目覚める二号さん
無事中間試験も終了し、俺は楽しい学園ライフを満喫していた。
試験の結果は、俺は学年三位で、愛美はなんと一位だった。
愛美が順調に試験を受けられれば、これくらいは全く不思議ではない。
それよりも、俺が学年三位とは、まったくもって不甲斐ない。
愛美には負けるとしても、まさか美沙太郎にまで負けているとは。
リカちゃんのせいにはしたくないが、あの勉強会が、俺にとって駄目だった事は疑いようがない。
まあでも、萌え萌え委員会の目標もクリアしたし、何より愛美の一位が嬉しかった。
愛美が一位を取れたって事は、致命的なドジをしなかったって事だ。
これは、パーフェクトドジっ子には、重要な条件と言えるだろう。
俺も将来を考えると、今までの愛美では不安があったからな。
この調子なら、結婚も十分視野にいれて付き合えるというもの。
「むふふふ‥‥」
ヤベっ、喜びが口から出ちまった。
愛美がこの場にいなくて助かったぜ。
実は俺は、学校では、と言うか愛美が外出中は、常に愛美の傍にいる。
理由は、もちろん愛美と一緒にいたいのもあるけれど、放っておくと心配だからだ。
だけど最近、大きなドジはしなくなってきたし、俺以外にも話しができる友達が、クラスに何人かいる。
友達と言えるのかどうかは微妙なところだけれど、少なくとも、今までのように、ひとりぼっちになる事はない。
冷子や副委員長には、感謝しなければな。
そんなわけで、俺は珍しく一人で、購買部へとおやつを買いに来ていた。
我が校の購買部は、何故だかわからないけれど、駄菓子が充実している。
駄菓子なんてものは、子供の食べ物というイメージがあるから、もしかしたら、萌えグッズの一つと言えるのかもしれない。
のど飴をなめている女子と、サクマスタイルの缶に入った飴をなめている女子と、どちらが萌えるか考えれば、その意味が分かるだろう。
なのにそれを、この萌芽高校の中で売っているのは、俺にしてみれば、学校の七不思議の次に不思議な事と思えた。
まあ、七不思議の一つも知らないけれど。
あえて一つ言ってみれば、「奇怪、廊下に脱ぎ捨てられたジャージ」とかになるのだろうか。
それとも、「高校に通う幼児、リカちゃん」とか。
探せば以外と不思議なんて、何処にでも転がっているものなんだな。
それに比べれば、駄菓子の事なんて、ただ利益を出す為だと推測できてしまう。
俺は結局、何かを不思議に思う事もなく、駄菓子の横に置いてあった女性用下着を、本能の赴くままに購入していた。
って、なんで駄菓子の横とか、買いやすい位置にそんな物が置いてあるんだ!
ついうっかり買っちまったぞ。
これは俺の、人生最大の汚点となりかねない。
早急に記憶自体、削除してしまわなければ。
そう思って、俺は頭を叩きつけるに丁度良さそうな壁を探していると、何処かで見た事のある女子が、俺の事を、夢見る少女のような目で見つめていた。
もしかして、ブツを買うところを見られてしまっていたのか!
