俺の彼女は萌えキャラ
春爛漫、桜咲くこの季節に、この俺「神田久弥」は女を連れて、とある場所へと向かって歩いていた。
と言ってもこの季節なら、誰もが今の俺と同じような経験をしているに違いない。
そう、俺は新しい学び舎である、高校の入学式に赴くところだ。
ただし、多くの男子の場合は、勝手な想像ながら、女連れなどありはしないだろう。
いや、同中のメンバーで連れ立って登校する場合もあるから、もしかしたら女連れの可能性もあるかもしれない。
でもそれも、俺の言っている意味とはわけが違う。
俺が連れている女は、まぎれもなく「俺の彼女」なのである。
普通の中学生なら、今から彼女なんていたら、高校で彼女を作る楽しみが無くなるではないかと、俺の事を狂ったように否定するだろう。
しかしだ。
きっと今の俺の立場にお前らがいたら、否定する以上の夢と希望に胸を膨らませ、学校に向かっているに違いないのだ。
どうして俺が、そこまで断言できるか、普通の人ならきっと疑問に思う事だろう。
だから教えてやろう。
俺の彼女は、中学時代、「ゴミクズ」と呼ばれるくらい、バカで阿呆でボケまくりの、超ダメダメなドジ女だったからだ。
ん?意味がわからない?
そうだな、俺も言っていて意味が分からないからな。
少し説明が必要かもしれない。
つまりだ。
中学時代、全然ダメダメだった俺の彼女、「九頭竜愛美」は、誰もが彼女にしたくない女ナンバーワンだった。
そんな女を俺が彼女にしたのにはわけがある。
それは、この子はきっと高校生になると、「萌えキャラ」として評価されるに違いないと思ったからだ。
中学では、評価するヤローも全て中学生だった。
しかし高校生になれば、自分も含めて、評価する人はより大人になってゆく。
そうなってくると、この愛美はきっと、評価される事疑いないのだ。
要するに、俺は彼女の先物買いをして、迫るバブルに胸躍らせているというわけだ。
うむ、これできっと、みんな分かってくれた事だろう。
そんなわけで、俺は愛美と共に、意気揚々と登校するのだった。
「ねぇ久弥くん、さっきからニヤニヤしてるけど、どうしちゃったにょ?って、いててて。舌かんじゃっしゃ」
今、隣を歩く愛美が俺に話しかけてきたわけだが、いきなり舌を噛んで見せた苦笑いに、おそらくお前らの十二パーセントが萌えたはずだ。
中学の頃なら、皆ため息をつき、心配もしていないのに、「大丈夫?血、出てない?」なんて言わなければならなかった。
心の中では、皆うんざりしていたのだ。
だが、高校生になった俺の対応はこうなる。
「愛美、舌はなめときゃ治るさ」
俺がそう言うと、愛美は舌で舌をなめようと必死に首をまげていた。
どうだこの状況、萌えるだろう?
ツッコミをいれたくなってきただろう。
此処でエロい高校生なら、「自分でなめられないなら、俺がなめてやるよ」なんて言いたくなったんじゃないかな?
中学生という者は、大人に憧れ、よりまっとうな人物が評価されるのだけれど、高校生ともなると、そろそろ大人の背中が見えてきて、バカだった頃が恋しくなってくるのだ。
そして大学生、社会人とジョブチェンジを繰り返した先には、まっとうな人間なんて何処にでも転がっている。
そうなると、ますます「萌え」は、人々に求められる貴重なものとなってゆくだろう。
では、「萌え」とは何か。
それは、大人なのに子供っぽい可愛さであると、俺は断言する。
だいたい、子供が可愛いのなんて、当たり前なのだ。
それを、子供を見て「萌え~」とか言っている奴らは、普通極まりないのだ。
子供なんて、子供っぽくて当然なのだから。
それが証拠に、萌えのレパートリーの中に、「ツンデレ」なるものがある。
ツンデレは、高校生以上の女子ならば、「ホント、素直じゃないんだから!」なんて言って、萌えの対象になり得るが、相手が子供だったら、ただのクソガキだ。
だから本当の萌えとは、高校生以上の大人にしか存在しないスキルなのだ。
ちなにみ、「ツンデレ」が萌えであると言う人がいるけれど、俺は正直、あまり認めてはいない。
たとえば彼女に、「ごめん、今手が放せないから、昼食のパンを買ってきて」なんて頼んでみたとしよう。
するとツンデレの彼女なら、「ふん、どうせついでだから買ってきて上げるけど、今回だけなんだからね!別にあなたの為じゃないんだからね!」などと言われる事になる。
これに萌えるだと?
その考えが間違っている事を、俺の彼女を使って証明してやろう。
「愛美、ちょっとイチゴクリームパンが食べたくなったから、コンビニで買ってきてくれ」
「うん、分かったよ。久弥くんの為に、私、頑張っちゃうよ」
見ろ、この素直な反応。
そしてこのみなぎるやる気。
そしてそれは、俺の為だと言う。
バカだから、どうして自分が買いに行かなければならないのかとか、一緒に行けばいいんじゃないかとか、全く考える事もしない。
なんの脈絡もなく頼もうとも、喜んで買いに行く彼女。
どうだ萌えるだろう?
おっと、萌えている間に、彼女が戻ってきたようだ。
「ただいま~うげぇ!‥‥てへへ、コケちゃった」
「だ、大丈夫か?」
どうやら愛美は大丈夫だけれど、買ってきたパンは愛美の下敷きになって、ぐちゃぐちゃになってしまったようだ。
ま、まあ、こんなハプニングも、大人だったらきっと萌えるはずだ。
高校生の俺にとっては、かなり腹立たしい結果ではあるが。
きっと高校三年生くらいになれば、「愛美はドジだなぁ。でもパンはぐちゃぐちゃでも、味は一緒だから大丈夫だよ」なんて、爽やかに言って許せるに違いないのだ。
流石に今の俺には無理だけれど、二年後の俺はきっと、「萌え~」とか言って、有頂天になっているに違いない。
俺は未来の俺に希望を抱きながら、ぐちゃぐちゃになったパンを頬張り、愛美と共に学校へと向かうのだった。