の体と感じられない。――ふと、頬に何かが伝うのを感じた。すると体が勝手に動き、頬をさすり、その滴った何かの元を辿る。指が辿り着いた先は瞳だった。つまり、今流れたのは涙だったのだ。涙は止め処なく溢れては流れ落ちる。しかし、透器は不自然に感じた。涙がこんなにも流れているというのに、何一つとして感情が生まれてこないのである。度の過ぎた悲しみが感情を麻痺させたのではない、それは初めからガランドウの心だった。そして、再びの意識の断絶。

(……今のは、いったい……)

ぼんやりとした頭が覚醒した時、一番初めに感じたのは何か柔らかい物が頭に下にあるという事、そして何やらイイ香り、加えて暖かさ。言うなれば幸せな感覚。

このまま寝てもいいかもしれない。そんな考えが頭をよぎり、それ実行に移そうとする。

しかしそれは、誰かに体を揺さぶられるという行為で阻まれた。

「今、目を覚ましましたよね? トーキさん起きて下さい」

「んん? うんん?」

 透器が目を開き、霞む世界が像を結ぶ。そこに自分の顔を覗き込む美しき少女の顔。鮮やかな紅の瞳、長い睫毛、小さな薄紅の唇、眩い銀糸が雨のように降り注ぐ。

「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 透器は動揺のあまり、慌てて上半身を起こした。となればハプニングが起きるのも必然。

 彼が体を起こした拍子に彼と彼女の唇が触れ合ったのでした。

 まさにラッキーハプニング。まさにお約束。

 透器はゴロゴロと畳の上を転がって部屋の端まで行き、少女と距離を取ると、スクッと立ち上がり、柱目掛けてヘッドバンギングを繰り返す。

(今のは、ナシッ、ナシッ、ナシッ、ナシッ、ナシッ、ナシッ、ナシッ、ナシッ!!)

「すみません、ごめんなさい、今のはハプニングです、無しの方向でお願いします」

 透器は空かさず土下座を行い、謝意を示す。そして恐る恐る顔を上げて、薄めで少女の様子を伺う。すると少女は優しい笑顔とサムズアップで

「じゃ、なしで」

 と言ってくれた。透器は額から噴水のように吹き出る紅い血潮を気にも留めずに、見事な笑顔とサムズアップを返した。

 そして、気を取り直して、話し合いを再開した。お互いに向かい合って座っている姿はまるでカルタか百人一首でも始めるかのような雰囲気だった。

「すみません。私が勝手なことをしたばっかりに」

「気にするな。お互い忘れよう。それにしても膝枕なんて誰に教わったんだ?」

(って、やっぱり神様も膝枕ぐらいするよな)

「宗太さんが、安らぎたい時にはこれが一番だって言ってましたから」

(ジジィぃぃぃぃぃぃぃぃぃ、何かムカツクッ!)

 透器はキメ顔でポーズをとっている祖父の姿が頭をよぎり、イラッした。

「でも、宗太さんが私に触れたことがあるのはその時だけでしたね」

 少女は何かを思い出し、手を握ったり閉じたりをした。その表情は切なさを湛えている。

「あんたはジジィのことが、その……好きだったのか?」

 透器は、頬を赤らめ照れながら話す少女の姿を想像していた。しかし、その問いに対する少女の反応は、意外にも無表情だった。それも、透器が僅かな恐怖を感じるほどの完全なる虚ろ。

「……分らないんですよ。その感情が。だからもう一度この世界に来たんですよ」

 一変して少女は何かの痛み耐えるように行き詰った表情を作った。

透器はそれを見て、先ほど体験した無感情の涙を思い出した。

「――って、そういえばさっきのは何だったんだ?」

「さっきのというのは?」

「何か変な体験をしたんだが」

「ああ、それは私がトーキさんから記憶を模写した際に、私の記憶もトーキさんに流れ込んだんでしょう」

「ナールホド! って、おいッ! 記憶を模写したって何ッ!」

「いえ、説明して頂けるよりも知識を直接頂いたほうが早いかなと思いまして」

 この少女、悪びれもせずに恐ろしい事をサラリと言ってのけた。

「いやいや、それってプライバシーをスンゴく侵害してますよネ?」

「私も状況が飲み込めずイッパイッパイでしたので、テヘッ」

「テヘッ、じゃねぇよ! それ割りと最悪の行為だからな! 二度とするなよッ!」

 あまりの興奮に思わず立ち上がった透器。対して少女が神妙な顔をして言った言葉は

「猛反です」

「本当に反省してるのそれッ!?」

「僭越ながら言わせていただきますが、後世に己の種族を残すのは必要な責務ですよ。それを空想上の女性でいいというのはどうかと思いますよ」

「すっげぇ余計なお世話だッ!」

 透器は深く脱力してその場に崩れ落ちた。彼はやはり神様と人では感じ方が違うのだろうかと半ば諦観の念に苛まれた。

「ところであんた何の神様なんだ? 金運とかか?」

「そうですね。先ほども言いましたが水神ですので属性は水、雨とか降らせますよ」

 その応えに透器は目見開き、少女の顔をまじまじと見詰めた。興奮しているのだろうか、息が荒い。それも無理からぬことだろう。彼には特殊な体質がある。それは雨男。

この街は他と比べても異常に降水量が多い。加えてもしも天気予報が降水確率五十パーセント以上を謳ったものなら確実に雨が降る。

「なあ、一つ聞くが、その、俺に何か加護を与えたとかないか?」

「ん? そうですね、個人という訳じゃないですけど宗太さんとそれに連なる血族に水の恵みがあるようにと祝福はしましたよ」

「やっぱりかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 透器は血眼となり、あまりの怒りで立ち上がるとそのままに、少女の肩を掴んだ。

