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明日から史上最強の萌えキャラ  作者: 秋華(秋山 華道)
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自己紹介

 萌芽駅に着くと、俺は愛美の手を引いて、無事改札を出た。

 今度は、手に持っているものをしっかり確認していたので大丈夫。

 それでも油断してはいけない。

 俺の彼女は、これだけツラが良いのに、誰もが付き合いたくないと言った女だ。

 このまま無事に、初めて通う高校にたどりつけるとも思えない。

 今更だけれど、よくもまあ受験に合格したものだ。

 当然、受験当日も、俺がタクシーで送り届けたわけだけど、それでも試験や面接では、色々とドジを繰り返した。

 まあ受かったのは、試験官や面接官が、大人であったからだろう。

 とにかく俺は、愛美の手を放さず、慎重に歩みを進めた。

 周りには、沢山の萌芽高校の生徒が、同じように登校している。

 と言っても、手を繋いで登校するような生徒はいない。

 今日は入学式なので、皆同じ一年生だから、当然と言えば当然か。

 入学式早々に、ラブラブ光線出して登校していたら、悪い意味で目立ってしまうからな。

 だけど俺たちからは、そんなものは出ていないはずだ。

 ある意味、愛美の飼い主である俺が、リードで繋いでいるようなものだから。

 しばらく歩くと、学校が見えてきた。

 どうやら今日は、無事にたどり着けそうだ。

 一時間の余裕を持って家を出たが、明日からはもう少し少なくても大丈夫かな。

 愛美もどうやら、高校生になって少しはマシになったみたいだ。

 喜んでいいのか、それともガッカリすればいいのか。

 なんにしても、今日のところは良かった。

 そう思って、俺は一瞬気が緩んでいたのかもしれない。

 気がつくと、繋いでいたはずの手に、愛美の手は握られていなかった。

 俺は驚いて辺りをキョロキョロと見回す。

 きっとこの時の俺の顔は、エロ本を買おうとしたら友達が周りにいて、どう言い訳しようか考えている時のようだったに違いない。

 そんな顔だったからか、それとも他に何か理由があったからなのか、そんな事は俺の知るところではないが、周りの生徒たちは、何故か俺から離れて歩いていた。

 そして道を開けるように、誰もいない先には、俺の彼女が草むらの中でしゃがんで、何かをしているようだった。

 まさか、ノグソか?

 あれほどノグソは駄目だと言っていたのに、(本当はそんな事、言ってはいないが)まったく、学校まで我慢できなかったのか。

 そう思って急いで近づいていくと、しゃがむ愛美の前に、何やら猫がいるのが見えた。

 なんだよ、脅かすなよ。

 俺は猫を脅かさないように近づいて、愛美の肩に手を乗せた。

 愛美は嬉しそうに振り返ると、小さな猫を一匹持ちあげて見せた。

 どうやら生まれて間もないようで、でかいドブネズミよりも小さな猫だった。

 この大きさだと、逆にネズミに食われそうだ。

 まっ、人も生まれた時は小さいし、子供とはそんなものだ。

 愛美は、そんな猫と一緒になって、転げまわって遊んでいた。

 俺はしばらく、猫と戯れるそんな彼女を眺めていた。


 結局、俺たちは入学式に少し遅れていた。

 時間的にはギリギリ間に合っていたが、俺はウンコを踏んで臭かったし、愛美も制服が泥だらけで汚れていた。

 俺が愛美を探してキョロキョロしていた時、みんなが俺を避けるように歩いていたのは、どうやら俺が、ウンコを踏んでいたからだったようだ。

 顔が怖くて避けられていたわけではなかったので、ひとまず良かったと言うべきだろう。

 そして愛美も、ノグソをせずに(本気でそんな心配をしていたわけではないが)、猫と泥だらけになって遊んでいただけだから、これから出会うクラスメイトから避けられるような事はないはずだ。

 俺は踏んだウンコを念入りに落とし、愛美は泥をできる限り拭きとってから、入学式に参加した。

 入学式の後、俺は掲示板に張られている、クラス割表を確認した。

 俺と愛美は同じクラスだった。

 なんとなくだが、俺は当然こうなると思っていた。

 何故なら、愛美には俺が必要だから。

 とにかく、俺は愛美の手を引いて、指定された一年梅組の教室へと入っていった。

 って、梅組ってなんだよ。

 幼稚園のクラスじゃないんだから、普通に数字かアルファベットにしておけよ。

 俺はブツブツと喜びを口にしながら、教室に入っていった。

 教室には、これからのクラスメイトが何人かいた。

 だがまだ知らない人達だ。

 挨拶もなく、俺と愛美は適当な席につく。

 と言っても、適当に座ったわけではない。

 なるべく後ろの方の席を選んだ。

 理由は簡単だ。

 愛美が前の方の席に座ったら、きっと何かしらのトラブルが起こるに違いないからだ。

「久弥くん、お弁当食べる?」

 言ってる傍から、愛美は何故か持ってきていた弁当を食べていた。

「いや、俺は大丈夫だよ。さっきパン食ったから」

 まったく、愛美の親は何をしているんだ?

