ゴールを決めてもいいですか…?
「基本的なルールは公式ルールと同じ。
あからさまなオフサイドはファール。
フェアプレー第一で、特に男子は女子には手加減すること。
男子の得点は1ゴール1点、女子は1ゴール2点。
前後半20分ハーフ、ハーフタイムは5分。
選手の入れ替えは何人でもOK、ただし一度交代した選手が戻るのは無し。
…そんなところかな」
先生から渡された球技大会のサッカーのルール。
でも、元々のルールもあまり知らない私では、みんなに説明することが出来なかった。
だからと言うか、こんなときだけ頼ってしまうのは都合がいいのだけれど、サッカーのメンバーを集めたところで水野君にバトンタッチし、後の説明は全部任せてしまったのだった。
「あからさまなオフサイドって待ち伏せとか?」
「たぶん、そうだと思う」
「じゃあ、ラインの駆け引きは多少判定もアバウトってことか」
「りんたろう、1トップで前線のチェイスは任せるよ?」
「俺かよ」
水野君からの指名に少し不満そうに林君が答える。
「本職はサイドハーフなんだけど」とか「俺今はサッカー部じゃないし」とか、色々文句を言いつつも、「足の速い経験者にしか出来ない役割なんだよ」と水野君に言われると、「わかった」と納得した様子で引き受けていた。
「問題は…女子をどこに置くかだな」
「うーん」と唸りながらも水野君はすぐに答えを導き出し、「全員中盤に置こう」と言った。
「GKは山口、DFは中野・畑中・長澤・駒田でとにかく守備を固めて、
中盤に女子と俺と川本、1トップで林。これでどう?」
「俺とお前だけで中盤回るか?」
「女子には俺が指示だすよ。
それに、相手もそこまでパスワークが良いわけじゃないし、
女子がとにかくボールを追いかけて、相手のミスを誘う。
こぼれたボールを俺と川本で拾って、一旦落ち着かせて、
サイドの長澤と駒田が空いてればそこから崩すし、
りんたろうがフリーならポストプレーかDFの裏で受ける。
そんな感じでどうかな?」
「ハマればいけそうだけど、女子の体力が持つか?」
「プレスのタイミングも俺が指示するよ。
むやみに男子のボールは取りに行かせないよ」
やれ、これは大人数競技とは言え、どうやら本格的に勝ちに行くようだ…。
三冠を狙うためには当然勝たなければいけないのだけれど、男子の熱の入れように女子は完全に置いていかれてしまっていた。
まぁ、何だか色々考えているみたいだし、きっと作戦通りにいけば勝てるんだろう。
「あ、女子。聞いて。
もし誰かのシュートがキーパーに弾かれたりした時は、
近くにいる人は絶対そのボールを追いかけて。
追いかけて、もしシュートが出来そうだったら、絶対シュートして。いい?」
私達は揃って頷いた。
やっぱりサッカーは点を取ってこそ。
私も一点くらいは取れればいいな…。
そんな淡い希望を抱きながら、いよいよ当日を迎え、私達は試合開始のホイッスルを聞いた。
「川本!こっち!!」
「サイド散らせ!」
「女子!取りに行って!!」
「ナイスキーパー!」
「りんたろーっ!!!」
次々と指示が飛び交う。
最初は水野君の声だけだったものが、つられるように他の男子からも声が出ている。
やっぱりすごいな。水野君はボールにはあまり触っていないけれど、それでも完全に試合をコントロールしている。ここまで三試合の結果もその賜物であることは言うまでもない。
一試合目3-0、二試合目4-1、三試合目2-0。
そして、全勝同士で迎えた三年一組との四試合目。
サッカー部六人を擁する一組はさすがに手強い。
でも私達も水野君を中心に、チームワークで立ち向かい、ここまでは0-0、お互いに拮抗した展開のままハーフタイムを迎えていた。
「引き分けじゃ得失点差で負ける。攻めにいこう」
「水野、中盤一枚でいけるか?」
「やってみる」
川本君がFWになって林君と二人で点を取りに行く。
その作戦が吉と出るか凶と出るか。
その答えは、後半の開始とともに私達の前に大きく立ちはだかった…。
後半のキックオフとともに、相手はサッカー部全員での速攻を仕掛けてきた。
川本君のポジションが変わり、中盤が薄くなったと見るや、ボールを後ろに下げることなく、いきなりのドリブル中央突破。不意を衝かれた川本君と林君が慌てて追いかけるも、追いつくはずが無く、何とか止めようとボールを取りに行った水野君までもが見事なパスワークに翻弄され、女子の作る壁など、存在しないかのごとくあっさりと抜かれ、残るはディフェンスの二人とキーパーだけ。
しかし、サッカー部が四人も同時にそのディフェンスラインに襲い掛かればそんなものは無いに等しく、最後はキーパーまでもがフェイントでかわされ、シュートも打たぬままに、パスとドリブルだけでゴールを奪われてしまったのだった。
そして、失点のショックから不用意に与えてしまったフリーキック。
壁の上を越えたボールに強烈な回転が掛かり、綺麗な弧を描いてキーパーの指先をかすめてゴールネットに吸い込まれる。0-2。後半ももう半分を過ぎていた…。
「俺が取り返す…」
ボールを脇に抱え、うな垂れる女子の横を通り過ぎながら水野君が言った。
そして、そのままセンターマークにボールを置き、川本君に後ろに下がるように指示を出し、ホイッスルの音とともに、林君からボールを受けると、そのまま一人で敵陣をドリブルで切り裂いた。