「今解け、すぐ解け、その訳の分らん呪いのせいで、俺がどんなに苦しんだかッ! いや聞かせてやろう! 俺が楽しみにしている運動会や、遠足や、外出や、デートや、俺の一大イベントは当然として日常の細々に到るまで雨が降りやがる! 雨、雨! その言葉だけでムシズダッシュ! 俺たちがあんな終わりになったのだって、毎回土砂ぶりで外に出られなかった所為だ! 違いない! 直ぐにこの呪縛を解きやがれ!」

 それはまさしく怒涛。だが、彼の怒りは無理からぬ事。彼の人生は語られたように常に雨によって彩られてきたのである。事実として、この街の降水量は他と比較しても半端なく、雨の都とつい最近命名された程である。

「痛いですよトーキさん! 分りましたから、ちょっと落ち着いてください」

 透器は僅かに冷静さを取り戻し、少女の肩から手を離すと、深く息を吐いた。

「すまん。だが、早くしてくれ」

「分りました。いきます」

 少女は立ち上がり透器の額に指で触れると静かに目を閉じた。黙する空気。ただ、外から響く雨音だけが世界を満たしている。透器は空気が張り詰めるのに比例して期待を高めていく。そして。

「これは無理ですね」

「なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 再びブチ切れて、少女の肩を揺する透器。

「落ちついて! 説明を聞いて下さい」

「……なんだよ?」

「どうやら、私の力はトーキさんと親和性が高かった様で魂の奥深くまで浸透しているんですよ、これを引き離すと――」

「いい! それ以上いうな!」

 何か凄くイヤな予感がして透器は慌ててその言葉を遮る。

しかし、少女は乱暴に扱われたのが不服だったのかそのまま続けた。

「頭がおかしくなって、目は死人のように虚ろに、口が常に半開きに、そこから唾液が延々と流れ落ちて、何かもう人生が終わっちゃった感が出まくりとなり、魂が傷ついている為に死後の世界でも安らげることは決してありません」

「何でいっちゃうかなぁぁぁぁぁッ!」

 透器はあまりに嫌過ぎる未来予想図に頭を掻き毟って悶える。

流石にその姿がかわいそうだったか、少女は情報を付け加える。

「ただし、私が近くに居れば力を制御できますので、雨男からは解放されると思いますよ」

「何ィィィィィ! 本当なのか」

透器は今までで最上のテンションで詰め寄る。

そのあまりの暑苦しさからか、少女は若干の引き気味である。

「ええ。バッチリです!」

「ああ、よかった。本当によかった」

 あまりの感動の為、今まで無駄に入っていた力が一気に抜けていく。その一瞬の脱力でバランスを崩し、結果、少女を押し倒す形となった。しかし、トラブルはそれに尽きない。

――ガラッ

 誰も居ないはずの家で襖が開き、そこには一人の少女が立っていた。墨のように美しい黒髪を肩越しで切り揃え、感情の薄そうな表情をした少女。彼女の名前は柊陽芽。透器の一学年下の幼馴染であり、妹の親友だった少女。透器にとって妹のようなものであり、この家の合鍵を渡されており、自由に出入りを許されている代わりにこの家の家事の一切を任されているのだ。

「……透にぃ、遂に普通の女性を愛せるようになったんだね……感動……」

 陽芽はボソボソと喋ると泣きまねをし、そのまま出て行ってしまった。

「今のは誰だったんですか?」

「俺の妹のようなもんだよ。名前は柊陽芽。最近まで入院してて、今は自宅で療養してたはずだったんだけどな……。もう出歩けるようになったのか……。って、お前は俺から記憶をコピペしたんだろうが? 何で知らないんだよっ!」

