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お姫様でもいいですか…?

「いいなーいいなーいいなーいいなーっ!」

「裕子……」


夕食前の自由時間、私と裕子はロビーでジュースを飲みながら話をしていた。

話題はもちろん、杏ちゃんと林君のこと。

彼氏のいない裕子は杏ちゃんのことが相当羨ましいらしく、何を言うにも「いいなー!」から始まっていた。


「裕子は好きな人とかいないの?」

「いるけどさぁ…」

「だったら、そのうち…ね?」

「私のは違うの。好きって言うか…好きだけど、憧れかな…」


椅子に腰掛け、足をぶらぶらさせながら、きっとその憧れの相手のことを思い浮かべているのだろう。

裕子の口数は急に少なくなった。


「その人、うちの学校の人?」

「だったけど、今は違う。先輩だから」

「メールとかしてるの?」

「ほとんど私から。一方通行かな…」

「そっか…」


裕子が黙ってしまうから、とりあえず聞いてはみたけれど、それは逆に聞かないほうがいいことだったかもしれなかった。


「いいのよ、私は。

 杏には林が居て、早希には水野が居て。二人のこと応援してるから」

「杏ちゃんはそうだけど、私は違うよ?」

「なーに言ってんの。今さらしらばっくれたってダメ」

「えっ、ほんとにそういうのじゃないって…」

「そうだ。ちょっといいこと考えたから、部屋戻ろ?」

「うん…」


裕子は何か勘違いをしている。

私と水野君は付き合ってなんていないし、確かに水野君には少し憧れるところはあるけれど、それは好きとは違う感情だと思う。

それに、水野君が私のことを好きになることなんて…。


「ほれ!」


部屋に戻るなり、裕子はバッグの中から携帯を取り出し、いじり始めた。

そして、誰かに電話を掛けたのか。携帯を私に向かって投げ渡すと、手で電話の形を作り、耳元でその手を動かして、私に出ろという合図をした。


「もしもし?」

「もしもし?」


電話越しに聞こえたのは、男の人の声だった。

誰だろう…?

さっき言っていた憧れの先輩だろうかと一瞬思った。


「あれ…? 今野…? じゃないよね…」

「え、はい…。あの…」


相手が誰だか分からずに戸惑う私を、裕子はにんまりとした表情で楽しげに見ている。

私は、声には出さず「誰?」と裕子に尋ねていたけれど、裕子はそんな私を見てさらに面白がって、そっぽを向いて知らん顔をされてしまった。


「え、あの、俺、水野だけど…」

「えっ…。あっ…。み、水野君?」

「うん。もしかして、秋山?」

「…うん」


相手は水野君だった。

そして、相手が分かったところで、私はもう一度裕子に物言いたげな視線を送ってみたけれど、それに対して裕子は、スッと立ち上がると「先生に見つからないようにね」と言い残して、部屋から出て行ったしまった…。


「あ、あの、ごめんね…。裕子が勝手に掛けて…」

「あ、そうなんだ…」

「うん。あの、だから、切るね」


携帯を持ってきていいのは各班の班長だけという決まりだし、緊急時の連絡以外には使ってはいけない決まり。水野君と裕子は二人とも班長だから、前者には引っかからないとしても、今のこの状況のどこに緊急性があっただろうか…。

非常事態があるとすれば、急に携帯を渡されて出てみたら電話越しに水野君が居たという私の気持ちだけだった。


「……待って」


返事を待ちつつ、ボタンに向かって伸びていた親指の動きが止まった。

待って…?

切らないでってこと…?


「今、こっちの部屋誰も居ないんだ。そっちは?」

「うん。こっちも…」

「まだちょっと時間あるし、ちょっとだけ、話さない…?」

「……うん」


改まって「話そう」と言われると、何だか妙に緊張してしまう。

いつしか近付いていた感覚も、いつしか縮まっていた距離も、すべてが最初の頃のように、どこかよそよそしくなって、それは水野君も同じようで、話題を振ってくれてはけれど、その声は少し震えていた。


「あ、そうだ。今日撮った写真、後で俺にもくれる?」

「金閣寺のやつ…?」

「うん」

「うん。現像したほうがいい?それともデータのままでいい?」

「あー…。俺、パソコン苦手なんだよね…」

「じゃあ、写真にして、焼き増しして渡すね」

「あ、でも…」

「うん?」

「パソコン使えたほうがいいから…。

 その、嫌じゃなければ…。今度、教えてもらえないかな…」

「うん。いいよ」


水野君は頭も良いし、パソコンも使えるものだと思っていた。

だからちょっと意外で、せっかくだから、私も教えてあげたいと思った。


「マジ? 良かったぁ~。他に頼めそうなやついなくてさぁ…。

 あ、ごめん。皆夕飯行くみたいだから、俺も行くね。

 また向こうで」

「うん。またね」


何でだろう…。

電話はもう切れたのに、早くなった鼓動が静まってくれない。

そのうちに裕子が戻ってきて、食堂へと一緒に行ったけれど、収まらない高鳴りのせいで、美味しそうな夕食もあまり喉を通らなかった。

それは、温泉に入ってゆっくりすればまた元通りになるだろうかとも思ったけれど、部屋に戻り、敷かれていた布団の中に潜り、裕子や杏ちゃんとおしゃべりをしていても、一向に収まってくれる気配は無かった。