 今日は入学式とホームルームだけだって、知らないのだろうか。

 弁当が必要なのは明後日からだろうが!

「そっか。そう言えばそうだね。私朝起きるの遅かったから、朝ごはん食べられなくて」

 って、朝ごはんかい!

 つか俺は、家の前で十五分も待たされたぞ。

 もしかして、俺が迎えに行った時に起きたとかって話じゃないだろうな。

「朝ごはんね。でも流石に今弁当食べるのはマズイから、早く食っちまいな」

 俺がそう言うと、愛美は首を傾げた。

「なんで?ご飯食べないと、人間死んじゃうし、ゆっくり噛まないと、消化に悪いんだよ?」

 愛美とは、こういう奴なのである。

 別に、空気が読めないわけでも、故意に人に迷惑をかけるわけでも、勉強ができないわけでもない。

 ただ、バカで阿呆でボケまくりでどんくさくて、自分に素直なのだ。

 まっ、その素直さを表に出すのは、俺に対してだけなわけだが。

 冷静に考えてみれば、俺たちの生活には疑問が多い。

 どうして、指定された時間以外に、教室で弁当を食べてはいけないのだろうか。

 どうして、朝の決められた時間に登校して、時間通りスケジュールをこなさなければならないのか。

 人間は本来、目が覚めたら活動を開始して、お腹がすいたら食べて、それで良いはずだ。

 空腹を我慢すれば、お腹にガスがたまったり、胃液で胃の中を傷つけたり、健康に良くない。

 社会に出れば、そういった我慢と戦わなければならないから、それを若いうちから学習する為とか言うけれど、まったくもって意味がわからない。

 大人になったら、嫌でもそういった生活になるのなら、若い今の間だけでも、健康に気をつけた生活をさせて欲しいものだ。

 反面、タバコや酒は、健康に良くないからと禁止する。

 学校が、社会に出てからの予行演習ならば、タバコや酒の授業があってもいいはずだ。

 本当に世の中は矛盾だらけだ。

「そうだな」と、俺は笑顔で、愛美にこたえていた。

 それから間もなく、気がつくと全ての生徒がそろったようで、席は全て埋まっていた。

 近くに座るクラスメイトと話をする者もいたが、多くはとりあえず、様子をうかがっているといったところか。

 俺が他の生徒たちを観察していると、教室に、担任の先生らしき人が入ってきた。

 三十代前半の独身に見える、ジャージ姿の先生だった。

「おいおい、今時ジャージは無いだろう」と思ったが、堅苦しい先生では無さそうだし、俺の見る第一印象は悪くない。

 だが問題は、愛美と上手くやっていける先生かどうかだ。

 愛美はまだ弁当を食べ続けている。

 これに対して、どういう対応をとる?