「引き出したのは現在の世界の情報と宗太さんの事で他はあまり調べませんでしたので」

「さっき、俺の趣味について言及しなかったか?」

「さて、気のせいでしょう? それよりもどいてくれませんか?」

 透器は少女を押し倒し、あまつ、その程よい大きさで極上の柔らかさを持つそれを揉み解しているという、ラッキースケベ的状態に気がつき、慌ててその場を飛び退く。

そしてダイナミック空中土下座。

「申し訳ございません」

「かまいませんよ。ただし一つ、頼みごとを聞いて頂けないでしょうか?」

「なんなりと」

「お金なら払いますので、この家に居させて頂けないですか?」

「お金ならって……、お前、金持ってんのかよ?」

「私、一応神様ですから」

「……金はいいや」

 この少女のこういった発言は危険臭がする。

透器は本能的にそれを察して金に関しては即座にお断りを行った。

「代わりにだ、この家の家事と俺の仕事の手伝いをしてくれないか?」

「え? そんな事でいいんですか?」

「ああ、根無し草の女の子を放り出したとなれば流石の俺でも目覚めが悪いからな」

 透器はそう言うと右手を差し出した。それの意味するところを察した少女もまたその手を取ると、眩い笑顔で笑った。そのあまりの鮮やかさに透器は目を細めた。

「……ところで透にぃ、その人誰なの……」

『ワーッ!!』

 急に声を掛けられ二人は驚き見る。

そこには襖を僅かに開けて二人の様子を盗み見る陽芽の姿があった。

「えっと、私の名前は天乃水――」

「あまのみ?」

 考えなしに本名を名乗ろうとするボケボケ神様少女の口を咄嗟に塞ぐと、透器は頭をフル回転させて設定を作り上げる。

「彼女の名前は天野水花(あまのみはる)。俺とタメの十七歳。おっさんの娘でルーマニア人とのハーフな

んだ。この度、家庭の事情でこの家に住むことになった。仲良くしてくれ」

 透器は少女を解放すると目で合図を行う。

それを理解したのか少女も明るい笑顔で自己紹介を行う。

「私の名前は天野水花です。あなたがヒメちゃんですよね? よく聞いてますよ。可愛い

妹分が居るって。あっ、ヒメちゃんって呼んでいいですか?」

「……いい。私もハルねぇってよんでいい?」

「もちろんです。これで私たち仲良しですね!」

 この時、透器は意外に思った。この陽芽は人見知りの激しいほうである。現に未だに襖の向こうから様子を伺うだけでこちら側に来ていない。

しかし、遣り取りだけを見れば初対面にして少女と打ち解けているように見える。

「……透にぃ、美人と同棲できてよかったね……」

「おい! そういう事をいうなッ!」

 透器は指摘されて漸くこの事実に気がついた。ザ・同棲。しかも二次元愛を高らかに謳

う透器すらその魅力に屈しそうな彼女。透器はこの魅惑の状況でどこまで己の二次元愛を

貫き通せるのかと考えた時、その無様な結末に思い至り慄いた。

即ち、己の高尚な嗜好を投げ捨てリアルな肉欲に走る犬のような自分。なんたる無様。

「……私、帰るね……」

「はい、またきて下さい」

 陽芽は煩悶する透器を知ってか知らずか放置プレイ。さっさと帰っていった。

一方の少女も頭を抱えて何やら唸っている彼を尻目に、自分の部屋を整える為に二階へと上がっていった。かくして愚かな主人公はエアコンが虚しく音をたてる居間に一人残され、取らぬ狸の皮算用であることにすら気付いていない無意味な問答に頭を悩ませていた。

少女が物置として使われていた一室を掃除するために窓をあけた時、そこには七色に輝虹が小ぶりになった雨の中でそれはそれは美しく輝いていた。


 次の日、登校し窓際にある自分の席に座った透器は深々とため息を吐いた。それは昨晩から今朝にかけて起きた水花関連の出来事に対する心労からである。

彼女を居候させる条件として出した家事だったが、彼女にはその才能が壊滅的に無かったのだ。いや、彼女はやる気だけは漲るものがあった。だが、その強い意欲と才能が合致しなかったのである。

(掃除を始めたら色々な物が壊れ、洗濯を始めたら洗濯機が壊れ、炊事をしたら食器が壊れ、おまけに料理を食べたら何故か俺の意識が昇天する……。間違いなく不器用。しかもあれは絶対になおらない!)

 透器は早くも同居人の致命的な欠点を見せ付けられて呆然としていた。

今までは陽芽に頼っていたが、どんなに妹のように思っていても他所の娘、花盛りの高校一年生に他人の家の家事を押し付けるというのはどうにも良くない。

今までも、何かと理由を付けて遠慮してきたが、何時の間にやら祖父と二人そろってお世話になってきた。しかも祖父が居なくなってからは甘えまくりである。

水花が家事をすることによってその負担を減らすことが出来ると思ったが、厄介者がこのままでは一人増えることになるだろう。

(やはり、俺も主夫に目覚めるときがきたのだろうか……)

 朝、何時まで経っても起きて来ず、恐る恐る起す為に入った水花の部屋。

そこで、この世の幸せを詰め込んだような幸福そうな顔でスヤスヤと眠る水花を見たとき、むしろ彼女の世話をするのは自分なんだなと透器は確信してしまった。

 透器は思いがけずに盛大な溜息を吐いた。

「おい、トーキ。何を結滞な顔をしているのだ? そんなショボクレタ顔をしていると幸せが逃げてしまうぞ」

 砂糖のような甘い声とそれに反して凛々しい言葉。その声を聞いて視線を送ると彼の親友(とも)の一人が立っていた。その身長実に一四八㎝、高校二年生にしては非常に小柄な少女である。 

長い髪は陽を浴びて眩く輝く金色。瞳は冬の海を連想させる紺碧、肌は透き通るような白い肌。明らかに日本人ではない。彼女の名前はララ・ロウナイト。透器と金時朗は、中学校時代に彼女と親しくなり、それ以来いつも3人でつるんでいるのである。そして、彼女はこの近辺で唯一の教会でシスターをしている。

