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嫌いになってもいいですか…?

雲一つ無く晴れ渡った秋空。

気温23℃。湿度40%。時折、北東からの風が優しく涼しく吹き抜ける。

今日は、絶好の体育祭日和。


クラスごとの縦割りチームに分かれ、早希や水野達のいる五組チームは、前半戦を終えた中間発表で一組チームに次ぐ二位と好位置につけていた。

そして、昼食を挟んだ午後の後半戦。

最初の種目は、借り物競争。

チームから各学年一人ずつ三人が出場し、時間内に紙に書かれたお題を持ってくることが出来れば、一人につき10点。三年生からは水野が代表として出場し、早速、お題の書かれた紙を手に、チームの応援席に駆け寄ってきていた。


「おう、水野! お題何だった?」

「ああ、りんたろう。あぁ…。男じゃ持ってそうにないな…」

「せっかく水野君の力になってあげようと思ったのにぃっ!」

「女子の真似のつもりかよ…」

「女子がいいんなら、そこに杏がいるだろ」

「ああ、じゃ、またな」


水野は林と別れ、今度は近くにいた杏に声を掛けた。


「上原」

「何? 借り物?」

「秋山見なかった?」

「え? 早希? うーん…。見なかったけど…」

「そっか…」

「裕子なら知ってるんじゃない?」

「そっか。サンキュ」


はて、水野は一体何を探しているのだろうか。

早希ならば持っていそうな物。そして、その早希の居場所を知っていそうな裕子。

まるで、何かを紐解いていくかのように、水野は一歩一歩、手繰るように答えに近付いていった。


「え? 早希?」

「そう。今野なら知ってるかなって」

「うーん…。特に何も言ってなかったけど…」

「そっか…」


裕子は腕組みをしながら早希の居そうな場所を考え、しばらくすると、パッとひらめいたかのように声を上げた。


「保健室かも!」

「保健室にいるの?」

「なんか、しきりに手首の様子気にしてたから。もしかしたら?」

「怪我したってこと?」

「うん。わかんないけど。もしかしたら…ね」

「そっか。じゃ行ってみるよ」

「うん。頑張れっ」


裕子と別れると、水野は急いで保健室へ向かった。

校庭を横切り、一番近い昇降口から上履きにも履き替えることなく校舎に入り、靴下のまま、滑る廊下に苦戦しながらも廊下の角を曲がり、脇目も振らず、ただ保健室を目指して長い廊下を走っていった。


