奪われたリカちゃん
顔がいくら妖怪のようになっていても、時々見せる、内からあふれ出る萌えはやはりリカちゃんで、俺は萌える気持ちを抑えきれなかった。
それでもなんとか可愛がりたい衝動を抑えて、萌え萌え委員会の終了を見届けた。
その後、リカちゃんがいなくなるのを見計らって、真嶋先輩が俺に話しかけてきた。
「神田くん、よくやってくれた。キミのおかげで、この問題は間もなく、解決される事が確定したと言えるだろう」
その表情は、根拠の無い自信に満ちあふれた、いつもの真嶋先輩だった。
それでも俺は、一刻も早く安心したかったのかもしれない。
だから、お預けをくらってよだれを垂らす犬のように、俺は真嶋先輩に詰め寄った。
いや、別にそこまでは酷くは無いし、詰め寄ってもいなかったが、気分的ノリとしてはそんな感じだった。
「どういう事ですか?俺には話が見えないのですが」
「いや、リカちゃん先輩が、誰か教師に対して恋をしているのは分かっていた。だが、それが誰なのか、皆なかなか聞けなったのだ。それさえ分かれば、対応も可能というもの。神田くん、損な役回りをさせてしまったね。ありがとう」
なるほど、そうだったのか。
だったら、メガネに輝きの戻った今の真嶋先輩になら、なんとかできるのだろう。
「しかしマジビビったぜ。あのリカちゃんを最初に見た時はよお。流石の俺でも、鼻からションベンちびりそうだったからな」
美剣先輩、それはきっと病気です。
早急に病院に行った方がいいと思いますよ。
だけど気持ちは分かるな。
俺も、この世の最後を見た気持ちだったから。
「で、具体的に、どうするんですか?リカちゃんを元に戻す方法があるんですよね?」
俺は此処まで言って、自分でも気が付いた。
リカちゃんを元に戻すって事は、恋する気持ちを無くすか、対象を子供にするか、或いは佐藤にフラれるしかない事を。
「どうやら神田くんも気が付いたかな。佐藤先生と言えば、表向きは純和風の大和撫子が好きと言っているが、実は、おっぱいの大きなお姉さんが大好きな人だ。その辺りの情報収集は、十一号くんが調べてくれている」
真嶋先輩はそう言いながら、養殖科の十一号さんに視線を送った。
「はい、信用筋から得た情報ですので、間違いありません」
「うむ、キミには期待しているよ」
十一号さんは、最近萌え萌え委員会に入った、養殖科の人である。
二号さんがレギュラーメンバーになった事で、養殖科が九人になり、キリが悪いとかって理由で、真嶋先輩が洗脳して連れてきた子だ。
それにしても真嶋先輩って、将来は教祖と呼ばれていそうだな。
まあでも、萌えを推進しているだけだから、問題は無いはずだけれど。
「では、ただ見守っていればいいんですか」
どうにもそれだど、しばらくはあのリカちゃんを見なければならず、俺としては精神衛生上良くないと思える。
だからできれば、早急に解決したい。
「いや、それでは文化祭の人気投票に間に合わないかもしれない。こちらでも早急にフラれるように働きかける」
「そうですか‥‥」
俺はそれを聞いて、複雑な気分になった。
この問題が解決すると同時に、リカちゃんがフラれる事になるのだから。
きっとリカちゃん、凄く悲しむんだろうなぁ~
「って、文化祭に間に合わない?どういう事ですか」
俺は一瞬スルーしそうになったが、文化祭って、秋に行われるんじゃないんだろうか。
「神田くん、何を言っているの?萌芽の文化祭は、六月にあるのよ。寝ぼけているなら、早々に叩き起こして上げましょうか」
そう言う冷子の右手は、怪しく紫色に光っているように見えた。
「いや、それは遠慮しておくよ」
俺は当然、冷子の申し出を断った。
それよりも、冷子の言う事が正しければ、文化祭はもうすぐじゃないか。
つか、むしろ明日から六月だし。