「よう、ララ。今日もちっせぇな」

「おはようトーキ、今日もワガ愛らしさを愛でるが良い」

という具合に彼女は己の小柄をネタにされても決して卑屈になったりはしないのである。とはいえ例外はあるのだが……、それはまた別のお話。

「おっ! 二人ともそろってんじゃん」

 そこに金時朗も合流して、市立平和台高等学校のトラブル3がそろったのである。このトラブル3という名称は問題が発生すると必ずこの3人が絡んでおり、問題の解決に一役買うときもあれば問題を深刻化させる場合もあるという、まさにロシアン・ルーレット的な存在から、こう周囲に呼称されているのである。

「それで、どうしたって?」

「いやな、トーキが朝からアンニョイな顔をしていたので、ワタシがアドバイスをしてやったのだ。ワタシ、実にイイ奴」

「いや、アドバイスって言わないからソレ」

「ムッ? そうか?」

「んで、何でアンニョイな顔してたんだよ?」

「いや、昨日俺の家に居候が来たんだが、これをどういう風に扱おうか悩んでるんだよ」

「何ぃぃぃぃぃぃ! 可愛い女の子なのかソレッ?」

 そこでありのままを伝えるのが果たして得策か考えた。金時朗に水花の事を伝えたとしよう、絶対に毎日のように押しかけ、こりずに口説きまくるだろう。ウザイ事この上ない。

(しかも何かムカツクしな……)

「グヘッ!」

 透器のムカツキが思わず拳となって現れ、今はまだ無関係の金時朗を殴るという形で発露した。意味不明に殴られた金時朗はまるでか弱い乙女のように頬を押えて床に倒れ、目をパチパチさせた。

「何をなさるのトーキさま」

「キモイ」「キモイぞ」

 その反応は二人とも同様にして、一様に冷たい視線を送るのみ。

「いきなり殴られてこの仕打ち……oh,ecstasy……」

「それで、結局その居候は女子なのか?」

「ああ、それは――」

「は~い、席についてくださいね~」

 透器の応えは、妙に間延びした担任教師、その天然でのんびりとした性格としょうもない相談にも親身に相談に乗ってくれる直向さで生徒たちの心をガッチリと掴んでいる麻伸(あさのび)女教諭の登場で遮られた。ララと金時朗は各々の席に戻って行く。二人は透器に目で合図を送った。

(後で詳しく話すよ)

 そして、先生の話に耳を傾ける。

「今日は~、HRの前に皆さんに伝えることがあります~。それは~、転校生の紹介です~。どうぞ~。」

「失礼します」

 転校生の紹介、それを聞いた瞬間にピンときました透器君。そしてそれは案の定。

先生の合図の後に入ってきた少女は昨日から透器の脳裏から決して消えない彼女であった。真新しい制服、スラリと伸びた足には黒のストッキング、前髪のサイドを黒いレースのリボンで止めている。服装が変わると雰囲気も相応に変化し、実に新鮮に写る。

「私の名前は天野水花と言います。皆さんよろしくお願いします」

 ピンと伸ばした背筋で小気味の良いチョークの音を立てて名前を書き、振り返って自己紹介を行った水花に、男子も女子も誰もが目を奪われた。

「何アレ? ちょー可愛いだけど」「モデルかな?」「……女神」「ふっ、ハイーパーロリキュート・ララちゃん程ではないな。ララちゃん萌え」「キモイぞ死ね」「あんな可愛い子見たこと無いです」「すぐさまアタックだよね」と各々の声が上がる。

(何か途中にヘンな声が混じっていたような気もするが……)

「天野さんは~、白風さんの従妹で~、一緒に住んでるんですよね~?」

(うぉいッ! それ言っちゃうトコッ?)

「……白風と同棲かぁ」「トラブルの匂いはしないわよねぇ」「安全で良かったんじゃない」「俺たちにもチャンスがあるんじゃないっすか?」「ついにトーキが野獣に目覚める時がッ!」

(うぉいッ! お前らは俺を何だと思ってるんだッ?)

 もちろんクラスメイトたちは透器のことを二次元愛好家のド・オタクで三次元に興味の無い方向の変態と認識しています。

「それじゃあ~、相沢さん、天野さんに席を譲って貰えないですか~? 彼女も知り合いの横がいいでしょうから~。最後尾の空いてる席に座っていいですから、ね~?」

「いいですよ、まーちゃんセンセー」

 透器の隣に座っていた今時ギャルの相沢さんは、何かと自由な最後尾と聞いていとも容易く了承した。ちなみにまーちゃんセンセーとは間伸先生のあだ名であると同時に生徒たちからの親しみの表れである。

 席を与えられた水花は颯爽と整然と並んだ席の間を歩き、透器の横に着席した。

「質問はHRの後に各々でしてくださ~い。では続けます~」

 そして平常どおりの朝のHRが再開された。しかし、透器は終わるのを待つことは出来ず、忙しげにチロチロと視線を動かす水花にヒソヒソと声を掛けた。

「おい、何で学校にいるんだよ? っていうかその服とかどうした?」

「それはモチロンこれぐらいの年頃の子は学校に通うという情報をトーキから得たので、昨晩の内に手回しをしてモロモロの手続きを行いまして、晴れて高校生になったのです。この制服も手に入れました」