俺は死にたくなったが、目の前の女子は、そんな事は全く気にしていない様子で、普通に話しかけてきた。
「あの‥‥私、養殖科の者なんですが‥‥」
どこかで見た事があると思っていたら、萌え萌え委員会の先輩、二号さんだった。
「あ、二号さん、こんにちは」
二号さんとは、なんとなく呼び方としては微妙だが、養殖科の方々は、番号によって呼ばれている。
理由は、真嶋先輩曰く、「天然科の萌えッ子以外、人間として認めない」だそうだ。
要するに、名前を呼ぶに値しないと。
俺としては、ちゃんと名前で呼びたいのだけれど、養殖科の人は、萌え萌え委員会のメンバーに、名前を教える事を禁止されているので、呼ぶ以前に、知る事もできなかった。
って、何でこんな掟があるんだよ。
養殖科の人達が可哀相じゃないか。
同じ萌えを愛する者同士、一緒に仲良くすればいいのに。
「あの、私って、どうしたら萌えッ子になれるのでしょうか?」
「えっ?」
つかいきなり、萌え萌え委員会にとって、核心に迫る質問だな。
それにそんな事、俺に聞かれてもねぇ。
「俺、まだ委員会入って間もないですし、そういうのは、真嶋先輩の方が詳しいと思いますよ。真嶋先輩に聞いてみたらどうですか?」
だいたい、萌えを養殖する事なんてできるのだろうか。
制服萌えとかなら、自分に似合う制服を探したりして可能かもしれないが、目指す萌えによっては、あのメジャーリーグで活躍する日本人選手が、十年連続で二百本安打を達成するよりも難しいし、素質が必要だと思うのだが。
「カイザー真嶋様には、もう相談しました。そしたら、神田二等陸尉に相談するように仰せつかりまして」
おいおい真嶋先輩、あんた養殖科の人に、カイザーとか呼ばせているのかよ。
前々から思っていたけれど、完全に変態だよな。
つか、俺って二等陸尉なんだ。
一応士官なのは、萌え萌え委員会のレギュラーメンバーとして、とりあえず認められているって事かな。
全然嬉しくないけど。
「そうですか。で、何萌えを目指してるんですか?」
聞いて俺にどうこうできるとも思えないが、一応聞かなきゃ始まらないからな。
「はい、メガネ萌えです」
メガネ萌えね。
でもこの人、メガネかけてないよね。
「だったら、メガネかけたらどうですか?」
俺がそう言うと、二号さんが俺を見る目が、「何を言っているんだこのクソガキは?」みたいな目に一瞬変わった。
俺は何か、間違った事を言ったのだろうか。
「私の視力は、別に悪くないわよ。神田二等陸尉、メガネは視力が悪い人がかけるものなの。ホント、お子様は何も知らないのね」
どういう事だろう、日本語で話しているはずなのに、俺には、この人が何を言っているのか分からないんだが。
だけど少しだけ、萌えを感じてしまったぞ。
俺を子供扱いしてホクホク顔とか、ちょっとクルものがあるな。
「いやでも、メガネ萌えを目指してるんですよね?だったらメガネをかけないと始まらないんじゃないんですか?」
「プッ、神田二等兵、ちゃんと理解してもらえてないみたいねw」
うわっ、完全に俺を格下扱いしやがった。
それにしてもなんだこの変わりようは。
凄く大人しそうで腰の低い感じの人かと思っていたら、ひとたび相手が下だと思うと、一気にポテンシャルあげやがって。
今俺の顔に、戦闘力を測れるアレがついていたら、きっと爆発しているぞ。
「そ、そうですね。えっと、メガネ萌えについて、詳しく教えていただけませんか?」
どうやら俺は、メガネ萌えについて、認識が間違っていたようだ。
その辺り、しっかり確認しなければ。
「何を言っているの?神田練習生頑張れ!メガネに萌える人に決まってるじゃない」
‥‥なるほど‥‥お前が萌えるんかい!
俺は声に出してそう言いたかったが、なんとか心の中に押しとどめた。
しかしそうなると、養殖科にいる必要はあるのだろうか。
萌え萌え委員会の規定では、萌える側は男子だけって項目は無かったはずだ。
だったらすぐに、こちら側の人間になれるはずなんだけれど。
「えっと、二号さんは、メガネをかけた男子が好きなんですよね」
俺は、当然そうなのだろうと思っていたが、一応確認してみた。
すると、何気にヤバイ反応をした。
「プンプン!久弥さん、何を言っているの?嫌いに決まっているじゃない!」
じゃあなんで、メガネ萌え目指してるんだよ!
俺は再び叫びたくなったが、なんとか口の中に押しとどめた。
これじゃそもそも、萌え萌え委員会に入っている意味がわからない。
だいたい、「メガネ萌え~」なんて言っている萌えッ子って、想像がつかないぞ。
つかこの二号さん、このままでも意外に萌えッ子じゃないか?
