委員会活動始動
放課後、再び俺たちは、空き教室に集まっていた。
まったく、昼休みはリカちゃんのおかげで、授業に遅れてしまったではないか。
まあ、愛美が一緒だったから、どっちにしても遅れた気はするが、やはり萌えの裏には、闇の部分もあるのだな。
俺は萌えを推進する立場として、気を引き締めなければならないと思った。
いつのまにか、俺は完全に洗脳されていた。
しかしそれを自覚しながらも、もう抗う事はできなかった。
「こいつは九頭竜愛美。一年梅組の萌え目、天然科、ドジっ子属性。他にもボケ属性とか、若干子供属性も持っている、将来有望な萌えッ子だ」
俺の言葉を聞き、真嶋先輩は軽く頷くと、何故かつけていたマントを翻した。
「よし、これで我が萌え萌え推進委員会のメンバーは揃った。後ろに並ぶ、養殖科萌え部隊の面々を含めて、僕たちの目的はただ一つ。教師達に、萌えを認めさせる事だ。その為に、文化祭の女子生徒人気投票で、僕たちの誰かが優勝をものにする。そして、僕たち委員会のメンバーは、必ず全てのテストで、学年一ケタ順位を確保するのだ。さすれば、嫌でも教師達は、萌えを認めざるを得ないだろう」
真嶋先輩の言葉に、俺は意味不明に、盛り上がっていた。
「ジーク萌え!」
俺が叫ぶと、みんな続いた。
「ジーク萌え!ジーク萌え!」
怪しい宗教団体のようだった。
「では、新人も入った事だし、今からみんなに支持を出す」
いきなり真嶋先輩がそんな事を口走ったが、確かに何もせずに、萌えを推進できるとも思えない。
だけど正直、何かをするのも面倒くさいと思った。
俺は少し、ヤバイ洗脳から、目を覚ましつつあった。
「まず僕は、生徒会の監視の目を盗んで、生徒たちを洗脳してゆく」
えっ?やっぱりこの人、洗脳しているのか。
つか生徒会ってどういう事だ?
もしかすると、生徒会は学校側の勢力って事か。
「次に美剣くん!キミは今のまま、問題児としてみんなの注意を引きつけておいてくれ」
「任しておけ。先生も生徒会も、全て俺の虜にしてやろう」
全然話が通じていないようだが、美剣先輩もまた、ボケ属性を持っているって事か。
まあ、萌えの中心になるのは、やはりボケだからな。
「リカちゃん先輩は、全てのお兄ちゃんお姉ちゃんに、可愛がってもらいなさい」
「分かったよお兄ちゃん。立派な手のかかる妹になるよ」
いや、そんな努力をしなくても、十分目標は達成されるはずだよ。
だいたい、この子がいれば、文化祭の人気投票で、一位とれるんじゃねぇか。
話しによれば、昨年の萌芽高校美少女コンテストで、グランプリを取ったらしいし。
「有沢くんは、萌えの素質を持った者を、引き続き捜索してくれ」
「任せてください」
これはもしかして、愛美を見つけてきた実績を、認められたという事か。
「冷子は、とにかく僕から離れて、その辺のおっさんと遊んでおいてくれ」
「了解したわ。光一先輩をストーキングして、写メ撮ってネットにアップすればいいのね」
俺は、こんな冷子の事を、嫌いではない。
「そして新人の君たちだが‥‥神田くんは九頭竜くんをフォローしまくっているようだね。ドジっ子属性は、ドジをしてなんぼのキャラだ。もっと自由に、九頭竜くんをはばたかせておあげなさい」
おお~、なんだか分からないが、俺は感動していた。
今まで周りにいた人たちは、皆ドジを恐れて、愛美から逃げようとしたり、ドジを封じようとしてきた。
それなのに、もっとドジをしろとは。
俺は愛美を抱きしめ、意味も無く溢れるやる気を抑えきれなかった。
そんなわけで、とりあえず愛美のドジを未然に防ぐ努力をしなくなったら、こめかみ辺りにしまってある堪忍袋の緒が、途端に切れまくった。
「くそっ!なんだか騙されたぜ!」
確かに、愛美を自由にはばたかせろとか、一見良さ気に聞こえたわけだが、被害を被るのはすべて俺じゃねぇか!
