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1*彼とその彼女さん


決して告げられないこの想い

風と共に 遠く遠く 流れてしまえ


*彼とその彼女さん*


好きだと気付きたくなかった。自覚してしまったら、そこでオシマイ。今までと同じように接することは、できないから。とっても優しい、一つ年上の男の人。同じバイト先。

いらっしゃいませーと声の飛び交う中、静紅は溜め息をついて、ついて、つきまくった。


「ねぇ真理たん、人生って難しいねぇ?」


同じ学校でもある真理にそう告げると、彼女は眉を寄せてはぁ?と怪訝そうな声を出した。次に、いや静紅ちゃんが天然なのはわかってるんだけどと呟く。

この

「天然」

という言葉を、静紅は生まれてから十八年間絶えず聞かされてきた。両親も弟も友達になった人も知り合った人皆が

「静紅ちゃんて天然だよね」

と言うので、静紅は国語辞典で調べた事がある。


意味:1:自然のままの状態。2:生まれつき。天性。


……つまり天然ボケは生まれつきボケという意味なのか、と妙に落胆したことを思い出していると、真理が静紅の目の前でひらひらと手を振った。


「な、何っ?」

「ソレはこっちの台詞。何かあったの?」

「んー……天然って生まれつきって意味なんだよ……って事を考えてたの」

「さっきの人生がどうとかって話はどこに行ったのよ……」


大きく溜め息をつかれて静紅がきょとんとしたとき、入口が開いたらしく音楽が鳴った。

静紅は慌てて入口の前に立ち、入ってきた人物に声を投げる。


「いらっしゃいませっ!何名様ですかっ?」

「じゃあ300人で」

「さっ…!?店に入り切らないです…っ!ていうか食材もそんなにあるかどうか…っ」


あまりの客の人数に驚いて顔をあげると、にこやかに笑みを浮かべて立っていたのは同じ職場の人だった。

静紅がしている接客ではなく調理場で働く市村和貴さん。


「今日も面白いなー、平山さんは。おはようございます」

「あ、あははー…オハヨウゴザイマス……とりあえず本当に300人じゃなくてよかったです……」


普通ないだろと笑いながら、おはようございますと奥の人達にも挨拶する和貴の後ろ姿を見送っている静紅のそばに、真理が小走りで近付いてくる。静紅の顔がにやけているのに気がついて、真理は綺麗な顔を歪めた。


「……なに、気持ち悪いよ……?またからかわれたのね、あんたは。いじられキャラだもんねー」

「ちっ、違うもん!どっちかっていうと、いじめられキャラだもんっ」

「何それ自虐?」


これだから天然は、と真理が笑うのを膨れっ面で見上げ、調理場の中を覗きこんだ。

ホールと調理場はカウンターで区切られていて、ホールは女の人が、調理場は男の人が勤務している。ほとんどバイトの人だけれど、皆賑やかでいい人達だ。

カウンターに両手をついて、調理場を眺める。和貴の姿が見当たらず、静紅は溜め息をついた。


「……静紅ちゃん、暇なの?溜め息ばっかり」

「う、うん……今日は平日だからお客さん少ないし……」

「暇なら、はい。お仕事」


語尾に思いっきりハートマークをつけながら、真理は静紅に大量の割引券を渡した。

……本券一枚につき一名様まで、300円引き。


「……なぁに、これ」

「そこにね、この判子押すの。はい、割引券の完成〜。じゃあよろしくね、私入口見てるから」


店の名前の判子を押して初めて、この券は割引券となるのだろう。そしてその判子を静紅に渡すと真理は店の入口へと行ってしまった。

静紅は大量の

「割引券もどき」

をカウンターの上に置き、半分涙する。


「ううう……同じ暇なんだから手伝ってくれたってー……」

「ははは、平山さんまた遊ばれてんの?」


名前を呼ばれて静紅は顔をあげた。調理場には和貴が立っていて、こちらを見ている。

静紅は慌てて割引券をかき集めると、隠すように抱き締めた。


「違いますっ非常食ですっ」

「……えっ、割引券が?食べるの?」

「う……た、食べますっ……頑張って……」


静紅の言葉に和貴は爆笑する。平山さんおもしれー、と言いながら、調理場の人達の所へ向かった。

向こうから笑い声が聞こえてきたのを見ると、おそらく今の会話を話しているのだろう。

静紅は判子を朱肉につけて割引券へ押し、を繰り返しながらううとうめいた。


「どーせどんどん静紅は変なキャラになっていくんですよーだ……」


朱肉をつけるとんとんという音と、割引券に押すどんという音が一定の間隔で響く中、客が入ってきた事を告げる音楽が鳴る。真理が入口にいるので大丈夫だろうと思った静紅は再び判子を押す作業に没頭し始めた。

とんとん、どん。

とんとん、どん。


「……凄いね、静紅ちゃん。機械みたい……」


静紅の後ろからひょっこりと顔を出したのは、春野椿。和貴の彼女だ。


「あ、おはよーございます椿さん」

「おはよ」


にこっ、と笑う椿はとても人がよく見える。実際とてもいい人なのだけれど。


「何してるの?」

「あ…う、雑用ですかね…っ」


思い出して再びとんとん、どんを繰り返し始めた静紅を見て、椿はくすりと笑った。


「じゃあ、すぐに着替えて静紅ちゃんを手伝っちゃおうっと」

「あ…っ、ありがとうございますぅ〜っ」


るんるんと鼻歌を歌いながら調理場を通って休憩室に向かう彼女。和貴と椿の声が、静紅の耳に届いた。楽しげな声。自分はあの中に混ざることはできないのだと、少し疎外感を感じる。

またもや溜め息をついている静紅に、真理が不思議そうに声をかけた。


「どしたー?溜め息ばっかりついて。何か悩みごと?」

「うーん、悩みっていうかこれは病気だと思うー……」


恋の。と心の中で付け足していると、真理は本気で心配そうに静紅を覗きこんだ。


「はい!?病気!?大丈夫なのっ!?」

「うんー心のだから大丈夫ー」


しょんぼりしながら言った静紅に、真理はあぁと呟きを落とした。

そして、ぽんぽんと静紅の背中を叩く。


「静紅ちゃんが変なのは皆知ってるから、落ち込まなくても大丈夫よ。天然ってきっと一種の心の病なのよね」

「違います!真理たんてば天然を静紅の代名詞だと思ってるでしょっ!?」

「あれ?違うの?」

「違うもんっ!静紅はボケじゃなくてむしろツッコミだもん!」


切れ味抜群の!と叫んだ所で和貴がえぇと非難なのか不満なのか、奇妙な呟きを投げてよこした。


「平山さんは正真正銘のボケだよ」

「酷いや市村さん!」


わぁんと叫びながら静紅はその場を離れる。今は、彼と話す余裕がない。

気持ちは伝えられない。好きだという感情は止められない。椿と和貴が話している所を見ると、色んな感情が溢れて来て自分が自分でなくなる気がする。自分が壊されて、崩されていく感覚。


「あーあ……何してるんだろ、静紅」


一人呟いてみたけれど、胸の苦しさはおさまらなかった。

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