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謎が解けてもいいですか…?

「僕、…健…員……で…、

 秋山……の……が気……って…」


声が聞こえる…。

優しい声だなぁ…。

だれの声だっけ…。

あれ…?

私はどこにいるんだっけ…。


「寝てるみたいね」


あ、この声は分かる。保健の先生の声だ。

そっか…。四時間目の体育の授業を欠席して、保健室で休んでたんだ。


「じゃあ、起こさないほうがいいですね。

 先生にも大丈夫そうだって伝えておきます」


あっ…。行ってしまう…。

待って…!

あなたはだれ…!


「あっ…」

「あっ…」


早希が布団から顔を出すと、そこには水野が立っていた。

お互いにそう言葉を発したまま、次の言葉がなかなか出ず、視線を合わせること十数秒。

「起きた?」と保健の先生が水野に問いかけ、ようやく水野が次の言葉を発した。


「あ、はい。……大丈夫?」

「何で、水野君が…?」

「俺、保健委員だから。校庭に行ったら秋山だけ来てなくて、心配になったから……」

「今…授業中…?」

「いや、もう昼休みだよ」


どうやら、早希は丸々一時間近く眠ってしまっていたようだった。

しかし、早希が授業中かと勘違いをしてしまうのも無理はない。水野はジャージ姿のままで、さっきの言葉だけを取れば、居ないことに気付いて授業を抜けて来たように思っても仕方がなかった。


「なんか、俺、今日ツイてないんだよ…。

 教室に戻ったらYシャツが無くてさぁ…。だからジャージのままなんだ」


なるほど、そういうことだったのか。

早希は水野の言葉に納得した。

給食は制服に着替えてから食べる決まりになっていたから、早希がいくら考えたところで、筋の通る答えが出るはずがなかった。

しかし、Yシャツが無くなってしまったのは、それはそれで災難だ。

クラスの人気者の水野に限って、誰かに隠されてしまったなどとは考えにくい。逆に、水野のことを好きな女子が授業中の教室に侵入して盗んでしまった。その方が可能性はある。

いや、しかし、それはそれでそんなことをする女子がいるなんて思いたくはない…。

シャープペンといい、数学の教科書といい…。

早希はそこまで考えて、表情を曇らせた。


「どうした?」

「私…自分が分からない……」


突然そんなことを言われてしまった水野は明らかに困惑していた。

悩み、苦しそうな表情の早希に、何か言葉を掛けてあげたい。

しかし、何と言ってあげればいいのか分からない。

ただ、無力感だけが水野の心の中に残された。


「ペンも教科書も…私は入れた覚えないんだけど…。

 でも、私のところにあったから…たぶん、私なんだと思う…」


「えっ…?どういうこと……」


「盗ったとかじゃなくって…。でも、わかんないけど…。

 私のところにあったから…。自分で気付かないうちに……」


早希の心によぎる不安。

もし、Yシャツが自分のロッカーやカバンに入っていたらどうしよう…。

そうなってしまえば、もう言い逃れは出来ない。

水野からの信用を失う。いや、クラス全体からの信用も失うだろう。

どうかありませんように…。

それが変な願い事だとは分かっていても、そう願わずにはいられなかった。


「秋山は、そんなことしない」

「えっ……」

「あ、いや、その、違う…。

 あの…いや…でも…秋山じゃないと思う…」


咄嗟に出てしまった言葉を慌てて取り繕ってはみたものの、水野の顔は真っ赤になり、早希もそんな水野に「…ありがとう」とだけ言って、隠すように口元まで布団を被った。


「失礼しまーす。先生!ちょっと修羅場にしまーす!」


なんという挨拶か。

しかし、その声は早希にも水野にも聞き覚えがあったから余計に恐ろしく感じていた。


「水野、早希は?」

「ああ…ここに…」


――シャッ!


声の主は勢い良くカーテンを明け、早希を上から覗き込んだ。


「大丈夫?」

「杏ちゃんと裕子…と…」

「犯人だ」


カーテンを勢い良く開けたのは上原杏。その隣には今野裕子。

二人は早希の親友だから、早希にもすぐわかった。

しかし、クラスメイトではない女の子が一人。

だが、早希がその子の名前を知るのには、そう時間は掛からなかった。


「お前ら何してんの…? てか、犯人って何?」

「水野は分かるよね。あんたの元カノ。この子が犯人」

「梨沙が犯人って、何の…?」

「この子が早希のバッグにあんたのYシャツ隠してたの」


水野は耳を疑った。そして早希も耳を疑った。

そして、「もしかして…」と同時に言い掛けた二人を遮るように、梨沙が口を開いた。


「Yシャツだけじゃないし、ペンも教科書もだし」


その開き直ったかのような言い方に、二人は唖然とし、言葉を失った。


「あたしがボール取りに戻ったら、丁度この子が中に居てね。

 何してんのかと思ったら、水野のシャツを早希のバッグに入れてるでしょ。

 ホントはそこで捕まえてやろうかと思ったけど、私もすぐ戻らなきゃだったし、

 今まで待って、それで連れて来たってわけ。

 まさか、余罪があるとは思わなかったわ…」


「杏ちゃん一人でも力負けはしないだろうけど、私も念のために、ね」


確かに、身長170cmを優に越えるバスケ部キャプテンの杏と、身長150cm台と思われる梨沙では、力でねじ伏せようと思えば、どうにでもなるような歴然とした差があった。


「水野が悪いんだよ。

 私がもう一回やり直したいって言ってるのに、その子と帰るから」

「俺は、その気はないって言ってるだろ」

「まぁ、そっちの喧嘩は後でやって。それよりも、早希に謝んな」


しかし、梨沙に謝る様子はなく、「ふん!」とそっぽを向いたそれっきり。

呆れる杏と裕子だったが、当の早希は冷静で、「分かった」と言い、ベッドを降りた。


「ここだと迷惑掛かるから、戻ろう?」

「ちょっと早希、いいの?」

「いいよ。私も紛らわしいことしたと思う」

「そうやって、良い人ぶってるとこが余計ムカつくんだよ…!」


梨沙は杏と裕子を押しのけて、一人保健室を出て行ってしまった。

すぐさま後を追いかけようとした杏も、早希に止められ、それ以上は諦めた様子で、四人はやるせない思いを抱きながら教室へと戻った。


筆箱に入っていたシャープペンの謎も、ロッカーの中のジャージの間に挟まっていた数学の教科書の謎も、消えたYシャツの謎も、すべて解けた。

しかし、早希の心は晴れなかった。

梨沙のことを考えてしまうと、それが自分自身を悩ませた。

自分の好きな人が他の女の子と一緒に下校している姿を見てしまったら、それは、もし自分がその立場になってしまったら、ものすごく嫌なことだったかもしれない。

自分と水野はただのクラスメイト。だから一緒に帰れたのかもしれない。しかし、梨沙にしてみれば、それがクラスメイトだろうが何だろうが関係はない。

水野への恋心が刃となって自分の方へ向く。それはある意味当然のことだったのかもしれない。

自分の軽々しい行動が、杏と裕子までをも巻き込み、何より、水野をここまで巻き込んだ。

そのことが早希の心をキツく締め上げ、痛め付けていた。


しばらく水野君には必要以上に近付かないでいよう…。

それが彼のためでもあるから…。

もうこんな迷惑は掛けたくないから…。


早希はそう心に決めて、五時間目のチャイムを聞いた。


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