「あぁ、あぁ、聞くんじゃなかった……。ついでだ……、手回しってのは?」

「それは偽戸籍、偽転入届け、偽成績を作って、それをホンモノにしました」

「やっぱりロクでもねぇ……」

神力(かみぢから)に不可能はないのです! あっ、ちなみに戸籍上は龍太さんの養子という事にしておきましたので。今度本人さんに会う機会がありましたらチョイチョイっとさせて下さい」

 龍太というのは叔父の名前であり、現在の彼の保護者でもある人物のことである。

しかし、チョイチョイと人差し指を振るという可愛らしい動作で示したが、どう考えても水花がやろうとしていることは倫理的にアウトだろと透器は思った。

だが、他に良案が思い浮かばなかったのでそれを黙認することにした。

(あのクソおっさんに貸しを返して貰うと思えばいいか……)


 HRが終わり、水花が好例の転校生インタビューを受けているのを尻目に、透器は関せずという態度を決め込んで日常を過ごして早くも昼休み。

そして遂に奴らが動いた。四間目の授業が終わるや否や、金時朗は透器の腕を、ララは水花の腕を掴むと、非難を行うクラスメイトたちを突破して学食まで引っ張り込んだ。

「さてさて、御二方、親友特権でズンズン関係を聞かせて頂きますかね~」

「そうだな、ごまかしナシだぞ。ワタシも実に興味がある」

「ところでお二人の名前は何でしょうか?」

「おっと、俺としたことが。Ladyに名前を名乗り忘れるとは! ではお教え致しましょう。この眉目秀麗にして誰からも一目を置かれる、素晴らしき私の名は――」

「ワタシの名はララだ、そう呼んでくれ。そしてコレはムシケラまたはゲボクと呼べばいい。なに、とるに足らん微生物だ」

「ちょっと、ララさんッ! 人の名乗り上げをぶった切って、しかもマイナスイメージを刷り込むのやめてくれませんかねぇ!」

「うっせぇぞ、ゴミムシッ! お前は昼飯でも買ってこい。俺と水花はA定食な」

「ならワタシはB定食だ」

「何この疎外感! 何この力関係! 民主主義にボッチは人権なしッ!」

 金時朗は泣きながら券売機へと走っていった。何だかんだと言ってもイイ奴である。

その行動が関係構築においてプラスとは言い難いのが悲しい所か。

「では……ララさんとお呼びすればいいんですか?」

「さんはいらん。ララでいい。しかし、ララではあだ名を作ろうにも、ラとかアとかにしかならんからな。まったく不便だ。そうそう、あのゲボクが帰って来た時に“キン、よく出来ました”と言えば犬真似をして喜ぶぞ。試してみるんだな」

「フフッ、じゃあそうさせてもらいます。私の事は……」

「ミィと呼んでいいいか」

「それって……猫の名前じゃないか?」

「ワタシの見立てでは彼女は猫っぽいからな」

「いいですよそれ! 気に入りました」

(いいのかよッ! っていうかお前はどっちかと言うと龍だろうが!)

 透器は内心激しく突っ込んだが、本人がえらく気に入っているようなので口には出さずにいた。そこに器用にも4人分の食事を持った金時朗が帰ってきて、トレイをテーブルに置いた。

「おいおい、俺をのけものにして何の話だよ? 俺を仲間に入れないと毎晩ラブコールをかけちゃうよ~ん」

 そこでララと透器が水花に目で合図を送り、彼女はコクリと頷いた。

そしてMならばそれだけで昇天してしまいそうな怜悧な目をして

「キン、よくやりました。特別に三回回ってワンという事を許可します」

「何だか知らないけど名前を呼ばれて褒められたワンッ! ヘッヘッヘッ、ワンッ!」

(知ってはいたが間違いなくコイツはアホだ、そして漢だ)

 透器はすかさずに空気を読んで道化を演じた金時朗に心の中で拍手を送った。

「出来れば今度デートして欲しいワンッ!」

(……いや、本能に生きているだけかもしれんな)


