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後編

 ニーナのことは勿論だが、一平のこともひどく気に入った。

 七つの海をその腕一本で王女を守り抜いてきた勇者だというから、どんないかつい物騒な奴かと思ったら、対照的な人物だった。

 王女に求婚したというのも、地位や財産目当てではなく、真に王女を大切に思っているからだと肌で実感した。オレと違って女ずれしていなくて、女性を篭絡する手段など一つも心得ていないのだと、接するにつれてわかってきた。実地訓練を除いたあらゆる知識を授けてやったら、真っ赤になって耳をそばだてる可愛い奴だ。


 またニーナと会えるよう取り計らってくれるよう約束したこともあり、オレは一平に纏わりついて一緒に身体を鍛えたり四方山話をしたりして過ごした。

 あいつの通う修錬所は門戸が広く開かれていて、トリトニアの人間でなくとも講義を受けることができたので、大いに利用させてもらった。


 一平が悩み多き青少年だということもよくわかった。年は一つしか違わないが、トリトニアで育っていない分、奴の精神年齢は意外と低かったのだ。見た目以上に。あいつを真に理解して支えになってやれる奴が必要なのだと、オレは思った。

 やたらめったら崇められているが、存在が大きすぎて同等に扱ってくれる友達がいないのだ。決して交友関係が狭いわけではないのだが。

 力になってやりたいと思った。

 オレがトリトニアの人間だったなら、今すぐ一番の親友になって一緒に上を目指していただろう。

 僅か二週間しかここにはいられない。オレにはオレのしがらみがある。

 ジーを発つ前には思ってもみなかった思いがオレの心の裡に芽生えていた。



 一平が設けてくれた機会の場はガーデンパーティーだった。武道会直後に大佐になった一平の昇進祝いとオレの歓迎会を兼ねていた。何と国王主催だ。その割に参加者は六人と規模が小さいが。

 トリトニアの民は質実剛健だと聞いてはいたが、筆頭の国王からしてその傾向にあるのだなと溜飲を下した。

 驚いたことに姫自ら手料理に精を出してもてなしてくれた。肝腎のニーナは厨房に籠りきりとみえ、なかなか姿を見ることができない。


 食後にオレたちは手合わせをすることになった。国王の希望で一平と中剣三本勝負をする。余興だと思ったら、一平の奴はいやに真剣だ。恋人の親の手前、格好悪いところは見せられないというわけだ。

 結果は痛み分けだった。まあ、オレとしては頑張った方だ。


 そして更に驚くことが起こった。国王とその娘双方からの申し出だ。

 オレにトリトニアに与しないかと言う。

 まだ年季が明けず、明けてもあちこち旅に出て見聞を広めようと思っていると告げると、王女に食い下がられた。年季が明けたらトリトニアに来て父や一平に手を貸して欲しいと言うのだ。

 背中を押された気がして、オレは前向きに検討することにした。が、今の時点で確約はできない。オレにも事情がある。

 気持ちはあるが自分は気が多いので先のことはその時になってから決めると伝えた。

 パールティア姫はとても嬉しそうにオレの言葉を受け止めた。

 

 オレは思った。

 一平のことを心配しているのはオレだけではない。この姫も、オレと同じことをあいつに対して感じている。一平に必要なのは心を割って話せる同性の友なのだと洞察しているのだ。見かけによらず、大した器だ。流石癒しの姫と噂されるだけのことはある。

 オレの気持ちは大幅にこの国で過ごすことに傾いていた。



 肝腎要のニーナだが、オレは確信した。

 ニーナは姫に恋焦がれている。

 姫を見つめる表情に、彼女の想いの全てが表れていた。

 思いもよらぬオスカー王の進言により、オレと一平のレイピアの稽古にニーナが参加する運びとなった時の出来事がオレにそう思わせた。

 奇妙な技で一平を負かした後、ニーナは何とかオレの相手から逃げ出そうと足掻いていた。一平の敵討ちだとこじつけて、オレが負けたらもう手出しはしないという約束を提示して、やっと一本付き合ってもらった。


 ニーナの剣技は一平に対した時とはまるきり違っていた。

 対戦後に一平はひどく落ち込んでいたが、その後半戦に繰り出した何やら怪しげな動きを、オレに対しては使ってこない。いかにも面倒臭そうで、さっさと終わらせたいという意思がビンビン伝わってきた。早業を繰り返すが故に息が上がっている。

 だがそれだけではない。ニーナは平常心を失っていた。イライラが募り、早く勝敗をはっきりさせようと焦っていた。

 敗れればまたオレから不本意なアプローチを受けることになる。それだけは何としてでも防ぎたい。そう思っているのは明らかだった。落ち着きを欠いた相手の隙を突くのは得意だ。軍配はオレに上がった。


 そしてニーナは怪我を負った。

 最後にオレが弾き飛ばした剣を受け止めようとして目測を誤り、刃の方を掴んでしまったのだ。

 怪我をしたニーナを姫が放っておくはずもなく、王女は即座にニーナの掌に唇をつけて祈っていた。

 この姫の施術方法は千差万別だと聞いているが、唇をつけるとは聞いたことがなかった。身近な相手に限るのだろうか。姫に癒しの力を注ぎ込まれて息を呑むニーナは、違う世界に行ってしまったかのように優しい、恍惚とした表情を浮かべていた。