「はぁっ…はぁっ…はぁっ……」


サッカー部でならした水野であったが、保健室のドアに手を掛けた頃には、さすがに息があがっていた。


――ガラガラガラ


もしかしたら中には病人もいることだろう。

焦る気持ちを抑えながら、ゆっくりとドアを開け、まずは首だけを少し入れて中の様子を確かめた。


「あっ」

「あっ…」


目が合い互いを確認し合うと、水野はドアを広げようやく全身を保健室に入れた。


「どうしたの? 水野君も怪我?」

「いや、俺は全然。

 ってか、秋山こそ何してるの?」


水野がその光景を不思議に思ったのも無理はない。

保健委員でもない早希が、他の子の怪我の治療をしてあげていたのだから。

しかも、それは見るからに一人だけではないようで、突き指をした子、膝をすりむいた子、足首を捻挫した子、他にも何人分かの記録がノートに書き込まれていた。


「先生がちょっと忙しくなっちゃって、私が代わりに…」

「それは分かるけど…。保健委員を呼べばいいのに」

「怪我してるのに、待っててって言うのも可哀想かなって」

「そうだけどさ…。まぁ…いいや」


水野はまだ何か少しだけ言い足りないようではあったが、とにかく早く役目を終わらせてしまおうと、早希を手伝った。


「これで大丈夫」

「ありがとうございます」

「帰ったらちゃんと病院にいって、先生に診てもらってね」

「はい。ありがとうございました」


最後の子が出て行くと、保健室には二人だけが残された。

早希は、んーっ!と伸びをして、自分も帰ろうかといった意気で立ち上がったが、水野はそれを許さなかった。


「うっ……」


水野に手首を掴まれた早希は、痛みに顔を歪ませて、うずくまってしまった。


「これは? 何?」

「い…痛いよ…」

「秋山も怪我してたんじゃないの?」

「これくらい大丈夫…」

「ダメ!」


優しくしていては早希が従わないと感じた水野は、そのまま早希の手を引き、引っ張っていったその勢いのままベッドに投げた。


「そこに居て」

「はい…」


抵抗することも出来ずベッドに投げられ倒れこんだ早希は、その乱暴な仕打ちに言葉を失い、体勢を立て直した後はもう水野の様子をただ見ているだけしか出来なかった。


「手、出して」

「はい…」


湿布と包帯とテープを手に戻ってきた水野は、早希に患部を見せることを要求し、早希がそれに従うと、強弱をつけながら少し腫れた手首を指で押し始めた。


「ここは? 痛い?」

「そこは痛くない」

「ここは?」

「痛い」

「ここは?」

「さっきよりは痛くない」


最も痛む部分を中心に湿布を貼り、そこを起点にして包帯を巻く。

一度手の平へ向かい、そこから戻って腕へ。

手首を固定して、包帯が解けないように、しっかりと丁寧に。

時々、巻き直しながら、水野は早希に話し掛けた。


「秋山は、遠慮しすぎ」

「えっ…。そうかな…?」

「俺、保健委員なんだけど」

「うん。知ってる…」

「言ってくれれば、いつでも来たんだけど」

「うん。でも…」


包帯を巻き終え、解けないように端をテープで留める。

しかし、処置が終わったにも関わらず、その手は早希の腕を握ったまま離そうとしなかった。


「どうせ、また迷惑かもとか考えたんでしょ?」

「うん。水野君、借り物競争に出なきゃいけなかったし…」

「そんなのどうでもいいよ。

 って言うか、俺、本当に秋山が俺のこと友達って思ってくれてるのか、時々分からないんだよ…」


そんな水野に、早希は咄嗟に「ごめん…」と謝った。


「ごめんって何…?」

「不安にさせちゃったのかなって…」

「謝られたら、なんか余計に辛いだろ」

「うん…。でも、水野君は友達だよ。

 うん…。友達って言うか…」


そこまで言い、しかし、まだ早希にはそこから先の言葉が無かった。


「友達って言うか…?」


聞き返された早希は裕子の言葉を思い出し、それを言った。


「分かんない…。だから、水野君が決めてほしい…」


水野はその言葉に一瞬だけ動揺した。

が、すぐに冷静を装って早希に聞いた。


「じゃあ、質問。

 友達より、上?下?」


「たぶん…。上…」


”上”という言葉を聞いた水野は、早希の腕を握ったまま立ち上がり、一歩、二歩。足を広げて早希の両足を跨ぐと、握った腕を早希の方へ押し、同時に自分の顔を早希の顔に近付けた。

その圧力に負けた早希は、たまらずその顔を避けようと、腕ごと体の押されるままにベッドに倒れ、何とか難を逃れたかのように思われたが、早希が倒れる速度と同じ速度で水野の体が覆い被さり、早希は、むしろもうこれ以上逃げ場の無いほどに追い詰められてしまっていた。


倒れた勢いで、黒く艶やかな髪が、白いシーツに乱れて広がっている。

水野の右手は早希の左腕を掴んだまま、その胸元に押し付けられ、水野の左手は早希の顔の横で、力強くその体を支えると同時に、早希の自由をも奪っていた。


「俺が決めていいんだよね…?」


そう言い終えるか終えないかのうちに、水野は再び顔を近付けた。


早希はどうにか少しだけでも抵抗を試みようとはしてみるものの、すでに体の自由は奪われ、言葉を発しようにも、声さえも出てこなかった。


次第にその距離をなくしていく二人の顔。

真っ直ぐに目と目を合わせながら、互いの吐息を感じる距離にまで迫る。

しかし、そこまで近付いたところで、早希が突然顔を背け、水野を拒んでしまった。


「……ィャ」


辛うじて発せられた声。

一筋の涙とともに流れ出たその声は、水野の耳にも確かに届いていた。


「……何で」

「……やめて」


唯一、自由のあった右手を動かし、水野の左腕を掴んで懇願する。

しかし、水野はそれを聞き入れず、逆に早希の右腕を掴み返すと、ベッドに押し付けた。


「決めてって言ったのに、今さら逃げるのは無しだよ」

「離して…!」


完全に自由を奪われた早希は、必死に両手両足を動かし、何とか水野を振り解こうとしたが、水野も負けじと早希の動きを封じ込めていた。

しかし、水野が早希を制していたのもわずか、靴下のままここへ来ていた水野の足が滑り、バランスを崩した一瞬、早希の右手を封じていた水野の左手が離れた。


――パシンッ


それは、見事に水野の頬を打ち抜き、その力を一瞬にして抜けさせた。

滑ってバランスを失っていた水野は、そのままベッドから転げ落ちて床に倒れ、そこでようやく、自分のしようとしていたことに気付き、頭を抱えた。


「……最低」


体を起こし、そう吐き捨てて早希は去っていった。


残された水野も体こそすぐに起こしたが、立ち上がる力は、もはや残されていなかった。

遠くに聞こえる借り物競争の残り時間を告げるアナウンス。

しかし、もうそんなものはどうでもよくなっていた。

そのまましばらく床に座り、何を考えるでもなく、ただ後悔に暮れる。

実際にはたった1~2分だったのかもしれない。

しかし、自分を心配して後を追ってきた裕子によって現実に引き戻されるまで、水野にはその時間が途方も無いほどに長く長く感じていた。


「何かあったの?」

「いや…」

「早希は? 会えた?」

「あぁ…。うん…」


ようやく立ち上がり、しかし心配する裕子には目もくれずに水野は立ち去った。


「水野。何か落ちたよ?」

「捨てて…」


何を落としたかも確かめず、それ以上誰とも関わりたくないと言わんばかりに、水野はそう言った。

残された裕子は、水野の落としていったその紙切れを拾い上げ、一応、大切なものであってはいけないと中を開いて確認した。


「……捨てられるわけ無いじゃん」


裕子はそれをもう一度折りたたみポケットにしまうと、早希を探すため、保健室を出た。


秋晴れだった空は、いつしか暗雲立ち込める嵐の様相を呈していた。


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