愛美と初登校
俺の通う事になっている「萌芽高校」に行くには、まずは家から最寄駅である「夢見駅」まで歩く。
それから、高校の最寄駅である「萌芽駅」まで、電車に揺られる。
そして再び萌芽駅から、我が学び舎まで少しだけ歩く事になるわけだ。
俺はまず、近所に住む彼女「愛美」を、家まで迎えに行く。
当然の事ながら、一時間以上早い時間にだ。
愛美と一緒に登校するとなると、当然すんなり学校まで行けるとは思えない。
だから早めの行動は必須だ。
まずは当然のように、愛美はそう簡単に家から出てくる事はない。
「迎えにくるのが早すぎるから」と、思う人もいるかもしれないが、これは十時よりも早い時間ならいつもの事だ。
俺は家の前で十五分待たされる。
するとようやく、家から愛美が出てきた。
「久弥くんおはよう~。爽やかな朝だねぇ」
そう言って出てきた愛美を見て、俺は驚いた。
何故頭に花が生けてあるのだ?
何故下半身だけパジャマのままなのだ?
そして何故、弟の雄太をつれて出て来たんだ?
つか、雄太鼻水たらしまくって、しかもパジャマのままだぞ?
愛美、ボケるのも大概にしろよ。
俺は愛美の手をとると、共に家の中へ入って行く。
愛美の両親とはそれなりに面識があるので、俺は軽く挨拶をして、家に上がった。
まずは、弟の雄太をつかむ手を放させる。
それを両親のいるリビングに向けてリリースする。
すると雄太は、自らの足で、ゆっくりとそちらに向かって行った。
まずは一つ完了。
次に頭に挿してある花を抜きとって、玄関にある花瓶に突き挿す。
そして適当に髪の乱れを整えてやる。
顔の素材は良いのだから、もう少ししっかり髪を整えてあげたいが、俺にそんなスキルがあるはずもない。
俺はすぐに愛美の手を引き、愛美の部屋へと入って行った。
するとベッドの上に、制服のスカートが残されていた。
俺は、それをおもむろに掴み取ると、愛美の腰に適当に巻きつけ、一気にパジャマをずり下ろした。
うむ、これでオッケーだろう。
俺は愛美を一回りさせて、問題が無いか確認する。
「よし、ばっちりだ」
すると愛美は、何かを思い出したかのように、俺の声にハッとした表情をした。
俺に何か落ち度があったのだろうか。
パジャマと一緒に、パンツまでずり下げてしまうようなミスはしていないはずだが。
すると愛美がポツリと言った。
「あ、お母さんに餌あげるの忘れてた」
おいおい、なんだそれ?
愛美の家は、母親に餌を与えているのか?
そんなわけがないだろうが。
「大丈夫。お母さんは自力で餌とって食えるから」
俺がそういうと、愛美はプルプルと首を横に振る。
一体なんだっていうんだ?
「違うよ。金魚のピーちゃんのお母さんだよ」
色々ツッコミを入れたくなる発言だが、ここはツッコミを入れずにいよう。
一々ツッコミを入れていたのでは、きっと学校に行けなくなるからな。
「そっか。で、ピーちゃんはどこだ?」
「ピーちゃんは死んじゃったよ。ピーちゃんのお母さんだよ」
まったくややこしいな。
「じゃあピーちゃんのお母さんは何処かな?」
すると愛美は、俺を廊下へと連れ出し、廊下の隅を指差した。
そこには水槽が置かれ、中には金魚が泳いでいた。
俺は素早く水槽に近づくと、登校中に食おうと思って持っていたロールパンを、適当にちぎって、金魚に与えてやった。
よし、これで全てオッケーだろう。
「これで大丈夫。じゃあ行くよ愛美」
俺がそう言うと、愛美は笑顔で頷いた。
「わーい。久弥くんと新しい高校だぁ」
愛美との付き合いは、正直面倒な事が多いが、こういう表情を見せられると、萌え死にそうになる。
愛美の笑顔は最高なのだ。
俺は愛美の手をとると、両親に挨拶をして、早々に家を出る。
既に、残り一時間あった余裕は、三十五分くらいに減っていた。
まずは夢見駅まで歩く。
先ほど金魚にパンを与えてしまったので、とりあえず代わりのパンをなんとかしなければ、俺はきっと空腹で死んでしまう事だろう。