 俺が息をのんで見守っていると、先生が愛美の弁当に気がついた。

「ん?何やら美味そうな臭いがするが、弁当を食べている奴がいるな」

 先生の第一声は悪くない。

 いきなり否定するところから入ると、愛美は萎縮してしまうから。

 だけど、言い方は嫌味にも取れる。

 この後が肝心だ。

 先生の言葉に、生徒たちの多くが、弁当を食べる愛美に注目した。

 愛美は注目されてオロオロし始める。

 俺の方を見て、どうしたらいいか助けを求めているようだ。

 先生よ、早く何か言ってくれ。

「はいみんな注目~」

 先生は、弁当を食べている愛美を、スルーする方向のようだ。

 生徒たちもそれを悟って、視線を先生の方に戻す。

「まずはみんな、萌芽高校入学おめでとう」

 先生が、挨拶を始めた。

 まずは、俺としても、愛美にとっても、良い結果と言えるだろう。

 愛美も先生の声に、弁当を食べるのを中断して話を聞いている。

 人の話に注目しなければならない時に、愛美は食事ができる人間ではない。

 ちゃんとわきまえている子なのだ。

 だったら、「昼休みでもない時間に弁当食うなよ」って言う人もいるだろうが、その辺りは、人それぞれの価値感にある「誤差」というやつだ。

 まあとにかく、この先生の此処までの行動は、上々の出来と言えるだろう。

 横に座る愛美を見ると、先生に注目する目は、悪くなかった。

 しばらく先生の話が続いた後、自己紹介タイムがやってきた。

 出欠も此処で取るらしいから、どうやらばっくれる事はできないようだ。

 俺もそうだが、愛美も人の視線の中で喋るのは苦手だし、自己紹介は正直気が重い。

「じゃあまず、有沢!」

 先生の言葉に、愛美の向こう側、一番後ろの席に座る男が立ちあがった。

 そして自己紹介を始める。

「俺の名前は有沢敏也ありさわとしや。地元の萌芽第一中学出身。風呂から出る時は、必ず右肩上がりを意識している。よろしく!」

 出席番号の順番に、クラスメイトが自己紹介をしていく。

 最初の有沢とかいう奴以外は、名前を言った後、「よろしくお願いします」だけを言って、座ってしまう奴ばかりだった。

 高校の自己紹介なんて、普通こんなもんだろう。

 最初の有沢ってのが、少し変わっていると言う事だ。

 だが、大人の自己紹介だったら、決して名前だけでは終わらないはずだ。

 そう考えると、此処まででは、有沢だけが大人で、他は子供だと言う事もできる。

 それは、本当の萌えを理解できるのもまた、有沢だけど言う事だ。

「じゃあ次は、神田!」

 俺の名前が呼ばれた。

 俺はゆっくりと立ち上がる。

 さて、どういう自己紹介をするべきだろうか。

 もしかしたら、これから一年、或いは高校での三年間が、此処で決まると言っても過言ではないだろう。

 此処は一切の手抜きができるところではない。

 俺は意を決して、自己紹介を始めた。

「俺は、神田ひしゃや‥‥」

 噛んだ‥‥

 台詞を噛んでしまった。

「神田だけに、噛んだというわけか」

 先生がそう言うと、冷たい笑いが教室内に湧き起こる。

 こら先公、一々オヤジギャグで説明するな!

 恥ずかしいだろうがコノヤロー。

 しかし此処で動揺してはいけない。

 俺はなんとか自己紹介を続けようとした。

 すると隣で愛美が、笑顔で暴言、いや、応援をしてくれた。

「頑張れ~久弥く~んw」

 今の俺には、それは応援になっていないのだよ。

 少しイラっときた。

 俺はまだ、愛美のこういうところに、萌える事ができないようだ。

 それは、俺がまだまだ子供な証拠でもある。

 だから、これ以上の自己紹介も必要あるまい。

「神田久弥です。よろしくです」

 俺は素早くそう言いなおして、俯き加減に席についた。

 ふぅ~これくらいなら、みんなそのうち忘れる事だろう。

 俺の高校ライフは、この時点では、きっと致命的な傷は負っていないはずだ。

 俺がそう安心して顔を上げると、先生が次の生徒の名前を言おうとしていた。

「では次は‥‥クズ‥‥クズ、タツアイミさん?」

 おいおいだれだよそれ。

 教え子の名前くらい、しっかり頭にいれて来いよ。

 この給料泥棒教師が。

 俺はゆっくりと、隣を見た。

 愛美がニコニコしながら、ゆっくりと立ち上がった。

 何やら時間の流れがゆっくりに感じる。

 愛美は心の中で、本当は少し悲しんでいるのだろう。

 だけどその表情には、そういった感情は微塵も無い。

 強いなと俺は思った。

「くず、くず、くず‥‥です‥‥」

 っておい!本人あがりまくりだった。

 俺は咄嗟に、愛美を助ける為に立ちあがった。

「あ、この子、九頭竜愛美くずりゅういつみって言います」

 しまった!ついうっかりやっちまった。

 俺は少し動揺しながら、再び俯き加減で席に着いた。

 こんな事をすると、きっとこれから、からかわれるネタにされるに違いない。

 すると愛美が、俺の心に追い打ちをかけてきた。

「あ、はい。今のが私の彼氏です」

 愛美はそう言いながら、俺を指差して赤くなっていた。

 俺は照れくさい気持ちと同時に、正直少し腹が立った。

 こういう事を、平気で言える女の子は、今の俺には許容できないからだ。

 きっと大人の男なら、嬉しい事を言ってくれると喜べるのかもしれない。

 そういう人なら、愛美は萌えの対象になり得るのだろう。

 高校生になったら、いきなり大人になれるとは思っていなかったが、自分自身にも、俺は少し腹が立っていた。

 でも、俺がこの時どう思おうとも、愛美がどういう気持ちだったとしても、クラスメイトからみれば、ただのバカップルだ。

 こうして、俺と愛美の関係は、入学式早々、クラス全員の知るところとなった。

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