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女の子でもいいですか…?

「早希ー、部活行こー」

「あ、私は…英語教えてもらうから…」

「おっと、そうでした。…ふふっ」


もぅ…。

絶対に確信犯だ…。

そんな風に言うから、私も余計に意識してしまう。

ただテストの間違えたところを教えてもらうだけなのに…。


「じゃ、私は部活行くわ。頑張ってね」


裕子を見送り、英語の教科書とテストを広げる。

そして、辺りを見回して水野君の姿を探す。

しかし、いくら探してもその姿を見つけられない…。

教室にはもう十人も残っていないから、いれば絶対に分かるはずなのに…。

トイレにでも行ったのかなと考えつつ、でも、ホームルームが終わったらすぐ行くからと言っていたから、ちょっと待っていれば来るだろうと思いつつ、私は一人で先にテスト直しを始めていた。


一人、二人…。教室から人が減っていく。

水野君はまだ戻ってこない。

もう一人、さらに一人。教室に残っているのは、私と何人かの男子グループだけ。

そして、そのグループが教室を去ると、ついに私は一人きりになってしまった。

それでもまだ水野君は来ない。

どうしたんだろうと心配になり、顔を出して廊下をのぞいてみる。

しかし、どこのクラスも同じ状況なのだろう。

廊下に人気は無く、教室から漏れる話し声の一つも響いていなかった。

そんな状況を理解して、私はようやく孤独感や寂しさをおぼえ始めた。

もしかしたら、忘れて帰ってしまったのかもしれない…。

急に訪れたそんな思いに人恋しくなった私は、荷物をまとめ、教室を出た。

ちょっとだけ、部室に行こう。

ちょっとだけ、裕子と話そう。

ただそれだけの目的を持って。


廊下の突き当たりの階段へ行くため、まるでカウントダウンのように教室を通り過ぎていく。

三年四組、三年三組、三年二組…。

三年一組の教室の前に差し掛かった時、微かではあるものの、人の声が聞こえた。

誰かいるのかな…?と反射的に教室を覗いた私は、衝撃的な光景を目にしてしまう。

女の子と女の子が窓際で肩を抱き合って、キスをしていた…。

一瞬、頭が混乱し、思考が止まり、足も止まる。

長い時間、二人は唇を重ね合わせたまま、確かめ合うように動いた。

私はそれを、息を飲んで凝視してしまっていた。

唇が離れ、糸を引いた唾が夕日にキラリと光る。

離れたことで、一人ずつの顔もハッキリと見える。

そして、私を第二の衝撃が襲う。

キスをしていた二人は、学年の中でも男子からの人気を二分する二人。

一組の瀬尾今日子と香川優衣だった。

いわゆる萌え系で俺達の妹なんてキャッチコピーまで付けられている瀬尾さんと、それとは対照的にいわゆる美人系のアイドルとしての人気を誇る香川さん。

なぜこの二人がこんな…。

人目を忍ぶわけでもなく、放課後の教室で堂々と。

しかも、窓際でしていたら、外からも見えているかもしれない。

ようやく目を逸らすことが出来た私は、早くなってしまったこの鼓動を何とか静めようと、部室に行くのを諦め、教室へと引き返した。


とんでもないものを見てしまった…。

これではもう英語の勉強どころではない。

自分の席に座り、大きく深呼吸をする。

そう言えば水野君はどうしたのだろうかと、そちらに意識を戻して、さっきのことを忘れようとする。


――コンコン


不意にノックをされて、我に返る。

ドアの小窓を見てみるけれど、誰も居ない。


――コンコン


しかし、もう一度ノックをする音がした。

誰だろう…?

