教えてもらってもいいですか…?
「ほいっ。こないだ言ってたCD」
杏ちゃんからCDの入った袋を受け取ると、私は早速中身を取り出して確かめた。
「杏ちゃん的には、どれがオススメ?」
「そうだなぁ、2曲目と3曲目と…、7曲目も良いかも」
「あれ?それ俺も持ってる」
「水野も持ってんの?」
「うん、俺はデビュー曲のSTORMが好きかなぁ」
私の席の横を通りかかった水野君が話に加わる。
どうやら水野君もこのグループを知っているようで、杏ちゃんのオススメとは違う、自分のオススメ曲を教えてくれた。
「秋山もこういう音楽聴くんだ?」
「うん。杏ちゃんに薦められたから聴いてみようかなって」
「だったら、セルと一緒にGGのやつも聴いてみるといいよ」
「GG?」
「GroovyGirlsっていう、StormCellの妹分みたいなバンド。
まだメジャーデビューはしてないけど、特にボーカルが良いよ」
水野君って音楽にも詳しいんだ…。
それは新たな発見。友達にならなければ分からなかったことだった。
「セル・GGと来たら、マイパラは絶対だね」
「上原も詳しいなぁ」
「ヒカリの路上ライブだって見に行ってたくらいよ、当然でしょ」
そんな水野君よりもさらに上を行く杏ちゃん。
こういう話で男の子も女の子も関係なく盛り上がれる。
友達になれて良かったなぁと改めて感じる瞬間。
「受験終わったら、みんなでライブとかどう?」
「いいね。俺賛成!」
「早希は?」
行きたい!
ライブなんて今まで縁はなかったけれど、でも、みんなと一緒に行けるなら行きたい!
「裕子は誘えば来るでしょ。まぁ女子はそれでいいとして、男子は?」
「誰か誘う?」
「何、あんたハーレムがいいわけ?」
「ば、ばか…!」
照れて赤くなる水野君が、不覚にもちょっと可愛く思ってしまった。
「わ、笑うなよ…」
「だって、なんか可愛くって」
「何だよ…可愛いって…」
ますます赤くなる姿がますます可愛い。
頼れる人の、普段は見せない姿。これも新たな発見。
「りんたろうと大村は誘ったら来るかもしれないけど、それでいい?」
「りんたろうって誰…?」
「林 太郎。ほら、さっきの時間に森鴎外が出てきただろ?」
つまりそれはこういうことらしい。
森 鴎外の本名、森 林太郎。
林君の本名、林 太郎。
だから、りんたろう。
林君もきっと覚悟はしていたことだっただろう…。
「林が可哀相になってくるわ…」
「あだ名だしさ、愛嬌だよ愛嬌」
「でも、ちょっと羨ましいかも…」
「早希…あんた、変なあだ名がほしいわけ…?」
変なあだ名を付けられるのは困るけど、
でも、今まであだ名を付けてもらった経験がない私には、一度体験してみたいものだった。
「秋山って、英語っぽいよね」
「えっ?」
「秋山 早希」
「うん」
「あきやまさき」
「はい…」
男の子にフルネームで呼ばれると、何だか緊張してしまう…。
それに、水野君の言い方は妙に丁寧で、何だか恥ずかしい…。
「Aki Yamasaki?」
英語っぽいを言い当てた杏ちゃんに水野君も「Yes!」と英語で返した。
「次の授業英語だから、それっぽく言ってみたら?」なんて杏ちゃんが冗談を言っていると、丁度それに合わせるようにチャイムが鳴り、とりあえず、ライブの話はまた放課後にということで、杏ちゃんと水野君は席に戻り、私もイスに座り直して、先生の声に耳を傾けた。
「テスト返すぞー」
その一声で、クラス全体が少しざわつく。
「平均点未満は補習だからなー」
「えぇー…」
何の合図もないのに、全員の声が揃う。
しかし、問答無用で先生はテストを返していく。
「秋山」
「はい」
幼稚園から中3の今まで、出席番号が1番以外だった経験はない。
だから私も返事をするより先に、準備は出来ていた。
正直言って、英語は苦手だ…。
文法なんて何が何だか分からない…。
単語の意味も、教科書の例文に出てくるくらいしか分からない。
受験を間近に控えてもなお、それは変わっていない…。
ハァ…。
裏返しに渡されたテストを、裏返しのまま半分に折り、中が完全に見えないようにする。
席に戻ると、裕子が「どうだった?」と聞いてきたけれど、私は「見たくない…」と答えて、そのままテストを教科書の下にしまい込んだ。
「受け取ってない人はいないな?
じゃあ平均点言うぞー」
教室が一瞬静まり返り、全員が息を飲む。
「今回の平均点は…58点」
発表の瞬間、歓喜と絶望が狭い教室内に入り乱れる。
むりむりむりむりむりっ!
先生も知っているでしょう!?
私の英語の最高点を…!
もう見なくても結果は分かる。でも、それでも一縷の望みを掛けて、私はテストを開いた。
「せんせー。58点は?セーフ?」
「セーフ」
「っしゃぁ!」
そんな風に堂々とガッツポーズを出来るのが羨ましい。
「セーフだけど、お前はアウトだな」
「何でっ!」
浮かれて墓穴を掘る姿が微笑ましい。
「平均以上でも、出たいやつは出ていいからなー」
さて、私はどうしようかな…。
杏ちゃんはああ見えて英語は得意だから大丈夫そうだし
裕子はどうかな…。私と同じでギリギリかな…?
あと、補習になりそうなのは…。
授業が終わって、みんなと見せ合いっこしてからでいっか。
「やあやあ、お二人さん。テストはどうだったかな」
授業が終わると、早速、涼しい顔で杏ちゃんがやって来た。
「セーフ!」
裕子は親指を立て、堂々とテストを開いて見せる。
「65点かー。早希は?」
「うん…」
私はゆっくりとテストを開き、二人に見せる。
「うわー…」
「あっぶな…」
「い、一応、セーフでしょ!」
テストに書かれた58という数字。
それが意味するのは、ギリギリ補習を免れたということだった。
「でも、補習出たほうがいいのかなぁ…」
「私だったら出ないわ」
裕子が即答する。
そうだなぁ…。せっかくギリギリ免れたんだから出たくないなぁ…。
でも、出ておいた方がいいよなぁ…。
「俺出るけど、一緒に出る?」
「はぁ!? マジ? 水野が赤点…?」
「ちげーよ。でもあんまり出来良くなかったから、出ようかと思って」
「何点だったの?」
「88点」
「あんた……。嫌味だわ…それ」
「それは、出ないほうがいいと思う…」
裕子も杏ちゃんも頭を抱えた。
素直なのはいいのだけれど、時々それが危なっかしい。
本人がそれに気付いていないからなおさら…。
「反対されるならやめるけど…」
「うん…そうした方がいいわ」
「じゃあ、さ。代わりに早希に教えてあげてよ」
「えぇっ!? ちょっと、裕子…」
「ああ、いいよ」
いくらなんでもそれは…。
っていうか、水野君も快く返事してるし…!
「良かったじゃん。いい先生が見つかって」
「いや、悪いよ…。こんなことに付き合わせちゃ…」
「いいよ、俺は。どうせ暇してるしさ」
「ほら、本人がいいって言ってるんだからさ」
「うん…。じゃあ、よろしくお願いします…」
「うん! よろしく」
どうしよう。
なんだか妙にドキドキして、水野君の目も見られない。
こんな時は、どうすればいいのか、教えてもらってもいいですか…?