萌え萌え委員会に入っているだけあって、もともと顔は可愛いし、これだけのボケをかましているのに、本人全く自覚無しの天然だし。
それに最初は凄くか弱い感じだったのに、上に立った時のこのギャップ、完全に「姉属性」の萌えッ子じゃないか。
しかし、嫌いなメガネ萌えの萌えッ子を目指しているわけだから、その辺りの理由を聞いておかないとな。
「どうして、メガネをかけた男子が嫌いなのに、メガネ萌えになりたいんですか?」
すると少ししょんぼりして、少しすねたように話してきた。
「カイザー真嶋様が、私の事を、素質の無駄使い女って言ったのよ。酷いよねぇ。久弥さんはあんな人のようにはならないでね。ああ、心配だわ」
‥‥意味不明‥‥
真嶋先輩の事を嫌いなのは分かった。
どっちが先かは分からないが、プラスメガネも嫌いだ。
だからメガネ萌えの萌えッ子になりたいって‥‥
これを好き嫌いで分析すると、今はお互い嫌いな者同士。
或いは、壁のある状態。
それを、お互いに近づいて、仲良くなろうと、まあそういう事か。
だけど、難儀な性格だな。
人間ってのは、嫌いな人から好かれようとか、嫌われているのに好きになろうとか、普通は思わないものだ。
なんせ面倒だし、ストレスもたまるもんな。
好意を持ってくれる人を好きになった方が、手っとり早いし幸せになれるだろう。
もしかしたらこの人は、姉属性以外に、天邪鬼属性もあるのかもしれない。
即ち、広い意味でのツンデレ。
あれ?と言う事は、委員長風ツンデレ属性に近い性質って事か。
なるほど、真嶋先輩にとって二号さんは、正に二号さんになり得る人だったって事か。
いや、きっとその段階では、一号さんにもなり得る人だったに違いない。
今ではもう時既に遅しだが、もしかしたら、真嶋先輩が二号さんに言った言葉の意味は、小学生風の、愛の告白だったのかもしれない。
それで結果的には嫌われたと。
でもちょっと待てよ。
現在二号さんの行動を分析すると、真嶋先輩の事を好きになろうとしていて、そして好かれようとしている事になるんじゃないか?
天邪鬼な二号さんもまた、嫌いは好きって事なのかもしれない。
恋愛は駆け引きとか言う人がいるけれど、本当だったんだな。
真嶋先輩が、後一カ月冷子から逃げる事ができていれば、この人が彼女になっていたのかもしれないのだから。
まだ冷子が真嶋先輩の彼女って、決まったわけじゃないけれど。
「二号さん、あなたがメガネ萌えになりたいのは、真嶋先輩を萌えさせたいからですか?」
俺はそう聞いた瞬間に、しまったと思った。
なんせ二号さんは、天邪鬼属性だから、そうとはこたえてくれないだろうから。
「何を言っているの~?あの人を虜にして、ちゃんと謝れる人にしたいだけよ」
俺はホッとした。
天邪鬼だから否定はしているが、言っている事は同じで、真嶋先輩に好かれたいって事。
それは即ち、二号さんも、真嶋先輩に好意を持っているって事なのだろう。
それにしても、天邪鬼属性、ややこし過ぎるぞ。
ツンデレなら、「あなたの為じゃないんだからね」とか言っても、顔を見ればだいたい分かったりする。
だけど天邪鬼属性は、自覚が全く無いから、話を理解するだけでも大変だ。
ん?自覚が無いから?
そうか、真嶋先輩は、何故自分でアドバイスしなかったか。
それは、真嶋先輩がアドバイスできないから。
しかし俺ならば、第三者なのでぶちまけても大丈夫。
よし、ここは真嶋先輩の狙い通り、二号さんに自覚させてやろう。
「二号さんって、凄く真嶋先輩の事を、愛しているのですね」
二号さんは、顔を真っ赤にして、俺の顔を呆けた顔で見ていた。
やっぱり、そうだったんだな。
「そ、そんなわけ、な、ないじゃない。久弥さん、変な事言うと、お姉ちゃん怒るよ?」
「すみません。お似合いだなぁって思っちゃってwもう言いません」
「も、もう。久弥さんったら」
二号さんは、挙動不審だった。
目が泳いで、手足を持てあましていた。
天邪鬼属性は、恋を自覚したところから、ツンデレ属性にジョブチェンジするのか。
そして姉属性は、きっと委員長属性に変換可能だ。
冷子、ゴメンな。
俺は、お前のライバルを目覚めさせちまった。
これから始まる三角関係に、俺はとりあえず、笑いが止まらなかった。