手を繋いでもいいですか…?
「よっしゃー! イイ男捕まえるぞーっ!!」
「いや、修学旅行だし…」
「杏ちゃん…」
あれ以来、林君とは少し距離を置いているようにも見えるけど、でも、杏ちゃんに元気が戻ったみたいだから、それは良かった。
「ナンパじゃなくて観光…って聞いてないし…」
「あはは…」
当然、憂さ晴らしも兼ねて、こんなに大げさにはしゃいでいるんだろうけど、帰るまでこのペースがずっと続くのかと思うと、それも恐ろしくて、でも、いつまた気分が落ちて反動が来るのかと考えると、それもまた恐ろしい。
「金閣寺より金髪の外人かよ…」なんて冗談交じりに裕子が言ったけど、本当は、私も裕子も杏ちゃんのことが心配でならなかった。
「まぁ子供じゃないし…ほっとくか…」
「うん…。離れなければ、いいよね…」
――カシャッ
杏ちゃんを見失わないようにしつつも、私はシャッターを切った。
中学生として最初で最後の修学旅行。やっぱり、ちゃんと思い出を残したいから。
「あれ?二人だけ?」
「なんだ、あんた達も来てたの?」
「まぁ自由行動とは言っても、セオリーってやつじゃん…?」
撮った写真が気に入らなくて、もう一度金閣寺に向けてデジカメを構えていると、後ろのほうで水野君と裕子の話し声がしていた。
「あ、早希、せっかくだから自分写しなよ。撮ってあげるから」
「えっ? うん、じゃあお願い」
私からデジカメを受け取り、男子達のところまで戻った裕子が、不意に水野君の背中を押した。
「ほれ、水野も入れ」
「えっ、ちょっ…俺も!?」
「あんたらはダメ」
水野君につられて近付こうとした男子を裕子が腕を伸ばして遮る。
えっ?っていうか、何でツーショット!?
「ほら、早くしてくれない?」
頭に手を当てながら、水野君はゆっくりと私の隣に立った。
「い、いいよ? 私一人で…」
「俺じゃダメ…? ダメなら言って?」
「ダメじゃない…けど…」
けど…。
「もっと寄ってくれないと、上手く入らないよ」
「ダメじゃないなら…いい?」
「……うん」
「いくよー! ハイチーズ!」
――カシャッ
かけがえのない思い出が、またひとつ私の中に生まれた。
そして、さっきまで片手で持っていたカメラを、気付けば両手で大事に包んでいる自分がいた。
「あっ!ヤバい…」
「どうしたの?」
「杏、どこ行った!?」
「あっ…」
自分のことにすっかり夢中になって、杏ちゃんのことを忘れてしまっていた。
慌てて辺りを見回してみたけれど、その姿は見当たらなかった…。
「ああ、たぶん平気だよ。りんたろうが追いかけたみたい」
「なんか…逆に不安だわ…」
「何があったかは知らないけど、
二人のことは二人で解決させたほうがいいんじゃないかな」
「水野ぉ…。まぁあんたは強いからそれでいいけどさ…」
「別に、強くねーけど…。
ただ、今は周りがとやかく言わないほうがいいかなって…」
「私が杏ちゃんだったら、たぶんなんだかんだ言っても、
林君が探しに来てくれたら、ちょっとは嬉しいかもしれない」
「早希が言うなら、まぁいいけど…」
裕子は渋々ながらも納得した様子で、気を取り直すようにお土産を物色し始めた。
そしてそんな裕子に続くように、私も家族へのお土産を選ぼうと、売店に入った。
***
「そろそろ戻らないと、集合時間だぞ」
「何しに来たの」
杏は池のほとりにしゃがみこみ、風に揺れる水面をただぼーっと眺めていた。
「一人でどっか行っちゃうから。心配するだろ」
「別に、あんたが来なくたって、早希と裕子が来てくれたのに」
「あのなぁ…」
杏は言葉こそ交わしていたものの、視線は依然として水面を見つめたまま。
林のほうは一切見向きもしなかった。
「それとも、何か責任でも感じてるわけ…?」
「責任って言うか…俺のせいだろ…?」
「何それ。ほんとに分かってんの?」
答えの返せない林に見切りを付けるように杏は立ち上がった。
「もういいよ。
振った相手の顔色伺うとか、もう、何なんだよ…。
ちゃんとみんなのとこには戻るから。もう行くよ」
「待てよ」
林は自分の横を通り過ぎようとする杏の腕を掴んだ。
「誰かお前のこと嫌いだって言ったんだよ」
「は…? 同じことじゃん」
「違う」
「何が違うの」
「俺は杏が好きだ」
「え…何…? こんなとこで…。バカじゃないの…」
杏は照れ隠しをするように、辺りの様子を伺った。
しかし、幸いなことに辺りに人の気配はなく、ここにいるのは自分達だけだった。
「でも、俺よりももっと良い奴がいるから…。
たぶんそのほうが杏にとってもいいと思うから。
だから俺は…」
「ほんと、バカね…。
あんたがバスケ出来ないから、仕方なくあいつとやってんじゃん…。
そりゃあいつとやれば、私の練習にもなるのもあるけどさ、
でも、本気じゃなくて、一緒にやりたいじゃん。
別にバスケじゃなくても、サッカーだっていいよ…」
「えっ…」
「いいんだよ…。ってか、何でそんなに自信無いんだよ。
私にとっては充分魅力あるんだよ…」
掴まれていた腕を振り解き、杏は背を向けた。
「何でそこまで言わせるかな…。
ほんとバカ…」
「うん。バカだ俺…。
ごめん。もういいよ。行こう」
林は杏の手を握り、前を行くように少し早足で歩いた。
そして杏もすぐにそのスピードに追い付くと、二人は並んで歩き始めた。
「もう一つだけ言わせてもらえる?」
「何?」
「もうちょっと背筋伸ばしてくれないかな…」
「俺、猫背…」
「それは知ってる。そうじゃなくてさ、分かんないかな…」
ショーウィンドウに映る並んだ二人の姿は、ほんの少しだけ杏のほうが背が高かった。
「ほら…」
「ああ…」
林が背筋を伸ばすと、二人の身長は丁度同じくらいになり、それを見た杏の顔にはようやく笑顔が戻った。
「これでいい?」
「まぁ、80点かな。
バスケやったら少しは身長伸びるかもよ!」
「夏休みはバスケ三昧だな…」
「何?嫌なの?」
「別に…」
溜息と同時にまた少し猫背に戻った林の背中を杏が小突いた。
「集合場所に行くまでは、それキープね」
「はいはい…」
手を繋いだまま集合場所に現れた二人を、クラス総出で冷やかしたことは言うまでもなかった。
が、当の二人はまるで開き直ったかのように、それでもなお、手を離そうとはしなかった。