さよならしてもいいですか…?
「秋山は何やるの?」
「えっ? 何のこと…?」
「何って、さっき自分で言ってたじゃん。球技大会の種目」
「あ、ああ…」
球技大会まであと約一ヶ月、そろそろ各競技のメンバーを決めなければならない。
下校前のホームルームの最後、プリントを見せて記名するように頼んだのは確かに私自身だった。
「私は、最後に書けばいいから、空いたところでいいかなって…」
「そっか。俺はサッカーなんだけどな…」
水野君はサッカー部だから、それは私もそうだろうとは思っていた。きっとうちのクラスのエースストライカーとして大活躍してくれるはず。ほら。本人が書かなくたって、プリントを置いておいた黒板のほうから「水野はサッカーだからな!」なんて声も聞こえてくる。いいな。運動神経のいい人は…。
私は得意なスポーツがあるわけでもないし、裕子と一緒でいいかな…。
杏ちゃんは水野君のようにエースとしてバスケに取られちゃうだろうし…。
そんな胸の内を読み取ったかのようなタイミングで裕子が私を呼んだ。
私は「ごめんね」と水野君に言い、裕子のもとへと駆け寄った。
「バレー?サッカー? バスケは精鋭揃えるみたいだし、ないっしょ?」
バレーかサッカーならば女子だけで出来る。それに、往々にしてこういうとき運動神経のよくない人達は大人数のところにまとめられてしまうものなのだ。
「って…もうサッカーしか空いてないわ…」
「うん。いいよ。それで」
他のクラスもきっと私達と同じ。運動神経のよくない子はサッカーにまわってくるはず。
だから私達がクラスの三冠に貢献できるとすれば、これが妥当なところなのかもしれなかった。
「おっ。サッカーにしたんだ?」
「サッカーが空いてたから…」
全員が書き終わったのを確認して、記入内容に不備がないかを確かめていると、再び水野君に話しかけられた。
「これから練習するんだけど、女子もやろうよ」
「私は、これを出さないとだから…」
「…そっか」
まだ何か言いたげな水野君に再び別れを告げる。
そう。必要以上に接しないほうが彼にとってもいいことだから…。
「水野ー。行くぞー? 女子もちゃんと来いよなー」
「おう…! 今行く」
背中に痛いほどの視線を感じながら、私は教室を出た。
職員室で先生にプリントを提出し、本来ならば校庭で練習をしているみんなのところへ行かなければならないのだけれど、私は階段を四階まで上り、パソコン室へと向かった。
――ガラガラガラ
「やっぱり来た」
あれ…?
みんなと一緒にサッカーの練習をしているはずの林君がなぜかそこに居た。
「林君? 練習は?」
「委員長こそ、練習は?」
「私は…部活…」
「水野が、たぶん部活行くと思うから連れて来いってさ。
俺の他にパソコン部いないしね。頼まれたわけ」
さすがだ。
でも、運動部の三年生はもう引退したけれど、私達にはハッキリとした引退はない。
だから、私だって部活に出てもいいわけだ。
正直なところ、それは、あまり彼と一緒に居たくなかっただけなのだけれど…。
「行くよ?」
「いいよ…私は…」
「いいわけないだろ?」
「ほら…委員会のやつとかやらなきゃだし…」
「そんなの後でいいから」
それでも行くのを渋っていると、林君は私を窓際へと連れて行った。そして校庭の一角を指差し、楽しそうにパス回しをするみんなの姿を私に見せた。
「何が嫌なのかわかんないけど、楽しいよ?きっと」
「……うん」
私も何を意地を張っているんだろう。
これは練習だ。みんなで球技大会の練習をするだけなんだ。たまたま水野君と同じ競技に出ることになっただけなんだ。そう自分に言い聞かせて、私はみんなのパス回しの輪に加わった。
うん。みんなで遊んでいると思えば楽しい。
何人か鬼を輪の中に入れて、取られないようにパス回しをして、女子もいるから手加減をして足を開いていてくれるけれど、そこ目掛けて蹴ったらその後ろでもう一人待ち構えてて、まんまと取られてしまったり、やっぱりサッカー部の男子は巧くて、フェイントをしたり、ダイレクトパスで鬼を翻弄したり、ワイワイキャーキャー言いながらやっているうちに結構みんな本気になってしまって、気が付いたらもうヘトヘトで、息もすっかり上がってしまっていた。
「もう…やめよ…!」
「俺も、もうムリ…!」
「よし、じゃあ終わりにすっか」
終了の合図とともに、私達はその場に座り込む。
立ち続けているのは運動部の男子だけだ…。
「じゃあ、俺ボール片付けてくるよ」
「おう、サンキュー。水野」
「じゃあ、私達は帰ろっか」
「あっ…。私、教室に置きっぱなしだ…」
裕子に「ちょっと待ってて」と言い、私は急いで教室に戻った。
職員室にプリントを出しに行って、その足でパソコン室に行ってしまって、そこから教室に寄らずにここに来てしまったから、私の荷物は全部まだ机の上に置きっぱなしだったのだ。そんなことも忘れるくらいみんなで夢中になっていたんだと思うと、なんだかんだ言って、うちのクラスも仲が良かったんだなぁと安心した。
タッタッタッタッタ――
誰もいない廊下に響く自分の足音。
なんだか妙にうるさく響いて、ちょっと恥ずかしい…。
でも、急がないと。裕子を待たせている。
――ガラッ!