 透器と水花の話、金時朗の道化と昼休みはあっという間に過ぎ、午後の授業も恙無く終えて下校。「今日は寄る、絶対寄る」と息巻いていた金時朗を追い返して帰宅。

瞬く間に平和な時間は過ぎ去り、現在は夜の七時を少し回った時間。晩飯のコンビニ弁当を平らげた透器は、白風家に併設されている探偵事務所の仕事机に座っていた。

「さて、そろそろ行きますかね」

 透器は夏真っ盛りだというのに、季節感とは真逆の黒いロングコートを着込んでいた。

「どこに出かけるんですか?」

「うぉッ! お前、風呂に入ってたんじゃねぇのかよ?」

 夕食を食べたあと直ぐに姿を消したので、風呂にでも入っているのだろうと思い込んでいたがどうも違うらしい。

「違いますよ。私は自室でインターネットをしてたんですよ」

「……いったい何時の間にそんな物を手に入れたんだ?」

 この家には探偵事務所と透器の自室の二箇所にパソコンが設置されてある。

しかし、そのどちらも先程存在を確認しているので水花が自分で調達したのだろう。

例によって金の出所は不明だが、そのブラックマネーの出所を問いただしても面倒くさい事になるだけなので聞かずにおこうと透器は誓った。

「それで、どこに行くんですか?」

「いまから仕事だよ。お前に手伝いを頼んだだろ? それとは職務内容が違うけどな」

「たしか探偵でしたよね? 猫でも探すんですか?」

 透器は時計を見、時間があることを確認したら椅子に腰を下ろした。

「そうだな……水花の生活にも関わることだから説明しとくか……。ってそういえば、もう定着させちまったけど、天野水花でいいのか?」

 透器は今さらと感じながらも勝手に名前を押し付けた後ろめたさからそう尋ねた。

「……いまさらですねぇ。ですけど気にしなくていいですよ。私、この名前が凄く気に入ってますから」

 水花は向日葵が咲いたような大輪の笑みを浮かべた。それは実に眩しい笑顔で、それに反して、透器の内心は罪悪感で満たされていた。彼には後ろ暗い事情があるのだ。

(エロゲのヒロインの名前だなんて今さら言えないッ!)

「それじゃ、話を戻して、まずは俺の身の上話だ」

 透器は咳払いをすると語りはじめた。

「俺は十四歳の時に両親と妹を飛行機事故で亡くした。それからは祖父と二人暮らしだったんだがジジィも去年亡くなった」

 そう、陽芽は妹、調の親友だった。今はいない妹の。

「これからはどうやって生きていこうかと途方にくれていた時に、戸籍上のお前の父親、龍太のおっさんに出会ってしまったんだ」

――出会ってしまったのだ。元々、祖父から毎日のように命の取り合いのような(しご)きを受けてきた透器は、知らず内に白風家に伝わる戦闘術を余すことなくその身に受け継ぎ、その肉体と神経は常人とは一線を画していた。

その事をどこより嗅ぎ付けたのはその祖父の息子にして、世界的に有名な探偵、白風龍太であった。彼の行く所に殺人ありと言われるほどに事件の遭遇率が高く、ついた二つ名は何の捻りも無く“死神”。

しかも、彼の仕事は迷宮入りの殺人を解く事だけではなかった。

西に核武装したテロリストがいると聞けばそれを壊滅して解決、東に謎の連続殺人鬼がいると聞けばそれを成敗して捕獲、北に独裁国家があると聞けばクーデターを先導して独裁者を引き釣りおろし、南に過激な自然保護団体が暴れていると聞けばその独善を説いて解散させる。

まさに、トラブル・ブレイカーなのであった。

 そして、透器の祖父が亡くなった日、高く澄んだ晴天のもと、満開のサクラが風に吹かれ散り、まるで雨の様に舞っていた午後、彼は透器にこう告げた。

『どうだい透器。この都市で探偵業をしないかい? 何、ただの探偵じゃないさ。

己が選び、己が決した正義を振るい、己が誰かを助ける。そんなヤツさ。

私がその道筋を示そう。君は一歩を踏み出すだけでいい。

そこに広がった世界は極限の快楽(エクスタシー)だよ』

 そして、彼は一つの事件に同伴させ、結果、透器はオタクという趣味とは別の快楽の中毒者となったのだ。命を懸けた実に危ういモノのである。

「結果、俺はおっさんが開いたこの白風探偵事務所天関支部の責任者に任命され、探偵業にいそしむ事になったのさ。仕事内容は猫探しなんていう泥臭いのもあるけど、まっ、大抵は荒事になる裏家業さ」

 あの白風龍太が開いた探偵事務所がただのソレになるわけがなかった。

持ち込まれる仕事はこの天関という都市の裏側に蠢く異常性を握り固めたモノが大半だった。

そう、ここは一見普通の都市を装ってはいるが内情はドロドロなのである。

国を挙げてのボーダレス実験都市として開発されたこの場所は日本人人口二三〇万に対して外国籍人口一〇〇万という異常な統計結果が示すとおりの異質さを孕んでいるのだ。

日本人が住民の八割を占め、本州から十メートルほどの離島であり、透器たちが住み学校があるこの鉾島に代表される日本人密集地や、フロントステーションと呼ばれる、本当の日本と天関を繋ぐ唯一のリニアの駅、そして海外とを繋ぐ乗船港と空港へと続く唯一の地下鉄駅がある複合施設、その周辺である中央区、比較的上層の外人が居を構える高級住宅街、または企業の持つ研究地帯などでは治安が保たれているが、それ以外の地域、特に裏と地元民が呼ぶような場所では警察すらも介入できないナイーブな闘争が繰り広げられているのだ。

その安全とされた地域ですら、一般人の人命が担保されているだけという現状でもある。

この都市は江戸時代の長崎がそうであったように、日本に一番近い異国として、あらゆる国の企業を無節操に誘致、外国人の入国をこの場所においてフリーで認めること、これらによって生まれる玉虫色の創造を期待して整備された。