 ニーナの周りにオパール色の光が集まり、それが消えるまで、オレは息をすることも忘れて二人を見つめ続けていた。



 傍らにいた一平も同じだったと思う。

 奴が真実何を思っていたのかは想像するしかないが、オレには何となくわかるような気がしていた。

 やはりこいつとニーナはただの主人の想い人と想い人の侍女の関係ではない。

 男と女の仲か?いや、まさか…。

 こいつの奥手さを考えたらそんなことはあり得ないだろう。

 だとすればやはり…。

 ニーナの心はこの姫に向いている。おそらく一平が姫を思うのと同じくらいの熱量で、彼女は主に恋をしている。そして一平はそのことを知っているのだ。


 だからオレにニーナのことを諦めろと言った。

 ニーナの気持ちが姫以外に向くことがないことを奴は確信していたのだ。

 でもそれを正直に伝えることは奴にはできなかった。オレの手前もあっただろうが、それはむしろニーナのためなのだとオレは思う。

 おそらく口止めされているのだろう。オレの予想が正しければ、一平にとってニーナは邪魔者だ。オレとニーナがくっつけば一平にとっては万々歳のはずなのに、ニーナから手を引くように進言し、オレの手助けは渋々していると言った様子だ。

 何か弱みでも握られているのだろうか。


 本当に悩める青少年だ。

 話の流れでお悩み相談を受ける羽目になった時には禅問答のようなことを言い出した。

 性別を越えて愛し合うことはできないのか、だと?

 欲を捨ててこそ、真に相手を愛していることになるのでは、だと?

 冗談じゃない。

 そんなことを考えてうじうじもたもたしてやがるのか、この野郎は。

 男と女の間に欲がなくなっちまったら、オレたち海人の生きた意味はどこへ行く?子孫を残し、命を繋いでいくことこそが大切なのに。


 一平は半分地上人だと言う。奴の言うには、地上では成人となる年齢も遅いし、いろいろな面で海人の方が早熟らしい。だからこんな考えに辿り着くのかもしれないが、いい加減にしろ。

 身体も心も欲してこそだ。実際、おまえは欲しているじゃないか。あの姫のことを。心から。

 そんな悩みは払拭してやりたかった。

 何とか言葉を尽くして説得したが、自信なさげな情けなさそうな表情は最後まで変わらなかった。

 ―おいおい、どこまで面倒見てやらなけりゃならないんだよ―

 オレは半ば呆れつつ、今後も世話を焼くことを前提とした思考モードになっていた。



 オレは結局奴を白状させた。

 いや、白状はしていない。オレの問いに答えられなかったことが答えだ。

 もうこうなったら、一平にさっさと姫さんをものにしてもらしかない。ニーナに姫さんを諦めてもらうのが先決だ。

 だがそれには時間がかかるだろう。一平の目指すのは国の武の頂点だ。そこに辿り着かなければ奴は姫を娶れない。守人の試儀とて、いつ宣旨が下りるのか誰にもわからない。

あいつの性格上、それ以外に道はない。

 オレはしばらく時間を置くことにした。


 一度ジーに帰り、身辺整理の後トリトニアに戻ってこようと思った。

 それを告げると奴は親に叱られて許された子どものような顔をした。

 オレは確信した。一平も、オレにそばにいて欲しいと思っているのだと。

 最前、一平が黙っていたことを責めた時、奴は必死の形相でオレを引き止めた。みっともないくらい慌てふためいて行かないでくれと縋ってきた。オレがあいつのことを『親友』と呼んだのがよほど嬉しかったらしい。


 一平のことを見限ったような台詞を吐いたのは本意ではなかった。半分は嘘、駆け引きでもあった。結局一平はオレがいないと寂しい、とまで言ってくれた。オレは奴の気持ちに応えるつもりで熱烈なキスを仕掛けて抱き締めた。

 仰天してオレを突き飛ばして焦る様は、貞操を奪われるかもと恐れているようにしか見えなかった。

(おーい、こんなキスもまだなのかよぉ…)

全く、溜息が出る。


 もう一度だけ、ニーナに、当たってみよう。それでもだめなら気長に待とう。そう決めた。

 実際に玉砕しても、それほどショックではなかった。


 だが、気長に待つなどやはりオレの柄ではなかった。

 オレがジーに帰っている間にトリトニアはレレスクとの間で戦になり、ニーナは帰らぬ人となった。

 命より大切な姫の身代わりとなるべく潜入して任務を全うしたのだと聞いた。

 華々しく散った命を悼みに浄めの湖を訪れたが、涙は出なかった。

 流石、オレがこれぞと思った女だ、と妙に誇らしかった。

 最後に言葉を贈った。

 年季が明けたらオレはトリトニアに行く。一平と共にあんたの姫さんを守ってやるから安心しろ、と。

 冗談じゃない、と怒るニーナの声が聞こえたような気がした。

 罵詈雑言もビンタも、ニーナに浴びせられるのなら悪くはなかったな、とオレは思った。

 



一平とは全く真逆の性格を持つナシアスですが、だからこそ新鮮で興味深く思えるのかもしれません。

惚れた女とあっという間に死に別れたナシアス。私にはどうしてもナシアスが女々しく涙を流している図が想像できませんでした。

彼はきっとこの後も恋多き人生を歩んでゆくのだと思います。


次回も外伝です。

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