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逃げてしまってもいいですか…?

半年間クラス一丸となって目指してきた三冠の夢は絶たれた。


たった5点。されど5点。

私達はその5点の差に泣いた。


体育祭が終わって、もう一週間以上が経った。

三冠の夢は絶たれてしまったけれど、クラスはまた一丸となって、最後のタイトル、文化祭に向けての準備を始めている。


でも、私はまだ気持ちを切り替えることが出来ていなかった。


たら・ればは言いたくない。

でも、もし私があの状況を受け入れていたら…。

そう考えると、たった5点の敗北は、私の責任であるように思えてならなかった。


聞いた話によれば、水野君は借り物を見つけられずに時間切れになってしまったらしかった。

直接それを見たわけではなかったけれど、裕子が言っていたのだから、たぶん嘘ではない。

それどころか、裕子によれば、水野君は時間切れになるその直前まで保健室にいたらしい。

ということは、つまり、それは私と別れた後もずっとそこにいたということだった。


私も反省はしていた。

翌日になっても赤く腫れていた頬。

ぎこちない挨拶を交わしただけで、それ以上の会話はしなかったけれど、気に掛けてはいた。

でも、当の本人が先頭に立って、文化祭に気持ちを切り替えて頑張ろうと言っていたから、その時は私も、そうしよう。と思った。


でも…。


それから何日が経っても、私達の間に生まれてしまった溝は埋まることは無かった。


お互いに遠ざけるようになってしまったわけではない。

ただ、これといって、必要以上の接触が無くなってしまった。


もしかしたら、嫌われてしまったのかもしれない。


そう思う私は、自分のしてしまったことを悔やみ、自分を責めることしか出来なくなっていた。



――コツン!


何かが私の頭に当たった。

ボーっと考え事をしていた私は、それによってようやく現実に引き戻された。


「なかなか上手く出来たと思わない!?」


ダンボールを切って、アルミホイルを巻いただけの剣。

そんな誰にでも出来るクオリティの物を自慢げに見せてくる裕子に、私は返す言葉も無かった。


「手が止まってる」

「ごめん…」


そうだ。私は色塗りを任されていたのだ。

押し付けられたままの筆先は、くの字に曲がり、先に塗り終えていた部分の絵の具はもう乾ききっていた。


「何かあった?」

「ううん。何も…」


そう返したところで、裕子がすべてお見通しだということくらいは分かっていた。


「早希。ダンボール貰って来てくれない?」

「私が?」

「委員長の責務よ」

「もう…。こういう時だけそういう言い方しないでよ…」


それでも私は渋々立ち上がり、「どれくらい?」と裕子に聞いた。


「ああ。どれくらいってか、向こうの人があるだけ用意してくれてるから」

「向こうって、どこの人?」

「ホームセンターの人」


私はてっきり先生のところへ貰いに行くのだと思っていた。

だから、それが学校の外だと分かった瞬間、急に一人では心細くなってしまった。


「一人で…?」

「付き添い欲しい?」

「うん…。出来れば…」


「よしっ!」と立ち上がった裕子は、迷うことなく彼に声を掛け、振り返った彼は、一瞬だけ私の方を見た。


「俺…?」

「他に水野って名前の人いる?」

「いないけど…」

「じゃ、よろしく」


裕子が水野君にどんな頼み方をしたのかは分からない。

でも、それが私達を元の鞘に収めようとしていることだけは分かる。


私だって、普通に接したいし、また元のように笑えればそれが一番良い。

でも、完全に元通りになることはもう出来ないんだと薄々は感じている。

それが良い方向だろうが悪い方向だろうが、私次第なんだということも。


たぶん裕子は、それが良い方向になるようにしてくれているのだと思う。

でも、それが上手くいくのかは分からないし、それもまた私達次第。


だから怖い。

このままで良いとは思わないけれど、もし悪化させてしまったらと思うと、何も出来ない。


最小限の接触と最大限の気遣い。


教室を出てから学校のすぐ近くのホームセンターに着くまで、私達に会話は無かった。

水野君が店員さんと話をしている間も、私は少し距離を置いて、その様子をただ見ていた。

店員さんが持ってきてくれたダンボールを、前後に分かれて二人で持つ。

「行くよ」と声を掛けてくれて、私は「うん」と返した。

それが唯一の会話。

それから教室に戻るまで、見えていたのはジャージ姿の水野君の背中だけ。

一度も振り返ってはくれなかった。

でも、気に掛けてくれているのは伝わってきた。

教室に入ってダンボールを置くなりどちらからともなく距離を置いてしまった私達を見た裕子は

「ハァ…」と溜め息をついたけれど、たぶんこれで良かったんだと思う。

言葉は無くても、心は少しだけ通じ合った。

お互いが何を考えて思っているかが全く分からなくなってしまった今、それには大きな意味があったんだと思うし、そう思いたい。


今は文化祭に向けて頑張ればそれでいい。

もしかしたら、文化祭という一大イベントが何とかしてくれるかもしれない。


それが逃げているだけなのは自分でも分かっている。

でも、今はそうさせてほしい。

考えても見つからない答えを無理矢理探しに行って、更なる深みにハマってしまうよりは。


「早希? なんか顔色悪いよ?」

「ちょっと疲れたみたい…」

「保健室行く?」

「ううん。大丈夫…」


保健室には行かないほうが良い。

私はなぜか直感的にそう思ってしまっていた。


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