そして、その期待は見事に成就された。あらゆる最先端の知識とそれの結晶がこの都市から生まれているのである。

しかし、その反面として負ったのが非合法の隠れ蓑として使われる土地となる事だった。

 故に透器のような、非合法の解決屋がこの都市では重宝されているのだ。

「それで今からのも、その仕事という事ですか?」

「その通りさ」

「なら、私も連れていってくれませんか? これからのことを考えますとその方が有益だと思いますので」

「はあ? どういう事だよ?」

「私、人間になりたいんです!」

 突然のカミングアウトと透器の仕事についてくることの関連が見えずにただ困惑することしか出来なかった。

「お前が人間になりたいのと、俺の仕事についてくるのに関係があるのか?」

「それがあるんですよ。私が人間になるためには信仰心が必要です。信仰心とは堅い表現ですけど用は誰かに信頼や感謝、感動されることが必要なんですよ。それによって簡易な縁が結ばれて私にある力が補充されると言う仕組みなんです」

「つまり、俺の仕事を手伝うことによって依頼主から感謝され、それで人間化に一歩近付くということか? それなら別に直接着いてくる必要はないだろ?」

「それがあるんですよ。例えばトーキさんと一緒に問題を解決したら、あの娘も凄いんだぜといった風に畏怖されるじゃないですか。そういった畏れも信仰心と言えますので力になります。 さらにその噂が感謝や感動をより深めますので」

 その例は分る。そこら辺の兄ちゃんが助けてくれても記憶にはあまり残らないが、それが有名人だったら顔を忘れないだろう。ひょっとしたら平常よりも深い感謝を覚えるかもしれない。

「だがよ、俺の仕事が他人に感謝されるとは限らないぜ」

「私は、トーキさんがお人よしだと知ってますから」

 水花は透器の人となりを観察した結果、彼は外道を働くような仕事をしないだろうと結論付けたようである。

「ああ、そうかい。ところで、お前は強いの? なんかこういう事を言うのは厨二っぽくてイヤなんだが、その、戦闘力とか」

 透器は言ってしまった後にもっと言い様があったのではないかと赤面してしまった。

一方、その問いを受けた水花は誇らしげに胸を張った。

「あら、トーキさん。嵐を呼び、雷を降らせ、地を揺すり、炎で薙ぐ。

その全てが神の業ですよ」

「それは頼もしい限りだ。そんじゃよろしく」

 透器は椅子から立ち上がり神棚に拝むと、事務所を出た。水花もその後を歩く。

 画して、二人は夜の街へと繰り出した。


 二人がやって来たのは鉾島で最も栄えている地域にある、一つの建物。その寂れて他のテナントが入っていないビルの二階に、唯一、ある組織が事務所を構えていた。

名は証竜会。ヤクザ者では名の知れた一派であり、その末端がこの鉾島にも根を伸ばして来たのである。

その事務所の中、黒檀のテーブルを挟んで両者は革張りのソファに腰を落としていた。

片や腕を広げ足を組み、横着な態度をとっている若い男がこの事務所の取締り。

片や、ヤクザの事務所でも萎縮することなく平然と革張りのソファの感覚を楽しんでいるのが透器と水花。その背後では二人の男が透器たちの行動を監視するように立っている。

「それで僕ちゃんたち。俺たちに何か用かい? ひょっとしてその美少女を献上する代わりに一噛みさせろとかそういう話?」

「隠す気はなしですか……。まっ、その方が話が早くていいんですけどね。あんたたちが最近この鉾島でヤクを流行らせてる胴元ですか?」

 透器は手に持ったボルーペンをカチカチとノックする。

その耳障りな音に取締りは眉を潜めながらも、とりあえずは話し合いに応じている。

「その通りだよだよ、僕ちゃん。このイカレた都市の一部でありながら、この島にはまだ手垢が着いてなかったからなよぉ。ウチの方で進出させてもらったんだわ」

「あんたたち知ってるかい? ここは十文字一家が仕切ってるシマなんですよ?」

「おたくら、あのかび臭い連中の鉄砲玉なのかい?」

 この部屋にいるヤクザに緊張が走り、取締りもソファから立ち上がって睨みをきかす。

彼ら全員が懐に手を入れた。おそらくは拳銃を隠し持っているのだろう。この都市は普通の日本よりはるかにそういった類を持ち込みやすい。

「いやいや違いますよ。十文字に委託されたただの代理人ですよ。あちらさんは、あんたたちと建設的な話し合いがしたいそうですよ。ヤクを流すのを止め、直ぐに出て行ったら今回の件は不問にする、だそうです」

 透器は夏には不釣合いな黒皮の手袋をつけた手を振り、害意はないと諭した。

「ハッ! あんな不良上がりの職業斡旋だけしかしてないような半端モンと交わす舌なんぞコチとら持ち合わせていねぇよ」

 十文字一家とは現代には珍しい任侠集団と周辺住民に目されている。

不動産業や建築業、あとは警備業などを手がけており、不良上がりの溢れ者の受け皿として機能しているソッチ系の職業斡旋業者とも言える。その規律は厳しく、ヤクには手を出さず、事を構えるのも裏に通じている者たちに対してだけである。

