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約束してもいいですか…?

「ねー。今からカラオケでも行かない?」

「えー…。もう9時だよ…?」

「ちょっとだけ! ね?」

「えー…」


せっかくの夏休みだというのに、連日の夏期講習。

毎日、塾に缶詰にされていた裕子の我慢もそろそろ限界が近付いている。

しかし、時間はもう夜の9時を回っており、日が長いとは言え、すっかり暗くなった空を見上げながら、早希は裕子の誘いを何とかかわそうとしていた。


「夏期講習が終わったら、ね」

「それじゃ遅いのよぉ…」

「受験生なんだから、仕方ないよ…」

「受験なんかいいのっ!」

「裕子…」


迎えの車を待ちながら、かれこれ10分は同じようなやり取りが続いていた。

早希もこれほど迎えが待ち遠しく思ったことはなかったであろう。

しかし、無情にもこんな日に限って、少し遅れるというメールが早希のもとには届いていたのだった。


「お疲れー」

「お疲れさま」


迎えを待つ二人の姿を見つけ、後から授業を終えた水野が声を掛けた。


「水野。あんたも説得しなさい」

「何を?」

「この子がどうしてもカラオケ行かないって言うの!」

「何で? 行かないの?」

「今から行こうって言うんだもん。それは無理だよ…」

「夏期講習が終わるまで行かないって言うのよ」

「でも、俺達受験生だし…」

「ほらー。水野君だってそうじゃん!」

「水野、あんたどっちの味方!?」

「それは……」


まさかこんなことになろうとは思ってもいなかった水野は、戸惑いを隠しきれなかった。

どうにか自分を味方に付けようとしている裕子と、自分が味方になってくれるとすでに確信している早希の間に挟まれ、水野は一度、天を仰いだ。


「味方って言うか…。こっちかな…」


早希の後ろに回り、ポンッと軽く早希の両肩に手を置いた。

それを見た裕子は驚きながらも逆上し、その手をすぐさま払い除けると、早希の腕を引き自分の方へと寄せ、今度は自分が全く同じことをして見せた。


「あんたなんかに早希はあげないんだからねっ!」

「えぇぇ…。ってか何でだよ」

「何でもかんでも! 早希は私の味方なの!」

「ちょっと…裕子…」

「あぁ、分かったよ…」


折れた水野を、勝ち誇った表情で見下ろす裕子。

もう何が何だか訳の分からなくなった早希は、ただただ親の到着を願うばかりだった。


「ってか、遊びたいならライブ行く?」

「ライブ?」

「前に言ってたやつ?」

「そうそう。知り合いの人に頼めば、

 今からでもライブハウスのチケット取れるかもしれないから」

「水野! 何でそれを早く言わないの!」

「そんな隙無かっただろ…」


ライブの話題になった途端、先ほどまでの帰りたいという気持ちがまるで嘘であったかのように、早希の気分は180度入れ替わった。


「行く! 行きたい!」

「おっ。マジ?」

「早希が行くなら私も行くわ」

「じゃあ、今夜にでも早速聞いてみるよ」

「杏の分もちゃんと取ってよね?」

「分かってるって。ちゃんと五人分取れるかどうか聞いてみるよ」


そう言うと、水野はポケットから携帯を取り出し、早希に向けてそれをかざした。


「赤外線。俺のアドレス教えとくから」

「あっ、うん」


早希は急いでカバンから携帯を取り出すと、慌てながらボタンを操作し、水野の携帯に自分の携帯を近付けた。


「何かあったら秋山に連絡するからね」

「えっ、私に!?」

「うん。だって、そのために教えたんだし」

「あっ、じゃあ、ちょっと待ってね」


受信したアドレスに宛てて、早希は早速メールを打った。


「今、メール送ったから」

「赤外線の方が早いのに」

「ううん。こっちが良かったの」


それからまもなく、水野の携帯が鳴り、早希からのメールを知らせた。

メールを開き、本文を読む。

たった今自分の送ったメールを、目の前で読まれている早希にとっては、なんだかとても恥ずかしく、その数秒の間が、何倍にも増して長く感じていた。


「あんまり、読まないで…?」