私は恐る恐るドアの前に立ち、ゆっくりとドアを開けた。


「ふふ。つかまえた」


一瞬、目の前が真っ白になる。

見つかった。捕まった。まさにそんな心境。

両側から両手を掴まれて、自由を奪われた。

それが誰と誰か、確認するまでも無く分かる。


「さっき…見たよね?」

「私達がキスしてるとこ…」

「み、見てない…です…」

「ウソ。じゃあ何でこんなにドキドキしてるの…?」


香川さんは私の心臓に手を当てるというよりは、少し乱暴に私の胸を掴んだ。


「ウソはイケナイんだよ…?」


今度は右の胸を瀬尾さんが掴む。


「あの…やめて……」

「ふふ。許してほしい?」

「じゃあ……」


二人の顔が私の耳に近付く。

そして、同時に


「キスしよっか」


と囁いた。


女の子同士でキス…。

いけない…。そんなことは…。

拒みたいけれど、体はもう動かない。


「怖がらなくていいのよ…」

「優しくするから…」

「……やだ…やめて…」


「ダメ」と瀬尾さんが耳元で強めに言う。

「もしかして、ファーストキス?」と今度は反対側で香川さんが言う。

私は頷いた。すると香川さんは「じゃあ教えてあげる」と言い、私の下あごを少し上に上げた。

あっ…ダメだ…もう…。

女の子とキスしちゃうんだ…。

しかも、ファーストキス…。

覚悟を決めたわけではないけれど、目が自然と閉じた。


「あっ…居たっ! 秋山!」

「チッ…」


はっ…?

救われた…?


香川さんは舌打ちをして、私から離れた。

そして、瀬尾さんに「帰ろ」と言い、瀬尾さんもそれに頷いて、二人は去っていった。

何だったんだろう…。

でも、助かったみたい…。

駆け寄ってくる水野君が見える。

そうだ、英語のテスト直し。


「帰っちゃったかと思った…。良かった…」

「あ、ごめんね…」

「ううん、俺こそゴメン。顧問の先生に急に呼ばれてさ」

「あ、教室、入ろう…?」

「うん」


夕日が教室を一面橙色に染め上げている。

そう言えば、前にもこんな風に二人で教室に居たことがあったっけ…。

いやいや、それよりも目の前の英語に向き合わなきゃ。

せっかく水野君も教えてくれてるんだ。

と、その顔を覗き込むと、私と同じように水野君も窓の外を眺めていた。


「夕日…綺麗だね」


これをたそがれると言うのだろうか。

水野君はこちらを向かず、外を見つめたまま言った。


「さっき…何してたの…?」

「えっ…?」

「その…してないよね…?」


してないというのは、キスのことだろう。

今まで言わなかったけれど、やっぱり見られていたんだ…。


「…してないよ」

「そっか…」


しかし、それっきり会話が途絶えてしまった。

なんとなく気まずくなり、何度か話を続けようとしたけれど、咄嗟に思い付く話題がなかった。

テストに視線を落としたり、窓の外にまた戻してみたり、時々水野君の様子を伺ってみたりしながら、私は意を決して言葉を発した。


「…あの」

「あのさ」


被った…。

漫画のワンシーンのように、見事に…。


「ごめん。いいよ…」

「うん…あの…」


譲ってもらい、私は言葉を続けた。


「私は、女の子は好きじゃないから…。

 好きだけど、そういう感情は無いから…。

 ちゃんと、男の子が好きだから…」


それだけは誤解されないように伝えておきたかった。

すると、水野君は一瞬だけ考えるような顔をしてから、スッと立ち上がり、「うん」と言って微笑んでくれた。

良かった。誤解されなくて。


「遅くなっちゃうし、帰ろっか」

「うん」


私も立ち上がり、荷物をまとめて二人で教室を出る。

廊下を進み、階段を降り、昇降口で上履きから靴に履き替え、校門を出る。

と、一歩二歩、大きく歩いた水野君が振り返り、立ち止まった。


「あのさ、俺も女の子が好きだから…!」


水野君はそう言うと、間髪居れずに「じゃあまた明日!」と言って、走っていってしまった。

残された私はしばらくその場で立ち尽くしながら、吹き抜ける風が運んでくる微かな夏の匂いを感じていた。

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