「そうですか。ならもう一つの仕事をしますか」

「もう一つの仕事だぁ?」

 取締りをはじめ、透器たちの背後に控えている二人も、彼の放つ雰囲気に警戒して銃を取り出す。彼らが手にしているのは日本ではお目にかかれない、アメリカ軍が正式採用している拳銃ベレッタM92。それを一斉に構えた。

「それは、あんたたちを、のしてこいとさッ!」

「テメェ!」しかし、三人のヤクザはその次に展開された光景を理解することが出来なかった。今し方座っていたはずの透器が取締りを盾にし、残りの二人に対して取締りから奪った銃を向けているという状況に一変していたのだ。その一連の流れに要した時間はまさに刹那。

そう、彼の動きを追えたのはこの場において水花だけだった。

透器は取締まりから向けられた銃を即座に奪い取ると間髪居れずに右肩に向けて発砲、その動作と並列して手に持ったボールペンを太ももに突き刺し抵抗を封じ、彼の背後に回り左腕を固めると彼を盾にして現状に到るのだ。

「どうだい? ハリウッドさながらのアクションだろ。モチ、敵役はあんたらだけどな」

 一瞬動揺したものの、ヤクザたちは彼の犯した致命的な失敗に気がつき嘲笑した。

「で、その大層な主役様はヒロインが放置されてるのに気がつかない馬鹿なのか?」

 この騒動の間も水花はボケっとソファに座ったままで、そんな彼女にヤクザたちは銃口を押し付ける。人質を手に入れ、ヤクザたちも僅かに気を緩めた。彼らはこの状況でただ座ったままの人間が居るはずもない事に違和感を覚えなかったのが間違いである。

「うぅん? よくないですよ? 神様にそんな物を押し付けたら。

天罰が下りますよ。……こんな風に」

水風船が破裂したような音が響くと残りのヤクザ二人も崩れ落ちた。何が起きたかまったく状況がつかめない取締りは、ただ分けの変わらない言葉を喚き散らすのみ。

「もう少ししたら警察が来ますんで。あと、気絶してもらう前に十文字からの伝言です。ウチのシマを切り崩すつもりなら軍隊でも連れてくるこった。だそうですよ」

 透器はそれだけを伝えると取締りの首筋に手刀を入れて気絶させた。そして二人は直ぐにその場を後にした。残ったのは数分後に御用となる哀れな者たちだけだった。

「さて今日も一仕事完了だな」

 まだ八時の夜の街。人通りは少なくない。

各々の目的地を目指す人の流れに乗り、二人も家路を急ぐ。

「トーキさん、幾ら手袋をしているからって銃をいきなり発砲するのはどうかと思います

よ? 私が水の膜を張って音が外に洩れるのを防いだからいいようなものの、外の人にバ

レたらどうするつもりだったんですか? 警察に捕まったら大変じゃないですかッ!」

 本気で身を案じて怒ってくれる水花を、透器はなんともこそばゆく感じた。

「大丈夫だ。どうせ俺の銃じゃねぇし。正当防衛で何とかなるさ。それに俺が殺人やら強盗やらの重犯罪に手を染めない限り、逮捕されてもその五分後に無罪放免さ。白風龍太の持つ影響力ってのはイカレてんだよ。あと、これが一番残念な事なんだが、治安がいいとされるこの鉾島ですら、住宅街でもない限り発砲騒ぎじゃ誰もおどろかねぇのさ」

 この都市はアナーキーな犯罪が横行しているわけではない。

それは組織同士による統率された争いなのだ。窓ガラスが割れて反対側の建物に弾痕がつきはしても、大通りで撃ち合いをする馬鹿はいない。

そもそもこの都市のビルの全ては防弾ガラスで割れることはほとんど無い。

そのせいか、そんな音が響いても、最早、誰も驚きもしないのだ。

「なんだか寂しい町になってしまったんですね」

「人がモノに慣れるなんてそんなもんさ」

「……トーキさんは、何でこんな仕事をしてるんですか? おとなしく迷い猫でも探してたらいいじゃないですか?」

「そうだな……、ジジィが居なくなって刺激がなくなったんだろうな。あのジジィは普段は惚けた顔してやがるが、一度稽古となるとリアル命の取り合いだったからな……」

 透器は今亡き祖父との、とても暖かとはいえない、されど決してつまらなくは無かった日々を思い出し、物悲しくなった。そんな表情を見てか、水花は透器の手を取った。

「分りました。生きがいなら仕方ないですね。まさにハー○ロッカーってヤツですね」

「って、お前あの映画知ってんのかよッ!」

 思わず水花に視線をやると、そこには堅い表情が宿っており、僅かに驚いた。

「……ですけど、トーキさん。絶対に死なないで下さいね」

 握られた手に込められた力が強くなった。

そして、透器もそれに応えるように強く握り返した。

「トーキでいいよ。呼び方。さんは、なんかヨソヨソしいからな」

「はい! トーキッ!」

 ただ名前を呼び捨てにされただけなのに、透器の中で込み上げるものがあった。

(イカンッ! イカンぞ俺、俺が愛するのはマジ天使な二次元だけだッ! こんな微妙に性格天然黒が混じってそうな、面倒くさい設定の神様なんかに熱をあげたらそれこそ人生、斜め上だッ! 正気を取り戻せオーレェェェェl!)

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