「まあそういう事だ。だが、手はずは既に整っている。キミ達は特に何もする必要はない。今まで通り、萌えに励んでいてくれたまえ」
流石真嶋先輩、萌えへの行動は早いな。
そういう事なら、後は真嶋先輩に任せて大丈夫だろう。
だけど、萌えに励んでいろって言われても、具体的に何をするのだろうか。
俺の疑問は解消されないまま、みんなはそれぞれの教室へと、笑顔で戻っていった。
この後、更なる悲劇が起こるとも知らずに。
真嶋先輩の作戦は、リカちゃんをあおって早急に告白させ、フラれる事により、スッパリ気持ちを断ちきらせようとするものだった。
作戦はうまくいき、リカちゃんはあっさりと佐藤に告白した。
子供ってのは、扱いが楽だなぁ~なんて思って笑っていたわけだけれど、その後の展開は、決して笑えるものではなかった。
当然此処でフラれて、元のリカちゃんに戻る予定だったのだが、なんという事か、佐藤が付き合いをする事に、前向きになってしまったのだ。
あの不気味なリカちゃんの告白に対して、否定するどころか、「卒業するまで待っているよ」とか、そんな返事を返したらしい。
俺たちは早速、リカちゃんを除くメンバーで集まって、緊急会議を開いていた。
「どういう事だ!佐藤先生が子供好きの変態教師だったなんて、僕は聞いてないぞ!」
真嶋先輩は、いつもの冷静な先輩ではなかった。
何故か付けているマントを翻し、十一号さんを指差した。
「そんなはずは。確かに生徒会のデータベースには、巨乳好きと書いてありました」
なんと、生徒会には、そんなデータベースがあるのか。
先生方もたまったものではないな。
しかし生徒会か。
確か生徒会と言えば、萌え萌え委員会の敵だったはず。
まさか、俺たちは生徒会にはめられたのでは。
俺がそう思った時、教室のドアがノックされた。
萌え萌え委員会のメンバーに、ドアをノックなどと言う、礼儀をわきまえている者などいるはずもない。
どうやら部外者が、この空き教室を訪れてきたようだ。
俺たちは一斉に、ドアの方に注目する。
するとドアの外から、男の声が聞こえた。
「入ってもいいかな?まあ此処は空き教室だから、わざわざことわる必要もないか」
声は聞いた事がないものだった。
しかしどうやら、真嶋先輩を含む先輩方は、その声に聞き覚えがあるようだ。
少し嫌な顔をしてから、みんなはドアを睨みつけていた。
するとドアが、ゆっくりと開かれる。
「おじゃまするよ」
そう言って入ってきたのは、どうやら上級生っぽい、でかい体の男子生徒と、正に大和撫子を絵に書いたような、美人という言葉がしっくりくる女子生徒だった。
「生徒会が、僕達に何か用ですか?」
真嶋先輩の言葉に、俺は納得した。
全く覚えていなかったが、二人の生徒は、生徒会の腕章をつけていたから。
「いやな、萌え萌え委員会のメンバーと、教師が怪しい関係になっていると聞いてな。流石に生徒会としては、それは見過ごせないと思ったからな」
情報が早い。
と言う事はやはり、生徒会が今回の事に絡んでいるのだろうか。
つか、生徒会長は、こんなに怪しい委員会を、何気に認めているのですね。
「なんの事ですか?僕たちには身に覚えが無いのですが」
真嶋先輩がしらばっくれると、生徒会長はニヤリと顔をゆがめた。
「此処に一人、いないメンバーがいるようだな。君たちの委員会のエース、香川リカはどうしたのかな?」
生徒会は完全に把握している。
告白してからまだ間もないと言うのに、どうやって生徒会は知ったのだろうか。
「リカちゃん先輩は、今日は用事があるとかで、これないみたいですが何か?」
真嶋先輩は、動揺を見せないように、あっさりと嘘を言った。
だが嘘はすぐにばれていた。
「ほう、その用事とは、学校中に佐藤先生との関係を触れ回る事なのか?」
本人が触れ回ってるんかい!
