新たな仲間
副委員長の名前を知る事もなく、俺は彼女の要求を聞くしかなかった。
だがしかし、注意すればするほど、愛美がドジをする頻度は増す。
くっくっくっ、彼奴らは自分で自分の首を絞めたのだ。
ようやく分かってきたんだが、愛美は元々ドジな子だから、当然ドジはするんだけれど、ドジしないように気をつけると、余計にドジが増すようだ。
そして更に、ドジをした時に嫌な顔を直接向けると、愛美はそれをしばらく引きずるので、それもまたドジを増やす要因になっていると思われる。
愛美のドジを減らす方法は三つ。
一つは、喋らない事、と言うか、自分を抑える事。
しかしこれをやると、愛美が愛美らしくなくなって、愛美の幸せにはつながらない。
それに授業中に関して言えば、それほどの効果は望めない。
次に、俺が長きにわたってやってきた、徹底的に俺が注意して、未然にドジを防ぐ方法。
これは、ドジをしそうになっても、俺が助けてくれるという安心感も与えるので効果はあったが、俺がいないところではますます自分を出せなくなるという、副作用もあった。
そこで最近やっていたのが、ドジをしてもいいんだと思ってもらえるように、そういった環境を作る事だ。
本質がドジっ子だからドジは無くならないが、致命的なドジはしなくなってきたし、ドジをしても、ドジった本人が笑顔だから、周りも嫌な気持ちにはなりにくい。
そしてこれを完全マスターした時、萌えるドジっ子が完成するのだと、俺は気がついた。
とは言え、そんな事を知らない二人は、放課後に再び、俺たちの元にやってきた。
「迷惑をかけないように言ったんだな」
「ふふふ‥‥呪われている私が言った‥‥から‥‥余計に酷くなった‥‥」
山田は少し苛立ちを見せていたが、副委員長は、余計に酷くなっているのが、自分たちが余計な事を言ったからだと悟っているみたいだ。
この副委員長、意外とまともだ。
そのうえで、この女はいくらかの萌え要素を持っている。
それに山田も、オタクかどうかは分からないが、立派なオタクの素質有りと見た。
ならばきっと、当然萌えを推進する側の人間だ。
俺は二人を仲間に引き入れる事ができないかと思い、現状を含めて、少し話をする事にした。
「そもそも、お前たちに言われるまでもなく、俺たちは俺たちなりに、最善と思われる行動をしていたのだ。この九頭竜愛美は、筋金入りのドジっ子だからな。そんなに簡単にはいかない。そこで目指していたのが、ドジをしてもなるべく軽く、そして笑って許せるような状況をつくる事。即ち、こいつを、史上最強の萌えッ子にするつもりで頑張っていたわけだ。そこでだ。今しばらく俺たちのやり方を、暖かい目で見守っていてはくれないだろうか?だいたい山田、お前はどう見てもオタクだろうが。萌えを目指す人を応援する義務があると思うが?それに副委員長、お前は明らかに萌えの素質を持っている。素質という名の資産を持っていて、使わないとかあり得ない。固定資産税だけが重くのしかかってくる事になるぞ。俺が指導してやる。愛美と共に萌えッ子を目指そうではないか!」
実はこの時、後から知った事実だが、山田はオタクではなかった。
しかし俺が当然のようにオタクだと言った事で、山田は自分がオタクだと思いこんだ。
「そうだったんだな。僕が間違っていたんだな。分かったんだな。もう何も言わずに、君たちを応援するんだな」
「よし山田、よく言った。これは俺からのプレゼントだ。受け取ってくれ」
俺はそう言って、さっきトイレで拾った、エロアニメ雑誌を山田に渡した。
すると山田は、今まで心の奥底に封じ込めていた欲望を解放し、素早くエロアニメ雑誌にかぶりつくと、「ウウー」とうなり声をあげてから、素早く教室を出ていった。
その迷い無き行動に、俺は感動した。
だけどあの雑誌、トイレの床に落ちてたんだけどねぇ。
ちょっと濡れてたりもしてたんだけどねぇ。
俺はきっと、これから山田の事を、汚物としか見られないかもしれない。
それでも、お前は立派な漢だった!
きっと萌えの神様が助けてくれるさ。
俺は心の中で、山田の明るい未来を、ただ、祈るのだった。
で、山田の事はどうでもいいとして、問題はこの副委員長だ。
どうも反応が読めない。
だが、俺には前に進むしかない。
俺は、ニヤニヤと不気味に笑う、その女にもう一度話しかけた。
「で、お前はどうするんだ。お前のその、いかした不気味を生かした人生、きっと面白いものになると思うのだが」
すると副委員長は、少し顔を赤くしてこたえた。
「‥‥そもそも、私は‥‥どうでも‥‥いい‥‥ただ先生が‥‥注意しろって‥‥ふっ」
なるほどそういう事か。
愛美に「喋るな」と言った、あの‥‥
「モテない三十代前半独身教師の差し金だったか!」
俺がそう言うと、教室の外で、少し「ガタッ」と音がした。
すぐに視線をそちらにやったが、そこには特に人の気配はなかった。
しかし俺は、誰かがそこにいたと確信できた。
何故なら、俺は幽霊や超常現象を信じないからだ。
なんて冗談は置いといて、廊下に出て音のしたあたりを見てみると、そこにはジャージが脱ぎ捨てられていた。
ジャージのタグには、田中とマジックで書かれてある。
まあ書かれていなかったとしても、すぐに誰のだか分かる物ではあったが。
って、うちのクラスの担任、一体此処で何をしていたのだろうか。
ジャージを脱いで‥‥しかもそのまま逃げるって‥‥
なんだか深く考えると、怖い事を想像してしまいそうなので、俺は考えるのをやめた。
「とりあえず副委員長、お前に奥ゆかしい日本人女性は似合わない。俺たちと共にこい!」
俺は教室に戻りながらそう言うと、副委員長の前に右手を差し出した。
副委員長は、垂れる前髪の隙間からのぞくつぶらな瞳で俺を見つめながら、俺の手を両手で握り締めてきた。
そして何故か、飴玉を一つ握らされた。
「えっ?施し?」なんて思ったが、きっとこれは了解の気持ちを表しているのだろう。
俺は少し恐怖を感じたので、勝手にそう思う事にした。
教室の外の景色は、既に少し赤みがかっていた。
「愛美、じゃあ帰るか」
俺は愛美の方に視線をやった。
大人しいと思っていたら、愛美は机に突っ伏して寝ていた。
俺は少し笑みがこぼれた。
隙間からのぞく愛美の顔が、とても無防備だったから。
俺は少しその顔を見つめた後、肩を叩いて愛美を起こした。
「船が出るぞぉ~」
「ちょっと待って‥‥お肉は最後に入れてよぉ‥‥」
愛美って、鍋奉行だったのか?
その後俺は、寝ぼける愛美をなんとか起こし、何故か教室の後ろにある、掃除用ロッカーから出てきた有沢に副委員長を引き渡すと、とてもすがすがしい気持ちで、学校を後にした。
有沢が掃除用ロッカーの中にいた事は、なんら疑問に思わなかった。