スースーと二人の寝息が聞こえてくる。

さすがに一日中はしゃいでいたら疲れたのだろう。

定番とも言える枕投げも恋話もそこそこに、二人は眠ってしまっていた。

そして、そんな二人の寝息を聞いていた私はすっかり寝そびれてしまっていた。


さすがに夏も近くなってくると、掛け布団が暑い。

なんだか顔が火照って、喉も渇いてきた。

こんなことならお風呂上がりに何かジュースでも買っておくべきだったと私は後悔をした。

どうしよう…。

今から買いに行こうか…。

枕元の腕時計を見る。針は23時45分を指している。

もう先生達の見回りは終わったかな…?

もし見つかったら、でも、ちゃんと理由を言えばいいかな…?

そんな不安も抱きつつ、でも私は布団を出て、上履きを履き、部屋のドアに手を掛けていた。


――キィィ


少しずつ慎重にドアを開けているのに、音が出てしまった。

まずは、恐る恐る廊下の様子を確認する。

真っ暗な中に誘導灯の緑がぼんやりと浮かんでいる。

誰も居ないことを確認して、ドアをまた少し開け、ゆっくりと部屋の外に出る。

そして、足音を立てないように、この階の一番端の階段からロビーへと降りる。

時々、どこから響いた声が聞こえてくる。

下の階には男子の部屋がある。まだ起きている人が居るのだろう。

素直に部屋に近い階段から降りていたら、きっと先生にも見つかってしまっていたかもしれない。

だから私は、廊下を歩くというリスクを冒してでも一番遠い階段を選んだ。

それが功を奏したのか、幸いロビーに辿り着くまで誰にも会うことはなかった。


ロビーには明るさを落としながらもまだ電気が点いていた。

しかし、フロントには誰も居らず、ロビー全体を見回しても誰の姿も無かった。

今がチャンスとばかりに、私は足早に自動販売機へと向かい、ピッタリ170円を投入する。

200円を入れて30円のお釣りを出すよりも、こっちのほうがお金の音を鳴らす回数が1回少なくて済むのだ。

ガチャン!と大きな音を立てて、ペットボトルが落ちてくる。

この音ばかりは仕方が無い…。

ふぅ。と思わず息が漏れて、気が緩む。

その場でキャップを開け、一口だけ口に含み、喉を潤す。

よし、あとは部屋に戻るだけだ。

そして、また同じ道を戻ろうと振り返ろうとした瞬間


「こら! 何してるんだ?」


うわぁ…。

見つかってしまった…。


「すみません…」


私は声のした方に向かって頭を下げて謝った。


「なんちゃって」

「えっ…?」


腰を曲げた状態のまま、顔だけを上げて、声の主を確認してみる。


「あっ……」


そこに立っていたのは先生ではなく、水野君だった。


「秋山も何か買いに来たの?」

「えっ、うん。水野君も…?」

「俺は、罰ゲームで…」

「罰ゲーム?」

「まだみんな起きててさ、大富豪やってたんだよ。

 で、俺負けたからジュース買いに来させられてさ…。

 でも…これなら罰ゲームじゃなくなったかな…」


私とは正反対に、200円を入れてジュースを買っている水野君。

なんだか一人で先に戻ってしまう気分にはなれなくて、私は辺りの様子を気にしながらも、それが終わるのを待っていた。


「待ってたの?」

「うん、なんとなく…」

「でも、ほら、もう時間だよ?」


何の時間なのか。意味も分からずに私は水野君の腕時計をのぞき込んだ。


「23時59分。お姫様は帰らなくっちゃ」


そういうことか…。


「まぁ…二人で見つかったら言い訳できないっしょ」

「ああ…。うん…。じゃあ、戻るね」

「うん。おやすみ」

「おやすみ」


その後、水野君は無事に部屋に戻れたのだろうか…。

それは先に戻った私には分からなかった。

もしかしたら先生に見つかって、お説教を受けてしまったかもしれない。

でも翌日、水野君はいつものように元気そうに笑っていた。

そして、帰りのバスの中。杏ちゃんと林君が一番後ろの席に陣取ってしまったから、仕方なく私と裕子と水野君も並んで一番後ろの席に座った。昨夜眠れていなかった私は、発車してまもなく隣の裕子の肩を枕にして眠ってしまい、気が付くとそこは、トイレ休憩に立ち寄ったサービスエリアだった。

裕子に一度起こされたけれど、私は大丈夫とだけ答え、再び眠りに就き、そして、幸せな夢を見た。

夢の内容は憶えてはいない。

枕が少しだけ高くて硬くなったような気もしていたけれど、でも、幸せな夢だった。



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