「くっ!」
流石の真嶋先輩も、本人が自白して回っているのでは、どうする事もできないな。
萌えッ子は基本天然ボケだから、こんな時はつらい。
「とにかくだ。先生に告白して、尚且つうまくいっていると触れ回るような女子生徒は、この萌芽高校には似つかわしくない。萌えではなく、ちゃんとした大和撫子教育が必要だ。香川リカに関しては、今後我々の管理下に入れるから、一応報告しておく」
なんて事だ。
素早く解決しようとしたために、逆にリカちゃんの立場を危うくしてしまった。
それに今回のこの状況、何かおかしい。
いくら子供好きだと言っても、あのリカちゃんを女として見る事ができる男なんて、この世に存在するとも思えない。
きっと、生徒会と佐藤は、裏でつながっているのだろう。
それで佐藤に、中途半端な返事をするよう、生徒会が要請していた可能性がある。
となると、生徒会のデータベースの情報とか、やはり嘘の情報を流したって事か。
「生徒会に、先生のデータベースがあると噂ですが、本当ですかね?」
俺は独り言のように、しかし生徒会長に尋ねるように、疑問を口にしてみた。
すると生徒会長は、俺の言葉に食い付いてきた。
「そんなもの、有る訳がなかろう。そこにいる女は、どうやら騙されたみたいだがな」
やはり、十一号さんに嘘の情報を流したのは、生徒会側の人って事か。
「すみませんカイザー真嶋様」
十一号さんはそう言って、しなだれ涙を流していた。
なんだか十一号さんが可哀相になってきた。
生徒会に騙され、踊らされていたのもそうだが、真嶋先輩に洗脳されている事も。
「では私はこれで失礼する」
生徒会長はそう言うと、不気味な笑顔をしてから、出口へと歩き始めた。
俺たちはただ、それを見送るしかできなかった。
あの美剣先輩ですら、悔しそうな顔をするだけで、結局一言も発する事はなかった。
まあ確かに、生徒会長強そうだもんな。
ナンパなヤンキーでは、太刀打ちできそうになさそうだ。
他のメンバーは、皆ガックリと肩を落としていた。
そして間もなく、生徒会長たちの姿は、ドアから外へと消えていった。
さて、どうするか。
よく考えれば、俺はぶっちゃけ、萌え萌え委員会がどうなろうと、知った事ではない。
ただ愛美さえ、萌えッ子であってくれればそれでいい。
だけど、リカちゃんがこのまま、大和撫子に改造されるのを見ているのも面白くはない。
だから俺は言った。
「なんとか、リカちゃんを取り戻せないだろうか」
すると、ヒカル先輩が提案してきた。
「リカちゃんに、全てを話してみればどうかしら。大人になったリカちゃんなら、全てを受け入れ、理解できるとお姉ちゃん思うの」
みんな黙っていた。
賛同する者は誰もいなかった。
リカちゃんが、全てを話してもらったくらいで、納得するわけがない。
なんせ本質は子供だからな。
それに、仮に全てを話すとしても、誰がそれをするんだ。
「あなたは佐藤先生に騙されているんだよ」なんて、言えるわけがない。
ヒカル先輩も悟ったみたいで、みんなと同じように俯いた。
仕方がない、ここまでか、俺はそう思った。
その時だった。
声を上げたのは、俺の横にいる愛美だった。
「リカちゃん、今までのリカちゃんが、私は大好きなんだ。だから、大和撫子に改造されるなんて、いやだよぉ~」
そういう愛美の顔には、悲壮感が漂っていた。
そう言えば、初対面なのに愛美が仲良くなれたのって、リカちゃんだけだもんな。
初めて会った時から、大好きだと言った子だった。
きっと同じ萌えキャラとして、通じるところも、もしかしたら有ったのかもしれない。
そんな愛美の言葉に、もう忘れかけていたメンバー、有沢が立ちあがった。
「策はある。神田、そして九頭竜さん、君たちに覚悟があるならだが」
正直、俺には覚悟なんてないのだが、愛美がなんだかやる気に満ちあふれていた。
「教えて。どうすれば、リカちゃんを取り戻せるの?」
なんだか、凄くどうでもいい事に熱くなっている気もするが、愛美がやる気なら、俺も頑張らないとな。
「有沢、言ってみてくれ。覚悟は無いが、リカちゃんは取り戻したい」
俺がそう言うと、有沢は頷いて、ゆっくりと話し始めた。
「えっと、九頭竜さんは佐藤先生を、神田はリカちゃんを、攻略すればいいんじゃね?」
確かに、どちらかが攻略に成功すれば、二人の仲は駄目になり、リカちゃんは戻ってくる事になるのかもしれない。
って、そのミッション、俺たちである必要が無いだろうが。
それに、リカちゃんの気持ちを変えるってのはアリだが、佐藤をリカちゃんから奪うって、後々リカちゃんから恨まれるんじゃないか?
それは愛美も分かっているようだった。
愛美は、こういう時はちゃんと空気も読むし、理解もしている。
「それをすると、私がリカちゃんに恨まれちゃうかもね。でも、リカちゃんが、あの佐藤とか言うおっさんのものになってしまうより、よっぽどいいよね。それにきっと、リカちゃんは洗脳されているんだよ。目を覚まさせてあげなくちゃ。おっさん攻略なんてキモイけど、私、頑張っちゃうよ」
愛美、意外と言うね‥‥
先生つかまえて、キモイおっさん呼ばわりですか。
でも、愛美がやる気なら、俺はそれを止めるつもりはない。
「よし、やるか愛美!」
「うん、一緒にがんばろう!」
俺たちは顔を合わせて、このミッションをやり遂げる事を決意した。
このミッションの先に、とんでも無い落とし穴がある事に、気がつかなかったのは、俺たち二人だけだった。