俺は何故だか分からないが、愛美にパンを買いに行かせた。
しばらくすると、愛美はパンを抱えて戻ってくる。
しかし目の前でコケて、パンを押しつぶしていた。
愛美に買いに行かせたら、こうなる事は分かっていたじゃないか。
どうして俺は買いに行かせてしまったのだろう。
後悔しながらも、俺はつぶれたパンを食べながら、夢見駅へと向かった。
駅につくと、通勤時間と重なる為、それなりに人が沢山いた。
中学までは徒歩通学だったから、電車での通学は当然初めてだ。
俺たちはドキドキしながら、改札を通る。
って、通れていなかった。
愛美は閉まる改札機の中でオロオロしていた。
見ると手には、ペンケースが握られていた。
俺は改札の中から愛美に声をかける。
「愛美!それペンケースだから!」
俺がそう言うと、愛美は舌を出して自らの頭をコツっと叩き、今度はちゃんと財布を取り出して、改札を通ってきた。
相変わらず、こいつのドジは治らないようだ。
しかし、治ってもらっても困る。
このまま成長したら、きっとこいつは、史上最強の萌えキャラになれるのだろうから。
俺はそれを期待して、愛美と付き合っているのだからな。
そんな事を考えながら、俺は愛美の手をとると、一緒に電車に乗り込む。
乗客がいっぱいで、一歩も見動きできない。
すると愛美が、真っ赤な顔で言ってきた。
「久弥くん、こんなところでお尻さわらないでよぉ」
なに!こんなところじゃなければ良いのか!
って、違った。
俺は触っていないぞ!
と言う事は、痴漢って奴だな。
俺は素早く愛美のお尻の辺りに手を入れて、そこにあった手を掴んだ。
「おら痴漢野郎、俺の彼女に何してやがる!」
そう言って掴んだ手を上げると、その手の持ち主は、かなりいかついおっさんだった。
俺は手を放し、一瞬たじろぐ。
でも、俺がちゃんとしないと、運命は俺たちを、深淵の底につれて行く事になるだろう。
即ち、どうなるかわからない。
そんな事を思って躊躇していると、愛美が何やらそのおっさんに話しかけていた。
「お客さん、おさわり禁止なんだよぉ。追加料金五万円いただきます」
おい愛美、一体何を言っている。
この微妙な状況を金で丸く収めるつもりか?
だけどこのいかついおっさんが、そんな金払うわけないだろうが。
って、いきなり財布取りだして、金出してるよ。
まあ、普通に考えれば、示談って奴だな。
しかもおっさん、ちょっと赤い顔して、愛美の萌えパワーに絆されていやがる。
やはりそうだ。
俺の彼女は、大人にとっては最強の萌えキャラなんだ。
おっさんは何かに取り憑かれたように、あっさりと五万円を愛美に渡した。
しかし、愛美と一緒にいて、物事が順調に進むなんて、そうそうある事ではない。
きっと何かが、これから起こるに違いない。
すると電車が、少し荒いブレーキ操作で、一気にスピードを緩めた。
乗客は前に体を持っていかれる。
俺はなんとか吊革を掴み、コケるのを回避したが、うっかり愛美と繋いでいた手を放してしまった。
「しまった!」
愛美の体は電車前方に飛ばされ、先ほどのおっさんに頭突きをかましていた。
「あ、大丈夫ですか。すみません。おでこ赤くなってますね」
愛美はそう言って、おっさんのおでこを、ハンカチか何かでさすり始めた。
するとおっさんのおでこから、血がダラダラと流れだす。
おい、何もってるんだ?
ハンカチじゃないのか?
俺が覗きこむと、手には生け花用の剣山が握られていた。
「おい愛美、それハンカチじゃねぇから!」
俺がそう言うと、愛美は驚いて手元を確認する。
「あっ、間違えちゃったwてへっ」
って、そんなんで許されるわけないだろうが。
おっさんが、悪役レスラーみたいに流血しまくりだっつぅの。
結局、先ほど貰った五万円を、慰謝料として返す事で、なんとか許してもらえた。
さっきまで頬を赤く染め、穏やかな表情をしていたおっさんも、別れる時には鬼がのりうつったような顔をしていた。