私は走った勢いそのままに教室のドアを開けた。
「わっ!? …秋山か、驚かすなよな」
「あっ、ご、ごめん…」
教室にはなぜか水野君がいた。
いや、当然だ。私より前にボールを片付けに教室に来ていたのだから。
一瞬だけ気まずくなる。
私は足早に自分の席へ行き、カバンを背負って手提げ袋を両手で抱え、その場から去ろうとした。
「ちょっと……待てよ…」
「……」
なぜ…?
どうして呼び止めるの…?
確かにちょっと気まずい空気は流れたけれど…。
この流れは二つに一つじゃない…。
どっち…?
やめて…。
どっちもいや…。
「俺の気のせいならいいんだけど…」
「…うん?」
「梨沙のことがあった後くらいから、俺のこと避けてない…?」
「そんなこと…ないよ」
「ホームルームの後も、目も合わせてくれなかったじゃん…?」
「急いでたから…」
さらに言葉を続けようとしたけれど、「裕子を待たせてるから」と、それを遮った。
しかし、それが逆に火に油を注ぐことになってしまったのか、水野君は逃げようとする私の腕を掴み、それを許さなかった。
「絶対おかしい。今も全然目を合わせてくれない。
梨沙のことを引きずってるなら、俺謝るから。
だから、何でもいいから、思ってることがあるなら言って」
「手…離して…。逃げないから…」
そう言うと水野君は「ごめん…」とすぐに手を離してくれた。
手が離れると私は向き直り、あれ以来思っていたことをそのままぶつけた。
「一緒にいると、やきもち妬く子が多いんだよ…。
梨沙ちゃんだってそう。私に嫉妬してた。
水野君は人気者だから、前みたいに軽々しく一緒に帰ったらああなるの。
今だって、私の腕掴んで、たぶん梨沙ちゃんが見たら、また嫉妬するし
他の女子が見ても、もしかしたら嫉妬して、また何かされるかもしれない。
私、そんなことで水野君を困らせたくないから。
だから、必要以上に近付かないほうがいいんだよ…」
「何だよ…それ……」
「だから……。さよなら…」
私の考えていたことは伝わったと思う。
水野君も頭のいい人だから理解してくれたと思う。
また止められるかと少し構えながら、でも、ドアのところまで来ても水野君は私を止めなかったから、きっと伝わったんだと思い、私は教室を出た。
――タッタッタッタッタッ!!
私のスピードとは比べ物にならないほど早いその足音は、一瞬にして私に追いつき、それから、まるで獲物を捕らえる鷲のような力強さと鷹のような鋭さが私の肩を捉え、体が回転させられたと頭が理解するよりも一瞬だけ早く、私は再び水野君と向き合わされていた。
「ぜんっぜん、納得できない!
何それ、俺が困るって何?
友達のために悩めるなら、幸せなんじゃないの?
俺達、友達でしょ?
俺はそう思ってたんだけど…。
っていうか、これからも友達でいたいんだけど…!」
なぜ…。
なぜ、あなたは…。
そんなにも優しい人なのですか…。
あなたがそう言ってくれるのなら…。
私はこれからも、あなたの友達でいてもいいですか…?