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【OUTSIDER】

作者: 日野 遥



 外へ出たのは、ほんの気まぐれだった。どちらかというとインドア派の私は、こうして散歩に出ることすら珍しい。だから、本当に気まぐれとしかいいようがないのだ。

 お気に入りの服を着て、ちょっと化粧もして、買ったばかりの靴を履いてフラリと外へ出た。

 空は雲の多い、でも光差す晴れ。気温は多分20℃前後。暑すぎず寒すぎずの絶好の散歩日和だ。


「どこに行こうかな」


 呟く声は小さく、周囲に聞こえない程度に。行き先の決まっていない一人歩きなんて一体いつ以来だろう。

 行ったことのない道を行ってみようと思った、もうこの土地で過ごして18年目になるけれど、探してみればそれなりに見つかるものだ。


 歩みを進めていれば、次から次へと見たことのない景色に視界が切り替わる。それがおもしろくて、立ち止まっては360°ぐるりと辺りを見回してみる。普段なら耳に入っているイヤホンがないだけですべてが新鮮だ。横を過ぎていく小学生達の会話や、普段は耳障りなだけの電車の通過音ですら、耳に優しいというからおもしろい。



 歩き続けていたら、家の近所の公園に辿り着いた。

 行ったことのない道を選び続けているうちに、一周してしまったのだろう。辿り着いた公園は、決して子どもの遊びやすいような公園ではなかった。

 あるのは古びたベンチとブランコのみで、鉄棒も滑り台の一つもなく、並びあって存在するブランコだけが、辛うじてこの場所を公園とたらしめていた。



……大きな桜の木の一つでもあればいいのに。



 そうすれば、一年に一度でも誰かの印象にも残るだろうに。

 勿体ない、と小さく呟きつつ、私は公園に足を踏み入れる。


 公園のベンチには先客がいた。

 一人の女性が、手にしている写真を眺めつつ、ため息を零していた。


(声は、掛けないほうがいいかな)


 一人そう考えて、ブランコに座った。優しく腰掛けたつもりだっけれど、古いブランコは軋んだ音を立てた。

 その音にベンチに腰掛けていた女性が気付いたのか、俯いていた顔を上げた女性と、目があった。

 けれど女性は私を視界におさめると気まずくなったのか、すぐに視線を逸らしてしまった。


……綺麗な女性だった。

 一瞬だけ合った、大きな黒い瞳が印象的で、小柄で少しぽっちゃりとしてはいたけれど、自分に似合うものを知っているのか、服とのバランスが良くて綺麗という形容詞が似合っていた。


(彼女は何を考えているのだろう)


 私は、他人の考えなんていう普段なら気にもしないようなことに、興味を抱いた。

 元々今日はイレギュラーな日なのだ。たまには自分らしくないことをしてもいいだろう。


 彼女が持っている写真は何だろう。ペットや、家族の写真なんだろうか。それとも恋人か、片思いの相手か……。指輪はしていないから、恋人とか結婚相手とかはいないのかな…―――。

 何かと恋愛方向に思考がいくのは、単に私が今、片思い真っ最中だからであろう。

 元はといえばそれが原因でこんな不慣れな散歩なんてものをしているのだから。



 片思い三年目に突入した私の恋は、未だに進展を見せてはいない。本来、こうしてウジウジしているのは私の性格ではまず考えられないのだが、相手が相手なだけあって、今回ばかりは強気になれないでいる。



 その相手というのが、妹の恋人でもあり私のクラスメイトなのだ。



 友達の彼氏だろうがなんだろうが、普段の私なら振られると分かっていても思いを告げてしまうタイプだ。しかし、思いが通じても通じなくても、妹との関係がこれまでのようにいかないことは目に見えている。

 友達ならば学校や地域が離れてしまえば過去のことだと流してもらえることも可能だが、妹というのはたとえどんな相手でも一生付き合っていかなければならないのだ。

 その事実が、今のこの私の恋情を引き留めているのだ。



……だからついつい、向かいのベンチにいる彼女のことを気にしているのだろうか。彼女が私のように恋愛で悩んでいると考えるだけで勝手に親近感が湧いている。彼の事ばかり考えている自分が嫌で、こんな風に散歩しているのに、これじゃあ本末転倒なんだろうけど。

 しかしまあ、勝手に親近感を抱いたところで事実は分からない。

 一瞬。互いを認識しただけの、声さえ知らない、一時の時間を共有しただけの相手だ。この場所を出て五分もすれば、今覚えた顔も忘れてしまうのだろう。



 そこまで考えて、私は腰を上げた。またしてもブランコは軋んだ音を立てたが、今度は女性は俯いたその顔を上げることはしなかった。







 後日。

 マニュアル通りの日常に戻った私は、いつもの時間にいつもの道を歩いて帰路についていた。

 すると一組のカップルが向から歩いてきて、女性の方は私と目が合うと一度だけその幸せそうな表情のまま微笑み、私に向かって軽く頭を下げた。

 誰なのか思い出せないまま私も同じように頭を下げて、帰路へとつく。数歩進んで、それがあの日ベンチに座っていた女性だと思い至った。



「そっか……幸せに、なったのかな」



 二十四時間を繰り返す日常のほんの数分。

 たったそれだけで、けれど、それだけのことだ。



「まあ……袖振り合うも多生の縁、って言うしね」



 私は徐に携帯電話を取り出して、妹のメールアドレスを呼び出す。



 “これから、覚悟してね。”



 それだけ打って、送信する。

 やっぱり、ウジウジしているのは性に合わないのだ。

 諦めるのは、やれることをすべてやってからでいい。



「たまには、散歩もいいかもな」



 そう言って、私は携帯を乱雑にポッケに突っ込んだ。




FIN


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