「あ、うん。ごめん。ちゃんと届いたよ」

「うん」


こんな二人のやり取りをまざまざと見せ付けられた裕子は、ようやくここで割って入ることが許された。


「じゃあ、水野が早希に連絡して、早希が私達に伝えるってことでOKね」

「うん。OK」

「じゃあ、私、迎え来たから帰るわ」

「うん。また明日ね」

「お疲れ」


二人に手を振りながら迎えの車に乗り、裕子は帰っていった。

そして、裕子を見送った直後、早希にもようやく待ちに待った迎えが現れ、同じように手を振りながら水野と別れ、車に乗り家路に就いた。



「早希ー。携帯鳴ってるよ」


夕食の後片付けをしていると、リビングの方で母の呼ぶ声が聞こえた。

もしかしてという期待と、相手を知られたくないという焦りから、母に携帯を取られる前にと、全力で携帯に駆け寄り、その勢いのまま、階段を一気に駆け上って、自分の部屋のドアに鍵まで掛けてから、受話器を取った。


「…もしもし?」

「あ、秋山? 俺」

「うん。えっと…。こんばんは」

「何でそんなよそよそしいの。ってか、息切れてるけど大丈夫?」

「うん。平気…」


水野に指摘され、ようやく自分がそれほどまでに慌てていたことに気付き、とにかく落ち着こうと、早希はお気に入りの赤いクッションを手にベッドに上り、壁を背にしてもたれ掛かった。


「さっきはメールありがとね」

「うん」

「俺も楽しみにしてる」

「うん。私も」

「それで、さ。ライブのことなんだけど…」


電話越しの水野が緊張していることは早希にも伝わっていた。

直接顔が見えている時とはまた違った緊張。

声とともに、相手の息遣いまでもが間近に感じられる。

そして、修学旅行とも違う。ここは自分の部屋。

自分にとって最も居心地のいい場所、自分が一番素に戻る場所。

そんな空間であっても、これだけ相手を間近に感じてしまう、電話の存在。

そんなことを意識すればするほど、互いの緊張は高まるばかりだった。


「一応、余ってるチケットはあるみたいなんだけど、

 夏休み中じゃなくて、9月とか10月になっちゃうみたいなんだよ…。

 でも、それでも良ければ行きたいなって思うんだけど、どうかな」

「うん。私はそれでもいいよ」

「じゃあ、今野と上原にも聞いてもらっていい?」

「うん」


これで用は済んだかと、早希の緊張が一瞬だけ解れた。

しかし、水野はそれで話を終えることなく、さらに続けた。


「それで…さ…」


それは、先ほどまでよりもさらに震えた声。

何かあったのか。何を言おうとしているのか。

早希には全く見当も付かなかった。


「12月にも、ライブがあるんだよね…」

「12月…」

「うん…。みんな受験だし、俺達も受験だし。

 たぶんみんな揃っては行けないと思うんだけど…。

 でも…」


でも…。

その次の言葉が発せられるまでに、しばらくの間が生まれていた。


「でも…。二人とかなら…。どうかな…」

「二人…?」

「だから、その…。俺と…秋山で…」


それは、紛れも無い、水野から早希へのデートの誘いだった。


「…うん。あの…。行きます」

「ほんと!?」

「うん。…行きたい」


電話越しにガサガサと何やら物音が聞こえたと思うと、遠くに水野の叫ぶような唸るような声が聞こえ、そして再び受話器を握ったような音がすると、先ほどまでとはまるで別人のような水野がそこにいた。


「あぁー…。もう、すげぇ緊張した」

「何、叫んでたの? 笑っちゃった」

「笑うなよ」

「だってー」


笑うなと言いつつ、そんな水野も早希につられて笑っていた。

緊張が完全に解れ、もう会話と言うよりは、お互いにただ笑い合っているだけ。

でも、それがとても楽しくて、心地良くて、二人はその後もしばらく長電話を楽しんでいた。


気が付けば、0時を過ぎ日付も変わっていた。

電話を終えた早希は、そのままベッドに倒れ込み、すべてが満たされたような満足感を感じながら、心地良い眠りへと落ちていった。



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