「フォローしろ!!」
それを見た川本君が咄嗟に指示を出す。
林君・駒田君・長澤君が水野君を追い、指示を出した川本君も敵陣へと入っていく。
しかし敵も甘くは無い。すぐに水野君を取り囲み、激しくボールを奪い合う。
水野君はフォローに来た林君に一旦ボールを預け、そのマークを振り切り、林君はさらにフォローに来た長澤君にパスを出し、自分は最前線へと上がっていく。
長澤君は逆サイドでフリーになっていた駒田君にボールを送り、駒田君はそのままドリブルでサイドライン際を駆け上がり、ペナルティエリアに侵入したところで、ニアサイドに入り込んできた川本君にセンタリングを上げた。
「水野!!」
ディフェンスを引き付けニアサイドでボールを受けた川本君は、そのパスをスルーして後ろへ流し、ボールはペナルティーマークのやや後方でフリーで待ち構えていた水野君の目の前に転がった。
大きく一歩踏み込み、インパクトの瞬間軸足を浮かせ、シュートを放つ左足に全体重を掛ける。
水野君の放ったシュートは地面を這う低い弾道で、キーパーを一歩も動かせぬままゴールネットを射抜いた。
1-2。その瞬間、私達に再び希望の光が見え始めた。
あと一点。あと一点で追い付ける。
あと一点。女子が決めれば逆転。
しかし、相手もそれは分かっている。
だから、一点を返してからは自陣でボールを回し、残り時間を浪費しようとしていた。
最前線では林君が必死にボールを追いかけている。
でも、奪えない…。
川本君や私達もプレッシャーを掛けてボールを奪おうとする。
でも、奪えない…。
私達がそうして前に出始めると、空いた後ろのスペースへのキラーパスを放り込む。
「行け!!」
相手の出したパスが少し大きくなり、中野君の守備範囲に転がり込む。それを見るや、キーパーの山口君が指示を出し、中野君がボールに突進する。そして、相手と激しく当たりながらも奪い取ったボールをすぐさま畑中君に渡し、畑中君が最前線の林君に向けて、思い切りボールを蹴り上げた。
ボールは一直線に林君の胸へ収まる。胸トラップでディフェンスをかわし、キーパーと一対一で向かい合う。
しかし、シュートの瞬間、振り切ったディフェンスが後ろからスライディングを仕掛け、林君は倒されてしまった。
「あーっ……」
試合をしながら、すっかり観客になってしまっていた私達は一様に落胆の声を上げた。
ピーッ!
「あーっ!?」
しかし、その声は一瞬の笛の音で上向いた。
後ろからのスライディング。ボールではなく足を狙った危険行為。レッドカード。
審判をしていた人がそんな本物のカードを持っていたことに驚き、実際にあの真っ赤なカードを目の当たりにしたことにも驚き、何よりそのカードが突き付ける相手の退場とペナルティーキックという現実に驚いた。
私達は全員、敵も味方もペナルティエリアのライン際に立った。
エリア内にはゴールキーパー。
そして、ボールに額を乗せて祈る水野君。
ペナルティーマークにボールを置いて、距離を取る。
一度後ろを振り返り、私達の姿を確認して、助走に入る。
入れ…入れ…!入れ…!!
一歩、二歩。ゆっくりとした助走から、水野君はゴールの左下隅を狙ってシュートを打った。
キーパーが必死に飛び付くもボールは伸ばした指のひとつ先。
誰もがゴールに吸い込まれると思ったその瞬間…。
――カンッ!
と、甲高い音とともに、ボールはポストに弾かれて無人のゴールの正面に跳ね返ってきた。
水野君が真っ先にボールに駆け寄る。
ゴールには誰もいない。
これを決めれば2-2の同点…!
誰もがそう思い、そして、水野君の蹴ったボールの行方に誰もが唖然とした…。
***
「何で、あんなことしたの…?」
「えっ? だって、同点じゃ優勝できないでしょ?」
「そうだけど…」
それが成功したから良かったものの、失敗したら一体何と言われていたことか…。
それこそ私も道連れになって、責任を感じることになっていたかもしれないと言うのに、当の水野君はと言えば、自動販売機の前で涼しい顔をしてスポーツドリンクを飲んでいる。
「秋山なら、絶対あそこにいるって分かってたから」
「そんなの偶然…」
「偶然じゃないよ。俺はちゃんと見てた。
俺が女子にお願いした時、ちゃんと目を見て頷いてくれたのは秋山だけだった」
「それも偶然だって…」
「ちゃんと誰がどこにいるかも蹴る前に見て、
ちゃんとポストで跳ね返るように蹴って、
ちゃんとそれを秋山のところへパスしたんだけどな…」
確かに私は目を見て頷いていたし、実際に跳ね返ったボールに向かっても走った。
でも二十人もいる中で私だけを狙ってパスを出す。
ましてや、ヒールキックでこっちを向かずに足元へ蹴りやすい正確なパスを出す。
そんなプロでも難しい芸当を狙ってやるなんて考えられない…。
やっぱりそれは偶然私のところへボールが来て、それを蹴ったら偶然ゴールの中に入ったということなのだ。
「じゃあ、さ」
スポーツドリンクを飲み干した水野君が、空き缶をゴミ箱に投げ入れながら言った。
「偶然じゃなくて、奇跡って言って。
俺達が起こした奇跡。
その方がカッコイイっしょ!」
ゴミ箱の縁に弾かれた空き缶は、甲高い音とともに私の足元へと転がってきた。