「ごめんね。私のドジで、家につくまでに久弥くん死んじゃうかも」
本当だよまったく。
だけど、俺が気にかけなかったら、マジでこいつはヤバイな。
此処まで怪我人が出ていないのが不思議なくらいだ。
愛美が振って歩く鞄から、コンパスが飛んできて俺の胸を刺した時には、一瞬死んだかと思ったぞ。
だいたいどうしたら、コンパスを飛ばす事ができるんだ?
生徒手帳のおかげで、ギリギリ命は救われたが。
もしかすると、俺が気にかけて守ってきた事で、愛美のドジは進化してしまったのではないだろうか。
萌えを守ると言うのなら、俺のやってきた事は正しかったのかもしれない。
しかし、この苛立ちはなんだろうか。
萌えないのはどういうわけだろうか。
その答えは分からないが、俺は言われた通りやるしかなかった。
次の日の朝は、当然遅刻した。
授業は、当然何度も中断した。
休み時間は、当然休めなかった。
昼休みは弁当が亡き物となって、仕方なく食堂に行ったら、出てきたのは好きなカレーライスではなく、嫌いなイクラ丼だった。
もういやだぁー!!
こんな気持ちになる為に、愛美と一緒の高校に来たわけじゃないぞ!
俺は心の中で叫んだ。
しかし、それを声に出すわけにはいかない。
なんせそんな事をしたら、ますます愛美が悲しむからな。
だけど正直、俺は限界だった。
そんな気持ちは、どうやら愛美にも伝わっているようだった。
ふと横をみると、そこには中学時代と同じ、愛美の寂しそうな顔があった。
そうだ、俺はこんな顔が見たくなくて、必死にフォローして、ドジも萌えだと言いはって、励ましてきたんだ。
結局、俺は高校生になっても、ドジをする愛美には、腹を立てる事の方が多いのか。
いや、違うかもしれない。
ただ単にドジだった頃は、失敗しても、愛美はこれほど寂しそうな顔はしていなかった。
だから俺は、愛美の事が放っておけなくなったんだ。
もしかして、俺のせいか。
ドジっ子萌えを目指そうとか言っておきながら、そのドジを一番認めていなかったのは、この俺だったんじゃないだろうか。
よし、こうなったら、愛美がドジをする度に、笑ってやる。
心の中ではイライラしていても、愛美をもっとあおってやる。
「もう愛美に寂しい顔はさせない」と、俺は心に誓った。
この日の午後の授業から、俺は死ぬ気で愛美と向き合った。
愛美がいつものように筆箱を落としても、俺は笑顔で、一緒に散らばった中身を拾った。
「いいぞ愛美。みんな授業が中断されて喜んでいるに違いない」
俺はそう言って笑顔を作った。
すると最初は戸惑っていた愛美だったが、すぐに笑顔で「うんっ」と頷いた。
下校中には、愛美の躓いた石が、前を歩くおっさんの後頭部に直撃した。
俺は素早く愛美の手を取ると、一目散に逃げ出した。
「愛美の攻撃、おっさんは百八のダメージを食らった」
俺はそう言って笑った。
「久弥くん、そんな事言っちゃダメだよぉ~」
愛美はそう言っていたが、顔は笑っていた。
なんとなくだが、俺は楽しさを感じていたし、愛美も同じ気持ちのようだった。
ドジを乗り越えて、なんとか愛美の家の前まで帰ってきた。
玄関の前で少し話をして、名残惜しげに手を振った。
「バイバイ!」
すると愛美は、こちらに気を取られて、玄関のドアに頭をぶつけた。
俺は容赦なく笑ってやった。
そして言った。
「ははは!愛美、ちょっと楽しくなってきたぞ。俺は少し大人になったみたいだ」
それは俺が、愛美の事を、今までよりも好きになったって事を意味する。
「私も久弥くんのおかげで、少しだけ大人になった気がする」
それは愛美が、ドジを萌えに変換できる能力がアップしたって事だ。
少しだけ気がついて、少しだけ気合を入れて、少しだけ相手の事を考えただけで、俺たちの見るものは、明るい方向へと変わっていた。
「笑う門には福来る」とどっかの偉いおっさんが言っていたらしいが、俺は本当なんだなと実感した。